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2017.09.30

とみ新蔵『剣術抄 五輪書・独行道』第2巻 武蔵と出会った者の姿に浮かび上がるもの

 巌流島の決闘から時を経て、壮年から老年にさしかかったその後の武蔵を描く物語の第2巻、完結編であります。病を得て死を目前とした武蔵の最後の大業とは、そして彼の生きざまが周囲の人々に与えた影響とは……

 既に決闘の日々は遠く、今はある時は弟子に剣術を教え、ある時は絵画や鍔造りに勤しむ武蔵。本作はそんな彼の剣術だけでなく、彼の言動が、彼の教えが、周囲の人々に様々な影響を与える様を描いてきました。
 もはや剣聖とも言うべき風格を感じさせる武蔵ですが、しかしそんな彼を付け狙う一つの影が。彼の隙をついて矢を射かける美しい女、その正体は……

 という場面から始まったこの第2巻ですが、美しき刺客の正体は納得と言えば納得、意外と言えば意外なもの。
 実は刺客の正体は男――かつて武蔵に舟島の決闘で敗れ、命を落としたかの佐々木小次郎の弟子であり、そして小次郎と愛し合った念友だったのであります。

 いわば二重の意味で武蔵に怨みを持つ彼・桜京弥は、尋常の手段では武蔵を倒せぬとみるや、四人の武芸者を雇い、必殺の陣で待ち受けることになります。
 無辜の子供を人質に取られ、両刀を手放した武蔵。己の四方を取り巻いた刺客に、無手の彼が如何に立ち向かうのか?


 ……こうしたいかにも剣術漫画(それも超一級の)、というシーンを存分に描きつつも、しかし、それに終わらぬ人間絵巻をも描いてみせるのが本作。
 こうした武蔵自身の物語にとどまらず、本作は彼の周囲の、彼と関わりのあった人々の物語をも、並行して描いていくことになります。

 江戸大火の際の養子・伊織と、彼の主君である小笠原忠真の行動とその後の身の処し方。島原の乱後の天草の代官となり、農民たちのために文字通り己の命を擲った鈴木重成。(この伊織、重成のエピソード、そして武蔵の一対四の決闘が並行して描かれるのが凄まじい!)
 さらには剣の勝敗に生きてきた武蔵の参禅に疑問を抱く泰勝寺の高僧や、熊本は霊巌洞に籠もった武蔵の世話をする坊守の男の抱えた過去、そして武蔵打倒の夢破れた京弥……

 彼らは全員が全員、武蔵と密接に関わったわけではありません。武蔵と剣の道で関わった者もいれば、全く異なる場で出会った、武士ですらない者も含まれています。
 第1巻では登場人物の多くが実在の人物でしたが、第2巻では(おそらく)架空の人物も入り交じる中、あるいは本作は武蔵の物語から離れていくようにも見えますが――しかし決してそうではないのは、言うまでもありません。

 本作で描かれるのは、有名無名に限らず、剣を手にするか否かに関わらず、武蔵と関わり合ったことで、その生きざまになんらかの影響を与えられた人々であり――そして彼らを通じて浮かび上がる、その人々に影響を与えた武蔵の姿なのであります。

 それは確かに、明示的なものではないかもしれません。武蔵と出会って何かが変わったのではなく、武蔵と出会っても変わらなかった者もいます。
 しかし、それでもそこには武蔵の、武蔵の剣の影響が必ずある。それこそが意味のあることであり――武蔵の至った剣境であると、本作は静かに語るのです。

 武蔵が晩年、文字通り精魂傾けて記した「五輪書」。武蔵亡き後、それを精読した高弟・寺尾孫之允は、不世出の剣術者たる武蔵がこの世から姿を消したことに悲嘆の涙を流すのですが……
 しかし、決して武蔵の全てが失われてはいないことは、物語の結末に登場する二人の人物――武蔵の後半生と濃密に交わった二人の姿を見れば、明らかでしょう。


 精緻な剣術理論を漫画の形で描くと同時に、武蔵という人物の生きざまを通して、剣を手にした者の、人間の一つの理想を描いてみせた本作。
 いかにも作者らしい滋味が溢れている――と思わせておいて、あとがきの最後の最後ではっちゃけてみせるのも、これもまた作者らしいと思わされる作品であります。


『剣術抄 五輪書・独行道』第2巻(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) Amazon
剣術抄~五輪の書・独行道? 2 (SPコミックス)


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2017.09.29

横山光輝『仮面の忍者赤影』第2巻 時代背景を有機的に活かした忍者アクション

 先日ご紹介した漫画版『仮面の忍者赤影』の後半部、第2部「うつぼ忍群の巻」と第3部「決戦うつぼ砦の巻」であります。意外にもと言うべきか、比較的TV版と近い展開であった第1部に対し、こちらはほとんど別物と言ってよい展開となっております。

 金目教とその背後に潜む幻妖斎と霞谷七人衆との戦いに勝利した赤影と青影。その後、木下藤吉郎改め羽柴秀吉が預かる長浜城を守ることとなった赤影たち飛騨忍群に迫る五つの影が――
 と、長浜城を舞台に、赤影・青影ら飛騨忍群と強敵・うつぼ五人衆――不知火典膳・烏左近・不動金剛丸・猫目の陣内・山彦の幻十――の攻防戦を描くのが第2部「うつぼ忍群の巻」であります。

 そして第3部「決戦うつぼ砦の巻」では、うつぼ五人衆を赤影たちに倒され、怒りに燃えるうつぼ忍群頭領・むささび道軒が飛騨忍群の里を襲撃、里を取り戻すために急行した赤影・青影と激闘を繰り広げることになります。

 この漫画版後半部分の敵となるうつぼ忍群ですが、TV版の第2部でまんじ党の中核となる七人衆が名乗っていたのがこの名前。しかしTV版と漫画版で同じなのはほとんどこの名称のみ、という状態です。
 唯一、むささび道軒は、TV版のまんじ党七人衆にも同名の忍者がいたものの、ほとんど完全に別人。また、まんじ党七人衆には不知火「典馬」が、さらにTV版第4部の魔風十三忍に不動金剛丸が登場しますが、こちらも別人であります。

 というわけで、キャラクター面では(少なくとも名称は)TV版とほとんど共通だった第1部に対して、こちらはほとんど別ものとなっているのが、面白いといえば面白いところであります。
(もっとも、TV版のうつぼ忍群は、うつぼ忍群なのかまんじ党なのか今ひとつわかりにくかったのですが……)

 しかし第2部冒頭で、うつぼ忍群に仕事を依頼しに来た侍たちが一人を残して抹殺され、そして依頼を聞いた道軒に最後の一人も――という展開は、TV版第27話での根来忍者への依頼シーンとほとんど同じ。
 さらに第3部の、本拠地である飛騨の里を敵に奪われた赤影たちのレジスタンスという内容は、これはやはりどう考えてもTV版第4部魔風編に重なってきます。

 このあたり、ほとんど別物である漫画版とTV版で部分的に重なるものがあるのは、なかなかに興味深いものがあります。


 と、TV版との異同ばかり述べてしまいましたが、第1部同様、この後半部分が、独立した忍者漫画としてもきっちり面白いのは言うまでもありません。

 第2部の自陣に迫る敵忍者との攻防戦というシチュエーションは、『伊賀の影丸』にも何度かありましたが、しかしあちらが太平の江戸時代が舞台であったのに対して、こちらは戦国時代真っ只中。
 まさしく戦時の只中における城の攻防戦は、全く意味合いが異なってくるわけで、その辺りの緊迫感がこの第2部の最大の魅力でしょう。

 赤影・青影以外にも、白影・黒影・紅影といった飛騨忍群の仲間たちが共に戦う集団戦テイストも、このシチュエーションあってこそのものであることは間違いありません。
(しかし漫画版では白影はここだけの登場なのが残念)

 そして第3部の、以前の敗北に恨みを持つ敵が、自分たちの里もろとも滅ぼしにかかるというのも、こちらはさらに戦国時代ならではのシチュエーションという印象があります。
 以前に倒した敵の残党が逆恨みして……というのは『伊賀の影丸』の「土蜘蛛五人衆の巻」でありましたが、非戦闘員まで含めて根絶やしにかかるという殺伐極まりないやり口は、やはり生きるか死ぬかの時代ならではというほかないでしょう。

 そして(命がかかったものではあるものの)どこかゲーム性の感じられるトーナメントバトルに対し、このレジスタンスは、大義名分があるだけに、より一層赤影と青影の戦いに緊迫感と凄惨さが感じられる――というのは、今回読み直してみての再発見であります。


 いずれにせよ、TV版とは似て非なる物語となりつつ、戦国時代という舞台を、忍者アクションという作品内容に有機的に活かしてみせた本作。
 これまでどうしてもTV版の印象が強すぎたのですが、こうしてみれば第1部も含め、やはり作者ならではの優れた忍者漫画であることは間違いないのであります。


『仮面の忍者赤影』第2巻(横山光輝 秋田文庫) Amazon
仮面の忍者赤影 (2) (秋田文庫)


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2017.09.28

北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵

 全17巻の折り返し地点を超えた北方『岳飛伝』第9巻。これまで一時の平穏を保っていた中華――いやその周辺を含めた世界ですが、ここに来て梁山泊を中心に一気に戦いの火蓋が切って落とされることになります。しかしその戦いの様相は、これまでとは少々違ったものとなることに……

 淮河を境界に、にらみ合う形となった金と南宋。緊張を孕みつつも一種の膠着状態となっていた両国にとって共通の敵は梁山泊。
 梁山泊を領内に抱える金と、梁山泊とはいわば宿敵の間柄の南宋と――まずはともに頭痛の種である梁山泊を潰すために、両国は密約を結ぶことになります。

 そしてその密約を踏まえてまず動き出したのは南宋であります。
 韓世忠率いる南宋水軍は、前巻の時点で既に梁山泊の交易船を襲撃したものの、これはあくまでもジャブのようなもの。彼の水軍による梁山泊の海上の拠点・沙門島攻めにより、梁山泊第一世代の一人が命を散らすことになります。

 一方、秦容が順調に開拓を続けてきた南方では、開拓の中心であった甘蔗園が、そして新たな形の街である小梁山が、奇怪な武器を操る謎の敵の襲撃を受け、多大な犠牲を出すことに。

 さらにこれらと期を一にして梁山泊に迫る兀朮率いる金軍本隊。北で、南で、海上で、様々な形と規模で、三つの国の戦いが始まったのであります。


 というわけでついに本格開戦となった第9巻ですが、しかし戦いの様相はこれまでの戦いとはいささか異なるものとなっているのが目を惹きます。

 何しろ、水軍同士の戦いといっても、河や湖ではなく、海の上での話。この戦いの始まりとなった沙門島攻めは格別、普段の戦いは広い海上で、遭遇戦の形で繰り広げられることとなります。
 さらに水軍にとっては船以上に人が――経験を積んだ水夫が――重要。さらに当然ながら船の存在も欠かせないことから、いきおい戦いは総力戦という形にはなりにくいのであります。

 そして南方の戦いですが――こちらはそれ以上にこれまでと全く異なる戦いと言ってもよいかもしれません。
 何しろ、秦容たちの入植地を襲うのは、グルカ兵を思わせる高地民族の傭兵。ブーメランのような飛刀を操り、尋常ではない運動能力を持つ彼らには、奇襲を受けたとはいえ、梁山泊の兵たちも大いに苦しめられることになるのであります。

 これまでにない戦場、これまでにない敵――物語の舞台が大きく広がった本作に相応しい戦いの形と言えるかもしれません。


 が、それでも梁山泊は梁山泊なのがたまらないのであります。
 沙門島壊滅に対しては、報復のために史進の遊撃隊がなんと南宋の首都・臨安に突撃あいrw、禁軍を粉砕。高地兵に対しては、秦容が単身半数以上を文字通り叩き潰し、逆に味方につけるために、高山に乗り込むことに……

 ここしばらく、梁山泊自体が、一つの「場」というよりも「運動体」へと移行していったこともあり、激しい戦いは久しくなかった印象もある梁山泊。
 しかしここで描かれた史進の、秦容の活躍は、初期梁山泊のそれを思わせるような破天荒かつ痛快なもの。特に史進の無茶苦茶な突撃には、敵であるはずの南宋軍人までもが「痛快」と評するほどなのですから……
(もっとも、その背後には史進の深い屈託があるのですが……)


 そしてもう一つ、梁山泊は破天荒な攻撃を仕掛けることになります。それは一言でいえば「国の兵站を切る」――麦を、米を買い占め、流通を支配することで、相手の国そのものに圧力をかけようという凄まじいスケールのものであります。

 武と武の戦いが、局地戦にしか見えないようなスケールのこの攻撃は、この『岳飛伝』における新・新生梁山泊ならではのものと言うべきでしょう。

 果たしてこの攻撃がいかなる効果を上げるのか――それを含めて、海上の、南方の、そして梁山泊の戦いの行方が(ことに、これでもかとフラグを立てまくった狄成の運命が)、気になって気になって、仕方ないのであります。
 そしてその中でのタイトルロールたる岳飛の役割も……


『岳飛伝 九 曉角の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 9 曉角の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり
 北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり
 北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる
 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方

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2017.09.27

武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その二) 人が生み出した美の中の希望

 武内涼の新境地、豊臣秀次のもとに召し出されたというだけで処刑を命じられた最上義光の娘・駒姫を巡る物語の紹介の後編であります。ヒーローの存在しない世界でも決して屈しなかった人々の姿とは……

 本作において駒姫たちの死を命じた天下人・秀吉――当時の日本の絶対権力者であり、彼の主であった信長を上回る力と残虐さ、そして見境のなさを持つ男。そんな人物の命に対して、抗する術があるとも思えません。
 その命が彼のみならず、彼の妻や腹心、その意を忖度する者たちによって補強され、遂行されるのであればなおさらであります。

 しかし人間には決して屈してはならない時があります。決して諦めてはいけない時があります。
 それは全く罪科のない娘が、自らの愛する人が犠牲になる時だけではありません。それを見逃せば、世に正義はなく、理不尽が支配するものであることを示すことになる――今がその時だからこそ、喜吽は、主殿助は走るのです。

 そしてそんな彼らの熱い戦いが、少しずつ周囲の人々を動かしていく姿には、魂を揺さぶられずにはおられないのですが――しかし、戦うのは彼らだけではありません。
 本作の最大の魅力は実にこの点――駒姫も、おこちゃも、それぞれの立場で、それぞれの形で、理不尽と戦う姿なのであります。


