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2017.10.05

北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第2巻 義経の正室、そのキャラは……

 前の巻の発売から丁度2年が経ってしまいましたが、『ますらお 秘本義経記』の約20年ぶりの続編の第2巻であります。三日平氏の乱平定に当たる義経に単身襲いかかる那須与一との戦い。そしてその先に義経の前に現れる思わぬ人物とは……

 平氏との戦いが続く中、義経の前に現れた男・那須与一。相手の心の中を察知することができる異形の右目と人並み優れた弓矢の腕を持つ彼は、かつて淡い想いを交わし合い、己に「与一」の名を与えてくれた那須家の姫に報いるため、義経を狙っていたのであります。

 共に武士として卓越した力を持ちつつも、心の中に埋めようもない虚無を抱え、憑かれたように戦う二人。しかし執念という点では与一が勝ったか、さしもの義経もあわやというところまで追いつめられるのですが……
 それでも何とか窮地を脱した義経ですが、しかしその先に待つのは、彼の思いも寄らぬ事態。都落ちした平氏を追わんと逸る義経を阻むように、貴族たちは彼に検非違使の位を与え、都を守護させんとしたのです。

 ……この検非違使任官は、後に頼朝が義経を難詰する理由の一つとなったことで後世に知られる出来事。それを本作においては、巷説とはまた異なる、奇怪な政治力学にその原因を求めます。
 ある意味極めて純粋な義経には思いも寄らぬような周囲の動きに翻弄される姿は、どこまでも痛ましいのですが(そしてそこでどうしようもないヤンデレぶりを発揮する頼朝)――それが新たな事態を招くことになります。

 義経にいわば足枷として頼朝が打った策。それは婚姻――そう、義経を有力武士の娘と娶せることによって、彼を縛り付けようというのであります。
 そしてここで初登場となるのが、後に義経の正室・郷御前と呼ばれる河越重頼の娘なのですが――冷静に考えると、フィクションにおいて義経の正室にスポットが当たるのは実はかなり珍しいように思います。

 何しろ義経には静御前がいる。特に本作においては、その物語の始まりから、義経と静は運命を共にしてきたのですから、正室の出番がなくとも不思議はありません。
 しかし本作は、その正室をきっちりと登場させてみせるのです。それもある意味、静に匹敵するポテンシャルを持つ存在として。


 本作で描かれる義経の正室、史実では本名不明となっているその名は萌子。
 当時では不美人の象徴であるくせっ毛を持ち、楽しみは絵を描くこととという彼女は、降って沸いたような義経との縁談に驚きつつも、初めて目の当たりにした義経の「たふとし」外見にぼうっっとなって……

 いやはや、登場する作品を間違えたのではないか、と思ってしまうような萌子のキャラクター(にしても名前の直球ぶりがすごい)。殺伐とした人間関係が続く本作において、明らかに異彩を放つ人物ですが――しかし彼女が現れたことで生じる波乱が、思わぬアクセントとして作用するのであります。

 何しろ義経は、戦では軍神の化身のような活躍ぶりを見せるものの、普段は人情――特に女心の機微にはまったく疎い青年。そんな彼ゆえに、萌子の輿入れも意外なほどあっさりと受け入れてしまうのですが……
 それで収まるはずがないのがもちろん静。今回、義経との間の意外な事情(この辺りの事情は実はヘビーなのですが……)も明らかになり、思わぬ三角関係が勃発することになるのであります。

 よく考えてみれば作者は恋愛ものの名手、むしろ本作の方が異色作なのですが、しかしここでこうした変化球を織り交ぜてくるとは、予想だにしていませんでした。
 しかしこれもおそらくは、いや間違いなく、『ますらお』という義経の物語を描く上で不可欠なものなのでしょう。そのことは、萌子の思わぬ能力が招く義経との交感の姿を見れば、十分感じ取れるのではないでしょうか。

 思えば萌子、すなわち郷御前は、静よりも長く、その最期の刻まで義経と行動を共にした人物。その彼女をあえて登場させる以上、ただの賑やかしで終わるはずもない――これまでの物語を思い返せば、そう思えるのです。


 さて、そんな思わぬ人物の登場でちょっと後ろに下がった感のある与一ですが、後半では意外な人物と絡むことになります。
 『ますらお』無印からの時間の流れを感じさせるその人物――いささかステロタイプにも見えますが――と与一との出会いが、彼だけでなく、義経の今後にも影響を及ぼすであろうことは、想像に難くありません。

 いよいよ佳境の物語、続巻はあまり待たせないで欲しい――そう切に願う次第です。


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