« 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で | トップページ | 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵 »

2017.09.27

武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その二) 人が生み出した美の中の希望

 武内涼の新境地、豊臣秀次のもとに召し出されたというだけで処刑を命じられた最上義光の娘・駒姫を巡る物語の紹介の後編であります。ヒーローの存在しない世界でも決して屈しなかった人々の姿とは……

 本作において駒姫たちの死を命じた天下人・秀吉――当時の日本の絶対権力者であり、彼の主であった信長を上回る力と残虐さ、そして見境のなさを持つ男。そんな人物の命に対して、抗する術があるとも思えません。
 その命が彼のみならず、彼の妻や腹心、その意を忖度する者たちによって補強され、遂行されるのであればなおさらであります。

 しかし人間には決して屈してはならない時があります。決して諦めてはいけない時があります。
 それは全く罪科のない娘が、自らの愛する人が犠牲になる時だけではありません。それを見逃せば、世に正義はなく、理不尽が支配するものであることを示すことになる――今がその時だからこそ、喜吽は、主殿助は走るのです。

 そしてそんな彼らの熱い戦いが、少しずつ周囲の人々を動かしていく姿には、魂を揺さぶられずにはおられないのですが――しかし、戦うのは彼らだけではありません。
 本作の最大の魅力は実にこの点――駒姫も、おこちゃも、それぞれの立場で、それぞれの形で、理不尽と戦う姿なのであります。


 ……実に、本作である意味最も理不尽な目に遭うこととなったのは、おそらくおこちゃでしょう。たまたま裁縫の腕が優れていたから、そしてその人柄の温かさから、駒姫の側に仕えることとなり、そして他の侍女が帰される中、ただ一人残されたおこちゃ。
 主殿助との祝言を目前としながら、完全に巻き添えとしか言いようのない首の座に直ることとなった彼女の立場からすれば、悲嘆と恐怖から、狂ったように取り乱しても無理はありません。

 しかし、彼女は決してその運命に屈しません。それどころか、同じ立場にある女性たち――駒姫やおこちゃほどは強くはない彼女たちのために、自らにできることを以て、支えようとすらしてみせるのです。
 ここで描かれるのは、彼女ならではの戦いの姿であり、そして人間の美しい矜持の姿であります。

 そしてそれを象徴するのは、決して何者にも屈することも、侵されることもない彼女の心が、人間の心が生み出した美であり――それは理不尽に対する一つの希望の姿とすら感じられるのです。


 思えば作者の作品では、常にこの世の理不尽の存在と、それに屈しない人々の姿が描かれてきました。
 そしてそれは時には、そんな人々の一人一人が持つ「技」と、そこから生み出される「美」の存在とともにあったことを(『妖草師 魔性納言』に描かれたヒロイン・椿の戦いを見よ!)、本作は思い出させてくれます。

 本作の表紙絵は、おこちゃが夢見たかのような美しい色とりどりの生地に包まれた駒姫の姿を描いています。
 あるいはその姿が、物語にそぐわぬ華やかなものと感じる方もいるかもしれませんが――しかしそれは、彼女たちの、彼女たちを想う人々の決して屈せぬ心を象徴したもの。むしろこの上なく本作に相応しい装幀と言うほかありません。

 そしてその美しさはきっと自分たちの心にもある。そしてそれだけが、新たな悲劇から自分たちを、人々を救うのだと信じたくなる……
 本作はそんな、途方もない悲劇でも決して消えない希望の灯を我々に見せてくれる作品であります。

 決して曲がらない作者の一本筋が通った想いで貫かれた本作、今こそ読むべき作品であります。


『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社) Amazon
駒姫: 三条河原異聞

|

« 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で | トップページ | 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/65837602

この記事へのトラックバック一覧です: 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その二) 人が生み出した美の中の希望:

« 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で | トップページ | 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵 »