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2017.11.30

小山春夫『長編時代漫画 甲賀忍法帖』 ある意味夢の組み合わせ!? 最初の漫画版

 山田風太郎の記念すべき忍法帖第一作『甲賀忍法帖』の漫画版といえば、やはりせがわまさき『バジリスク』が思い浮かびますが、本作はその実に40年前、原作発表の5年後に刊行された最初の漫画版――後に白土三平の赤目プロの大番頭となる名手・小山春夫作画による作品であります。

 大御所家康が、徳川三代将軍を竹千代と国千代のどちらにするかを選ぶため、伊賀と甲賀それぞれ十人の代表を最後の一人まで殺し合わさせた忍法勝負――既にあまりに有名となったこの『甲賀忍法帖』。
 50年代末から60年代初頭にかけて、この『甲賀忍法帖』を含む数々の名作によりブームとなった忍者小説ですが、その影響を受け、僅かに遅れて忍者漫画ブームもまた始まることとなりました。

 その火付け役の一つである『伊賀の影丸』に『甲賀忍法帖』の影響が極めて濃厚であることは以前触れましたが、考えてみれば、それほどの作品自体が漫画化されていないはずはありません。というわけで貸本出版社から刊行された全3巻の漫画版が本作であります。

 作画を担当したのは小山春夫――冒頭に触れたように、後に白土三平の下で大活躍した漫画家ですが、赤目プロに加わるのは本作の翌年の話。
 本作の時点では、白土三平フォロワーの一人であったわけですが、やはり忍者漫画ブームの火付け役である『忍者武芸帳』の白土三平の影響を濃厚に受けた作家が、『甲賀忍法帖』を漫画化するというのは、ある意味夢の組み合わせと言えるかもしれません。

 そう、この漫画版に登場する甲賀伊賀の代表選手たちは(作者の妻である小山弘子が担当した朧とお胡夷を除き)実に白土タッチのキャラクター。
 白土画で山風忍法帖を見てみたい、というのは誰でも考えるのではないかと思いますが、まさにそれが実現した(というかそれを狙ったのでしょう)企画と言えます。

 ちなみに上で述べたように小山春夫の手によらない二人は、他の登場人物とはかなり異なる絵柄なのですが――それが二人のキャラを際立たせることになっているのが面白い。
 特にお胡夷は、原作とはある意味全く正反対の幼女めいたビジュアル。これであの忍法と使うのは、逆に凄惨なものを感じさせて印象に残ります。

 閑話休題、もちろん画風だけでなく、その動かし方、漫画としての面白さも本作はお見事の一言。
 特に冒頭の将監対夜叉丸の対決は、原作同様、忍者同士の死闘を描く物語の導入部として素晴らしい出来映えで、実に50年以上前の作品であっても今読んで十分に面白いのは、(原作の面白さはもちろん)この画の力によるものであることは間違いありません。


 そんな本作ですが、残念な点はあります。それは後半の展開があまりに駆け足であること――以下のように、全3巻と原作の内容を比較してみれば一目瞭然であります。

第1巻:地虫十兵衛の最期まで(角川文庫版P78まで)
第2巻:伊賀に潜入した如月の変身が暴かれるまで(同P143まで)
第3巻:結末(同P298まで)

 第3巻だけでほぼ全体の半分を消化しているわけで、第2巻までの内容がほぼ原作に忠実であっただけに実に勿体ない。
 おかげで豹馬・刑部・陽炎・天膳・雨夜・小四郎・赤まむし(って誰!? と思いきや朱絹の代替であります)は、原作とは全く異なる形で作品から退場することになります。

 特に対象が少年向けであったのか、性に関する描写が軒並みオミットされているため、陽炎などは忍法の内容も「死の間際に息が猛毒になる」と大きな改変となっているのは、これは仕方ないと言うべきか残念と言うべきか……
 上記のような分量の問題も、あるいはこの辺りの描写の変更を踏まえてのものであったのかもしれません。


 と、大事なことに触れるのを忘れていました。本作には原作と大きく異なる点が一つあります。実は、本作においては、何のための甲賀伊賀の戦いであるかを、弦之介も朧も、最後の最後まで知らないのであります。

 それゆえ本作のラストの
「いったいわれらはなんのためにたたかったのか………それさえもわかってはおらぬ……だがもうよい すべてはおわった………」
という弦之介の言葉が実に突き刺さります。
 この点、ささいなようでいて、物語の無常さをさらに高める、見事な改変と言えるのではないでしょうか。

 もう一つの『甲賀忍法帖』として、漫画版『甲賀忍法帖』の先駆として、大きな価値を持つ作品であります。


『長編時代漫画 甲賀忍法帖』(小山春夫&山田風太郎 アップルBOXクリエート) Amazon
長編時代漫画 甲賀忍法帖

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2017.11.29

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その二

 入門者向け時代伝奇小説の百選に含められなかった作品の紹介であります。今回は条件のうち、現在電子書籍も含めて新刊で手に入らない8作品を紹介いたします。

『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) 【剣豪】【江戸】
『秘剣水鏡』(戸部新十郎) 【剣豪】【江戸】
『十兵衛両断』(荒山徹) 【剣豪】【江戸】
『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆) 【古代-平安】【怪奇・妖怪】
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『真田三妖伝』シリーズ(朝松健) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『写楽百面相』(泡坂妻夫) 【江戸】
『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎) 【江戸】

 歴史に残すべき名作、刊行してあまり日が経っていないはずのフレッシュな作品でも容赦なく絶版となっていく今日この頃。電子書籍はその解決策の一つかと思いますが、ここに挙げる作品は、言い換えればその電子書籍化がされていない作品であります。

 まずはともに剣豪ものの名品ばかりを集めた名短編集二つ――いわずとしれた柳生ものの名手の代表作である二つの表題作をはじめとして、切れ味鋭い短編を集めたいわばベストトラックともいうべき『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐)。
 そして一瞬の秘剣に命を賭けた剣士たちを描く『秘剣』シリーズの中でも、奇怪な秘剣を操る者たちの戦いの中に剣の進化の道筋を描く『水鏡』を収録した『秘剣水鏡』(戸部新十郎)。どちらも絶版であるのが信じられない大家の作品であり、名作であります。

 そしてもう一つ剣豪ものでは『十兵衛両断』(荒山徹)。一時期荒山伝奇のメインストリームであった柳生ものの嚆矢にして、伝奇史上に残る表題作をはじめとした本書は、伝奇性もさることながら、権に近づくあまり剣の道を見失っていった柳生一族の姿を浮き彫りにした作品集であります。

 また古代-平安では博覧強記の作者が、源平の合戦をどこかユーモラスなムードで描いた『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆)があります。
 司馬遼太郎の『妖怪』の源平版とも言いたくなる本作は、貴族から武家に社会の実権が移る中、武家たちの争いと妖術師の跳梁が交錯する様が印象に残ります。

 そして戦国ものでは、なんと言っても作者の絢爛豪華にして異妖極まりない伝奇世界が炸裂した『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明)。
 関白秀次の聚楽第に隠された錬金の魔境を巡る大活劇は、作者の特徴である異国趣味を濃厚に描き出すと同時に、もう一つの特徴である深い孤独と哀しみを漂わせる物語であります。

 そして戦国ものでもう一つ、『真田三妖伝』『忍 真田幻妖伝』『闘 真田神妖伝』(朝松健)の三部作は、作者が持てる知識と技量をフルに投入して描いた真田十勇士伝であります。
 猿飛佐助と柳生の姫、豊臣秀頼の三人の運命の子を巡り展開する死闘は、作者の伝奇活劇の総決算とも言うべき大作。ラストに飛び出す秘密兵器の正体は、これまた伝奇史上に残るものでしょう。

 続いて江戸ものでは、今なおその正体は謎に包まれた東州斎写楽の謎を追う『写楽百面相』(泡坂妻夫)。
 江戸文化に造詣が深い(どころではない)作者の筆による物語は、伝奇ミステリ味を濃厚に漂わせつつ、史実と虚構の合間を巧みに縫って伝説の浮世絵師の姿を浮かび上がらせます。

 さらに今回紹介する中でもっとも最近の作品である『ヤマダチの砦』に始まる『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎)も実にユニークな江戸ものです。
 品性下劣な武家のバカ息子と精悍な山の民の青年が謎の忍びに挑むバディものとしてスタートした本シリーズは、あれよあれよという間にスケールアップし、海を越える大伝奇として結実するのです。


