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2017.10.27

平谷美樹『雀と五位鷺推当帖』 遊女探偵、事件と世間に挑む

 これまで次々とユニークな時代小説を発表してきた平谷美樹ですが、その中にはミステリ味が濃厚な作品も少なくありません。本作もそんな作品の一つ――開府直後の江戸を舞台に、遊郭の太夫と妹女郎が、怪事件に対して推当(推理)を繰り広げる、異色の時代ミステリであります。

 江戸の遊郭にその人ありと知られた五位鷺太夫は、美人で売れっ妓ながら、実は性格は最悪の曲者。その妹女郎・雀も、まだ見世にも出してもらえず、もっぱら太夫の身の回りの世話に振り回されている毎日であります。 その頃、まだ幕府が開かれた直後の江戸は何かと物騒な状況。そんな中で、彼女たちの傾城屋に出入りしている呉服屋が辻斬りに遭い、命を落とすという事件が発生します。

 それに興味を抱いた五位鷺は、雀に事件を調べるよう命令。幕閣や町奉行が参加する寄合に侍ることもある五位鷺は、そこで事件の推当を披露することで、有力者の気を惹こうというのであります。
 かくて事件の噂を追って江戸市中を奔走する雀ですが、判明したのは、確かに呉服屋は傷を負っているのに、誰も犯人を見ていないという不可解な事実。

 やがて事件は町奉行も興味を持つこととなり、密かに奉行から探索を命じられた雀は、奉行所の同心や、意外な人物とともに、辻斬り事件の真相に迫るのですが――


 まだまだ形が定まっていない時代の江戸という、何とも魅力的な世界を舞台とする本作。その舞台となる慶長11年はそもそも豊臣家が健在であり、いつ東西で大戦が起こるかわからない時期であります。
 特に江戸の夜を騒がす辻斬り強盗の類いは、あるいは西国の隠密かもしれず――と疑おうと思えば疑える状況です。(そこにある歴史上の有名人の存在が絡むことで、物語に伝奇的な側面が生まれるのも実に嬉しい)

 本作はそんな世情を背景に、遊郭の太夫がいわば安楽椅子探偵として怪事件を推理するという実にユニークな物語。
 もちろん遊女が探偵役の物語は前例がないわけではありませんが、本作の場合、その動機(?)が、寄合の場で給仕をする際に(これもまた江戸初期の混沌の産物でしょうか……)、話の種とするため、というのは、これはかなり珍しい趣向というべきでしょう。

 何よりも、五位鷺の裏表ありまくりの根性悪ぶりが――そしてその中でチラリと見せる情の存在が、何とも魅力的なのであります。

 その一方で、彼女たちのある意味後ろ盾となる町奉行側にも、もちろんそれなりの思惑があるのも面白い。
 先に述べた騒然たる世情と、まだ混沌とした幕府内の(政治的な)勢力図。その中を渡り歩くための武器として、事件の情報を必要とする――というわけで、遊女側と町奉行側の思惑が合致するという展開には驚きかつ納得したところであります。


 しかし、本作の探偵役は五位鷺のみではありません。彼女の情報収集役であると同時に、もう一人の探偵である雀の活躍が本作のメインであり、彼女のキャラクターは、これはこれまで少女主人公を幾人も描いてきた作者ならではの存在感があります。

 そしてその彼女の存在は、探偵役であるという以上に、物語において大きな意味を持つことになります。農家の生まれながら、貧困から口減らしのために遊郭に売られた雀。それはもちろん、彼女一人のことではなく、作中に登場する遊女たちのほとんどに共通する事情であります。

 戦乱や悪政――さらに言えば社会の上に立つ者たちや彼らにすり寄る者たちの気儘な振る舞いによって生まれた様々な歪みによって社会からはじき出された形の雀たち。
 やがて解き明かされる意外な真相は、この事件がそんな雀「たち」自身のものであり、そしてその事件に挑むことが、雀にとって世間と対峙することと同義であったことを浮き彫りにするのです。
(しかし本作はさらにそこに大いなる皮肉を用意しているのですが――それはさておき)


 正直なところを言えば、事件の真相がいささか唐突に感じられないでもありません。また上で述べた幕府も絡んだ大きな物語構造と事件の真相の間に、少々ズレを感じないでもありません。(上でチラリと述べた意外な人物の扱いも……)

 しかし後者については、今後シリーズが続いていけば解消していくものでしょう。
 そして何よりも、世の人々を苦しめる世の在り方に対して、五位鷺と雀がこの先噛みついていく――「仕方ないことは、仕方ない」などということはないことを証明してくれるだろうと、今から楽しみにしているのです。


『雀と五位鷺推当帖』(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
雀と五位鷺推当帖 (時代小説文庫)

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