 ……実に、本作である意味最も理不尽な目に遭うこととなったのは、おそらくおこちゃでしょう。たまたま裁縫の腕が優れていたから、そしてその人柄の温かさから、駒姫の側に仕えることとなり、そして他の侍女が帰される中、ただ一人残されたおこちゃ。
 主殿助との祝言を目前としながら、完全に巻き添えとしか言いようのない首の座に直ることとなった彼女の立場からすれば、悲嘆と恐怖から、狂ったように取り乱しても無理はありません。

 しかし、彼女は決してその運命に屈しません。それどころか、同じ立場にある女性たち――駒姫やおこちゃほどは強くはない彼女たちのために、自らにできることを以て、支えようとすらしてみせるのです。
 ここで描かれるのは、彼女ならではの戦いの姿であり、そして人間の美しい矜持の姿であります。

 そしてそれを象徴するのは、決して何者にも屈することも、侵されることもない彼女の心が、人間の心が生み出した美であり――それは理不尽に対する一つの希望の姿とすら感じられるのです。


 思えば作者の作品では、常にこの世の理不尽の存在と、それに屈しない人々の姿が描かれてきました。
 そしてそれは時には、そんな人々の一人一人が持つ「技」と、そこから生み出される「美」の存在とともにあったことを(『妖草師 魔性納言』に描かれたヒロイン・椿の戦いを見よ!)、本作は思い出させてくれます。

 本作の表紙絵は、おこちゃが夢見たかのような美しい色とりどりの生地に包まれた駒姫の姿を描いています。
 あるいはその姿が、物語にそぐわぬ華やかなものと感じる方もいるかもしれませんが――しかしそれは、彼女たちの、彼女たちを想う人々の決して屈せぬ心を象徴したもの。むしろこの上なく本作に相応しい装幀と言うほかありません。

 そしてその美しさはきっと自分たちの心にもある。そしてそれだけが、新たな悲劇から自分たちを、人々を救うのだと信じたくなる……
 本作はそんな、途方もない悲劇でも決して消えない希望の灯を我々に見せてくれる作品であります。

 決して曲がらない作者の一本筋が通った想いで貫かれた本作、今こそ読むべき作品であります。


『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社) Amazon
駒姫: 三条河原異聞

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2017.09.26

武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で

 戦国時代(安土桃山時代)でも屈指の悲劇あるいは惨劇と言うべき、三条河原での豊臣秀次の妻妾の処刑。その中でも最も理不尽な運命を辿ることとなった最上義光の娘・駒姫と、彼女に関わる人々の姿を描いた、哀しくも、力強い希望を感じさせる物語であります。

 文禄4年(1595年)、関白にまで登りつめながら謀反の疑いを受け、叔父・秀吉の命によって切腹させられた豊臣秀次。しかしことはそれに収まらず、秀次の妻妾と子、総勢39名が三条河原で処刑され、その死体は家族が引き取ることも許されず、「畜生塚」と名付けられた塚にまとめて葬られることとなった……
 こうして史実を記していても胸が悪くなるようなこの事件を、本作は史実とフィクションを巧みに交えつつ、一つの物語として再構成いたします。

 謀略で家と土地を守ってきた羽州の狐・最上義光が、目に入れても痛くないほど可愛がってきた愛娘・駒姫。東国一の美女として知られる彼女が、秀次に見初められたことから、悲劇は始まります。

 義光も言を左右にして逃れようとしたものの、天下の関白の前には限りがあり、ついに十五歳の年に京に向かうこととなった駒姫。駒姫は、姉のように慕う御物師(裁縫師)・おこちゃら数名とともに、聚楽第に入ることになります。
 しかし当時、淀君との間に秀頼が生まれたばかりの秀吉は、己の子に天下を継がせるために秀次排除を決意。言いがかり同然に高野山に押し込められた秀次に、駒姫は目通りすることもないまま、時間は過ぎていきます。

 そして秀次の切腹、妻妾の処刑の命が秀吉から下り、彼女たちとともに罪人のように押し込められる駒姫とおこちゃ。
 当然ながら駒姫たちを救わんとする義光ですが、彼もまた秀次との連座の疑いをかけられ、表だって動けぬ状態であります。かくて義光は、懐刀の軍師・堀喜吽、そして次代を担う若者であり、おこちゃの許婚である鮭延主殿助に、駒姫救出のための工作を命じるのですが……


 ここではっきりと断らせていただけば、本作は作者がデビュー以来ほぼ一環として発表してきた時代伝奇小説ではありません。本作はあくまでも歴史小説――すなわち、ここで描かれる史実は決して変わらないのであります。
 本作で描かれるのは超人的な技を操る忍者や術師といった、頼もしいヒーローが存在しない世界。ごく普通の人々が生き――そして死んでいく世界なのです。

 それでは本作で描かれるものは、単なる絶望のみなのでしょうか。理不尽に運命に翻弄され、道理に合わぬまま死んでいく者たちを描くのみなのでしょうか?

 その答えは否であります。この物語で描かれるのは悲しみではなく怒り、諦めではなく誇り、絶望ではなく希望――人の世の、いや権力者の理不尽に対して最後の最後まで屈することなく、昂然と顔を上げて戦い抜いた人々の、誇り高き姿なのであります。


 そしてその姿とは――以下、次回に続きます。


『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社) Amazon
駒姫: 三条河原異聞

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2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き革袋に新しき酒、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

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2017.09.24

仁木英之『魔神航路 Z ゼウスとの決戦』 彼らの絆、最後の絆

 ギリシャ神話の世界に転生し、神々や英雄、そして魔神と融合してしまった若者たちが繰り広げる冒険を描いてきたシリーズもいよいよ最終巻。元の世界に戻るための鍵である金羊皮を手にするべく、コルキスに到着した一行を待つものは、最強の敵・ゼウスと……

 これまでの生活で密かに溜め込んできたコンプレックスを晴らすべく、融合したゼウスの力を振るう健史によってギリシャ神話の世界に転移してしまった信之たち6人。
 それぞれテューポーン、イアソン、ヘラクレス、ヒュラース、メディアと融合した彼らは、アルゴ船に集った英雄たちとともに、コルキスに向かうことになります。

 途中に待ち受ける魔物や古き神々、そしてゼウスの妨害を突破してコルキスに近づいた一行。しかし新たに仲間になったメディアの人間離れした強大な魔力に不審を抱いたヘラクレスと勇次が離脱、その一方でイアソンとメディアが結ばれ、賑やかなムードとなったアルゴ船ですが……


 というわけで、最終巻の主な舞台となるのは、この冒険の目的地であるコルキス。ヒロインの一人である海晴と融合したメディアの祖国であります。
 かつて祖国を追われた王子が、ゼウスの遣わした黄金の羊に乗って逃れたというコルキスの地。信之たちが求めるのは、その黄金の羊の皮なのですが――しかしその前に最強の番人が立ち塞がります。

 かつてメディアがその持てる魔力の限りを注ぎ込んで生み出したという炎の牛。かつてコルキスを滅ぼしかけたという無敵の存在を突破したとしても、その先には眠りを知らぬ黄金の龍が待ち構えます。
 そして金羊皮を求めるのは彼らだけではありません。この世界を超え、他の世界――信之や健史の世界をも支配すべく、ゼウスもまた、金羊皮を求めていたのであります。さらにその傍らには、ヘラクレスと勇次の姿までもが……

 ゼウスすら手を焼く炎の牛を、そしてその先の難関を突破することはできるのか。ゼウスに加えヘラクレスを打ち破ることはできるのか――そして金羊皮を目前とした時、意外な裏切りが彼らの繋がりを揺さぶることになるのです。


 これまで幾度も述べたように、ギリシャ神話のオールスター戦のようなアルゴ船の物語。その一方で、神話での彼らの冒険の結末(というよりもクライマックス)は、実は後味が良いものではありません。
 その大部分は、メディアの行動によるものなのですが――本作は、神話どおりの結末となりかねない要素を描きつつも、しかし全く異なる方向へと向かっていきます。

 それは神話とは異なるものの、しかしこれまでの物語を見ればなるほどあり得ないわけではない展開――そこで描かれ、問われるのは、その内容以上に、これまでの物語において培われてきた人と神、人と英雄、人と魔神の絆の存在であります。

 全く異なる世界に生まれ、そして全く異なる考えを、力を持って生きてきた彼ら。思わぬ運命に見舞われ、融合という形で行動を共にすることになりながら、彼らの間にはある種の絆が生まれてきました。
 その絆の形は、強さは、しかしそれぞれであります。どこまでも強く揺るがぬものもあれば、最初からぶつかり合いながらも決して切れないものもある。結びついていたものが裏切られることすらあります。

 そしてその絆の多様性――というよりも一筋縄ではいかなさ――は、同じ人と人でも同様であります。そもそもこの冒険のきっかけとなった健史のコンプレックス自体が、一見仲の良い友達同士であった信之たちと健史の間の溝にあったのですから。

 しかし本作は、その一筋縄ではいかない絆の中にこそ、か細くも一つの希望を見出します。
 絆は永遠ではないかもしれない。それどころか結びたくとも結べない絆もある。それでも、それでも新たな絆は生まれます。望んだ形と違うかもしれない、思いもよらぬ相手とかもしれなくとも……


 そんな人と他者との絆の姿を描いてきた本シリーズ。
 その題材がギリシャ神話であったのは、もちろん多士済々のアルゴ船という魅力的な題材はあれど、それ以前に、神も魔神もひどく「人間くさい」存在だからではないのか――物語の結末に至り、いまさらながらに感じた次第です。

 そして彼らの新たな絆に乾杯!
(信之はこれでいいのかな、いいんだろうな……)


『魔神航路 Z ゼウスとの決戦』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 Z (PHP文芸文庫)


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2017.09.23

山口譲司『エイトドッグス 忍法八犬伝』第1巻 開幕、もう一つの無頼の八犬士伝

 今月号の『コミック乱ツインズ』誌にで大団円を迎えた漫画版『忍法八犬伝』――山田風太郎があの南総里見八犬伝を題材として生み出した忍法帖に、山口譲司が新たに命を吹き込んだ物語の第1巻であります。

 時は江戸時代初期、安房里見家を突如襲った苦境。それは当代当主・忠義が将軍・秀忠の嫡男・竹千代に献上を約束した里見家の家宝・伏姫の玉――あの「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の玉を、奪われてしまったことに始まります。

 美しく妖しい八人の女芸人たちに忠義が現を抜かしている間に、こともあろうに「狂」「戯」「乱」「盗」「惑」「淫」「弄」「悦」の字が刻まれた偽物にすり替えられてしまった八つの玉。
 実は彼女たちの正体は、伊賀組頭・服部半蔵直属のくノ一衆、里見家お取り潰しを狙う本多佐渡守と結ぶ半蔵の命により、八玉を奪ったのであります。

 里見家の頼みの綱であった当代の八犬士を一蹴して逃れ去ったくノ一たち。八犬士たちは責任を取って切腹し、もはや打つ手なしと思われたところに、当代、いや先代となった八犬士が後を託したのは彼らの子供たちでありました。
 八犬士――いや侍という家業を嫌い、里見家を飛び出して姿勢で暮らす八人。彼らはいずれも甲賀の里で忍法の修行を積んだ者たちだったのであります。

 かくて甲賀の八犬士と伊賀のくノ一、八玉を賭けての忍法合戦が始まる……のか?


 このような基本設定の本作。原作既読者には今更言うまでもない内容ですが、言い換えれば、この漫画版は、大筋は原作に忠実な内容となっております。
 すなわち、八犬士が象徴する八つの徳目とはほとんど無縁の、むしろすり替えられた八玉の文字の方が似合うような連中が、ただ一人の女性――里見家の奥方・村雨姫のために、実力では遙かに上の相手に奇策でもって挑むという物語であります。

 しかし、上で「大筋で」と断ったのは、本作がこの骨子は変えず、しかし細かい部分には相当に手を入れているからにほかなりません。細かい挿話や登場人物もバッサリと省略し、また八犬士vsくノ一の忍法合戦の模様も、照らし合わせてみれば結構な違いがあります。

 が、それで本作がつまらないかといえば、それははっきりと「否」と言うことができます。

 物語の枝葉を整理し、その一方で幹と根の分を残し、目立たせる。それも――漫画で描かれるに相応しいスピード感をもって。
 本作はそれによって、細部は異なれど、しかし全体としてみればまさしく『忍法八犬伝』――そして何よりも、妖しく淫らなくノ一たちと無頼で不器用な八犬士たちの死闘を描く一個のエンターテイメントとして成立しているのであります。

 そしてそれは、作画者でありアレンジャーである山口譲司の筆に依るところが大きいのは言うまでもありません。

 主にエロコメの描き手として知られつつも、しかしその一方で伝奇アクションやミステリ、何よりも『おしとね天繕』『くノ一魔宝伝』などの時代ものを発表してきた作者。
 そんな作者が、今まで山田風太郎と縁がなかったのがむしろ不思議なほどですが――やはり実に馴染む、と言うほかありません。

 原作のアレンジという点でも、乱歩の長短編を漫画化した『江戸川乱歩異人館』が記憶に新しい作者ですが、原作のエッセンスを踏まえつつも、自分の作品として描いてみせるというのは、お手の物と言うべきでしょうか。


 もちろん、そのスピード感が時として物足りなさに繋がる点が皆無とは言えないのですが――この漫画版で姿を持った八犬士が魅力的であるだけにそれがなんとも勿体ない――それはある種のトレードオフと言うべきなのでしょう。

 少なくとも本作がもう一つの『忍法八犬伝』として成立していることは、前半部を収録したこの第1巻でも明らかなのであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』第1巻(山口譲司 リイド社SPコミックス) Amazon
エイトドッグス 忍法八犬伝 1 (SPコミックス)


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2017.09.22

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2017年10月号の紹介、後編であります。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 ついに最終回を迎えた本作。八犬士が、くノ一たちがこぞって死んでいく中、最後に残ったのは信乃と船虫のみ――伊賀甲賀珠の取り合い果たし合いも最終戦であります。

 と、実はこの戦いは原作にはない展開なのですが――しかし物語としては非常に盛り上がる良改変。この号と同時に発売された単行本第1巻に収められた第1話と読み比べれば、ニヤリとさせられる趣向があるのも嬉しいところであります。

 そして結末もまた、原作とは少々違った形なのですが、これがまたいい。原作のもの悲しさとは少々味わいを異にしながらも、よりドラマチックな、そして美しい結末となった本作――もう一つの『忍法八犬伝』として見事に完結したと感じます。
(詳しい紹介は、また単行本の方で)


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回も続く将軍家慶の日光社参編。江戸からの、そして京からの刺客が次々と襲う中、ようやく日光にたどり着いた家慶一行ですが、しかし日光例大祭の場でもまた新たな魔手と、思わぬ大自然のトラブルが……