 というわけで駆け足で紹介した8作品ですが、それぞれに事情はあるにせよ、媒体の違いだけで後の世の読者が――今はネット書店で古書も手にはいるとはいえ――アクセスできないというのは、残念というより無念な話。
 ぜひともこれらの名作にも容易に触れることができるような日が来ることを、心から祈る次第であります。


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「打てや叩けや 源平物怪合戦」 二つの物怪の間で
 「聚楽 太閤の錬金窟」 超越者の喪ったもの
 写楽とは何だったのか? 「写楽百面相」
 『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと

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2017.11.28

『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』 少年の冒険と「物語」の力、生きる意味

 三味線の音で折り紙に命を与える力を持つ少年・クボ。彼は幼い頃邪悪な魔力を持つ祖父・月の帝に片目と父を奪われ、母と隠れ住んでいた。しかしついに追っ手からクボを守って母も散り、クボは祖父を倒す力を持つ三つの武具を求める旅に出る。命を得た木彫りのサルと、クワガタの侍をお供にして……

 公開前から絶賛の声を聞いていた『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』を観て参りました。
 本作の製作はストップモーション・アニメで知られるスタジオライカ。それだけに、驚くほど精巧に作られた世界の美しさと、とそこで生き生きと動き回るキャラクターたちの姿がまず印象に残ります。

 巨大な波が荒れ狂う夜の海を小舟が行く様を描く冒頭だけで引き込まれますが、それに続く、成長したクボが、村の人々を前にして三味線をかき鳴らすシーンが抜群にいい。
 彼の三味線に合わせ、宙に舞った折り紙がひとりでに形をなし、自由自在に宙を舞って波瀾万丈な冒険物語を描き始める――という心躍るシーンを見せられば、後はもう作品世界に魂を奪われるほかありません。

 本作はこの後、雪原や洞窟、水底から荒れ果てた城に至るまで様々な世界を駆け巡ることになるのですが――しかし面白いのは、これらのシーンにも、日常感に溢れた村のシーンと同様の不思議なリアリティがあり、絵空事としての違和感を感じさせない点でしょう。
 本作の全編を貫いているのは、キャラクターや登場する事物の不思議な存在感――喋るサルやクワガタの侍などという奇妙な連中ですら当たり前に受け容れられる、どこか民話的な世界観なのであります。おそらくはこれこそが、呆れるほどの手間暇をかけて作り上げた映像の力と言うべきなのでしょう。

 ちなみに違和感といえば、本作においては、「外国人が描いた日本」という違和感をほとんど感じさせないのに驚かされます。
 もちろん、全くツッコミどころがないわけではないのですが、少々のことは民話的なファンタジー、あるいは歌舞伎的な世界観のデフォルメということで受け容れられてしまうのは、本作のビジュアル設計の勝利と言えるのではないでしょうか。


 と――ビジュアル面にばかりまず触れましたが、本作の真に優れた点は、その「物語」とそれに対する意味づけにあります。
 自分から片目を、そして父と母を奪った月の帝に抗することができると言われる三つの宝物を求めて旅立つクボ。彼が繰り広げる冒険は、遙か昔から語られる、宝物を求めて遍歴する英雄のそれと重なるものがあります。

 そしてクボにとってその英雄とは、やはり三つの宝物を求めたいう己の父にほかなりません。実に彼が村人たちの前で語るのは、その父を主人公とした冒険の物語なのですから。
 しかし、その物語の結末をクボが語ることはありません。それは父の旅の終わりを彼が知らないことに因るものですが――同時にそれは、その冒険が彼自身のものでない、借り物の物語であるから、とも言えるでしょう。

 そして本作は、父と同じ目的で冒険をする中で、クボが自分自身の「物語」を、その結末を見出す物語でもあります。
 父の「物語」、結末を知らない「物語」を語ってきた少年が、それを受け継いだ末に、自分の「物語」とその結末を手にする――それは言い換えれば、彼が父の人生を追いかけるだけでなく、自分自身の人生を手にしたということでしょう。

 このような冒険譚の姿を借りた少年の成長物語というだけでも胸に迫るものがありますが、しかし本作はそれにとどまりません。
 本作のクライマックスで描かれるある情景(それが何と日本的なものであることか!)、そしてそこで示される本作のタイトルの意味は、この世にある究極の「物語」の存在を、これ以上なく明確に、そして途方もなく美しく描き出すのです。

 この辺りの展開については、作品の核心であるために詳しく語れないのがもどかしいのですが――人が生を受け、その生を生き抜き、そして次の世代に繋いでいくことと、これまで連綿と続いてきた「物語」を受け継ぎ、その先に己の「物語」を語ることを等しいものとして語ってくれるのが何よりも嬉しい。
 そこにあるのはまぎれもなく「物語」の力であり、そして同時に、人の生に価値あることの証明なのですから。


 素晴らしいビジュアルと魅力的なキャラクター、胸躍り胸締め付けられるストーリー、その中の日本的な――いや、きっと世界中の誰の胸にも届くであろう情感。そしてそれらを重ねた末に浮かび上がる「物語」の力と人生の意味を描き切った本作。

 上映館が多くないのがあまりにも口惜しいのですが、機会があれば、いや機会を作って必ずご覧いただきたい名品であります。



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2017.11.27

DOUBLE-S『イサック』第1巻・第2巻 恩と仇討ちを背負った日本人、三十年戦争を行く

 17世紀にヨーロッパ諸国を巻き込んで繰り広げられた三十年戦争。その戦場に、日本から海を渡ってやってきた「銃士」がいた――そんな刺激的な物語が、端正かつ迫力ある画で描かれる歴史漫画であります。

 時は1620年9月、プロテスタント諸国とカトリック諸国の激突の最前線である要衝・フックスブルク城にただ一人現れた東洋人傭兵。
 城攻めの悪魔と称されるスピノラ将軍率いる九千のスペイン軍に恐れをなして他の傭兵たちが逃げ去った中にただ一人残った彼は、イサックと名乗り、城将たるフリードリヒ五世の弟・ハインリッヒの軍に加わることになります。

 そしてスピノラの軍の総攻撃が始まった絶望的な状況の中、イサックは一瞬の勝機を狙い、思わぬ行動に出るのですが……


 正式な呼び名があるのかは存じ上げませんが、「海を渡った日本人武士」もの、とでも呼ぶべき作品は以前から存在します。

 鳥海永行『球形のフィグリド』、佐藤賢一『ジャガーになった男』、新宮正春『ゼーランジャ城の侍』……
 これらはいずれも小説ですが、日本人のメンタリティを持ったキャラが異郷で戦う意外性、そしてそんな孤独な戦いを続ける男たちの背負うドラマが、こうした作品の人気の源と言えるかもしれません。

 そして本作もまさしくそんな物語の一つであります。
 寡黙ながら超凄腕のスナイパーであり、そして「恩」と「仇討ち」を行動原理として動く男・イサックが、三十年戦争初期の動乱の中、長大な銃一つを頼りに生き抜く物語とくれば、気にならないわけがありません。

 上に述べたスピノラ軍との対決の後も、スペイン王太子アルフォンソ率いる一万五千の大軍を、城の傭兵隊が去り、自らも深手を負った身で迎え撃つなど、絶望的な状況を次々とひっくり返していく彼の活躍は、なかなかに痛快であります。

 しかしそんな腕利きの彼が、故国から遠く離れた異郷で戦いに加わっているのは何故か? というのは読者として当然の興味ですが、こちらも面白い。
 銃職人である彼の親方を殺し、彼の手にあるものと対になる銃を奪った男・ロレンツォ――日本を捨て、傭兵となった仇を追い、イサックもまた、傭兵となったのであります。

 彼らの過去に何があったのか、それはまだ完全には描かれていませんが、第2巻のラストで対峙したロレンツォの口からは意味深な言葉が残されており、この辺りのドラマも気になるところではあります。


 もっとも、正直なことをいえば、第1巻の時点では興味深いは興味深いものの、物語の進行スピードが若干遅く感じられ、どうかなあ――と思わされたところはあった本作。
 しかし第2巻に入って早々の大乱戦や、宿敵ロレンツォの登場と、物語も大きく動き出し、この先の展開が楽しみになってきました。

 何よりも、三十年戦争という、我々には今一つ馴染みの薄い史実を、この先イサックの存在を通して如何に描くのか――これは大いに気になるところではあります。
(ちなみに本作、実は第1話の時点で史実と大きく異なる部分があったのですが、それを後で軌道修正する力業が楽しい)

 次から次へと、ギリギリの戦場に放り込まれることになるイサック。史実通りであれば、この先も大変な展開が待ちかまえているはずですが――その中で彼が「恩」を貫き、「仇討ち」を果たすことができるのか。
 第2巻ラストも大ピンチで終わった本作、次巻が気になるところであります。


『イサック』(DOUBLE-S&真刈信二 講談社アフタヌーンKC) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
イサック(1) (アフタヌーンKC)イサック(2) (アフタヌーンKC)

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2017.11.26

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その一

 先日地味に作品紹介を終了した初心者向け伝奇時代小説百選ですが、作品選定が拡散するのを避けるために条件をつけた結果、百選に入れたいのにどうしても入らない作品が出てしまいました。あまりに残念なので、ここにまとめて紹介いたします。まずは、いま入手可能なのに入れられなかった10作品……

『忍びの者』(村山知義) 【忍者】【戦国】
『吉原螢珠天神』(山田正紀) 【SF】【江戸】
『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐) 【戦国】【忍者】
『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱) 【江戸】【剣豪】
『闇の傀儡師』(藤沢周平) 【江戸】
『山彦乙女』(山本周五郎) 【江戸】
『花はさくら木』(辻原登) 【江戸】
『大奥の座敷童子』(堀川アサコ) 【幕末-明治】【怪奇・妖怪】
『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥) 【児童】【怪奇・妖怪】
『風の王国』(平谷美樹) 【中国もの】【古代-平安】

 忍者ものの『忍びの者』(村山知義)は、百地三太夫と藤林長門守という対立する二人の上忍に支配された伊賀を舞台に、歴史に翻弄される下忍たちに姿を描いた作品。50年代末から60年代初頭にかけての忍者ブームの一角を担い、後世の忍者ものに与えた影響も大きいマスターピースであります

 SFものでは『吉原螢珠天神』(山田正紀)は、元御庭番の殺し屋が、吉原に代々伝わるという不可思議な玉を巡って死闘を繰り広げるSF時代小説の名品。時代小説として面白いのはもちろんのこと、家康の御免状どころか何と――という凄まじい発想に唸らされます。

 戦国時代ものの『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐)は、真田十勇士を、忠誠心の欠片もない流浪の十人のプロフェッショナルとして描いた痛快な作品であります。

 激戦区だった江戸時代ものでは、まず『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱)は、奇妙な風来坊剣士・中村一心斎が、歴史上の偉人たちを自分勝手な言動で振り回しながらも、いつしかその悩みを解決してしまう味わい深い作品であります。

 また、『闇の傀儡師』(藤沢周平)は、ある意味人情もの的側面の強い作者が、秘密結社・八嶽党と、それと結んだ田沼意次に立ち向かう剣士の戦いを描いた正調時代伝奇。
 一方『山彦乙女』(山本周五郎)は、禁断の地に踏み入って発狂した末に行方を絶った叔父の遺品というホラーめいた導入部から、山中異界を巡る冒険が展開されていく、これも作者には珍しい作品です。

 さらに『花はさくら木』(辻原登)は、改革者たる田沼意次と謎の海運業者との暗闘が、皇位継承を巡るある企てと思わぬ形で絡み合い、切なくも美しい結末を迎える佳品であります。

 そして幕末-明治ものでは、大奥に消えたという座敷童子を探す少女を主人公にした『大奥の座敷童子』(堀川アサコ)。いわゆる大奥もののイメージとはひと味異なる、バイタリティ溢れる楽しい作品です。

 児童ものでは『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥)。作者の新作落語をベースに、バカ殿に目をつけられたヒロインを救うために町の若者たちと狐が奮闘するナンセンス大活劇。読みながら「むははははは」と笑い転げたくなる作品であります。

 そして中国ものでは大作『風の王国』(平谷美樹)。幻の渤海王国の興亡を舞台に、東日流に生まれ育った男が大陸で繰り広げる壮大な愛と戦いの物語。悲劇を予感させる冒頭で描かれたものの意味が明かされる結末には、ただただ感動させられる名作です。


 というわけで非常に駆け足でありますが10作品――何故選から漏れることになったかはご勘弁いただきたいと思いますが、いずれもギリギリまで悩んだ作品揃い、こちらも併せてお読みいただければ、これに勝る喜びはありません。



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 「吉原螢珠天神」 天才エンターテイメント作家の初時代小説
 犬飼六岐『黄金の犬 真田十勇士』 十勇士、天下の権を笑い飛ばす
 「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖!
 「闇の傀儡師」 闇の中で嗤うもの
 「山彦乙女」 脱現実から脱伝奇へ
 辻原登『花はさくら木』 人を真に動かすものは
 堀川アサコ『大奥の座敷童子』 賑やかな大奥の大騒動
 『鈴狐騒動変化城』 痛快コメディの中に浮かび上がる人の情
 「風の王国 1 落日の渤海」 二つの幻の王国で

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2017.11.25

上条明峰『小林少年と不逞の怪人』第1巻 二十面相、人の中の「闇」を追う

 著作権の保護期間が終了したということもあってか、この数年に様々なアレンジで発表された江戸川乱歩作品。その中に、このブログ的には『SAMURAI DEEPER KYO』の作者である上条明峰の作品が加わりました。大正時代を舞台に、小林少年と、怪人二十面相こと明智小五郎が怪事件に挑む連作であります。

 時は大正、大胆不敵な手口で次々と盗みを重ね、そしてその過程で無数の警察官らの命を奪った恐れられる怪人二十面相。
 ただ一人その謎を追ってきた小林少年は、D坂の喫茶白梅軒で時間を潰す高等遊民の青年こそが怪人二十面相と確信し、彼を問い詰めるのですが――相手は馬耳東風、その間にD坂の古本屋の様子がおかしいことに気づき、二人で様子を見に行ってみればそこには!

 というのは本作の第1エピソード「D坂の殺人事件」の導入部。小林少年と怪人二十面相という存在を除けば、ベースとなった同名小説を踏まえた内容であります。

 果たして古本屋の女房が無惨な姿で殺害されているのを発見し、警察はあてにならないと独自に探索を開始する二人。
 着ていた着物の柄のために当の小林少年が容疑者扱いされたり(原典のアレであります)という展開はあったものの、怪人二十面相の活躍により事件は解決、半ばなし崩し的にそのままコンビを組むことになった小林少年に名を問われた怪人二十面相は答えます。「明智小五郎」と……


 かくて、「小林少年」と怪人二十面相=明智小五郎という意表を突いたバディを主人公に展開していく本作。この第1」巻の後半には、D坂とは一種の姉妹編とも言うべき「心理試験」が収録されております。

 どちらのエピソードも、基本的な物語設定や謎の所在は原典から大きく変わるところはありませんが――ここに主人公コンビという異質の存在が加わることにより、物語の様相は大きく変わっていくことになります。

 元々どちらの作品も原典では明智小五郎ものではありますが、小五郎自体はある意味脇役。そして小林少年も二十面相も、どちらの作品にも登場していないキャラクターであります。
 さらに本作の二十面相は(まだまだ謎は非常に多いものの)、己の中に深い「闇」を抱えると同時に、他の人間の「闇」の存在にも興味を抱く人物。

 その二十面相の目に、これらの事件の犯人の姿がどう映るのか――それが本作の大きなアレンジ点であり、そして肝であることは間違いありません。


 が、実のところこの点についてはどうかなあ――という印象。作中で描写される二つの事件の犯人たちの「闇」が、どうにも浅いものに見えてしまうというのが残念なところであります。

 これは一つには、彼らよりも遙かに深い「闇」を持つという設定の二十面相がいるため、それ以上の「闇」を持たせられないという構造的な理由があるかとは思いますが――しかし、ここでの「闇」の描写は、それでも類型的な描写に留まっていると言わざる得ません。

 類型的といえば、俺様な二十面相と、彼に振り回される生真面目な小林少年というシチュエーションも、どこかで見たような気もしますが、これはむしろ作者の味ということで歓迎すべきものと言うべきなのでしょう。

 いずれにせよ、この第1巻の時点では、いささか厳しい評価になってしまうのですが、しかしその一方で、原典のアレンジという点では本作には見るべき点も少なくありません。

 特に「心理試験」のクライマックスの心理試験のビジュアル化は効果的ですし(原典よりも被疑者が増えているのもいい)、二段三段の皮肉なオチも印象に残るものでありました。
 原典の活かし方も、小林少年の父親に、D坂の原典に登場した「当時の名探偵という噂の高かった小林刑事」を持ってくるなど、おっと思わされる点も少なくないのです。


 これら現時点の長所短所をいかに摺り合わせて、原典に新たな魅力を生み出してみせるのか。それはもちろん、この11月末にスタートする連載を見てみなければわからないのですが――しかし個人的には、この先の試みに期待したいと思っているところではあります。


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2017.11.24

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 二』 怪異の陰の女性たちの姿

 明治時代初期を舞台に、妖怪にまつわる新聞記事を使って人助けを行う一味に加わった少女・香澄の活躍を描くシリーズの第2弾であります。一味にも馴染み、自分の生き方を模索する香澄ですが、この巻では意外な強敵が現れることに……

 とある事件をきっかけに、日陽新聞社のグータラ記者・久馬と、彼の相棒で役者崩れの美男子・艶煙と知り合うことになった香澄。
 久馬と艶煙たちが、ある事件を妖怪絡みに仕立て上げ、その陰で人助けを行っていることを知った彼女は、その手伝いをしたのをきっかけに、一味に加わることになります。

 開明的な父の許可を得て、新聞社で小間使いとして働くようになった香澄は、怠け者で自分を子供扱いする久馬の態度に苛立ちながらも、様々な事件解決のために奔走することに……


 という設定の本シリーズですが、基本的に本作でもそのスタイルは変わることはありません。

 芸者に手を出して子供を作った上に手酷く捨てた男に、久馬と艶煙の一座が復讐の芝居を仕掛ける「産女の怪」。
 久馬が通う道場の周囲でのっぺらぼうの目撃譚が広まり、道場の一人娘が翻弄される「のっぺらぼうの怪」。
 間違って国庫に納めてしまった本を取り戻しにきた田舎役人が、思わぬ盗難騒動に巻き込まれる「河童の怪」

 実はどのエピソードも実際に妖怪が登場するわけではなく、その噂を用いた一種の情報戦を仕掛けるという形なのですが、派手さはないものの、安心して楽しめる人情譚とでも言うべき内容となっています。


 さて、そんな本作を構成する3つのエピソードに共通するものを探すとすれば、それはこの時代に生きる「女性」の在り方と言えるのではないでしょうか。
 不実な男に翻弄される芸者、父の道場を畳んで新たな商売を目指す娘、そして何よりも、自分のやりたいこと、やるべきことを求めて外の世界に出ようとする香澄……

 それぞれに全く異なる姿ではありますが、明治という新たな時代の中で、懸命に自分自身の明日を求めて生きているという点で、彼女たちは皆等しい存在といえます。
 そして本作での久馬たちの活躍は、彼女たちの生を守り、導くためのもの――いささか格好良く表現すれば、そう言えるかもしれません。

 もっとも、そんな中で香澄はかなり恵まれた存在、当時としては破格の生き方をしている女性であります。
 いかに開明的な家庭とはいえ、職業婦人も珍しい時代に、嫁入り前の娘が男に立ち混じって働く――これは滅多にあったことではないでしょう。

 もちろんそれは、お話の中の一種のファンタジーではあるのですが――しかし本作はそれを自覚的に取り上げ、香澄自身に、彼女のいわばモラトリアムの意味を幾度となく突きつけることになります。
 その役割を果たすのが、彼女の兄・主計――文部省に奉職するお堅い役人である彼は、彼女が外で働くことを、そして彼女の近くに久馬がいることを快く思わず、何かと口を挟んでくる強敵として描かれることになるのです。

 この辺りは少々お約束的なものも感じますが、しかし物語にあまりギスギスしたものを感じさせずに(ファンタジーとしての枠を壊さずに)、香澄の立ち位置を冷静に問い直させるというのはうまい構造だと感心いたしました。
 もちろんその役割を果たしているのは、主計だけではなく、物語に登場する、明治という時代の制約を受けた他の女性たちも(一種の鏡の形で)含まれることは言うまでもないのですが。


 何はともあれ、兄を向こうに回しつつも、一歩一歩、自分自身というものを固めつつある香澄。
 久馬への想いにほとんど全く気づいていないのがもどかしいといえばもどかしいのですが、これはまあ置いておきましょう。

 「妖怪もの」を期待するとどうかと思いますが、丁寧な物語作りが心地よい「女性小説」であります。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 二』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 二 怠惰な記者の裏稼業 (メディアワークス文庫)


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2017.11.23

東村アキコ『雪花の虎』第5巻 肉体のリアルを乗り越えるために

 快調に展開する女景虎伝ももう本書で第5巻めであります。前の巻でとんでもない形で将来の宿敵・武田晴信との対面を果たした景虎。そこで抱いたある感情を克服するために、彼女は一つの決断を下すことにを……

 越後を安定させるため、敬愛してきた兄・晴景を心ならずも排除することとなった景虎。父の、兄の想いを背負うこととなった彼女は、越後統一のために邁進していくこととなります。
 そんな中、戸石崩れで大敗を喫して傷を負ったという武田晴信が、密かに隠し湯で傷を癒やしていると知った景虎。彼女は「女装」してその様子を探ろうとするのですがそこで椿事が発生いたします。

 なんと露天風呂でその晴信とドッキリ☆の接近遭遇。もちろん慌ててその場を逃れたものの、晴信の脳裏には「彼女」の姿が焼き付いて……


 というわけで景虎が女性という時点で、あるいは、と思っていたのが実現したこの展開。
 これまでの女武将ものでしばしば見られたように、やっぱり景虎と晴信もそういうことになってしまうのかしら? と思いきや、さすがはこの作者と言うべきか、この巻では全く予想だにしなかった展開が描かれることになります。

 裸同士の対面の結果、晴信が景虎に対して男性としての興味を持った一方で、景虎の心に生まれたもの――それは「恐怖」だったのです。

 確かに景虎は、武という面では、たとえ並みの男にはおさおさ劣るものではない女傑であります。
 しかし、あくまでも景虎の肉体は女性。一対一、裸の状態で男と相対した場合に、本能的に恐怖心を抱くことは、決して不自然ではないでしょう。

 これまでただ一人男どもの中に混じって合戦を繰り広げてきた彼女が、ここで肉体のリアルを感じ取ってしまうのは、突然のようでいて、なるほどと感じ入った次第です。

 そしてその恐怖を打ち消すために景虎が選んだ手段とは、もう一つ、別の形で男の肉体のリアルを受け止めること。
 と書けば大体予想はつくかと思いますが――しかし女武将ものということで、ある種下世話な興味でどうなるかと(むしろ心配混じりに)思っていた展開を、このような形で持ってくるというのには驚かされました。

 これはもうさすがにこの作者ならでは、としか評せない展開――その相手やシチュエーションも含めて、不思議な静けさと美しさが感じられる、まずは名場面と言ってよいかと思います。
(その一方で、感性の点で景虎の女性性を押し出す描写が多いのは違和感を感じないでもありませんが、それはさておき……)

 そして恐怖を乗り越えた景虎は、改めて晴信への闘志を燃やすことになるのですが――ここで宇佐見定満が、晴信の、武田家の実状を語るという形で物語の視点を切り替えてくるのもまた、巧みなところであります。

 後世のイメージとは異なり、細身の、どこか飄然と姿で描かれる本作の晴信。その彼が何を想い、何のために戦うのか――ここで描かれるその姿は、景虎同様、血の通った一人の人間として印象に残ります。

 そしてもう一人、ある意味晴信以上に印象に残ったのが、初登場の諏訪御前であります。
 同盟相手であったはずの晴信に攻められて一族を失い、その晴信の側室に据えられた諏訪御前。悲劇のヒロインと言うべき彼女の本作における姿は、ある種の女性美を体現したかのような容姿でありつつも、ただ状況と運命に翻弄されるばかりというもので――見事に景虎とは好一対と言うべきでしょうか。

 この先、景虎とは対照的な彼女が、晴信のもとでどのような運命を辿ることになるのか――大いに気になるではありませんか。


 そして時は流れ、早くも最初の川中島の戦は数年後に迫ってきました。
 ここにきて掲載誌が休刊ということで少々心配しましたが、無事移籍先も決まったとのことで一安心。景虎と晴信の対決が、想いの行方がどのように描かれることになるのか――この先も期待しております。

『雪花の虎』第5巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
雪花の虎 5 (ビッグコミックススペシャル)


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2017.11.22

『決戦! 関ヶ原2』 東西の大戦、再び!

