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2017.10.23

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第4巻 史実の将星たちと虚構の二人の化学反応

 劉邦を支えて項羽を破り、漢の礎を築いた張良の姿を独自のアレンジで描く物語の第4巻であります。劉邦を扶け、ついに初陣を飾った張良たちですが、情勢の思わぬ変化から一歩間違えれば賊軍として討たれかねない状況に。その打開に向かった張良たちを待つ者は――

 国と一族を滅ぼした秦の始皇帝を討つために、伝説の倉海の一族の青年・窮奇と、人の器を見抜く不思議な少女・黄石とともに旅立った張良。
 始皇帝は既に没したものの、乱れ始めた秦を滅ぼすため、「愚の龍」たる劉邦に仕えることとなった彼は、その奇策で景駒の配下から兵を借りてトウを落とし、トウの兵を傘下に収めることに成功するのでした。

 が、景駒軍が七万の大軍を擁する項梁に敗れ、劉邦軍は一転項梁に滅ぼされかねぬ立場に……


 というのが第3巻までの物語。本書ではこの状況を受け、劉邦と張良たちは、項梁の居る薛に向かうことになります。
 敵軍と見做されれば討ち滅ぼされ、降将と見做されれば兵を取り上げられて冷遇される。力では完全に勝る相手に対し、如何に自分の貫目を下げずに弁明してみせるか――これはなんとも肝の冷える綱渡りであります。

 もちろん、ここで活躍するのが張良であることは言うまでもありません。過去に項梁の兄弟である項伯を助けていた張良は、その縁である言葉を項梁に吹き込み、そのたった一言が劉邦の運命を大きく変えることになるのであります。

 ……と、この巻のかなりの部分は、この薛が舞台となる物語。しかし劉邦が項梁の下に参じたという史実が描かれるのは冒頭1/4程度まで。それ以降で描かれるのは、本作ならではの将星たちの出会いなのです。
 楚漢戦争最大の悪役とも言うべき刺青の男、後に張良らと並び劉邦を支えた背の高い男、その張良らの知における最大のライバルとなる老賢人――誰も皆、項羽と劉邦の戦いの中で歴史に名を残した人物たちであります。

 もちろん、彼らがこの戦いに加わり、ある者は味方として、ある者は敵として張良と関わるのは史実であります。
 しかし彼らがどこで、どのように張良と出会うのか――言い換えれば、我々読者と出会うのかは、本作のさじ加減次第。そしてその加減がやはり滅法面白いのです。

 それぞれの人物がどのようなシチュエーションで登場するか――それは伏せますが、ここで本作ならではの役割を果たすのは、(今のところ)本作の創作である窮奇と黄石であります。
 およそ個人の武という点では本作最強の窮奇と、対面した相手の人物の器をたちどころに見抜く黄石。張良を支えるこの虚構の(正確には窮奇は違いますが……)二人が、史実の人々と出会う時の化学反応こそが、本作の独自性の源であり、魅力を支えると言っても良いでしょう。

 特に兵を指揮すれば張良にも負けぬと静かに大言する、今は衛士に過ぎない男に対して黄石が「あの言葉」を以て評する場面は、「ここでこの言葉が出てくるか!」という驚きに満ちていて、この巻の隠れた名場面ではないか――と感じるところであります。


 そしてこの巻のラストには、窮奇と黄石の二人が、いよいよあの男と対面することになります。
 その名は項羽――おそらくは窮奇と並ぶ武を持ち、黄石でも読めない器を持つ男。

 彼らとの出会いが、本作にどのような変化をもたらすか――それはおそらくは序盤のクライマックスと呼べるものになるのでしょう。
 特にこの作品の方向性を考えれば、どう考えてもただですむはずがない窮奇とのファーストコンタクトが楽しみであります。


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