 というわけで、今回もまた、ほとんど鬼役の担当業務外で奮闘を余儀なくされる矢背蔵人介。家慶の父たる大御所・家斉派の送り込んだ刺客、そして朝廷方の静原冠者と、次々と息継ぐまもなく襲いかかるのですが――その刺客たちとの対決模様もさることながら、感心させられるのは、そこに至るまでのシチュエーション作りであります。

 江戸城にいる限りは、食事に毒でも漏られない限り――その時のために蔵人介のような鬼役がいるわけですが――命の危険に晒されることなどまずありえない将軍。その将軍を危機に陥らせるためにはどうすればよいか? この日光社参編は、道中ものの手法を用いて、あの手この手でそのシチュエーションを作り出しているのが実に面白いのです。

 そしてついに数十人、いや数人までに減じてしまった将軍一行。いよいよ物語はクライマックスであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 四回の長きに渡り描かれてきた「鬼神転生」の章もついに完結。信長の血肉を与えられて復活した四人の武将の戦いもここに決着するのですが……

 秀吉を討たんとした長秀は返り討ちにあい、残るは秀吉・利家・氏郷となった鬼武将。己の子孫を残さんとする秀吉に目をつけられ、拉致された鈴鹿御前あやうし――という形で始まった今回。しかしその窮地は思わぬ急展開を見せ、そして最強の鬼武将・氏郷と激突する鬼切丸の少年。その戦いの行方を左右したものは……

 と、これまでの展開から考えると意外とあっさりと結末を迎えた感のあるこのエピソードですが、鬼武将たちの姿を、そして彼らと相対した鬼切丸の少年の姿を通じ、鬼とは何か、人間とは何かを描いてみせたのは、いかにも本作らしかったと言うべきでしょう。

 そして死闘の果て、鬼切丸の少年も愕然とするような信長鬼の「情」の存在が描かれる結末にも唸らされるのです(……が、冷静に考えればこれは以前にもあったような)。
 しかしまだ信長鬼を引っ張るのは、うーん……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 「熾火」編も第3回、相変わらず刺客に襲われ続ける聡四郎ですが、ようやく今回の本題である吉原運上金にスポットが当たり、物語が動き出した感があります。
 危機感を強めた吉原の名主衆たちがついに動き出し――と、上田作品らしい展開になってきた今回ですが、今回特に印象に残るのは、紀伊国屋文左衛門が語る、彼の一連の行動の理由でしょう。

 本作に限らず、極めて世俗的な理由で動く敵――いや登場人物がほとんどの上田作品の中でも、数少ない大望を持っていたといえる紀文。
 聡四郎が状況に流され続ける一方で、紀文の姿は自らの道を自らの力で選び取ろうとする者として――その内容や手法に共感できるかは全く別として――ひときわ目立つのです。

 そして印象に残るといえば、紅さん、今回もチョイ役ではありますが、実に可愛らしいツンデレぶりで眼福です。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.09.21

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)

 素晴らしいタッチのかどたひろし『勘定吟味役異聞』を中心に、『軍鶏侍』『仕掛人藤枝梅安』『鬼役』と原作付き作品四作品の主人公が配された、えらく男臭い表紙の「コミック乱ツインズ」2017年10月号。内容の方もこの四作品を中心に素晴らしい充実ぶりであります。

 以下、印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 来月単行本第1巻・第2巻が同時発売することとなった武村版梅安は巻頭カラー。小杉十五郎の初登場編である「梅安蟻地獄」の後編であります。

 仕掛けの相手である宗伯と見間違えたことで梅安と知り合うこととなった小杉。一方、梅安の仕掛け相手であった伊豆屋長兵衛は宗伯の兄であったことから、協力することとなった二人ですが、相手の側も小杉を返り討ちしようと刺客を放って……
 というわけで梅安・彦次郎・小杉揃い踏みとなった今回。本作では彦さんがかなり若く描かれているだけに、正直小杉さんとの違いはどうなるのかな……と思いましたが、三人が揃って見ると、彦さんはタレ目で細眉のイケメン、小杉さんは眉の太い正統派熱血漢という描き分けで一安心(?)であります。

 などというのはさておき、今回のハイライトは、橋の上で梅安が長兵衛を仕掛けるシーンでしょう。ダイナミックな動きからの針の一撃を描いた見開きシーンは、まさに武村版ならではのものであると感じます。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 連載第2回となった今回は最初のエピソード「軍鶏侍」の後編。園瀬藩内の暗闘に巻き込まれた隠居侍・岩倉源太夫が、江戸の藩主のもとに家老の行状を記した告発状を届けることになって――というわけで、当然ながら源太夫の前に刺客が立ちふさがることになるのですが、ここで一捻りがあります。

 家老方に雇われた、いかにもなビジュアルの三人の刺客――と思いきや、仲間割れからそのうちの年長の一人が残る二人を斬殺! 実はこの刺客と源太夫の間にはある因縁が……
 と、この辺りは定番の展開ではありますが、しかし既に老境に近づいた源太夫たちの姿をしみじみと描く筆致はさすがと言うべきでしょう。
 物語を終えてのもの悲しくもどこか爽やかな後味も、この描写あってのこと。隠居侍が再起する物語として、相応しいファーストエピソードであったかと思います。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今回からは幻の豪華列車を巡るエピソード。鉄道技術者として活躍し、九州鉄道の社長を務めた仙石貢が、物語の中心となります。

 ある日、島と雨宮のもとに仙石から舞い込んできた依頼。それは仙石が九州鉄道の社長時代にアメリカに発注した豪華車両のお披露目運転でした。
 輸送力増強のために奔走する島から見れば、豪華列車は仙石が趣味で買ったような代物。そんなものをごり押しで、しかも高速で走らせようとする仙石に反発する島ですが……

 前編で状況の説明と事件の発生を描き、後編でその背後の事情や解決を描くスタイルが定着してきた本作。その点からすれば、次回のキーとなるのは、「豪華さ」と「スピード」の両立を追求する仙石の真意であることは間違いありません。
 主人公が島であることを考えれば、何となくその先はわかるように思えますが――さて。


 以下、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.09.20

芝村涼也『鬼変 討魔戦記』 鬼に化す者と討つ者を描く二つの視点

 先に完結した『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズで大いに伝奇時代小説ファン、時代怪異譚ファンを驚かせた作者の新シリーズの登場であります。鬼と化して凶行に走る者たちと、それを討つ者たちの死闘を、作者ならではの視点から描く開幕編です。

 浪人の子であり、父を亡くした後、商家の小僧となった市松。それなりに平穏だった彼の日常は、店の前で行き倒れた物乞い夫婦が、人の良い主人夫婦に保護された日に一変することになります。
 その晩、眠りこけている店の者たちを次々と刺し殺していく何者かの影。間一髪、それに気づき、押入に隠れた市松は、その影が主人夫婦であること、そして物乞い夫婦に身をやつしていた男女が不可思議な技で主人たちを討つ姿を目撃することになるのです。

 自らも口封じに命を絶たれかけたところを、そこに現れた僧に救われ、彼らと同行することとなった市松改め一亮。
 一方、翌朝事件の発生を知り、惨憺たる店の有様を検めた南町奉行所の臨時廻り同心・小磯は、不可解な状況に尋常ならざるものの存在を感じ取り、独自に捜査を始めることになります。

 そして数日後、僧に伴われ、次なる惨劇の現場に立ち会うこととなった一亮。「芽吹いた」者を討つという僧たちは何者なのか。そして何故一亮は彼らに拾われたのか――いつしか一亮は、江戸の命運を左右するという戦いの渦中に身を置くことになるのであります。


 シリーズ開幕編ということでまだまだ謎の多い本作。敵の――いや彼らだけでなく、それに抗する僧たちも――正体や目的の詳細はわからぬまま、物語は展開していくことになります。

 どうやら敵は、いかなる切っ掛けによるものか、「鬼」に変じた、上で述べたように僧たちの言葉でいえば「芽吹いた」人間、そして僧たちは、遙か過去から鬼たちを討ってきた組織の人間……
 そこまではわかるものの、しかし物語を構成する要素の大半は、未だ謎のベールに隠されたままなのであります。

 しかしそれでも、いやそれだからこそ本作は面白い。そう思わせるのは、作者ならではの巧みな物語構成、そして視点設定の妙によるものでしょう。
 それを生み出しているのは、本作が二つの――一つは一亮の、一つは小磯の――視点から語られていくことによるものと感じられます。

 どうやらある種の特殊能力を持っているらしいものの、今のところはごく普通の少年でしかない一亮。そしてベテラン同心としての感覚で、一連の惨事の陰に何かがあるのを察知したものの、その真相を想像するべくもない小磯。
 彼らに共通するのは、それぞれ真相に対する距離に違いはあるものの、今のところは局外者でしかない点であります。すなわち彼らはヒーローでも魔物でもない、ごく普通の人間であり、本作は怪事に巻き込まれたそんな人々の物語なのです。


 この第1巻の時点で見えてくるものを踏まえて考えれば、本作はいわゆる「退魔師」ものであると想像できます。それも、かなりストレートなスタイルのものであると。
 時代ものといわず現代ものといわず、これまで無数に描かれてきた退魔師もの。そのありふれた題材を、本作は局外者の視点から――それも小磯の方は、いわゆる同心ものとしてのフォーマットをきっちり踏まえた上で、描きます。

 そこから生まれるものは、伝奇ものである以前に、時代ものとしての確たるリアリティ――鬼や超人が跋扈する世界を、我々常人の目からは隠された、しかし確かに我々の世界の隣に存在するものと思わせる手触りであります。

 虚実の皮膜ギリギリで展開する物語――それこそが時代伝奇ものの興趣の源であることは間違いありません。
 かつて『半四郎百鬼夜行』シリーズにおいてそれを見事に成し遂げた作者ですが、その手腕は、本作においてもしっかり健在であると言うことができるでしょう。

 この先、この世界で何が起こるのか、一亮と小磯が何を見ることになるのか――興味と期待は尽きない、新たなる芝村伝奇の幕開けであります。


『鬼変 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
鬼変 討魔戦記 (祥伝社文庫)

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2017.09.19

武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

 あの妖草師が帰ってきました。常世に芽吹き、人の世に害を為す妖草を刈るエキスパート・庭田重奈雄と、天眼通を持つ美女・椿の冒険を描くシリーズ第4弾であります。短編集形式の本作では、お馴染みの面々に加え、個性的な新キャラクターも登場し、新たな物語が始まることになります。

 この世の植物によく似た姿ながら、この世ならぬ常世に芽吹いて人の心(の負の部分)を苗床に育ち、その超常的な能力で害を為す植物――妖草。

 この妖草に対し、その正体・能力・性質を知り、対処する者たちが妖草師――本作の主人公・重奈雄は、代々京を守ってきた妖草師の家系に生まれながらも、故あって家を飛び出し、市井に暮らしながら妖草の脅威に立ち向かう白皙の青年です。
 その彼を支えるのが、華道滝坊家の娘・椿。生まれながらにこの世ならぬものの気配を察知する天眼通の持ち主である彼女は、愛する重奈雄をその力で助けてきたのでありました。

 そんな二人と宝暦事件の背後で妖草を操り恐るべき陰謀を企んだ怪人との戦いを描いた第3作『魔性納言』刊行後、一旦休止状態にあったシリーズですが、本作でめでたく復活。帰ってきた重奈雄に椿たちの新たな冒険を描く本作は、全5話から構成された短編集であります。
 『赤山椿』『深泥池』『遠眼鏡の娘』『姿なき妖』『無間如来』――いずれも奇怪な妖草の跳梁と、その陰の人の心の在りようが描かれる、その内容については後述するとして、まず見逃せないのは、新たなレギュラーが二人加わったことでしょう。

 一人は妖草師の修行のため、江戸からやってきた男装の美女にして剣士の阿部かつら。前作の事件を経て、妖草師養成の必要性を痛感した幕府が、妖草師の本場である京に派遣したという設定も実に興味深いのですが、その彼女が重奈雄に弟子入りし、長屋の隣の部屋で暮らすというのが、椿の心を乱すことになります。
 もちろん重奈雄は椿一筋、かつらも色気とは無縁のサバサバしたタイプなのですが、ようやく結ばれると思ったら(いや第3弾のラストからすればそう思って当然ですが)お預けのところに、悪い虫が! と一方的に椿をヒートアップさせるのが、本人には申し訳ないことながら実に楽しいのです。

 そしてもう一人は実在の本草学者・小野蘭山。植物や自然の事物に造詣の深い、まずは好漢なのですが――妖草の存在を認めようとしないのが玉に瑕(?)。
 重奈雄を胡散臭い男とみてことあるごとに突っかかる(しかしこういう立場のキャラの常として、妖草の犠牲になりやすい)人物で、決して悪人ではないものの、重奈雄にとっては何ともやりにくい人物なのです。


 そんな個性的な二人だけでなく、曾我蕭白や池大雅といったシリーズのレギュラー陣も健在で、賑やかなキャラ配置の本作ですが――短編集という性質故か、ストーリー的には少々おとなしめ、どちらかと言えば人情譚的側面が強い印象を受けます。
 が、これが本作においては良いアクセントとなっている――というよりも、妖草師の在り方に関わってくるのには感心させられました。

 言うまでもなく妖草を駆除するのがその任務である妖草師。しかし妖草も一種の植物であれば、単に生えたものを刈るだけでは足りません。二度とそれが生えることのないよう、その元を絶つ必要があるのです。
 冒頭に述べたとおり、常世に芽吹き、人の負の心を苗床に育つ妖草。だとすれば元を絶つとは、負の心をなくすこと――すなわち、悲しみや怒り、恐れといった感情に囚われた人々の心を癒やすこともまた、妖草師の任なのです。

 妖草師を志す者を登場させ、そして妖草師の原点を――彼が単に妖草と戦う存在ではないことを改めて示した本作。その物語は、シリーズの再開に相応しい内容と言えるのではないでしょうか。

 と、その一方で、シリーズらしい奇想に富んだ妖草バトルも忘れられてはいません。特に巻末に収められた表題作は、他の作品とは毛色が異なり、妖草の力を得て巨大な野心を抱えた者を相手に、重奈雄が完全武装で挑むアクションシーン満載の物語であります。

 内容的には長編でも良かったのでは――というのはさておき、敵に力を貸す妖草の正体も、ある意味非常にメジャーな、仰天ものの存在で、いやはや本作の物語バリエーションと世界観の豊かさを感じさせます。


 何はともあれ、新たなキャラクターを迎え、シリーズの魅力を再確認させてくれた本作。次はあまり間をおかずに続編に出会いたい――そう思ってしまうのも無理はない一冊なのです。