 戦国のみならず、江戸や幕末にも広がっていった『決戦!』ワールドですが、ここで二週目と言うべきか(あるいは映画『関ヶ原』合わせと言うべきか)、再びの関ヶ原の登場であります。今回も7人の作家が、関ヶ原に戦った7人の武将を描くことになります。

 ある歴史上の大戦に参加した武将一人ずつを主人公とした作品を描く『決戦!』シリーズ――その第1弾である『決戦! 関ヶ原』には、徳川家康・可児才蔵・織田有楽斎・宇喜多秀家・島津義弘・小早川秀秋・石田三成を主人公とした作品が収録されていました。

 そして本書もまた、以下の豪華作家陣が、力作を投入しています。
『ダミアン長政』(葉室麟): 黒田長政
『過ぎたるもの』(吉川永青): 島左近
『戦さ神』(東郷隆): 仙石久勝
『名だけを残して』(簑輪諒): 小川祐忠
『蜻蛉切』(宮本昌孝): 本多忠勝
『秀秋の戯』(天野純希): 小早川秀秋
『燃ゆる病葉』(冲方丁): 大谷吉継

 と、ここでまず先に厳しいことを言ってしまえば、各作品の主人公となる武将については、さすがに二週目ゆえと言うべきか、第1弾に比べれば、少々見劣りするという印象があります(そしてその一方で、小早川のみ再び登場というアンバランス)。
 その点は少々残念ではあるのですが――しかしそれが内容の評価に直結するものではないことは、言うまでもありません。

 その格好の例と言うべきものが、間違いなく本書の主人公の中では最もマイナーな人物であろう小川祐忠を主人公とした、『名だけを残して』であります。

 転々と主君を変えて――というより旗色の悪くなった側を見限って――数万石の大名にまで出世した小川祐忠。
 ただ己の命だけを大事に考え、武士の体面を重んじる者に後ろ指を指されても意に介さず(そしてそんな人々を猪武者と嘲って)生きてきた彼が、老境に差し掛かって初めて、武士としての「名」を求めるようになった――という視点に、まず唸らされます。

 そんな彼が西軍として参加した関ヶ原の戦――その決戦前夜、大谷吉継に呼び出された彼は、脇坂安治ら三人と共に、寝返りの疑いのある小早川秀秋の警戒を命じられます。
 これまでの経歴が経歴だけに、周囲から疑いの目を向けられる祐忠。しかし今度ばかりはと決意を固めた彼の姿に、脇坂らも熱い血を沸き立たせて……

 と、はみ出し者が奮戦する物語に弱い身としては、グッとくる展開なのですが――この先の彼らの行動は、史実にある通り。
 人間の心のあまりの弱さ、歴史の流れのあまりの皮肉さが、グサリグサリと胸に刺さる本作。その陰に役者が違う吉継の策士ぶりがほのめかされるのも、見事であります。


 その他、特に印象に残った作品を挙げれば、『蜻蛉切』と『秀秋の戯』でしょうか。

 『蜻蛉切』は、その名の槍を振るったことで知られる徳川の守護神・本多忠勝の一代記とも言うべき物語。あまり関ヶ原で活躍した印象のない忠勝ですが、本作はその豪勇ぶりを、なんと5才の頃から描くことになります。

 信長を、信玄をも唸らせたその颯爽たる勇姿を描く――そして忠勝を認める側の格好良さも際立たせる――本作は、まさしく作者の作品ならではの爽快さに溢れてた物語(関ヶ原での島津豊久との激突もまた泣かせる)。
 その一方で、タイトルの「蜻蛉切」に秘められた彼の真意、そして犬猿の仲であった本多正信の存在など、伝奇性も薄くないのが嬉しいところであります。

 一方、『秀秋の戯』は、秀秋を愚鈍でも意志薄弱でもなく、そして悲劇の人物でもなく、言うなれば「さあ、ゲームを始めよう」系の人物として描く意表をついた作品。
 空虚を抱えて生きるうち、戦の中でのみ生を実感するようになった秀秋。その想いは、やがて自分が戦うよりも、人を動かして戦わせることに向かうようになり、ついには関ヶ原でそれが頂点に達するのであります。

 裏切り者としての側面ばかり印象に残るものの、考えてみれば秀秋は東軍と西軍をある意味(物理的な位置も含めて)俯瞰する立場にいた人物。
 その彼なればこその視点から描かれる本作は、この特異な戦いを描く本書を締めくくるにふさわしい一編であったと感じます(実際には巻末ではないのは残念!)


 その他の作品も、それぞれに趣向が凝らされていた本書。今回も、おそらくは読む人によって印象に残る作品が異なるかと思いますが、バラエティに富んだ中身の濃いアンソロジーであることは間違いありません。


『決戦! 関ヶ原2』(葉室麟ほか 講談社) Amazon
決戦!関ヶ原2


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2017.11.21

小島剛夕『孤剣の狼』 孤剣士、乾いた厳しい世界を行く

 先日ご紹介したように、「コミック乱ツインズ」2017年12月号に掲載された小島剛夕『孤剣の狼』が、雑誌発売とほぼ同じ時期に電子書籍化されていました。昭和43年と昭和45年に雑誌連載された、放浪の剣士・ムサシ(無三四)の死闘旅を描く連作シリーズであります。

 舞台となるのは江戸時代初期――大坂の陣直後で戦国の遺風が色濃く残る時代――愛馬クロを供に、伊吹剣流なる流派を操る凄腕の男・ムサシが旅する先で出会う数々の事件を描く本作。
 このムサシ、決して正義の味方などではなく、何か事件があればそれをきっかけに己の流派を売り込もうとする男ですが、しかし存外人が良く、思わぬ貧乏くじを引かされたりするのは、まずお約束というべきでしょうか。

 そしてそんな孤狼のような男が主人公であるだけに、登場する人々もまた、並みの連中ではありません。
 侍の苛斂誅求に対し恋人や村の人間を売っても生き延びようとする農民、仇持ちの身を利用して周囲にたかる侍とそれにさらにたかる用心棒等々、とにかくドライでハードなキャラクターと物語が次々と描かれることになります。

 こうした乾いた世界の中で旅を続けるムサシですが、実は彼の背後には大きな秘密があります。
 実は彼の師・草薙小平次は、柳生忍群の抜け忍。凄腕の忍びとして恐れられ、数多くの忍びを道連れに倒されたかに思われた小平次は、密かに生き延びて柳生忍群に代わる忍び集団を作り上げ、天下に覇を唱えんとしていたのであります。

 そしてムサシはいわばその企ての広告塔とも言える存在――伊吹剣流の名を喧伝し、柳生新陰流を倒すことで、師の企てを(半ば間接的に)助けていたのであります。
 もちろんこの設定を見れば察せられるように、小平次もまた善人などではなく、己の野望のためであれば、ムサシをはじめとする弟子たちを平然と犠牲にする人間なのですが……

 こうして時代ハードボイルドとも言うべき世界を描く小島剛夕の筆は、もちろん見事の一言。執筆時期的に、劇画作家として脂の乗りきっていた時期だけに、時に荒々しく、時に繊細な筆は、ムサシをはじめとする人々の交錯を巧みに描き出します。
 設定的に、剣戟だけでなく激しい忍者同士の戦いが描かれる本作ですが、様々なシチュエーションで描かれるアクションの数々は、さすがの迫力であります。


 さて、冒頭で述べたように、昭和43年と昭和45年に連載された本作は、今で言えば第一シーズンと第二シーズンとも言うべき内容となっています。

 上で述べたように、伊吹剣流の名を上げるべく柳生と戦いながら旅するムサシを描いた第一シーズンは、ムサシが思わぬ形で伴侶を得たところで終了。
 そして第二シーズンはその数年後、剣の道を捨てて平和に暮らしていたムサシが、再び姿を現した小平次に大事なものを奪われ、それを取り返すために伊吹流を追って旅に出ることになります。

 このように前半と後半で大きな物語の方向性も敵も異なる本作、こうしたストーリー展開のためか、後半のムサシは、それまでに比べてだいぶ性格が丸い――というか人情もろくなっているのも面白いのです。

