« 伊藤勢『天竺熱風録』第2巻 熱い大地を行く混蛋(バカ)二人! | トップページ | 北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第2巻 義経の正室、そのキャラは…… »

2017.10.04

畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す

 シリーズ第1作刊行から既に16年を経つつも、なおも快調の『しゃばけ』シリーズの最新作であります。突如人事不省の身になってしまった長崎屋の主・藤兵衛を救うため、若だんなこと一太郎と妖たちが、江戸の町を奔走することになります。

 これまで同様、短編集でありつつも、全体で一つの物語を構成する本作。その発端となるのが冒頭のエピソードにして表題作の『とるとだす』であります。
 ある日、お馴染み寛朝和尚の広徳寺に集められた薬種屋の主人たち。その中には、藤兵衛と一太郎も含まれていたのですが――何やら集まった薬種屋たちの間に険悪なムードが漂う中、藤兵衛が倒れてしまいます。

 医者でも、いや年経りた妖である兄やたちでも手の施しようのない状態となってしまった父に驚き悲しむ若だんな。しかし父を救うには、その身に何が起きたのかを知る必要があります。
 そのために、広徳寺に集まった薬種屋たちを向こうに回して推理を巡らせる若だんなと妖たち。そして明らかになった真相は、何とも切ないもので……


 そんな物語を皮切りに、本作ではなかなか快復しない藤兵衛を救うための手段を求める一太郎たちの懸命の努力が描かれることになります――が、そこに数々の妖が絡んで事件や騒動が勃発するのは言うまでもありません。

 第2話『しんのいみ』は、自分が見たこともない町にいることに気付いた若だんな、という謎めいた状況から始まる物語。
 留まっているうちに徐々に記憶が失われていくというその町があるのは、どうやら江戸の沖に現れた蜃気楼の中らしいと知る若だんなですが、そこから脱出するためには、この世界の主を見つけ、その正体を告げる必要があるというのですが……

 作中に秘められた謎の答えは比較的早い段階で気付くのですが、幻の町というシチュエーションと、そこに暮らす者たちの秘めた想いが印象に残るエピソードであります。

 続く第3話『ばけねこつき』では、とある染物屋が一太郎に縁談を持ち込むという不可解な事件(?)から物語がスタート。
 そもそも一太郎には既に許嫁がいるのはファンにはご存じのとおりですが、染物屋の娘は化け猫憑きの噂を立てられて縁談を立て続けに断られている状態。持参金代わりに秘伝の薬をつけるので、妖と縁が深い(らしい)若旦那にもらってほしいというのです。

 もちろん断ったものの、この一件が瓦版に書き立てられ、ややこしくなってく状況。
 事態を収めるべく、背後の事情を探り始めた一太郎が解き明かした真相が浮き彫りにする、人間の心が時に嵌まる陥穽の存在が強く印象に残ります

 そして題名だけでギョッとさせられる第4話『長崎屋の主が死んだ』は、シリーズには比較的珍しい、人に仇なす凶悪な妖との対決を描く一編であります。
 ある日突然長崎屋に現れ、長崎屋の主は死ななければならないと告げた、骸骨のような異形――狂骨。寛朝の護符の力で一度は撃退したものの、野放しにはできたないと追う若だんなたちの耳には、狂骨の犠牲者と思われる噂が次々と飛び込んでくるのでした。

 一見全くバラバラに見える犠牲者たちにどのような繋がりがあるのか。狂骨は彼らにどのような怨みを持つのか。そして狂骨の正体は――
 背筋の凍るような怨霊の跳梁を描きつつも、しかしその陰にあるのは、世の理不尽に為すすべもなかった人間の哀しい涙。事件を解決しても割り切れないものが残る、本作で最も印象的なエピソードであります。

 そしてラストの『ふろうふし』では、大黒様から、少彦名ならば藤兵衛を救う解毒薬が作れるのではないかと聞いた若だんなが常世の国に向かうも、着いたのはなんと――という物語。
 そのすっとぼけた展開は面白いのですが、一太郎の出会った神仙たちの正体をはじめとして、作中に登場する名前を使った仕掛けが、本シリーズにしてはわかりやすすぎるのが残念なところでした(特に若だんなが出会った「一寸法師」の正体など……)


 と、駆け足で紹介しましたが、今回もまた、コミカルなキャラクターたちのやりとりとユニークなシチュエーション、そしてミステリ要素とほろ苦い味付けを存分に楽しませていただきました。
 ラストのエピソードのキレが今ひとつだったこと、また藤兵衛を救うという目的が後ろにいくにつれ薄れてきたことなど、少々残念な点はあるのですが、それでもラストまで一気に読まされる、読まずにはいられない物語りであるのは、さすがというほかないのであります。


『とるとだす』(畠中恵 新潮社) Amazon
とるとだす


関連記事
 しゃばけ
 「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
 「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
 「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
 「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
 「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
 「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
 「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
 「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
 「やなりいなり」 時々苦い現実の味
 「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
 「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊

|

« 伊藤勢『天竺熱風録』第2巻 熱い大地を行く混蛋(バカ)二人! | トップページ | 北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第2巻 義経の正室、そのキャラは…… »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/65862364

この記事へのトラックバック一覧です: 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す:

« 伊藤勢『天竺熱風録』第2巻 熱い大地を行く混蛋(バカ)二人! | トップページ | 北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第2巻 義経の正室、そのキャラは…… »