『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫) Amazon
無間如来: 妖草師 (徳間時代小説文庫)


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2017.09.18

吉川景都『鬼を飼う』第3巻 大人サイドと青年サイドで描く二つの奇獣譚

 昭和初期を舞台に、人知を超えた奇妙な生き物――奇獣を巡って繰り広げられる奇妙な物語も、はや3巻目。奇獣に魅入られたかのような帝大生・鷹名を中心とした物語は、時に静かに、時に激しく展開し、次第にその真実の顔を明らかにしていくことになります。

 東京は本郷で無愛想な主人・四王天と美少女・アリスが営む四王天鳥獣商を訪れたことがきっかけで、奇獣と関わり合うこととなった帝大生の鷹名と司。
 奇獣の引き起こす奇怪な事件に次々と巻き込まれる二人ですが、やがて四王天と司は、実は鷹名と奇獣の間のある因縁を知ることになります。

 一方、奇獣関連の事件を扱う特高の特殊部隊・夜叉は、東京で奇獣絡みの事件が続発していることに不審を抱く中で、思わぬ大物の登場に不覚を取ることに。
 一連の事件の背後で糸を引く何者かの影。真意を見せない四王天の謎めいた行動もあり、事態は一層混迷の度合いを深めることに……


 という状況を受けてのこの第3巻は、これまで同様、縦糸となる奇獣にまつわる陰謀の影を描きつつ、基本は1話完結のエピソードで展開していくことになるのですが――この巻においては、それがさらに二つの流れに分かれて描かれることになります。

 その一つは、四王天や夜叉のサイド、奇獣とは付き合いの深い彼らを中心としたシリアスな物語。これまでにも描かれてきた縦糸に近いエピソード――奇獣とその持ち主を時に襲い、時に監視する何者かの正体を追う彼ら、いわば大人サイドの物語が、こちらでは描かれることになります。

 そしてこの大人サイドで今回ついに登場することになるのは、一連の事件の背後に見え隠れしていた謎の軍人・宍戸の姿なのですが――これがまた強烈なキャラクター。
 私は金が大好きなだけと公言して憚らぬ一方で、奇獣の力を試すために、人の命を平然と犠牲にするこの男、飄々とした部分とひどく冷酷な部分を合わせ持った、曲者揃いの本作でもさらに油断のできぬ人物であります。

 この巻では、彼の行動と目的らしきものの一端が描かれるのですが――さてこれがこの先何に繋がっていくというのか。単に金儲けのためとは思えぬ彼の真意は何なのか、この先の物語を大きく左右することになることは間違いないでしょう。


 そしてその一方で描かれるのは、鷹名と司の――青年サイドの物語であります。
 四王天が不在の間に、奇獣絡みの事件の解決を任された鷹名と、彼をフォローする司。奇獣の能力に翻弄されながらも何とか一つ一つ事件を解決していく鷹名ですが、実はその背後には彼自身の秘密と、それを踏まえての四王天の思惑が……

 という裏の事情もあるものの、純粋に登場する奇獣の能力・生態と、奇獣たちに対する鷹名たちのリアクションが実に楽しいこちらのサイド。
 奇獣に対してはほとんど生き字引の四王天に比べれば頼りない二人ですが、しかしだからこそ正体不明の奇獣たちの能力と、奇獣が引き起こす騒動への打開策が一つ一つ明らかになっていく展開が、実に魅力的なのです。

 剣呑な奇獣の登場が多い大人サイドに比べれば、こちらに登場する奇獣は比較的おとなしめ。しかしそれだけにどこか呑気で、時にすっとぼけたような彼らの姿は、時に民俗的な味付けも含めて、作者の作風に非常に良くマッチしているという印象があります。(特に猫又とその飼い主……)

 またこちらは大人サイドでありますが、20年に一度、とある旧家に現れてはその家の男児を取っていく奇獣・アネサマのエピソードも実にイイ。
 変形の座敷童子譚とも言うべき設定自体はさまで珍しくはありませんが、人間のエゴと旧習の不気味さを描くきつつも、ある純粋な想いが招いた因縁の結末には、思わず涙がこぼれそうになりました。


 何はともあれ、派手な伝奇活劇と、時にコミカルで時に感動的な怪異譚と――大人サイドと青年サイドで対照的に描かれる二つの奇獣の物語が魅力的な本作。

 正直なところ、アクション描写については不満がなくもないのですが、ついに黒幕的存在も登場したいま、二つの物語がこの先どのように交わり、どのように展開していくのか――大いに楽しみであることは間違いありません。


『鬼を飼う』第3巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス)


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2017.09.17

『風雲ライオン丸』を見終えて(後編)

 『風雲ライオン丸』の全編を通じての印象の後半であります。決して悪い作品ではない、むしろ評価できる点も多い本作。しかし……

 それでは本作が手放しで絶賛できる作品かといえば、しかし否という必要があるのでしょう。
 残念ながらあまり評価できないのは、むしろ物語構成や人物配置における迷走ぶり(というのは言葉が強すぎるかもしれませんが)というべきもの――ライバルキャラとして登場したはずの黒影豹馬のあっさりした退場、そして代わって登場した虎錠之助のキャラの弱さに代表される部分であります。

 特に虎錠之助/タイガージョーJrは、言うまでもなく前作の人気キャラクターである虎錠之介/タイガージョーの再来を狙ったキャラですが、作中では出自不明(はいいとして)で目的不明、今ひとつ立場がはっきりしないというキャラクター。
 終盤は出番が少なく、最終決戦にも参加しない――いやそれ以前に、初期は錠之介なのか錠之進なのか錠之助なのか、名前が固まらなかったというのは、ある意味このキャラの立ち位置を雄弁に物語っていると感じます。

 そのほかにも、外したり被ったり(さらに言えば、外した次の回にはまた被っていたり)のライオン丸の兜や、突然再登場して前作との関係性をさらにややこしくした快傑ライオン丸、何よりもヒロインの父であり旅する理由であった勘介の作中での扱いなど……
 色々と画面の外での混乱や試行錯誤が窺われる部分が、結果として本作の完成度を削ぐ結果となっているのは、やはり残念と言わざるを得ません。


 結局のところ本作は、言われているほど悪くない、いや瞬間最大風速的には前作を上回る点もありつつも、残念な点も少なくなかった、という評価になるのかもしれません。
 しかしここには本作ならではの、本作でしか見れないものが――傑作であった前作にもないものがあった――それは間違いないと感じます。

 その最たるものは、舞台となる戦国という時代の一つの有り様が、物語から痛いほど伝わってくる点であります。

 前作の敵・大魔王ゴースンに比べれば、その正体等で謎の点も非常に多いだったマントルゴッド。
 もちろんビジュアルインパクトではゴースンに勝るとも劣らない(というより特撮史上に残る)存在だったなのですが、それはさておき、僕はこのマントルゴッドの、マントル地下帝国の正体不明ぶりこそ、この本作の魅力の一つが現れていると感じます。

 ただひたすらに強大で恐ろしく、非情な存在――それを前にした人々は恐れ惑い死んでいくか、あるいは膝を屈してその一部になるしかない存在。
 それはもちろんヒーローに対する悪というものの定番の描写でありますが、本作においてはその正体不明の悪意に満ちた力こそが、舞台となる戦国時代の――個人の力ではどうにもできぬ巨大な時代の流れの象徴、一つの顕れとして感じられるのです。

 そしてまた、獅子丸が戦ってきた相手は、マントル一族だけではありませんでした。彼の前に立ち塞がったのは、同じ人間の無理解や悪意、利己心など――戦国という時代の隙間から吹き出してきた人間の業とも言うべきものもまた、彼を強く悩ませてきたのです。
 マントル一族がなければ、人々が犠牲になることはなかったのか――その数は減ることはあれど、しかしその答えが否であることを、本作の物語は雄弁に語ります。

 今なお語り草である本作の結末――勝ったと叫びながらも笑顔一つなく消えていく獅子丸の姿には、自分が倒したものはこの時代と世界を象徴する「悪」の一つに過ぎなかったことに気付いてしまった(気付かざるを得なかった)者の苦悩を感じる……
 というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが、そこには時代という壁にぶつかったヒーローの姿が確かにあることは間違いありません。

 その意味で本作は、前作でも至らなかった境地に達してしまった、希有の特撮ヒーロー時代劇であったと言えるのではないでしょうか。


 ついつい熱が入りすぎて妙なところまで入り込んでしまった感もありますが、これがそれが僕の大げさな物言いであるかどうか、ぜひとも機会を見つけてご確認いただきたいと、心から願う次第です。


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2017.09.16

『風雲ライオン丸』を見終えて(前編)

 これまで全25話の紹介をさせていただいた『風雲ライオン丸』。その全編を通じての印象のまとめであります。

 特撮ヒーロー時代劇屈指の名作であることは誰もが認めるであろう『快傑ライオン丸』の後番組である本作。しかしライオン丸の名を冠し、主人公「獅子丸」を演じるのは前作と同じく潮哲也――でありつつも、前作の続編というわけではないという少々ややこしい立場の作品です。
 そのためか、本作は前作とは大きく異なる趣向を導入することになります。そう、「西部劇」のテイストを。

 ポンチョ風のコスチュームをまとった主人公、舞台の多くは延々と続く荒野、ライフルや幌馬車といった小道具等々……
 しかしそれが裏目に出て、視聴者や出演者にも違和感を感じさせた、という逸話は、それはそれで納得できるのですが、しかし今回見直してみて、個人的には言われているほど違和感があると感じなかったのは、一つの発見でした。

 そもそも時代劇と西部劇の組み合わせに親和性が高いのは、『用心棒』が『荒野の用心棒』に翻案されたり、その用心棒を思わせるキャラを主人公とした(本作の前後に放映された)三船プロの素浪人ものがあるのを上げるまでもないお話。
 それよりも時折登場する現代的な「超科学」の方がよほど違和感が――というのはさておき、本作の狙い自体は悪くはなかったと感じます。
(そもそも前作終盤にガンマン怪人たちが登場しているわけで……)

 あの時代に馬車や爆弾がゴロゴロしていたかと言えばまあアレなのですが、しかしひたすら砂と埃と岩が続く世界観は、人々の剥き出しのエゴが描かれ、人の命があっさりと奪われていく物語に、実によく似合う。
 さらにまた、第7話「最後の砦」のように、西部劇要素を時代劇に巧みに落とし込んでみせたエピソードもあることを考えれば、これは一種のアクセントとして認めるべきではないか――というのはやはり過大評価かもしれませんが。

 ちなみにある意味「超科学」であり、本作を語る際にネタ的に扱われる弾丸変身ですが、確かにロケットで天高く舞い上がり、戻ってくると変身しているというのは、悪い意味でインパクトが大きいのは否めません。
 しかし作中では精密機器ゆえロケットが故障して危機に陥るエピソードや、ロケットを利用して窮地を脱出する(洞窟からの水平脱出、変身しながらの空中の敵への一撃等)等、バンクシーンだけで終わらせない工夫が印象に残ります。

 特に印象に残るのは、数々の強烈な演出が飛び出した第19話「よみがえれ弾丸変身!!」でのシーンでしょう。苦悩の末に谷底に身を投げたかに見えた獅子丸が、落下途中で変身、大反転して宙高く舞うことでその精神の復活をも高らかに宣言してみせるくだりは、変身シークエンスと物語の盛り上がりを完璧に融合させたものとして、ヒーロー史上に残る変身シーン――あ、これも過大評価ですか。

 いずれにせよネタ的に(ネガティブな点から)取り上げられることも少なくない本作の趣向は、決してそれだけで終わるものではなく、一つ一つの場面、そして何よりも物語と有機的に結びつくことで大きな効果を上げている(ことも少なくない)ことは声を大にして申し上げてもよいでしょう。

 そしてそれが本作のハードな物語展開と噛み合った時、最大限の効果を発揮するものであり――そこに生まれたものは、前作から繋がる豊かなドラマ性を、さらに押し進めてみせたものと言えるでしょう。
 もちろんそれを曇り方面に押し進めすぎたきらいは否めませんが……


 それでは本作が手放しで絶賛できる作品かといえば――以下、次回に続きます。


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2017.09.15

北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方

 北方大水滸伝の最終章も折り返し地点間近、史実を離れて南宋に処刑されなかった岳飛の戦いが、いよいよここから始まることになります。同盟を結んで梁山泊に当たらんとする兀朮の金と秦檜の南宋が暗躍し、海上で、南方でいよいよ戦いの火蓋が切って落とされる中、岳飛と梁山泊がついに……

 国家と民族を巡る考え方の違いの末に秦檜と対立し、処刑されるところを、梁山泊の助けで南方に逃れた岳飛。元・岳家軍の兵たちが集まり始める中、彼は再起に向けて動き出すことになります。
 といっても初めはたった二人で始めた新生岳家軍、兵は集まっても彼らを食べさせ、備えさせるには先立つものが――ということで、軍閥として立っていた頃からは考えられない苦労をすることとなった岳飛たちですが、しかし梁山泊の、地元の住民たちの、そして友人とも仲間とも言うべき大商人・梁興の助けで、その力を蓄えていくことになります。

 しかしそんな中でも中原での状勢は刻一刻と変化し、宿敵であったはずの金と南宋の同盟は秒読み状態。それぞれに北と南にまつろわぬ国を抱えながらも同盟を結んだ両国の敵は、もちろん梁山泊であります。

 そんな中、日本からの帰路で遭難した梁紅玉を張朔の船が救助したことから、勝手に瞋恚を抱いた韓世忠が、半ばそれを口実に王貴の船を襲撃(また襲われ役……)。小規模とはいえ、ついに南宋と梁山泊の水軍の間の戦いの火蓋が切って落とされることになります。
 一方、国力増強のために南方を傘下に治めんとする秦檜の命により、南宋軍が阮廉の村を襲撃。新生岳家軍はこれを完膚なきまでに打ち払ったものの、もちろんこれが第一歩に過ぎないことは言うまでもありません。

 かくて梁山泊と南宋、さらに金との間が一触即発となる中、その最前線とも言うべき南方では、ついに岳飛と秦容が対面することに……


 というわけで、いつまでも岳飛の生存に驚いている場合ではなく、いよいよ風雲急を告げる物語。岳家軍と金の全面対決が終結して以来、しばらく大きな戦が描かれなかったこの物語ですが、束の間の平穏はついに破られることとなります。

 と言ってもこの巻で描かれるのはまだまだ局地戦も局地戦――小競り合いというか、感触を探る程度に過ぎないレベルであります。本気になれば数万、数十万単位のぶつかり合いとなる、国と国との戦いにはまだほど遠い状況ではあります。
 しかし戦いそのものもさることながら、そこに至るまでに、各所で蓄えられた力がグツグツと煮えたぎっていく様がまたたまらないのは、これまで同様。致死軍が思わぬ形で金に食い込めば、ほとんど唯一それに気付いた蕭炫材がこれに抗しようとし――というくだりなど、初期の梁山泊の戦いを思わせてくれます。

