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2017.10.17

佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択

 狂気の天才医師が生み出した臓器の移植により異能を得た存在「スナーク」が跳梁するヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、熱血青年刑事・アッシュとスナークの不良中年・ジジのコンビが、スナーク絡みの怪事件に挑む連作の待望の続編であります。

 優れた才能を持ちつつも、忌まわしき実験に手を染めた末に処刑された狂気の天才外科医ブラッド・ロングローゾ。
 生前、彼が摘出した突出した能力を持つ犯罪者の臓器を移植され、人知を超えた異能を獲た者は「スナーク」と呼ばれ、畏怖と嫌悪の対象とされた――という異形のビクトリア朝が本作の舞台であります。

 そんなスナークが引き起こす事件に対し、スコットランド・ヤードは対スナーク班を設置。そしてそこに配属されたのが、ヤードの高官を父に持ちながら、父に強く反発する熱血青年アッシュであります。
 ロングローゾの養子であり、スナークの能力を熟知した中年男――自らも人の感情の音を聴く能力を持つスナークであるジジとコンビを組むことになった彼は、互いにぶつかり合いながらも怪事件に挑むことに……


 と、そんな彼らの冒険を描く第2弾である本書は、4つの物語から構成されます。
 堅物のくせに(だからこそ?)美人局に引っかかり、免職の危機に陥ったアッシュが、スナークの美声で人を操るという評判の歌姫と出会う第1話。
 美人局の背後に潜むスナークの存在に気付いてしまった少女が、謎のスナークの力を借りてジジに接近するも、それが次なる騒動を招く第2話。
 死んだ者が復活するとの噂の酒場の調査の中で、二人がスナークの力を得たことで全てを失った少年に希望を与える第3話。
 ロンドン中の女性たちに感謝され、警察も見て見ぬふりだという「殺人者」を捕らえたアッシュが、その背後にある闇に直面する第4話。

 底抜けのお人好しで理想主義者で正義感の塊の(でも目つきが悪い)アッシュと、この世の裏も表も見尽くして飄々とシニカルに生きる(でも結構いい人)ジジと……
 対照的な二人の会話の面白さは相変わらず、いやパワーアップして、ただ二人が会話しているだけで楽しい状態。この舞台ならではの小粋な言葉遊びの数々も、物語の良いスパイスであります。

 そんな中でも、実質的に前後編となっている前半2話は、アッシュが休職状態でコンビ解消の危機の中、それぞれの身に降りかかった厄介事に二人が挑み、その末に粋な結末が――とその完成度に驚かされるエピソード。
 さらに第3話も、アンデッド酒場という奇想天外な場と人生を諦めきった少年という全く無関係に見える題材を二人の活躍が結びつけ(特に前者の正体には仰天)、感動的な結末が……と、これまた実にイイのです。


 ……しかし、本書の真骨頂は第4話――冒頭で「犯人」が捕まり、その能力と動機が語られるという少々トリッキーなスタイルのエピソード――にあります。それまでのちょっとイイ話の余韻を吹き飛ばすような、ひたすら重く、キツい内容のエピソードに……
 その具体的な内容は伏せますが、当時のロンドンのある状況を踏まえて描かれるそれは、重いボディーブローを喰らってダウンした後に、なおも顔面をギリギリ踏みつけるような――そんな衝撃を与えてくれます。

 そしてその物語の中で、アッシュは一つの選択を迫られることになります。このスナークを罰するのか、それとも見逃すのか――と。
 そしてその答えに、いやその理由に、僕は大いに驚かされ、そして胸打たれました。それは、僕にとっては考えもつかなかったような意外極まりない、しかしそれでいてアッシュであれば、彼がこの状況であれば必ず選ぶであろう当然のものだったのですから。

 それは残酷にもほどがある現実にぶち当たりながらも、なおも理想を、いや現実をより良くすることを求めることを止めないアッシュならではのものであり――そしてそれはまた、彼を見守るジジの存在あってのものとも言うことができるでしょう。


 本作は、この特異な舞台でなければ描けない物語であるとともに、程度の差こそあれ、いつもいかなる時と場所で存在する非情な現実を前に、人に何ができるのか、何をすべきなのか――それを描いた物語でもあります。

 その物語の中で時に対立し、時に手を携えて進むアッシュとジジの姿は、一つの希望として感じられます。
 その希望が小さな火で終わるのか、はたまた大きな輝きとなるのか――この先の姿も是非とも描いて欲しいものです。

(にしても本作のサブタイトル……)


『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫) Amazon
刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)


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