 しかし残念なのは、今回の電子書籍版は、エピソードが全て収録されている訳ではないことであります。
 こちらのサイトの作品リストによれば、本作は前半10エピソード、後半6エピソードで構成されているのですが、電子書籍版では前半6、後半5のエピソード。エピソード数でおよそ三分の二(おそらくページ数的にはもっと少ないのではないでしょうか)、連載最終エピソードも収録されていない状況です。

 この辺りの理由はわかりませんが――そして以前の単行本が完全収録だったのかもわかりませんが――やはり全てのエピソードを読みたかった、という気持ちは否めないところではあります。
(どうやら連載時でも物語は完結していないようですが……)


 もっとも、今回の電子書籍版に収録されたエピソードだけでも、本作は面白いのは上に述べたとおり。
 かなり安価ということもあり、今回の「コミック乱ツインズ」誌での再録に興味を持った方であれば、まず読んでみて損はない――というより必読と言ってもよいのではないか、と思います。

『孤剣の狼』(小島剛夕 グループ・ゼロ) Amazon
孤剣の狼


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2017.11.20

森美夏『八雲百怪』第3巻 還ってきた者と異郷の鬼と

 大塚英志の民俗学三部作の一つが、実に9年ぶりに復活しました。あの小泉八雲を主人公に、明治の世から失われてゆく古きもの――妖怪や神、異界の姿を描く連作シリーズの最新巻の登場であります。この巻でもまた、思いも寄らぬ奇怪な事件に巻き込まれる八雲が、その隻眼で見るものは……

 幼い頃に片目の視力を失い、この世のものならぬものを見る力を持つラフカディオ・ハーン。
 流浪の果て、古きものたちが息づく日本にたどり着き、小泉八雲の名で日本人となった彼は、次々と奇怪な事件に巻き込まれ、その中で常人ならざる者たちと関わりを持っていくことになります。

 額に第三の目を持つ押し掛け弟子の会津八一。普段は目を包帯で覆い、この世と異界を繋ぐ門を封じて回る怪人・甲賀三郎。はじめは三郎と行動を共にし、今は八雲邸に住み着いた生き人形のキクリ様――
 いずれも異界を見る力を持つ者たちとともに、八雲は新しい時代にはあってはならないモノとして消されていく者たちの目撃者となるのです。


 そんな基本設定で展開する本作ですが、この第3巻の前半に収録されているのは、おそらくは単行本のページ数の関係で収録されてこなかったと思われる、9年前に雑誌連載されたエピソード「狢」であります。

 娘を亡くして以来、学校に出てこなくなった同僚の様子を見に行くことになった八雲。男の屋敷には、のっぺらぼうが出没するらしいと聞かされて興味を持ち、キクリさまと共に男の元を訪れた八雲は、果たしてそこでのっぺらぼうと対面することになります。
 古から伝わるという秘術により、遺骨から愛娘を蘇らせたという男。しかし蘇った娘はのっぺらぼうだったのであります。

 一方、変人科学者の土玉が、のっぺらぼうの子供たちを集めていることを知り、彼を脅しつけて、どこからのっぺらぼうがやって来たかを聞き出す三郎。
 子供の親たちが、いずれも何処からか現れた巨大な「鬼」と出会い、その手ほどきによって子供たちを蘇らせたと知った三郎は、鬼を追った末に、同僚の男に監禁された八雲とキクリさまの前に現れるのですが……

 八雲の『怪談』によって広く人口に膾炙することとなったのっぺらぼう=狢。夜道でのっぺらぼうと出会った男が、逃げていった先で出会った夜泣きそば屋にこれを語るも、そば屋の顔も――というお話であります。

 本作はこれを巧みに換骨奪胎し(ちゃんと本物の(?)のっぺらぼうのそば屋も登場するのが楽しい)、新たな物語を生み出しているのですが――いやはや、いつもながら驚かされるのは、伝奇三題噺と言いたくなるような組み合わせの妙であります。

 のっぺらぼうと、○○の秘術と、○○○○○○○○○○の怪物と――未読の方の興を削がないように伏せ字にさせていただきましたが、よくもまあ、この三者を組み合わせたものだと感嘆させられます。
(実は後二者については先駆がないわけではありませんが、本作はさらにその先というか根元に踏み込むわけで……)

 物語的に、娘を蘇らせた男の真実については容易に予想できてしまうのですが、それをきっかけに、異郷の鬼がその真の姿を現すという展開は予想の遙か上を行くもの。
 さらにそこに物語作者としての八雲が絡むことにより、不可思議で、そして何とも切ない余韻が残るのも見事と言うほかありません。

 そして物語的には今回は脇役だった三郎――これまで冷然と異界の門を処分してきた彼が、どこか同情や哀惜めいたものをうかがわせるのも印象に残ります。
 それと同時に、彼が物語の前に「敗北」する姿も……


 そして後半に収録された「隘勇線」は、これまたとんでもない組み合わせが猛威を振るうエピソード。あの八甲田山死の行軍の背後には、伝説のコロポックルの存在があり、さらにそこに日露戦争に備えた軍の極秘の計画が……という展開には、良い意味で開いた口が塞がりません。

 その一方で、八雲の前には台湾からやってきた原住民の少年(伊能嘉矩絡みというのにニヤリ)が現れ、彼もまたコロポックルを求める旅に出ることに――ということになるのですが、この巻に収録されているのはエピソードの途中まで。

 何とも気を持たせる展開ですが、幸い来月には第4巻の刊行が予定されているところ、これまで待たされた分、存分に楽しませていただこうと思います。

『八雲百怪』第3巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
八雲百怪 3 (単行本コミックス)


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2017.11.19

山本巧次 『開化鐵道探偵』 端正な明治ものにしてミステリ、しかし

 ユニークな時代ミステリ『八丁堀のおゆう』シリーズで人気を博した作者が、本来のホームグラウンドというべき鉄道の世界を――それも、明治初期の創成期を舞台に、鉄道工事の妨害工作に挑む元八丁堀同心の活躍を描く作品であります。

 明治12年、京都ー大津間の鉄道建設が佳境にさしかかる中、難所・逢坂山トンネルの工事現場で続発する、測量結果の改竄や落石事故などの不審な出来事。
 政治的にも微妙な状況の中、あるいは妨害工作かと事態を重くみた鉄道局長にして長州五傑の一人・井上勝は、技手見習の小野寺に命じて、元八丁堀同心の草壁賢吾を探偵役に招こうとします。

 八丁堀では切れ者として知られ、その才を評価する者も多いにもかかわらず、新政府からは距離をおいて市井に暮らす草壁。
 しかし井上の熱意に押された彼は、小野寺を助手に、逢坂山の工事現場に向かうのですが――待ち受けていたのは、工事を請け負う藤田商店の社員が鉄道から転落死したという知らせでした。

 早速これが事故ではなく殺人であることを見抜いた草壁ですが、犯人が何者で、何故殺人を犯したかは五里霧中の状態。
 工事現場では線路工夫たちとトンネル工事の鉱夫たちが対立し、さらに鉄道工事に批判的な地元住民との軋轢が強まる中、なおも不審な事件は続き、さらなる殺人までもが……


 そんな本作の印象を表せば、ミステリとしても明治ものとしても、「端正」という一言であります。
 『八丁堀のおゆう』が、タイムスリップで現代と江戸の二重生活を送るヒロインという意表を突いた内容であったのに対し、本作は、あくまでもこの明治初期の鉄道を取り巻く状況を丹念に語り、そしてそこで起きる事件の姿を丁寧に描きます。

 特にミステリ面については、事件の内容もトリックも飛び抜けて意外なものではないのですが、そのいずれもが実にフェアと言うべきもの。
 「名探偵 皆を集めてさてと言い」を地で行くクライマックスで一つ一つ解き明かされていくる真相も、どれも納得がいくものであったと思います。

 また、時代ものとしても、西南戦争直後の、勢力が衰えた薩摩が巻き返しを図っている時期、そして諸外国の影響や干渉下から何とか日本が逃れようとしている時期という時代背景が物語と密接に関わっているのが嬉しい。
 このご時世には受けそうなくすぐりもあり、まず時代ミステリとしてはよくできた作品であると言ってもよいかと思います。


 ……が、残念ながらそれが物語として面白いかといえば、素直に頷けるわけではないと、個人的には感じます。

 物語設定的にはやむを得ないとはいえ、物語がほとんど工事現場とその周辺のみで展開するために、物語に広がりと起伏が感じにくい(ラスト近くまで事件ー聞き込みの繰り返しに見えてしまう)のがまず大きな点ではありますが、キャラクターに魅力を感じにくいのも残念なところであります。

 高官であるにもかかわらず現場で工夫に混じって体を動かす井上勝や、無愛想で強面ながら人間味のある外国人機関手はなかなか面白いのですが、主人公たる草壁がそれほど強烈なキャラクターではないのがつらい。(彼が新政府に出仕しない理由は非常に面白いのですが……)
 助手の小野寺がお供以上の存在感がないのも苦しく、その他の登場人物も、少々数が多すぎるのではないか――という印象があります。


 と、結果としてかなり厳しい評価をすることとなってしまいましたが、先に述べたとおり、光る部分も数多いのは間違いないことでもある本作。

 まだまだ明治期の鉄道は興味深い題材だらけの宝の山であるはず。本作の魅力を踏まえた、更なる作品を楽しみにしたいと思います。

『開化鐵道探偵』(山本巧次 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon
開化鐵道探偵 (ミステリ・フロンティア)


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2017.11.18

鳥野しの&あかほり悟『御用絵師一丸』 漫画で帰ってきた御用絵師!