 そして山岳戦という思わぬ形で活路を見出そうとする岳家軍の特訓も続き、全面対決が始まった時に何が起こるのか、楽しみになるばかりなのであります。


 しかし――この巻のハイライトは、別のところにあります。

 中原を漢民族の手に取り戻すために戦ってきた岳飛。しかし故国であったはずの南宋に命を奪われかけ、南方に落ち延びてきた彼に、これまで同様の戦いができるのか。何を戦いの目的とすべきなのか――その答えが、彼とも梁山泊とも関係の深い梁興の口から語られることになります。
 梁山泊が水だとすれば、おまえは器を作ればいい。器が良ければ水はその中にきれいに収まる――と。

 その一方で、秦檜は南宋を器にし、同時に水にしようともしているという評も興味深い。
 これまで何となくわかっていたようで、明確に示されていなかった三者の在り方の違いが、彼らのことを深く知りつつ、独自の距離をおく梁興の口から語られるというのは、これは見事な構図と感じさせられます。

 ここに金が加わった四者の戦いで、その関係はどのように変わっていくのか。既に一種の概念となった梁山泊を、岳飛は見事に受け止めることができるのか――いよいよ物語は中盤、戦いの始まりの時であります。


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2017.09.14

『風雲ライオン丸』 第25話「マントル地下帝国最後の日!!」

 ライオン丸に最強の怪人マントルテロスを差し向けるマントルゴッド。三吉と志乃を人質に取られつつも、錠之助の助けでマントルテロスを打ち倒した獅子丸は、ただ一人マントルゴッドを倒すことを決意する。死んでいった者たちの面影を胸に、地下帝国に乗り込む獅子丸を待つものは……

 ついに最終回、既にアグダーや勘介を失い、獅子丸に本拠地を知られて後がないマントルゴッドは、自分の分身だという怪人マントルテロス(分身のわりにはマントルゴッドに敬語を使っているのはデボノバのような立場だから?)を放つのでした。

 その頃、ただ一人本拠地に向かう獅子丸ですが――しかし彼を追いかけてきたのは故郷に帰ったはずの志乃の馬車。父の仇を討つと一人戻ってしまったという三吉を追って、二人は先を急ぎます。と、案の定襲われていた三吉は、手に持っていた手製の爆薬(なにげに剣呑この上ない)で地虫を蹴散らしながら逃げますが、追い詰められたところに現れたのは、本当に久々のタイガージョーJr! どこに行っていたんだお前。
 一方、獅子丸は現れたマントルテロスの攻撃に苦戦中のところ、志乃を地虫たちに攫われてしまうのですが――駆けつけた錠之助が救出。形勢不利とマントルテロスはさっさと逃げ出すのでした。

 そして改めて地下帝国に乗り込もうという獅子丸ですが、なんとここで同行しようという錠之助を拒絶。確かに上から目線でかき回しながら、ここのところ大事なエピソードは欠席していたから――ではたぶんなく、自分一人の力でマントルゴッドを倒したいという獅子丸の強い決意に、錠之助も志乃も三吉も、ただ彼を見送るしかないのでした。
 そして行く手に再び立ち塞がったマントルテロスと激闘を繰り広げた獅子丸は、怪人の吐くガスで左腕の自由を奪われながらもテロスを倒すのでした。(一回しか斬ってないのに五体バラバラになったテロス――と思いきや、獅子丸が行った後に再生!)

 兄・影之進、豹馬、虹之助、そして――ええと、第12話の地獄党の雷之介!? を脳裏に思い浮かべながら地下帝国に足を踏み入れる獅子丸。が、早速扉が締り、閉じ込められた獅子丸に地虫、地雷、ガスetc.が襲いかかります。そしてそれをなんとかくぐり抜けたと思いきや足元が崩れ、下のフロアに落ちた獅子丸は、檻に閉じ込められることに……
 その前に三度現れるのは再生したマントルテロス。闘志に燃える獅子丸は、何と地底の、檻の中で強引にロケット変身! マントルテロスと激突します。延々と続く死闘の果てに、マントルテロスが何かを守っていることを気づいた獅子丸は、その物体(冒頭にマントルゴッドが言っていた命の泉?)に一撃!

 それこそはマントルゴッドの急所、地面の巨大な目から口から火花を、炎を吹き出すという、そのビジュアルにふさわしいインパクト満点の断末魔を見せるマントルゴッドは、お前も道連れだ的なことを言い残すのですが、地底帝国が崩れ落ちる中、獅子丸は「俺は勝ったんだーッ!」と絶叫するのでした。
 そして戦い終わり、無事に脱出したらしい獅子丸を見送る志乃と三吉、錠之助。しかし獅子丸は、念願を果たしたヒーローのそれとは思えぬ表情――虚しさとも疲れとも諦めともつかぬものを浮かべ、夕陽の中に消えていくのでした(おわり)。


 というわけで、それ以前に死んだわけでもないライバルキャラが最終決戦に参加しないという、前代未聞の、しかしなんとなく本作らしい最終回である今回。突然出てきた上にそれほど強くない最強怪人マントルテロス、その巨大さのわりには一発で倒されたマントルゴッドなど、突っ込みどころはあれど、しかし情念が込められまくった獅子丸の姿を見ていればそんな気持ちは吹き飛びます。

 そしてラストシーン――自らの命を犠牲としつつも、正義のヒーローとしての運命を全うした快傑ライオン丸に比べれば――いや他のどんなヒーローと比べても(タイガーセブンは除く?)その異様さは際立つものがあります。
 しかしそれもまた、弾獅子丸が己の道を全うした果てのことであり、本作の結末としてふさわしいものであるとも感じられます。少なくとも、見た者の心に強く強く残る結末であることは間違いないでしょう。
(本作全体を通しては、別途まとめ記事を書く予定です)


今回のマントル怪人
マントルテロス

 マントルゴッドの分身であり、地下帝国を守る最後の切り札。先が二又に分かれた槍を獲物とする。槍に巻いた赤い綱で首を締めたり、投げた槍を自在に操るほか、口から相手の動きを封じる白いガスを、左手首からは火花を放つ。マントルゴッドが生きている限り不死身の再生能力を持つが、マントルゴッドの急所を刺されて共に滅んだ。


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2017.09.13

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』 第一幕「明治十六年 神谷道場」

 ついに『るろうに剣心』が帰ってきました。18年前(!)の完結時からその構想が語られてきた北海道編――それがついに描かれる日が来たのです。お馴染みの面々に、昨年発表された前後編に登場した少年少女も加えて始まった物語は、ブランクを全く感じさせぬ、快調な滑り出しであります。

 雪白縁との死闘の果て、自らの贖罪の生の在り方を悟り、そして薫と結ばれてひとまずは戦いの生から退いた剣心。それから五年後、一子・剣路が生まれ、神谷活心流道場は盛況と、まずは穏やかな毎日であります。
 そんな中に転がり込んできたのが、共に前科一犯の少年・明日郎と阿爛――というのは昨年掲載された『明日郎前科アリ』で描かれた内容ですが、北海道編は、このエピソードを踏まえて始まることになります。

 『明日郎前科アリ』で志々雄一派の残党に加わり、明日郎に接近してきた少女・旭。実は元々残党の人間ではなく、謎の組織(?)の命を受けて潜入していた彼女ですが――そこから抜けようと組織の人間と言い争っていたところに割って入ったのが、偶然居合わせた明日郎であります。
 当然ただですむはずもなく、警官も集まる大騒動となったところに駆けつけた剣心。志々雄の愛刀・無限刃に突き動かされるように襲いかかる明日郎に対し、剣心は久々にあの刀を手にすることになります。

 そんな騒動の末、神谷道場に迎え入れられることとなった旭。そして混乱の中、組織の人間が落としていった封筒に入っていたのは、既に死んだと思われていたある人物が写った写真でありました。
 その裏に記された「北海道 函館」の文字を手がかりに、剣心たちは北海道に渡ることを決意することになります。

 そしてその函館では、警察の一団を全滅させた「逆賊」に対し、軍隊が投入され……


 と、早くも色々と盛り上がる連載第1回。賑やかで平和な神谷道場の様子、新顔である明日郎たちの活躍(?)、久々の剣心の飛天御剣流に、ラストにはあの男も登場……と、実に「うまい」としか言いようのない展開であります。

 何よりも嬉しいのは、剣心・薫・弥彦が、それぞれに時を重ねながらも、しかし全くあの頃と変わらぬ姿で――それはもちろんビジュアルだけでなく、キャラクター性も含めて――登場してくれたことでしょう。
 彼らに再び会えるのは嬉しい、しかしあの頃と全く変わってしまっていたら――という不安は、かつての愛読者が誰もが一度は抱いたかと思いますが、全くの杞憂でした。

 もっとも、一つだけひっかかったのは、暴走する明日郎に対して、剣心が弥彦から逆刃刀を受け取って立ち向かったことですが――逆刃刀の継承は、過去から現在、そして未来への時代の流れを象徴するものであった(と思われる)だけに、これは少々残念。
 もっともこれは、過去の亡霊は過去の人間が相手をするということだと考えるべきでしょう。何よりも第1話に剣心の活躍が描かれないわけにはいかないですし!

 閑話休題、そんな懐かしさだけではなく、もちろん新たな物語ならではの要素も実に気になるものばかりであります。
 旭を縛ってきた(どうにも後ろ暗いとしか思えない)謎の組織、軍隊まで投入されるような巨大な敵、そして何よりも、全く予想もしなかった形で登場したあの人物……
(特に最後の要素は、まだこの膨らませ方があったか、と感心)


 何はともあれ、物語は動き始めました。
 自分の作品には極めて誠実な作者のこと、本当に色々あってハッピーエンドを迎えた物語を再び語り始めることには、相当悩まれたのではないかと思いますが――しかしそれでも新たな物語が始まったということは、それが安易な続編ではなく、かつての、そしてこれからの読者を決して失望させないものとなることの証とも感じます。

 そしてそこで描かれるものは、間違いなく、重い過去を背負い、苦しい現在を生きつつも、輝く未来を目指すことを止めない人々の姿であると――僕は信じています。


 ちなみにこの北海道編に合わせて、作者の公私にわたるパートナーである黒碕薫による小説『るろうに剣心 神谷道場物語』が掲載される模様。
 今回描かれたのは剣心と薫の婚礼で起きた大騒動ですが、あるキャラの滅多にないような側面が見られてなかなか愉快な内容でした。

 本編では描けなかったようなエピソードを拾っていく内容となるのではないかと思いますが、剣心たちの意外な素顔を描く物語として、こちらも大いに楽しみにしております。

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』(和月伸宏 ジャンプSQ 2017年10月号) Amazon
ジャンプSQ.(ジャンプスクエア) 2017年 10 月号 [雑誌]


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2017.09.12

横山光輝『魔界衆』 滅びゆく超人たちと切なる祈り

 大坂夏の陣を生き延びた真田幸村は、豊臣家再興のため、飛騨に住まう伝説の「魔界衆」を探し出し、助力を得ようとしていた。その動きを察知した南光坊天海は配下の忍者集団を派遣、魔界衆の根絶を目論む。幸村との接触で外界に興味を持った若き魔界衆を待つ運命は……

 横山光輝の時代伝奇SF――そのおどろおどろしいタイトルと裏腹に、ある意味作者らしい一種の無常感・寂寥感を感じさせる物語であります。

 大坂の陣で死んでおらず、猿飛佐助・霧隠才蔵とともに生き延びていた幸村。何者かを探し、諸国をさすらう彼らの目的こそは、伝説の一族・魔界衆でありました。
 外界から隔絶された飛騨の山中に潜み、テレパシーなど常人を超えた能力を持つという彼らを味方につければ、豊臣家再興も夢ではないというのです。

 そして偶然魔界衆の赤子を見つけたことで、首尾よく魔界衆の里に入り込んだ幸村。しかしこの地に住み着いて以来、一族以外の人間との接触を禁じてきたという魔界衆の長は幸村の依頼を拒絶するのですが――兵馬ら魔界衆の若者たちは外界に興味を抱き、幸村とともに里を出て見聞を広めることになるのでした。

 一方、家康のブレーンである南光坊天海は、配下の忍者・九鬼一族に幸村抹殺を命じたものの、幸村が魔界衆と接触したことを知り、憂慮を深めます。
 九鬼一族の秘術と、魔界衆と同等の力を持つ天海によって追い詰められていく兵馬たち。さらに天海は魔界衆の里にもその手を伸ばすことに……


 と、幸村と手を組んだ魔界衆vs天海配下の忍者団の死闘が繰り広げられるアクション時代劇――と思いきや、それとは一風異なった物語展開を辿ることになる本作。
 何しろ、物語序盤は幸村視点で物語は進むものの、中盤以降はほぼ完全に彼の存在はフェードアウト、物語は完全に兵馬たち魔界衆が、天海率いる幕府の力に次第に追い詰められていく様を描いていくのですから。

 確かに本作には、いかにも横山時代劇らしいバトル要素もふんだんにあります。
 不死身の巨人を操る秘術、近づいたものを絡め取る「布とりで」(どこかで聞いたことがある……)などの忍法を操る九鬼一族に対し、兵馬らはテレパシーによる連携と常人離れした身体能力、そして一族に伝わる「神器」の力で激しい戦いを繰り広げるのですから。

 しかしその戦いは、それ自体が目的となるトーナメントバトル的なものでは決してありません。その戦いは、あくまでも物語を描くための手段にとどまるのであります。
 それではその物語とは何か? それは人間以上の力を持つ者たちが、その力故に運命に翻弄された末、多数者から弾圧され、滅ぼされていく物語――それであります。

 実は横山作品には(それが主題であるか否かはさておき)こうした構図の物語が決して少なくはありません。『闇の土鬼』の血風党、『地球ナンバーV7』の超能力者たち、あるいは『その名は101』のバビル2世……
 本作の魔界衆もまた、その力故に幸村のような人間に利用され(そうになり)、そして徳川幕府に追い詰められていく者たちなのであります。

 そう、ここにあるのは、横光漫画のトーナメントバトルにある非情さとは似て非なる、無常さとも言いたくなる味わいであり、人間存在に対するシニカルな視点なのです。


 正直に申し上げて、それ故本作は、どこか味気ないものを感じさせるのも事実なのですが――しかし、ラストで語られる本作のタイトルの本当の意味には、作者が人間という存在に賭けたある種の希望を、切なる祈りを感じさせます。
 そしてそれが本作独自の魅力であることは間違いありません。


