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2017.11.23

東村アキコ『雪花の虎』第5巻 肉体のリアルを乗り越えるために

 快調に展開する女景虎伝ももう本書で第5巻めであります。前の巻でとんでもない形で将来の宿敵・武田晴信との対面を果たした景虎。そこで抱いたある感情を克服するために、彼女は一つの決断を下すことにを……

 越後を安定させるため、敬愛してきた兄・晴景を心ならずも排除することとなった景虎。父の、兄の想いを背負うこととなった彼女は、越後統一のために邁進していくこととなります。
 そんな中、戸石崩れで大敗を喫して傷を負ったという武田晴信が、密かに隠し湯で傷を癒やしていると知った景虎。彼女は「女装」してその様子を探ろうとするのですがそこで椿事が発生いたします。

 なんと露天風呂でその晴信とドッキリ☆の接近遭遇。もちろん慌ててその場を逃れたものの、晴信の脳裏には「彼女」の姿が焼き付いて……


 というわけで景虎が女性という時点で、あるいは、と思っていたのが実現したこの展開。
 これまでの女武将ものでしばしば見られたように、やっぱり景虎と晴信もそういうことになってしまうのかしら? と思いきや、さすがはこの作者と言うべきか、この巻では全く予想だにしなかった展開が描かれることになります。

 裸同士の対面の結果、晴信が景虎に対して男性としての興味を持った一方で、景虎の心に生まれたもの――それは「恐怖」だったのです。

 確かに景虎は、武という面では、たとえ並みの男にはおさおさ劣るものではない女傑であります。
 しかし、あくまでも景虎の肉体は女性。一対一、裸の状態で男と相対した場合に、本能的に恐怖心を抱くことは、決して不自然ではないでしょう。

 これまでただ一人男どもの中に混じって合戦を繰り広げてきた彼女が、ここで肉体のリアルを感じ取ってしまうのは、突然のようでいて、なるほどと感じ入った次第です。

 そしてその恐怖を打ち消すために景虎が選んだ手段とは、もう一つ、別の形で男の肉体のリアルを受け止めること。
 と書けば大体予想はつくかと思いますが――しかし女武将ものということで、ある種下世話な興味でどうなるかと(むしろ心配混じりに)思っていた展開を、このような形で持ってくるというのには驚かされました。

 これはもうさすがにこの作者ならでは、としか評せない展開――その相手やシチュエーションも含めて、不思議な静けさと美しさが感じられる、まずは名場面と言ってよいかと思います。
(その一方で、感性の点で景虎の女性性を押し出す描写が多いのは違和感を感じないでもありませんが、それはさておき……)

 そして恐怖を乗り越えた景虎は、改めて晴信への闘志を燃やすことになるのですが――ここで宇佐見定満が、晴信の、武田家の実状を語るという形で物語の視点を切り替えてくるのもまた、巧みなところであります。

 後世のイメージとは異なり、細身の、どこか飄然と姿で描かれる本作の晴信。その彼が何を想い、何のために戦うのか――ここで描かれるその姿は、景虎同様、血の通った一人の人間として印象に残ります。

 そしてもう一人、ある意味晴信以上に印象に残ったのが、初登場の諏訪御前であります。
 同盟相手であったはずの晴信に攻められて一族を失い、その晴信の側室に据えられた諏訪御前。悲劇のヒロインと言うべき彼女の本作における姿は、ある種の女性美を体現したかのような容姿でありつつも、ただ状況と運命に翻弄されるばかりというもので――見事に景虎とは好一対と言うべきでしょうか。

 この先、景虎とは対照的な彼女が、晴信のもとでどのような運命を辿ることになるのか――大いに気になるではありませんか。


 そして時は流れ、早くも最初の川中島の戦は数年後に迫ってきました。
 ここにきて掲載誌が休刊ということで少々心配しましたが、無事移籍先も決まったとのことで一安心。景虎と晴信の対決が、想いの行方がどのように描かれることになるのか――この先も期待しております。

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