 約二ヶ月前に発表された作品にこの表現も恐縮ですが――御用絵師一丸が帰ってきました。あかほり悟(さとる)が白泉社招き猫文庫で発表した時代小説シリーズが、ヤングアニマル誌において、小説版の表紙絵を担当した鳥野しの漫画化されたのです。

 西ノ丸大奥の主・広大院に仕える御用絵師・一丸。御用絵師という身分をありがたがるでもなく、むしろ迷惑げな彼のもう一つの任は、広大院の命により裏の仕置きを行うことであります。
 時あたかも水野忠邦が老中首座に就いていた頃――強引な改革を進める忠邦が、幕府の権力強化のために諸藩を潰そうと配下の鳥居耀蔵とともに巡らす数々の陰謀を粉砕するため、一丸は家伝の「毒」を用いて悪に挑む……


 という基本設定の本シリーズですが、今回は、これまで二冊刊行された小説からの漫画化ではなく、完全新作というのが非常に嬉しいところであります。

 江戸で相次ぐ不審火。その火事が屋敷の周辺で起きたことを口実に大名たちを取り潰そうという動きに、水野の影を感じた広大院は、一丸に犯人の退治を命じます。
 手がかりもないまま探索を続ける中、火事現場で異様な目つきで炎を見つめる男を目撃した一丸は、飲み仲間の絵師から、その男がからくり師の太吉であると聞かされます。

 以前火付けで捕まったものの、何故かすぐに放免されたという太吉。彼こそが火付けの犯人だと確信する一丸ですが、しかし一丸の心の中には……


 恥ずかしながら作画担当の鳥野しのの作品は初めて読むのですが、フィール・ヤング誌などで活躍しているというその絵柄は、柔らかな線でキャラクターたちをくっきりと描いていて好感が持てます。

 実に本作は前後編構成とはいえページ数はそれほど多くはないのですが、原作のレギュラーキャラ――一丸、広大院、一丸の弟の上総ノ介、ヒロインの雅弥と小茶、飲み仲間の芳若と初信、水野と鳥居――を全員登場させているのですが、そのいずれもイメージどおりのビジュアル・描写であったと感じます。
(特にむくれている小茶が猛烈にかわいい)

 もっとも、ゲストキャラの太吉が、初登場時からあからさまに変態めいたビジュアルだったのはひっかかりますし、物語的にもかなりストレートな内容だったという印象はあります。
 しかし――それがかえって、一丸のキャラクターを掘り下げる形となっているのがまた面白いのです。

 絵を生み出す絵師でありながら、同時に人の命を奪う暗殺者という二面性を持つ一丸。
 彼の行う暗殺は、あくまでも正義のために外道を討つというものではありますが、しかし殺人――それも絵師としての己の技を利用した――であることには変わりありません。

 だとすれば、同じく己の技を用いて火付けを行う太吉と彼にどのような違いがあるのか?
 本作はある意味合わせ鏡のようなキャラクターを配置することにより、一丸の立ち位置を問いかけるのです。お前は正義の味方なのか、人殺しの外道なのか――と。
(ここで太吉による火事の炎の姿に、一丸が絵師として心動かされているという描写があるのも面白い)

 もちろん本作はその先にある一つの答えを、希望を提示するのですが――この辺りの巧みな物語構成はさすがは、と言うべきでしょう。


 今回は電子書籍化記念ということで発表された本作。しかし物語も画も、原作ファンを十分満足させるものであるだけに、これだけで終わるのは勿体ないと思います。
 もちろん原作小説の方も含めて、またいずれ一丸と仲間たちに会いたい――そう強く感じた次第であります。


『御用絵師一丸』(鳥野しの&あかほり悟 ヤングアニマル 2017年 No.18,19掲載) No.18 Amazon /No.19 Amazon


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2017.11.17

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その二)

 2017年最後の『コミック乱ツインズ』の紹介の後編であります。今回は特別企画だけでなく、連載陣も相当に充実している印象があります。。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、心を持たないかのような四人の刺客相手に辛うじて勝利を収めたものの、また危ない橋を渡ったと紅さんにむくれられた聡四郎。色々な意味で道場で剣を振るいたくなった彼は、弟弟子の大宮玄馬と立ち会うことになります。

 というわけで、ついに本格的に登場した玄馬との迫力ある立ち会いが見所の今回。聡四郎ほどではないにせよ確かな実力を持ちつつも、見事な体の関係で流派の跡を継げない玄馬を自らの下士として雇ったことで、剣の上では孤立無援だった聡四郎にも頼もしいサイドキックの誕生であります。
 一方、仕事の方ではうるさい白石にせっつかれて吉原御免状の在処を探りに行くことになった聡四郎の前に、何だかビジュアル的にレイヤーが違う刺客が現れて……と、いよいよ物語も佳境に入ってきました。

 しかし玄馬、紅さんの荒くれぶりに目尻を下げている聡四郎に呆れていましたが、君も後々相当な……(これは原作の話)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 関ヶ原の戦での大谷吉継を主人公とするエピソードの後編であります。

 病魔に冒され、身は生きながらにして鬼と化しつつも、ただ盟友・三成への友情を頼りに人間に留まっていた吉継。その姿を前に、鬼切丸の少年も、その刃を振るうことを一端は止めることになります。
 しかし三成とともに臨んだ関ヶ原の戦で、小早川秀秋の思わぬ裏切りを受けた吉継は、無念のあまりついに鬼に変化し、無数の人を殺しながらも秀秋に迫るのですが……

 幼い頃から秀吉に振り回され、信長鬼にも匙を投げられる気弱な秀秋の姿も妙に印象に残る今回ですが、やはり面白いのは、鬼と人の間で揺れる吉継の姿と、その彼に対する鬼切丸の少年の態度であります。
 上で述べたように体は鬼となりかけた吉継を一度は見逃し、そして真に鬼と化した彼を容赦なく断罪し――そしてその果てに一つの「救済」を与える少年。随分と上から目線にも見えますが、それは神仏が人間に向けるそれと等しいものなのかもしれません。

 しかしその視線が向けられるのは、人を殺し人を喰らう鬼だけでなく、人を殺し天下を取る武士に対しても同様であります。
 本作の冒頭から通底する、鬼と人間、鬼と武士の間の(極めて近しい)関係性が、ここで改めて示されるのであります。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 半年の長きに渡り繰り広げられた日光社参編もついに今回で完結。将軍家慶が江戸を離れた隙に挙兵した大御所家斉との戦いも、ついに決着がつくことになります。

 江戸を掌握し、二千の兵で家慶が籠もる甲府城に攻め寄せた家斉派。この前代未聞の事態に、鬼役・蔵人介らも必死の籠城戦を繰り広げることになります。しかし一気に決着をつけるべく、家斉と結んだ静原冠者の女刺客・斧らが家慶を狙って……
 というわけで思わぬ「合戦」に加えて、アクロバティックな体術を操る刺客との剣戟も展開される今回なのですが、前回ほどではないにせよ、今回もこの一番良い剣戟シーンで作画が乱れるのが何とも……

 ラストにはきっちりいつもの鬼役の裏の勤めも描かれて日常(?)に回帰したところも含め、エピソードの完結編に相応しい盛りだくさんの内容だっただけに、終盤の画的な息切れが残念ではありました。


