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2017.09.06

とみ新蔵『剣術抄 五輪書・独行道』第1巻 武蔵の生きざまに込められた作者自身の剣理

 自らも剣術を修める作者による剣豪漫画『剣術抄』の最新作の主人公は、タイトルからも察せられるように、かの宮本武蔵。巌流島の決闘から十数年を経た、後半生の武蔵を通じて、剣の道が描かれることになります。

 これまで『剣術抄』『剣術抄 新宿もみじ池』と刊行されてきた『剣術抄』シリーズ。シリーズといっても、劇画の形をした剣術書ともいうべき点が共通するのみで、第1作は仇討ちを望む青年と師の老剣士の時空を超える奇想天外な冒険譚、第2作は父の仇を追って半生を費やした青年の辿る道を描く人情譚と、個々の作品に内容の関連はありません。

 そして第3作たる本作の主人公は宮本武蔵。言うまでもなく剣豪の中の剣豪――これまで実在の剣豪は基本的に登場してこなかった(第1作の老剣士は辻月旦の子孫という設定でしたが)本シリーズですが、しかし主人公とするにある意味最も相応しい人物と言えるでしょう。

 そして本作に登場する武蔵は(折に触れて過去の姿も描かれるものの)壮年期から老境にさしかかる辺りの姿であります。
 第1話の時点で44歳――巌流島の決闘も既に十数年の昔、決闘に明け暮れた日々も昔のこととなり、剣豪というよりも剣聖的な風格を感じさせる姿なのです。

 そのような武蔵は、主人公と言いつつも、むしろ狂言回し的な位置づけの存在として描かれます。
 この第1巻に収録された各話のサブタイトルは
「宮本伊織」「無想権之助」「槍の又兵衛」「島原の乱」「天草の鈴木重成」「細川忠利」「寺尾孫之允」「林又七」
と、島原の乱を除けば、全て各話で武蔵と関わる人物の名前。そして全員、実在の人物であります(槍の又兵衛は高田又兵衛)。

 これらの人々はいずれも一廉の人物と言うべきながら、いずれも剣の道では武蔵にはまだ及ばぬ人物(そもそも林又七は剣士ではなく職人なのですが)。
 そんな彼らと武蔵の姿を、本作は静かに描き出すのであります。

 もちろん、ほとんどのエピソードで剣戟シーン、決闘シーンが描かれるのですが、しかしそれも武蔵が相手を軽くあしらう内容がほとんどで、稽古/試合の域を出るものではありません。
 そしてゲストキャラクターたちを相手とする武蔵はあくまでも静かで、その佇まいはあたかも(いささか大袈裟な表現ではありますが)仏のような穏やかさとすら感じられます。

 しかしそれでも本作が実にエキサイティングなのは、そんな武蔵の姿に、行動に、作者が自得した剣理が込められているからにほかなりません。
 そしてそれは実際の剣の動きだけではなく、武蔵の生きざまにまで込められているように感じられるのです。

 徒に己の強さを誇らず、必要以上に相手を傷つけず、他者を尊重し、自らを守る。時代劇にはしばしば登場する、そしてしばしば絵空事と否定されるこの境地が「現実に」あり得るものであり、そして何よりもそれがいかに素晴らしいものであるか――本作はその後の武蔵の姿を通じて描いているのです。

 しかしそれでも武蔵の歩んできた道は、血塗られたものであることは間違いありません。時に武蔵を襲う矢の射手は何者か……(実は出版社の紹介文では明かされているのですが)
 この第1巻では正体がいよいよ明らかになる、という実にいいところで引きになっているのですが、それが何者であれ、武蔵がそれにいかに相対するのか、そして自らの道を貫くのか――興味は尽きないのであります。


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