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2017.09.09

森田信吾『追儺伝セイジ』 剣豪漫画家が描く魔の姿

 時は幕末、町医者・伝宗斎の助手を務める青年・星次には、奇怪な式神を操り、魔を祓う力があった。その力で江戸を騒がす怪事件に挑む星次だが、彼の胸には巨大な手形のアザがあった。やがて彼の周囲に迫る魔手。それは彼の一族を殺し、彼にアザを背負わせた宿敵の仕業だった――

 剣豪漫画で知られる作者の数少ない時代怪異譚とも言うべき伝奇活劇――IKKI誌の創刊号から6回にわたり連載された作品であります。

 タイトルにある「追儺」とは、元は宮中で大晦日に行われた鬼払いの儀式。現代の節分の原型となったとも言われる風習ですが、ここでは転じて魔を祓う技と考えればよいでしょうか。
 そう、本作の主人公・星次は、北斗七星が刀身に刻まれた七星刀を片手に、様々な魔の気配を察知し、これを祓う力を持つ青年なのであります。

 普段は町の老医・伝宗斎の助手としてつき従う星次ですが、伝宗斎の手に負えぬ魔の力に苦しむ者を救うため、彼はその力で立ち向かう――というのが本作前半のスタイル。
 第1話では死霊に取り憑かれて奇怪な姿に変わり果てた商家の少女を救わんとし、第2話では何者かの呪詛から上方歌舞伎の名役者を守るため奔走し、第3話では奇怪な百鬼夜行の舞台となったさる大名家の謎に挑み――と、なかなか多彩な物語であります。

 そして後半は一転、彼の過去にまつわる伝奇活劇が展開。
 彼の故郷である星河村――陰陽師・賀茂氏の流れを汲む人々が暮らす地を十年前に襲った惨劇と、その村に隠された巨大な秘密を巡り、星次は一族と自らの敵と言うべき存在と対峙することになります。


 冒頭に述べたとおり、剣豪漫画家という印象が強い作者ですが、しかし本作で描かれる怪異の世界やそれに挑む星次の術の描写は想像以上の迫力であり、類作にはないビジュアルイメージに圧倒されます。

 特にインパクト満点なのは、星次が操る式神たちの存在。式神といえば、言うまでもなく陰陽師が操る使い魔、ビジュアル的には紙人形的なものが思い浮かびますが――本作に登場するそれは、完全に異形の妖物としかいいようのないモノ、なのであります。

 たとえば、星次が最もよく呼び出す提婆王子は、男性器と女性器と四足獣を溶け合わせたような姿ですし、空飛ぶ式神・赤王子も、脊椎動物の背骨から作られた無脊椎動物と言うべき異常な姿の怪物。
 ここで作者の大ファンであれば、あの作品を思い出すのではないでしょうか。そう、欧米人を触手と粘液まみれの本物の怪物として描いた怪作中の怪作『攘夷 幕末世界』を。

 確かに本作で描かれる妖魔の姿は、あの作品の延長線上にあるものであると言えます。
 しかしあちらが世界観そのものが尋常でないもの、むしろ正常なものが異常に見える世界であったのに対し、本作はあくまでも時代ものとして枠から大きく踏み出すものでなく、言い換えれば正常な世界の中の異物として描くことで、強烈な異界感を生み出している点に注目すべきでしょうか。

 その一方で、こうした直球の怪物だけでなく、光や影といったシルエットでのみ描かれる妖魔の姿なども印象に残りますし、冒頭、視界の隅で鬼の姿を捉えるという行為を「眼を使った遊び」と表現してみせるなど、インパクトだけでない、ツボを心得た描写に感心させられるのです。
(あるいは後者は何か原典がある可能性は大きいですが、しかし作者独特の台詞回しと相俟って、実に「らしい」のです)

 さらにまた、特に第1話・第2話で描かれたひねりを効かせた事件の真相――怪異の背後に潜む、怪異以上に恐ろしく悍ましい人間心理なども、実にイイのであります。


 正直なところ、伝奇ものとしては物語は比較的シンプルというか、そこまで意外性はないという点はありますが、しかし作者一流の描写によって、単行本一冊ながら、なかなかに満足度の高い本作。
 作者の時代怪異譚がこれ以降描かれていないのが何とも勿体なく感じられてしまう作品なのです。


『追儺伝セイジ』(森田信吾 小学館BIC COMICS IKKI) Amazon
追儺伝SEIJI(セイジ)

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