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2017.10.01

楠章子『まぼろしの薬売り』 薬と希望をもたらす二人旅

 認知症を扱った絵本『ばあばは、だいじょうぶ』で話題の作者が、5年前に発表した児童文学――「まぼろしの薬売り」と呼ばれた流浪の薬売り・時雨と弟子の小雨が旅する先での人々との出会いを描く連作集であります。

 時は明治初頭、満足に治療を得られない人々も多い僻地で、魔法のような効き目の薬を売り歩く時雨。
 役者にしたいような美形の時雨は、組合に入ることなく自由に各地を巡ったことから「まぼろしの薬売り」と呼ばれた……

 という基本設定の本作は、時雨とその弟子の元気な少年・小雨とともに出会った様々な人々や事件を描く4つの物語から構成されています。

 椿屋敷と呼ばれる村一番の豪邸に住む優しい少女が奇怪な行動を取るようになった意外な真相を語る「椿屋敷の娘」
 なみだが止まらなくなり、高熱からやがて死に至るなみだ病に冒された少年と時雨の出会い、そして時雨の過去を描く「なみだ病の生き残り」
 万事に鈍いために周囲からバカ吉と呼ばれる少年・正吉の妹と、時雨や小雨の交流「バカ吉の薬」
 小さな小さな山村を訪れた時雨たちが、目の見えない友達のために伝説の獣・土もこを探す少女たちと出会う「土もこの目玉」

 いずれも穏やかでちょっと呑気な時雨と、少年らしい元気さに溢れた小雨のやり取りが楽しく、そして美しいトミイマサコの挿画もあって、明るい印象を受けるのですが――しかしそこで描かれる物語は、決して明るいばかりではない、むしろ非常に重い内容なのが印象に残ります。

 ファンタジー色の強い「椿屋敷の娘」はひとまず置いておくとしても(もちろんそこで描かれるものは途方もなく重いのですが)、「なみだ病の生き残り」の少年と家族を襲う残酷すぎる運命、おそらくは何らかの障害を持つのであろう「バカ吉の薬」の正吉、少女の目と絶滅寸前の小さな命が天秤にかけられる「土もこの目玉」……

 本作で描かれるエピソードは、どれも児童文学と油断していると、重いボディブローを食らわされる、重く苦い味わいの物語なのであります。

 そしてその物語を見つめ、受け止める時雨もまた、自分自身が重い過去を背負い、そしてある秘密を抱えた身であります。
 そもそも「まぼろしの薬売り」とファンタジー的な呼び名を持ちつつも、時雨自身はあくまでも普通の人間。その作り出す薬がいくら優れているとしても、神ならぬ身に作り出せる薬の効力には限りがあるのです。

 そんな時雨が病に、あるいは己の持って生まれたものに苦しむ子供たちと出会った時、そしてそれに対して己にできることに限りがあると悟った時、何を思うか――その過去を思えばなおさら、胸に迫るものがあります。


 しかしそんな重く苦い物語にも、一つの希望が存在します。それは小雨の存在――ある意味時雨と重なる過去を持つ小雨であります。
 弟子とは言うものの、年端のいかぬ子供である小雨に薬売りとしてできることはほんどありません。しかし小雨には、時雨にもできないものを人に与えることができます。

 それは元気――あるいは希望と呼び替えてもよいもの。
 それは現実を知らないからこそのものかもしれません。しかし未来を野放図に夢見ることができるのは子供だけの特権であり、そしてそれが思わぬ結果を――決してそれが100%の答えではなくとも――生み出すこともあるのです。

 だからこそ時雨は小雨と出会った時にこう語ったのでしょう
「大事なのは、ぼくは薬をくばるから、弟子の小雨は元気をくばるってことだ」
と……


 時雨の師匠に関するちょっとだけ伝奇的な正体や、時雨自身の秘密などが、こうした物語にあまり有機的に結びついていないように感じられる部分はあります。

 それでも、どれだけ重く苦い現実を前にしても決して諦めず、希望をもたらそうとする二人の姿は、美しく魅力的に感じられるものであることは、間違いないのです。


『まぼろしの薬売り』(楠章子 あかね書房) Amazon
まぼろしの薬売り

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