 それにしても、魔界衆が『マーズ』の異星人のような置き土産を残さなくてよかった、というのは、もちろん蛇足であります。


『魔界衆』(横山光輝 講談社漫画文庫 全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
横山光輝時代傑作選 魔界衆(上) (講談社漫画文庫)横山光輝時代傑作選 魔界衆(下) (講談社漫画文庫)

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2017.09.11

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 おそろしいことに、よく考えてみれば今月を除けば今年もあと3ヶ月! 道理で最近は涼しい日も少なくないわけです。しかし悲しむ間もなく(?)本は刊行されるのはありがたいお話――というわけで10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 10月は文庫小説も漫画もそれなりの点数といったところ。文庫の新作はいずれもシリーズ最新巻、好調シリーズ第4弾の山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ』、何度か延期していた完結編(?)がようやく登場の風野真知雄『女が、さむらい』第4巻、そして上田秀人『禁裏付雅帳 5 混乱』が並びます。

 一方、文庫化の方では、シリーズ完結編『くるすの残光 最後の審判』と古代ファンタジー『まほろばの王たち』と、仁木英之作品が並びます。また、本能寺の変を題材とした富樫倫太郎『信長の二十四時間』も要チェック。

 また中国ものでは井波律子『水滸伝』第2巻と北方謙三『岳飛伝 12 飄風の章』という、ファンにはありがたいラインナップ。
 そして大いに気になるのは大矢博子『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』。「本の話WEB」上に連載されていたものの文庫化ですが、一気に読めるのは嬉しいところです。

 そしてもう一つ気になるのが、井上雅彦『異形コレクション傑作選』第1巻。言うまでもなく『異形コレクション』といえば伝説のホラーアンソロジーですが、時代ものも少なからず掲載されていただけに、期待してしまいます。


 一方漫画の方では、初老の忍者が主人公の幕末ものということで話題となった大柿ロクロウ『シノビノ』第1巻、もしかしてあの作品の過去編……? の、さおとめあげは&さとうけいいち『零鴉 Raven 四国動乱編』第1巻と新登場が並びます。

 また、シリーズ続巻の方では、山口譲司『エイトドッグス 忍法八犬伝』第2巻、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8巻、ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第5巻、黒乃奈々絵『PEACE MAKER 鐵』第13巻、玉井雪雄『本阿弥ストラット』第2巻、室井大資『レイリ』第4巻とバラエティに富んだ作品が並んでいます。

 また、復活後も快調な刊行が進む最新号『お江戸ねこぱんち 赤とんぼ編』も楽しみなところです。



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2017.09.10

谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

 「さな」と「りょう」――坂本龍馬の許嫁であった千葉さなと、坂本龍馬の妻だった楢崎龍の二人を主人公としたバディものとして、大いに話題となった作品であります。しかもその二人が挑むのは、共に愛した男――坂本龍馬暗殺の謎だというのですから、これは期待しないわけにはいきません。

 舞台となるのは明治6年の秋――いまや門人もいない江戸桶町の千葉道場に一人暮らすさなの前に、りょうが突然現れたことから物語は始まります。

 江戸で暮らしていた頃の龍馬と婚約を交わしつつも、その後龍馬と二度と会うことなく、彼への想いを胸に暮らしてきたさな。しかしそんな彼女にとって、龍馬の妻だったというりょうの存在は青天の霹靂であります。
 しかもそのりょうは、いかにも武家の娘然としたお堅いさなとは正反対の、マイペースで下品でだらしない女性なのですから……

 とはいえ兄・重太郎を頼ってきたというりょうを追い出すわけにもいかず、仕方なく居候させるさな。しかしりょうが行く先々で奇怪な剣の遣い手が跳梁し、次々と人死にが出ることになります。
 実はりょうが龍馬の死に関わる人間を訪ねて歩いていたことを知るさなですが、しかしりょうは肝心なことを語らない上に、一連の事件には政府から圧力がかかっている様子。

 仕方なくりょうと行動を共にすることになったさなは、旧知の勝海舟や山岡鉄舟の力を借りつつ、謎に迫っていくのですが……


 幕末史上おそらくは最大の謎として名高い龍馬暗殺。その実行犯についてはある程度判明しているようですが、しかしその理由までも含めれば今なお諸説紛々で、フィクションの格好の題材と言えます。

 本作もそうした龍馬暗殺の謎を追う時代ミステリですが、もちろん最大の特徴はこれまで縷々述べてきたように、探偵役がさなとりょうである点であることは言うまでもありません。
 ともに龍馬とは縁浅からぬ(どころではない)関係である上に、後世に伝わる人物像においても大きく異なる二人。そんな二人を、本作はさらにユニークにデコレートしてみせるのです。

 「鬼小町」の異名通り、剣を取れば並みの男では及びも付かぬさなと、拳銃の腕前は龍馬以上だったというりょう。
 静と動、剣と銃、水と油――全く正反対にキャラの立った二人が、激しく反目し合いながらも共に愛した男のために冒険を繰り広げる姿を、本作は興趣たっぷりに、しかし地に足の付いた文章で描き出します。
(本作の新人離れした筆致には感心させられますが、しかし予想通りであれば、この名前では初めてでも、以前に数作作者は発表しているはず……)


 とはいえ――正直な印象を申し上げれば、事件の真相自体は、そこまで独創的というわけではないようにも感じられます。
 もちろん、幾重にも入り組んだ仕掛け、一つの謎が解けてもさらにその奥が、という構造は実に面白いのですが、しかし、予想の範囲内ではあった、と初めは感じられました。

 何よりも、探偵役がさなとりょうでなくとも成立した内容なのでは――などと思ってしまった僕の浅はかさは、しかし終盤において完膚なきまでに打ち砕かれることになります。
 そう、終盤で明かされる龍馬暗殺の動機――維新の巨星が語るその理由こそは、まさしく本作ならではのものなのですから。

 その内容に踏み込まずに評するのはなかなか難しいのですが、ここに描かれるものは、「公」という大義名分の下に他人をそして自分までも利用し、打ち捨てて顧みない者たちに対して、自分の愛する者を護り、共に在りたいと願う「私」の姿であると言えるでしょう。
 そんないつの時代にも存在するその両者のうち、本作における「公」の代表が、維新において暗躍してきた、そして明治政府で権力の座に就いた者たちであり、そしてそれに対して強烈なカウンターを食らわせるのが「私」の代表たるさなとりょうであると――そう述べることは許されるかと思います。

 そして結末に待ち受ける「最後の一撃」、あまりに美しく切ないその真実は、その公と私のせめぎ合いに傷つけられた本作最大の犠牲者に対する、最高の救いであったと言うべきでしょう。

 人物の意外な取り合わせと巧みな描写、ストーリー構成の妙、一本筋の通った問題意識――そのどれもが高水準でありつつも、僕が本作を最も好ましく感じるのは、このラストに込められた眼差しなのであります。

『さなとりょう』(谷治宇 太田出版) Amazon
さなとりょう

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2017.09.09

森田信吾『追儺伝セイジ』 剣豪漫画家が描く魔の姿

 時は幕末、町医者・伝宗斎の助手を務める青年・星次には、奇怪な式神を操り、魔を祓う力があった。その力で江戸を騒がす怪事件に挑む星次だが、彼の胸には巨大な手形のアザがあった。やがて彼の周囲に迫る魔手。それは彼の一族を殺し、彼にアザを背負わせた宿敵の仕業だった――

 剣豪漫画で知られる作者の数少ない時代怪異譚とも言うべき伝奇活劇――IKKI誌の創刊号から6回にわたり連載された作品であります。

 タイトルにある「追儺」とは、元は宮中で大晦日に行われた鬼払いの儀式。現代の節分の原型となったとも言われる風習ですが、ここでは転じて魔を祓う技と考えればよいでしょうか。
 そう、本作の主人公・星次は、北斗七星が刀身に刻まれた七星刀を片手に、様々な魔の気配を察知し、これを祓う力を持つ青年なのであります。

 普段は町の老医・伝宗斎の助手としてつき従う星次ですが、伝宗斎の手に負えぬ魔の力に苦しむ者を救うため、彼はその力で立ち向かう――というのが本作前半のスタイル。
 第1話では死霊に取り憑かれて奇怪な姿に変わり果てた商家の少女を救わんとし、第2話では何者かの呪詛から上方歌舞伎の名役者を守るため奔走し、第3話では奇怪な百鬼夜行の舞台となったさる大名家の謎に挑み――と、なかなか多彩な物語であります。

 そして後半は一転、彼の過去にまつわる伝奇活劇が展開。
 彼の故郷である星河村――陰陽師・賀茂氏の流れを汲む人々が暮らす地を十年前に襲った惨劇と、その村に隠された巨大な秘密を巡り、星次は一族と自らの敵と言うべき存在と対峙することになります。


 冒頭に述べたとおり、剣豪漫画家という印象が強い作者ですが、しかし本作で描かれる怪異の世界やそれに挑む星次の術の描写は想像以上の迫力であり、類作にはないビジュアルイメージに圧倒されます。

 特にインパクト満点なのは、星次が操る式神たちの存在。式神といえば、言うまでもなく陰陽師が操る使い魔、ビジュアル的には紙人形的なものが思い浮かびますが――本作に登場するそれは、完全に異形の妖物としかいいようのないモノ、なのであります。

 たとえば、星次が最もよく呼び出す提婆王子は、男性器と女性器と四足獣を溶け合わせたような姿ですし、空飛ぶ式神・赤王子も、脊椎動物の背骨から作られた無脊椎動物と言うべき異常な姿の怪物。
 ここで作者の大ファンであれば、あの作品を思い出すのではないでしょうか。そう、欧米人を触手と粘液まみれの本物の怪物として描いた怪作中の怪作『攘夷 幕末世界』を。

 確かに本作で描かれる妖魔の姿は、あの作品の延長線上にあるものであると言えます。
 しかしあちらが世界観そのものが尋常でないもの、むしろ正常なものが異常に見える世界であったのに対し、本作はあくまでも時代ものとして枠から大きく踏み出すものでなく、言い換えれば正常な世界の中の異物として描くことで、強烈な異界感を生み出している点に注目すべきでしょうか。

 その一方で、こうした直球の怪物だけでなく、光や影といったシルエットでのみ描かれる妖魔の姿なども印象に残りますし、冒頭、視界の隅で鬼の姿を捉えるという行為を「眼を使った遊び」と表現してみせるなど、インパクトだけでない、ツボを心得た描写に感心させられるのです。
(あるいは後者は何か原典がある可能性は大きいですが、しかし作者独特の台詞回しと相俟って、実に「らしい」のです)

 さらにまた、特に第1話・第2話で描かれたひねりを効かせた事件の真相――怪異の背後に潜む、怪異以上に恐ろしく悍ましい人間心理なども、実にイイのであります。


 正直なところ、伝奇ものとしては物語は比較的シンプルというか、そこまで意外性はないという点はありますが、しかし作者一流の描写によって、単行本一冊ながら、なかなかに満足度の高い本作。
 作者の時代怪異譚がこれ以降描かれていないのが何とも勿体なく感じられてしまう作品なのです。


『追儺伝セイジ』(森田信吾 小学館BIC COMICS IKKI) Amazon
追儺伝SEIJI(セイジ)

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2017.09.08

仁木英之『魔神航路 3 英雄の結婚』 望まぬ力と想いを分かち合う相手と

 ギリシャ神話の世界に転移し、神々や英雄たちと融合してしまった現代の若者たちがアルゴ船に乗り込んで繰り広げる冒険を描く本シリーズも後半戦となります。彼らを阻む様々な魔物たちとの戦いの中で浮かび上がる、人間と神、人間と魔神、人間と英雄の結び付きの姿とは……

 オリンポス最強の神・ゼウスと融合した友人・健史により、ギリシャ神話の世界に転移させられた信之たち。魔神テューポーンと融合した信之をはじめ、いずれも神や英雄と融合してしまった彼らは、ゼウスの野望を阻むため、アルゴ船に乗り組み、黄金の羊の毛皮を求めてコルキスに向かいます。

 途中襲いかかる様々な魔物、そしてその背後に潜むゼウスの策謀を、コルキスのメディア王女と融合した海晴の力も借りつつ突破していくアルゴ船の一行。
 そんな彼らの行く手を今回阻むのは、ビザンティオンの地を阻むハルピュイアの群れに、海峡を阻む双黒石・シュムプレガデス――いずれも力押しだけではどうにもならない難所難敵であります。

 この難関を、ゼウスの未来を見たことで永遠にハルピュイアに啄まれる運命を背負わされた予言者ピネウス、さらにはこれまで海晴を通じて彼方から協力してくれていたメディアの力を借りて突破しようとする一行ですが、……


 神話において様々な困難に直面したアルゴ船。これまでのシリーズで描かれた女護が島レームノス島や伝説の巨人ギガス同様、今回のピネウスとハルピュイア、そしてシュムプレガデスも、それら神話で描かれた逸話であります。
 しかしこれらのキャラクターたちは、これまで同様に、本シリーズならではのアレンジを受けて物語に登場することになります。その中でも特に印象に残るのは、ピネウスとメディアの二人でしょう。

 望まぬ予言の力を持ったが故にゼウスに目をつけられ、理不尽な理由から死ぬに死ねぬ苦痛を味合わされるピネウス(彼の境遇はダイダロスのそれも入っていますが……)。生まれつきに魔法の力を持つ故に、実の家族からも疎んじられ、幽閉され利用されるメディア。

 神話において描かれたエピソードを膨らませることによって、現代の我々が読んで違和感ないものとなった彼らの物語。その中でも特に大きなアレンジとして感じられるのは、二人が、望まぬまま背負わされた大きすぎる力に悩んできたという点ではないでしょうか。

 神、魔神、英雄たちなど、人を遙かに超える力を持つ者たちが数多く存在するギリシャ神話の世界。しかしその力が何のためにあるのか、何のために使うのかという点で悩む者は、原典では少なかったように感じます。
 それに対して本作のピネウスとメディアの二人は、望まぬままにその力を得て、そしてその力の存在に悩むがゆえに、力に対して一種否定的な視点を持つ存在。その点において二人は神話に礎を置きながらも、神話から離れた視点を持つ存在と感じられます。

 そしてそれは、むしろ信之たちに近い立場と言えるかもしれませんが――しかし、その一方で、二人と信之たちとで大きく異なる点も存在します。
 それは信之たちの力が融合する相手あってこそであるのに対し、二人には(メディアには海晴が登場するまで)その力を、想いを分かち合う者がいなかった点であります。

 もちろん、それが両者の運命を分けたというのは残酷にすぎるでしょう。しかし、想いを同じくする者が人を、神も英雄もどれだけ強くするか、我々はこれまで見てきました。
 そして本作のラストにおいて、メディアは海晴とはまた異なる意味のパートナーを――本作の副題に示される形で――持つことになります。
 神話においては決して幸福のみをもたらさなかった結び付きですが、しかし本作においてはまた別の意味を持ってくれるのではないか、彼女たちの力の新たな意味が生まれるのではないか――そう期待したくなるのであります。

 もっとも、人と人(含む神々)が出会い、結びつくことは、ポジティブなものだけではありません。いよいよ結び付きを増していく信之やテューポーンは格別、未だに相手を理解し切れていない者、微妙な違いを感じる者たちもまた存在します。

 そして本作のラストにおいては、そのせいではないとはいえ、あの最強の英雄が一行から離脱(これも神話通りといえばそうなのですが)。
 果たして彼らの結び付きが神話に本当に何をもたらすことになるのか――それは続く最終巻が物語ることでしょう。


『魔神航路 3 英雄の結婚』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 3 (PHP文芸文庫)


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2017.09.07

横山光輝『仮面の忍者赤影』第1巻 TV版から独立した忍法合戦の面白さ

 ゆえあってしばらく横山光輝の時代漫画を少しずつ取り上げていきたいと思います。今回はTV特撮番組で大人気となった『仮面の忍者赤影』の漫画版の前半である第1部「金目教」編、TV版の金目教編に当たる部分であります。

 時は元亀2年(1571年)、近江の国・江南地方で金目教が流行。この動きに不穏なものを感じた木下藤吉郎の配下・竹中半兵衛は飛騨から腕利きの忍びを呼び寄せた……
 という設定はTV版と同じ、というより本作がTV版の原作という位置づけのため、ある意味当然ではあります。しかしこの漫画版と「あの」TV版でどの程度共通点があるのか――と思えば、これがかなりの部分は共通しているのです。

 味方側は赤影と青影のみと少々寂しいところですが(青影のキャラクターも、赤影より少し年下というところで、対等の口ぶり)、敵方の幻妖斎と霞谷七人衆は健在。
 TV版は鬼念坊・蟇法師・傀儡甚内・悪童子・闇姫・朧一貫・夢堂一ツ目だったものが、こちらでは朧一貫、鬼念坊、悪童子、土蜘蛛、夢堂典膳、ガマ法師、傀儡陣内と、闇姫と土蜘蛛が入れ替わり、夢堂一ツ目と典膳の異同はあるものの(ただし典膳も隻眼)、思った以上の結果であります。

 やっぱり闇姫は伊上キャラなのかなあ……というのはさておき、横山忍者漫画には非常に珍しい「怪獣」――ガマ法師の大ガマが登場するのは興味深いところではあります(しかもTV版ではいつの間にかフェードアウトした蟇法師、漫画版では大ガマを失ってもかなり強い!)
 もっとも、それ以外の超兵器の数々はさすがに登場せず、金目像もある意味「合理的」な仕掛けとなっているのは、これは仕方ないと言うべきだとは思いますが……


 と、TV版との異同ばかり注目してしまいましたが、本作は独立した一個の漫画として読んでも、流石というべきか実に面白いのであります。
 冷静に考えると話の内容はほとんど最初から最後まで忍者同士の忍法合戦、舞台となるエリアもかなり狭いのですが、しかしその忍法合戦が、もう名人芸とでも言いたくなるような呼吸で成り立っているのです。

 一切謎の技で攻撃してくる敵の(技の)正体を如何に割り出すか、そしてその上で如何に現在の状況を生かしつつ反撃を行うか。
 こうしてみるといわゆる能力バトルのパターンですが、それをスピーディーかつダイナミックに展開していく様は、このジャンルの先駆――というより教科書のような完成度であります。

 しかしそれもそのはず、本作の直前まで作者が連載していたのは忍者漫画の金字塔『伊賀の影丸』。
 忍者もののフォーマットを少年漫画に落とし込んだ同作は、終盤は比較的そのフォーマットから離れた内容になっていくのですが、本作ではそこで練り上げられたものを踏まえた上で、忍者同士のバトルを生き生きと描いているのが実に良いのです。

 それでいて、幻妖斎の背後の黒幕に実在の人物を配置することで、きっちりと時代ものとしての目配せもなされているのが、また心憎いのであります(もっとも、この人物の進退は史実とは異なるのですが)。


 どうしてもTV版と比較してしまうものの、しかし忍者ものとしての骨組みと肉付けをしっかりと生かすことで、独自の面白さを描いて見せた本作。
 この辺り、赤影という作品の魅力がどこにあるのか――という点にも関わってくるようにも思いますが、何はともあれ今読んで見ても十分面白い作品であったことを再確認できたのは収穫であります。


『仮面の忍者赤影』第1巻(横山光輝 秋田文庫) Amazon
仮面の忍者赤影 (1) (秋田文庫)


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2017.09.06

とみ新蔵『剣術抄 五輪書・独行道』第1巻 武蔵の生きざまに込められた作者自身の剣理

 自らも剣術を修める作者による剣豪漫画『剣術抄』の最新作の主人公は、タイトルからも察せられるように、かの宮本武蔵。巌流島の決闘から十数年を経た、後半生の武蔵を通じて、剣の道が描かれることになります。

 これまで『剣術抄』『剣術抄 新宿もみじ池』と刊行されてきた『剣術抄』シリーズ。シリーズといっても、劇画の形をした剣術書ともいうべき点が共通するのみで、第1作は仇討ちを望む青年と師の老剣士の時空を超える奇想天外な冒険譚、第2作は父の仇を追って半生を費やした青年の辿る道を描く人情譚と、個々の作品に内容の関連はありません。

 そして第3作たる本作の主人公は宮本武蔵。言うまでもなく剣豪の中の剣豪――これまで実在の剣豪は基本的に登場してこなかった(第1作の老剣士は辻月旦の子孫という設定でしたが)本シリーズですが、しかし主人公とするにある意味最も相応しい人物と言えるでしょう。

 そして本作に登場する武蔵は(折に触れて過去の姿も描かれるものの)壮年期から老境にさしかかる辺りの姿であります。
 第1話の時点で44歳――巌流島の決闘も既に十数年の昔、決闘に明け暮れた日々も昔のこととなり、剣豪というよりも剣聖的な風格を感じさせる姿なのです。

 そのような武蔵は、主人公と言いつつも、むしろ狂言回し的な位置づけの存在として描かれます。
 この第1巻に収録された各話のサブタイトルは
「宮本伊織」「無想権之助」「槍の又兵衛」「島原の乱」「天草の鈴木重成」「細川忠利」「寺尾孫之允」「林又七」
と、島原の乱を除けば、全て各話で武蔵と関わる人物の名前。そして全員、実在の人物であります(槍の又兵衛は高田又兵衛)。

 これらの人々はいずれも一廉の人物と言うべきながら、いずれも剣の道では武蔵にはまだ及ばぬ人物(そもそも林又七は剣士ではなく職人なのですが)。
 そんな彼らと武蔵の姿を、本作は静かに描き出すのであります。

 もちろん、ほとんどのエピソードで剣戟シーン、決闘シーンが描かれるのですが、しかしそれも武蔵が相手を軽くあしらう内容がほとんどで、稽古/試合の域を出るものではありません。
 そしてゲストキャラクターたちを相手とする武蔵はあくまでも静かで、その佇まいはあたかも(いささか大袈裟な表現ではありますが)仏のような穏やかさとすら感じられます。

 しかしそれでも本作が実にエキサイティングなのは、そんな武蔵の姿に、行動に、作者が自得した剣理が込められているからにほかなりません。
 そしてそれは実際の剣の動きだけではなく、武蔵の生きざまにまで込められているように感じられるのです。

 徒に己の強さを誇らず、必要以上に相手を傷つけず、他者を尊重し、自らを守る。時代劇にはしばしば登場する、そしてしばしば絵空事と否定されるこの境地が「現実に」あり得るものであり、そして何よりもそれがいかに素晴らしいものであるか――本作はその後の武蔵の姿を通じて描いているのです。

 しかしそれでも武蔵の歩んできた道は、血塗られたものであることは間違いありません。時に武蔵を襲う矢の射手は何者か……(実は出版社の紹介文では明かされているのですが)
 この第1巻では正体がいよいよ明らかになる、という実にいいところで引きになっているのですが、それが何者であれ、武蔵がそれにいかに相対するのか、そして自らの道を貫くのか――興味は尽きないのであります。


『剣術抄 五輪書・独行道』第1巻(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) Amazon
剣術抄~五輪書・独行道~ 1 (SPコミックス)


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2017.09.05

瀬川貴次『百鬼一歌 月下の死美女』 凸凹コンビが追う闇と謎

 ユニークなラインナップが並ぶ講談社タイガに、平安京を舞台とした作品を得意とする瀬川貴次が参戦しました。舞台となるのは長い戦乱が終わったばかりの京の都。和歌狂いの青年貴族と、怪異譚を集める少女が、その都の闇に蠢く怪異と謎を追う物語の開幕であります。

 源平の合戦が終わって数年、世情騒然たる京の都。そんなまだまだ物騒な京の闇の中を開幕早々吟行していたのが、本作の主人公の一人である青年貴族の希家であります。
 和歌をよくする家に生まれ、自らも和歌をこよなく愛する彼は、闇を怖れるでもなく、ひたすら詩作に没頭していたのですが――そんな彼がとある路地で出くわしたのは、花に囲まれた美しい女性の死体だったのです。

 ほどなく彼女を殺した下手人は判明したものの、話に尾ひれが付いて、たちまち怪談めいた物語の目撃者扱いとなってしまった希家。
 その「犯人」は、まだ幼い帝のもとに入内したばかりの中宮に仕える山出しの少女・陽羽。彼女は、中宮が帝の心を掴むために、市井の怪異譚を集めて回っていたのであります。

 そんな中、御所で夜ごと響く不気味な鵺の声。さらに中宮の女房が烏帽子姿の亡霊を目撃し、ついには希家の同僚が何者かに噛み殺される事件までもが発生。
 帝をはじめとする皆が恐怖におののく中、何とか事態を打開すべく、希家と陽羽は一計を案じるのですが……


 『暗夜鬼譚』『鬼舞』といった陰陽師もの、さらには現在も刊行が続く『ばけもの好む中将』など、平安の都を舞台としたコミカルでちょっと恐ろしい物語を得意としてきた作者。
 本作もその流れに属する作品ではありますが、面白いのは場所は平安の都でありつつも、時代は平安ではなく、鎌倉初頭の物語であるという点でしょう。

 源氏と平氏の激しい戦いは終わったものの、国の政の中心は東国に移り、その一方で帝がおわす都でもう一つの政が行われていた時代。
 殺伐とした空気と雅な空気がブレンドされた、何があっても不思議ではない混沌とした時代――本作はそんな世界で繰り広げられる物語なのです。

 そしてその主人公となる希家と陽羽の凸凹コンビなのですが――この希家の和歌狂い、というより和歌バカなキャラクターがまず楽しい。
 副題である月下の死美女を前にして和歌解釈に夢中になっているうちに検非違使にしょっ引かれ、そこでも講釈を続けるうちに、犯人が勝手に恐れ入って自白してしまう――という物語冒頭など、これぞ瀬川節! と言いたくなるような展開なのであります。

 そしてバディとなる陽羽は、まだ都に出て日が浅い下働きながら、バイタリティに溢れる元気少女。敬愛する中宮のためとはいえ、怪異の出そうなところに積極的に突撃していくのは、なかなか将来が楽しみなキャラクターであります。
 そして、実は○○○の孫という出自も伝奇ファン的には大いに魅力的なのです。


 そんな二人が挑むのが御所の鵺騒動。単なる怪異譚かと思いきや、人死にはでるわ中宮の将来にも関わるわとどんどん広がっていく中で唸らされたのは、事件の鍵となる、ある人物の造形であります。
 その詳細は読んでのお楽しみですが、これが作者の作品も含め、これまでほとんど目にしたことのないようなキャラクター(××好きは以前にも強烈なのがいましたが……)。

 描き方によっては面白おかしい扱いになりそうなところ、しかし本作は決して色物として扱うことなく丁寧に、ある種の現代性すら感じさせる人物として描き出します。
 この辺りは、これまでもエキセントリックな趣向の中に叙情性を織り交ぜた物語を描いてきた作者ならでは――と大いに唸らされた次第です。

 そしてこの人物が抱いてきた切ない夢が、思わぬ形で死者を生んでいく皮肉さ、残酷さにも……


 しかしその一方で主人公コンビはやや地味な印象で、もう少し弾けても良かったのではないかな、という部分も正直なところあります(特に希家は思ったよりも常識人なのが……)。

 もちろん舞台となる時代と場所を踏まえつつ、笑いと怪異と謎を織り交ぜ、そしてさらにはそこに関わる人々の想いを掘り下げてみせる点には見るべき点が多いのも間違いありません。
 まだ完全には明かされていない謎、何よりもドキリとさせられるような結末の描写もあり、おそらくは刊行されるであろう今後の物語を、大いに楽しみにしたいところです。


『百鬼一歌 月下の死美女』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 月下の死美女 (講談社タイガ)

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2017.09.04

『風雲ライオン丸』 第24話「悲運!! 父との再会!」

 マントルの本拠である播磨に向かう獅子丸一行。地虫に捕らえられた虹之助が残した目印を追って敵の本拠地に近づく一行だが、その前に現れた黒衣の男は虹之助を人間大砲の砲弾にして彼らを狙う。大砲から打ち出される直前、黒衣の男の正体を見破る虹之助。それこそは志乃と三吉の父だった……

 春夏秋冬のアイテムを揃え、ついに手に入ったマントルの秘密――絵図面に記されたマントル一族の本拠地に向かう獅子丸。一方マントルゴッドはアグダーに次ぐ指揮官として謎の黒衣の男を指名し、地虫に人々を襲わせます。一行と離れ、一人地虫たちと戦う獅子丸ですが、その間に志乃たちの馬車を襲う怪人アブ。密かに用意していた虹之助は、ライオン丸の扮装でアブに立ち向かうも捕らえられ、基地に連行されてしまうのでした。
 しかしその間に虹之助が目印として落としていったマキビを追って本拠地に迫る獅子丸。一方、黒衣の男と対面した虹之助は、彼が人間であることを見破りますが、男によって人間大砲の砲弾にされてしまうのでした。

 本拠地に近づき、アブと戦う獅子丸の間近で爆発する砲弾(この後しばらくアブが登場しないのでこれで死んだものかと……)。大砲の威力を誇示しながら現れた黒衣の男は、次は虹之助を撃ち出すと告げます。珍妙な三角帽っぽいものを被せられた虹之助は、死を目前としながらも男の正体が志乃と三吉の父・勘介だと見破ります。
 虹之助に、自分が狙っている中に志乃と三吉がいると告げられ、激しく動揺する勘介ですがそのまま大砲を発射。虹之助は最後の力で砲弾の軌道を変え、地虫たちの中に突っ込み、壮絶な爆死を遂げるのでした(嗚呼……)

 この惨劇の文字通り引き金を引いたのが探し求めてきた父であると知り、愕然とする志乃と三吉。一度は覚悟を決めて大砲を撃った勘介も、二人の非難に衝撃を隠せないのですが――しかしもちろん二人が許すはずもありません。志乃は会いたくなかったと正面から詰り、三吉はあんな奴は父さんじゃないと走り去ってしまうのでした(そして三吉を見守る獅子丸)。

 さすがに娘の面罵が応えたのか、本拠地の地図を志乃に託して去ったという勘介。それを聞いた獅子丸は、勘介が死ぬ気であることを悟ります。果たして(早速)磔にされ、処刑執行される勘介。そこに駆けつけた獅子丸は怒りに燃えて(洞窟の中だけれども画面の外で)変身、アブを一蹴します。
 そのままマントルゴッドを求めて奥に進みますが、落石や花火いや火花、そして吹き出すマグマに阻まれ、やむなくライオンジェット反転(以前どん底に落ちた回で谷底に飛び降りながら変身した時のやつ?)で基地から脱出するのでした。

 父の死を受け止め、故郷に帰るという志乃と三吉に別れを告げ、いよいよ獅子丸はマントルゴッドと最後の対決に望む決意を……


 後半に入ってから獅子丸たちの頼もしい味方として活躍してきた七色虹之助がここに来て爆死という展開に絶句させられるラスト一話前。言われるほどギャグキャラではなかったようにも思える虹之助ですが、重くなりがちだった物語をほんのちょっと明るくしてくれた彼をここまで容赦なく惨殺するというのは、本作らしいというかなんというか……

 そして本作全編を貫く謎的に扱われてきた志乃と三吉の父の行方もついに判明。それが敵の幹部、それも虹之助をほぼ直接殺害した上に、自分たちも殺そうとしたという容赦のなさであります。
 しかし、父の登場にいきなり感が否めないのは事実。その点をそれを補うための虹之助惨殺だとは思いますが、それだけやっておいて、いきなり改心→処刑という慌ただしさも、またある意味で本作らしいと感じます。

 それにしても、彼がなぜマントルという悪魔に魂を売ったのかが一切語られないというのは、これはこれで色々と想像させてくれて嫌いではありません。十年前に志乃の前から姿を消したようですが、物心ついた時からマントル帝国で育てられた志津がいたということは、おそらくはその前からマントルと接触があったということなのでしょう。
(あるいはこれまで登場した超兵器の数々は彼の手になるものだったのか……)

 そして一般の(?)マントル怪人としてはラストのアブ。もうひねるつもりもないネーミングですが、造形はかなり良い……とうより不気味で迫力があります。


今回のマントル怪人
アブ

 勘介の命で人間たちを襲うアブの怪人。細身の直刀と棘付きの鞘を武器とし、空を飛んで口から吐き出す七色の紙テープで相手の動きを封じる。ライオン丸と一度目の対決で弱点の角を斬られ、勘介を処刑した後の二度目の対決であっさり倒される。


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2017.09.03

漫画版『鬼船の城塞』連載開始! +

 『コミック乱』誌の10月号から、菊地昭夫を作画担当として、鳴神響一の『鬼船の城塞』の漫画化がスタートしました。気宇壮大な海洋冒険活劇の漫画化、そして何よりも作者にとって初の漫画化とあって、ファンとしては大いに気になる作品であります。

 この『鬼船の城塞』は、第6回角川春樹小説賞を受賞した『私が愛したサムライの娘』に次ぐ、作者のメジャーデビュー第2作目。
 時は江戸時代中期の寛保年間、煙硝探索の命を受けて伊豆諸島近海を回っていた鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介が、謎の「鬼船」に遭遇したことから、この物語は始まります。

 信之介の乗る船に突っ込んできた鬼船の正体は、阿蘭党を名乗る海賊たちが乗る巨船。容赦なく彼の下役を屠っていく阿蘭党に対して正々堂々の一騎打ちを望んだ信之介は、阿蘭党の巨漢・鵜飼荘十郎を向こうに回して決死の戦いを繰り広げることに……
 と、40ページの大ボリュームで描かれたこの第1回は、物語のプロローグとも言うべき部分。

 原作では冒頭に、日本近海で「鬼船」の目撃が相次ぐことが語られていたように記憶していますが、この漫画版ではほとんど前置きなしに鬼船を出現させることで大きなインパクトを与え、そしてそのまま阿蘭党の凶行に雪崩れ込むという、勢い重視の内容となっている印象です。
 この辺りはもちろん、漫画というメディアの特性を踏まえたものでしょう。

 恥ずかしながら作画者の作品はこれまで読んだことがなかったのですが、その全容を容易に窺わせない鬼船の不気味さ、そして剽悍な阿蘭党の姿などを見事にビジュアル化しているという印象です。
 何より、今回のクライマックスとも言える信之介と荘十郎の決闘シーンもかなりの迫力であります。

 そして個人的には何より嬉しいのは、それでいて劇画的なだけでなく、キャラクターのビジュアルが良い意味で適度に漫画的な点。
 凜々しい信之介はもちろんのこと、阿蘭党の大将たる梶原兵庫の長髪美形っぷり、そしてまだ名前も登場していないヒロインの美しさと、外連味あふれる物語には似合ったキャラたちには好感が持てます。

 冒頭に述べたように、物語はまだまだプロローグ、本作の最大の魅力たる物語のスケールはこれからどんどんと広がっていくわけですが――この第1話であれば、まずはその点も安心して見ていられるのではないかと感じます。


 なお、前号でも大いに話題となったレジェンド作家・植木金矢の新作が、この10月号にも掲載されています。
 『真贋巌流島』と題された本作は、一乗寺下り松の決闘を経て道に迷う武蔵が、巌流島で佐々木小次郎との決闘に臨むも――という内容。

 記録に残る小次郎の経歴と年齢の矛盾を巧みに物語に取り入れつつ、老達人との決闘を経て兵法の道の先に歩みを進める武蔵の姿を描く端正な画が印象に残る作品で、こちらも必見であります。


『鬼船の城塞』(菊地昭夫&鳴神響一 『コミック乱』2017年10月号) Amazon
コミック乱 2017年10月号 [雑誌]


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2017.09.02

仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と

 ギリシャ神話の世界に転移、神々や英雄と融合してしまった現代日本の若者たちの冒険を描く『魔神航路』の第2弾であります。思わぬ「敵」の登場によって水入りとなった航海も再び始まり、新たなる騒動と強敵に見えることになった彼らの運命は……

 久々に帰った故郷で、高校時代の仲間たちと再会したものの、天変地異によりギリシャ神話の世界に飛ばされてしまった信之。
 彼は魔神テューポーンと融合、その他の仲間たちも、それぞれ神話に名を残す神や英雄と融合してしまうことになります。

 元の世界に戻るべく、二つの世界の接点と思われるコルキスの黄金の羊の毛皮を求めてアルゴ船で航海に出た信之たち。しかしその前に現れた健史――別人のような人格に変貌し、そしてオリンポスの主神・ゼウスと融合した彼によって、信之とテューポーン、オルフェウスは元の世界に戻されることに……

 という前作ラストを受けて始まる本作。信之はともかく、テューポーンたちまで現代の日本へ転移してしまい、どうなることかと思いきや、これがあっさりと古代ギリシャに帰還するのですが――しかしこの展開が、物語の強烈なアクセントとなっているのです。
 信之とはタイムラグを以て現代の日本に飛び出してしまったテューポーンたち。何とか適応して生き延びてきた彼らは、現代の日本のアレコレを学習して帰ってきたのです。

 かくて、テューポーンが事あるごとに現代で目にしたもの――特に特撮やアニメの類――の知識を活かそうとすることで、色々と面白くもややこしい展開が繰り広げられることになります。
 ただでさえ魔神の魂と少女(?)の姿というギャップの塊のようなテューポーンが、うろ覚えの現代の知識を語り出すということでギャップの二段・三段重ねとなるのですから、振り回される信之たちももう大変なのです。

 そして健史を除けばただ一人、信之たちアルゴ船のメンバーとは離れた――というより彼らの目的地のコルキスにいる――海晴も、融合したコルキスの王女にして強力な魔法使いであるメディアのパワーで助っ人参戦するのであります。……20歳にもなって魔女っ子コスで。(一応理屈はあるのですが)

 この辺りは好き嫌いが分かれるかもしれませんが、僕としては、せっかく(?)現代人が転移してきているのだから、これくらいはむしろあってしかるべき、という印象です。
 テューポーンと信之の絆がより強まっていくことを、いささか変則的な形で描くという意味づけもあり、何よりも非常に楽しいではありませんか。


 が、もちろん彼らの旅は、楽しいことばかりではありません。この巻のメインとなる冒険では、彼らは相対する二つの国家と、そしてその両者から弾圧される古き神の信徒たちの戦いに巻き込まれることになるのですから。

 突如現れた伝説の巨人――ギガス族の生き残りを辛くも退け、港町キュジコスに辿り着いた一行。隣国ペラスドイとは一触即発状態のキュジコスで歓待される一行ですが、しかしキュジコス王宮を守る武官・ダリアヌスには隠れた大望があったのです。

 ゼウスらに敗れたティーターン神の一人であり、その信徒も激しい弾圧を受けてきた女神・レアー。その信徒である彼は、レアーの子たるギガスを密かに育て、意思を通じていたのであります。
 そして密通を重ねていたキュジコス王の妃のためにも、二つの国を向こうに回して立とうとするダリアヌなのですが……

 本作の陰の主役とも言うべき存在が、このダリアヌ。その行動は一種のテロリズムというべきなのかもしれませんが、しかし理不尽な弾圧を受けてきた民の出身である彼の想いは、簡単に悪と断じることなどできない多面性があります。
 また、王妃との密通も、王に捨てられた彼女に対するむしろ純愛とも言うべきものであり――単純な反逆者としては描かれてはいないのです。

 そして人の身ながら強大な神の力を手にしたという点で、彼は信之たちの鏡像ともいうべき存在なのですが――そんな彼とやむを得ず対決することとなる信之、というシチュエーションはいかにも作者らしい展開といえるでしょう(弾圧された神の信徒の戦いという点で『くるすの残光』にも重なるものが)。
 ここでで描かれる、明るいばかりでも楽しいばかりでもない――そして便利な神々の力でも解決できぬ――何処の世界でも変わらぬ人間の生のままならなさは、強く心に残るのであります。

 そんな苦いものを味わいつつも、なおも続くアルゴ船の旅。全4巻の物語は、いよいよ後半戦に突入することになりますが――それはまた後ほど。


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2017.09.01

重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び

 本願寺との泥沼の戦いを終えた信長の次なる敵は、戦国最強の呼び名も高い武田家。その戦いの地は設楽ヶ原――いわゆる長篠の戦がついに始まることになります。そしてそこで千鳥は宿敵と再会することに……

 長島での一揆勢撫で切りという凄惨な結果を経て、ひとまずの決着を見た本願寺との戦い。とりあえず危機を脱した信長ですが、しかしまだまだ前途多難、次にその前に立ち塞がるのは、父・信玄亡き後も破竹の勢いをみせる武田勝頼の武田家であります。

 信長の同盟者たる徳川家康の領地を侵す武田家に対し、ついに決戦を決意する信長ですが、しかし武田家は最強の敵。信長は必勝のために幾重にも策を巡らせることになります。
 そんな中、信長の命を受けて千鳥が向かった先の鳶ヶ巣山砦で待っていたのは、かつて自分を捕らえ、瀕死の傷を負わせたくノ一・望月千代女で……

 というわけで、どうにもノレなかった長島編とはうって変わり、正当派の(?)武将と武将の合戦が描かれることとなるこの第12巻で描かれるのは、長篠の戦の前編とも言うべき内容。
 長篠の戦といえば、武田騎馬隊の突進を柵で食い止めた織田軍が鉄砲隊三段撃ちで――というのはもはやフィクションとされているわけですが、この巻では現在の通説を踏まえつつ、巷説などを取り入れてドラマチックに展開していくことになります。

 鳥居強右衛門の命を賭けた知らせ、佐久間信盛の偽りの寝返り、酒井忠次の鳶ヶ巣山砦奇襲――ここで描かれるものは、一つの合戦の勝敗を分けるのが、決してその場での武力のぶつかり合いだけではなく、そこに至るまでの人々の働きであることを示していると言えるでしょうか。

 特に信盛の寝返りと忠次の奇襲は、武田家の主力を織田家に有利な戦場に引っ張り出すという策のための伏線として、直接対決以上に意味を持つものなのですから……
(その一方で、ギャグでもやっぱり感動させられる強右衛門の覚悟)

 そしてそのそれぞれにおいても千鳥は活躍することになるのですが――この巻のラストで忠次の奇襲隊に加わった彼女を待ち受けるのは、信玄の忍び改め勝頼の忍び・望月千代女。
 千鳥とは様々な点で対照的な彼女と、忍び同士の宿命の対決が始まったところでこの巻は幕となるのですが――実のところ、この巻のもう一人の主役は、この千代女、というよりも勝頼をはじめとする武田家の人々という印象があります。


 信長の敵となる者たちを、基本的に単純な「敵」、悪役として描くことは少ない本作。その点からすれば、この戦で信長と激突する武田家の人々の描写が、通り一遍のものではないことは大いに頷けるところであります。

 しかも武田家には、すぐ上で述べたように、信長に対する千鳥とも言うべき千代女の存在があるわけで――彼女の目を通して描かれる勝頼や重臣たち、あと長坂釣閑斎の姿がこれまでの敵以上に生き生きとして見えるのはむしろ当然と言えるでしょう。
(さらに言えば同じ作者の『真田魂』第1巻でもこの戦いが描かれているわけで……しかし釣閑斎、あちらでは良いところもあったのに)

 そして千代女が、(たぶん)色恋抜きで主君のために命を賭けるのも、またグッとくるシチュエーションなのであります。


 ともに戦国において強大な力を――優れた家臣たちを――擁しながらも、(ほとんど)覇者となった者と、なれなかった者。その両者の一種代表となる形で前哨戦を繰り広げることとなった千鳥と千代女。
 その戦いの行方は、両家の運命を象徴するものとなるのでは――そんな気もいたします。

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