 次号はやまさき拓味と原秀則の新連載がスタート。再録企画も今後も続くとのことで、楽しみであります。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年5月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年6月号
 『コミック乱ツインズ』2017年7月号
 『コミック乱ツインズ』2017年8月号
 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年11月号

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2017.11.16

『コミック乱ツインズ』2017年12月号(その一)

 表記の上ではもう今年最後の号となったコミック乱ツインズ誌。表紙を飾るのは『仕掛人藤枝梅安』、そして特別企画として小島剛夕の『孤剣の狼 鎌鬼』が収録されています。

『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 単行本刊行に合わせてか、3号連続巻頭カラーの2回目となった今回は、「梅安初時雨」の中編。牛堀道場の跡目争いに巻き込まれ、江戸を売る羽目となった小杉さんと梅安の旅は続きます。

 小杉さんが後継者に指名されたのを不服に思い、闇討ちしてきた相手を斬ったものの、それが旗本のバカ息子であったことから、梅安とともに江戸を離れることになった小杉さん。しかし偶然から二人の居所が知れ、実に六人の刺客が二人に迫ることになります。偶然それを知って追いかけてきた彦さんも加えて、迎え撃とうとする梅安ですが……
 というわけで今回のクライマックスは三対六の死闘。それぞれの得意の技を繰り出しながらの疾走しながらの戦いは、さすがの迫力です。

 しかし今回印象に残ったのは、藤枝で過ごした少年時代を思い出す梅安の姿。かつて自分をこきつかった宿の者たちも、今の自分のことをわからないと複雑な表情を見せる梅安ですが――いや、確かに顔よりも首が太い今の体格になっては、と妙に納得であります


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 我が国独自の鉄道網構築のために奮闘する男たちを描いてきた本作、今回の中心となるのは、これまで幾度か描かれてきた明治の鉄道の最大の問題点であった狭軌から広軌への切り替えであります。

 レールの幅の切り替えに伴い、新たな、日本独自の機関車開発を目指す島。そのために彼は大ベテランの技術者・森に機関車設計を依頼するのですが――補佐につけられた雨宮は、既存の機関車の延長線上のものを開発しようとする森に厳しい言葉を向けます。
 その言葉に応え、奮起した森はついに斬新な機関車を設計するのですが……

 これまでも鉄道を巡る理想と現実、上層と現場のせめぎ合いを描いてきた本作。それがついに表面化してしまった印象の今回のエピソードですが――明らかに現場の人間でありつつも、誰よりも島の理想を理解してきた雨宮の想いはどこに向かうのか。なかなか盛り上がってきました。


『孤剣の狼 鎌鬼』(小島剛夕)
 冒頭に述べたとおり、名作復活特別企画として掲載された本作は、実に約50年前に発表された連作シリーズの一編であります。

 伊吹剣流の達人である放浪の素浪人・ムサシが今回戦うことになるのは、ある城下町で満月になるたびに現れては人々をむごたらしく殺していく謎の怪人。
 奇怪な面をつけ、鋭い鎌を用いて武士や町人、男や女を問わず殺していく怪人の前に、ムサシもあわやというところまで追い詰められるのですが……

 鴉の群れとともに夜の闇に紛れて現れる怪人の不気味さ、義侠心ではなく自分の剣の宣伝のために怪人に挑むムサシなど、独特の乾いたハードさが印象に残る本作。
 しかし何よりも目に焼き付くのは、そのアクション描写の見事さでしょう。都合二度描かれるムサシと怪人の対決シーンは、スピーディーかつダイナミックな(それでいて非常にわかりやすい)動きを見せ、特にラストのアクロバティックな殺陣の画には惚れ惚れとさせられます。

 次回も同じ小島剛夕作品、それも未単行本化作品ということで期待しております。
(しかし何故今この作品の、それも怪人の正体が結構な危険球のこの回を――という印象は否めないのですが)


 充実の今号、長くなってしまったので次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 12 月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その一)
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2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

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2017.11.14

小松エメル『一鬼夜行 鬼姫と流れる星々』 天狗たちの戦いの先の謎と恋情

 絶好調の『一鬼夜行』シリーズ、待望の第9弾の登場であります。妖怪の力を失い妖怪相談処を開いた猫又鬼・小春と、彼を居候させている小道具屋の若主人・喜蔵の凸凹コンビが今回巻き込まれるのは天下一の天狗を決める大バトル。しかしそこにはなんと、喜蔵の妹である深雪が絡んでいたのであります。

 宿敵・猫又の長者との死闘の末、妖怪としての力の大半をなくした小春。喜蔵の営む荻の屋に居候することになった小春は、勝手に妖怪相談処を開業し、おかげで喜蔵は妖怪が持ち込むおかしな事件に次々と巻き込まれることになって……
 という設定で、前作から始まった第二部。相変わらず力を失ったまま、それでも生意気さと大食らいは相変わらずの小春は、今回も元気に喜蔵を振り回しては、その度に彼の閻魔顔に睨まれてビビる毎日であります。

 そんなある日、妖怪相談処に現れたのは、若い天狗の疾風。近々開かれる天下一の天狗を決める大会で優勝を目指す疾風は、かつて大妖怪として知られた小春に弟子入りしたいというのです。
 持ち上げられて有頂天になった小春は弟子入りを許可、早速役に立つのか立たないのかわからない特訓を開始するのですが……

 その一方で、荻の屋に居着いた付喪神たちの意味深な会話に気付いた二人。探ってみれば、最近しばしば家を空けている喜蔵の妹・深雪が、常人とは思えぬ力を発揮して街中で人助けを繰り返しているではありませんか。
 思い起こせば以前の事件で、小春の宿敵である裏山の天狗・花信と、何やら「契約」を交わした深雪。その内容が気が気ではない喜蔵ですが、深雪は何も話そうとしません。

 そして訪れる天狗の大会の日、疾風の身内として大会に招かれた喜蔵と小春が見たのは、真の力を発揮する疾風と――それ以上の恐るべき力で次々とライバルを倒していく、意外すぎる人物。
 さらに天狗面を被った「異端の者」までもが乱入し、事態はいよいよ複雑怪奇なものとなっていきます。

 果たしてこの大会の裏に何があるのか。そして意外な人物の力の正体と思惑は。全ての鍵を握るのは、疾風や異端の者が狙う花信と思われたのですが……


 と、今回も快調に展開していく本作。謎めいた過去の情景に始まり、喜蔵と小春のテンポが良すぎて楽しすぎるいがみ合い(本当に何度吹き出したことか)が展開したと思えば、やがて物語は大いに曇らされる真実を語り、そしてその先に切なくも感動的な結末が――というスタイルは、今回も健在です。

 内容的には、いくつかの物語が連作的に描かれた前作に比べると、物語の大半が天下一天狗会(?)で展開する本作はかなりシンプルな印象も受ける(登場するレギュラー陣も喜蔵・小春・深雪・綾子と最小限)のですが、そこで展開する内容は、濃厚、の一言。
 舞台が舞台だけに次々と描かれる派手なバトルもさることながら、それと密接に絡み合いながら語られる、過去から続く骨肉の争いと因縁には、ただ圧倒されるばかりなのであります。

 そして何よりも驚かされるのは、その先で明かされるある真実なのですが――妖怪ものだからこそ成立する、一種の叙述トリックとすらいえるそれは、本作をして「ミステリ」と呼ぶのに躊躇わせるものではありません。


 しかし――本作の真の魅力は、泣かせどころは、これらを全て飲み込んで展開した物語の、そのまた先にあります。

 本作のタイトルロール(鬼姫)であり、作中で幾つもの謎めいた言動を見せる深雪。
 これまでの物語ではその性格もあって一歩引いた立ち位置のことが多かった彼女は、本作においてその真情を明かすことになります。

 果たして本作の、さらに言えばこれまでの彼女の行動の陰に如何なる想いがあったのか――それが明かされた時の衝撃たるや、ただ天を仰いで嘆息することしかできません。
 そしてその直前の描写を読み返せば、もう胸が潰れるような想いに襲われるのです。

 妖怪ものであり、ミステリでもあった本作。しかしその真実の姿は、紛れもない「恋愛小説」であった――そう申し上げるほかありません。


 果たして本作で語られた真実が、この先物語に如何なる影響を与えるのか――それはもちろん現時点ではわかりませんが(早く続編を!)、これまでよりももっともっと、本シリーズがこの先どこに向かうのか、どのような結末を迎えるのか、気になって仕方がなくなったことだけは間違いないのです。


『一鬼夜行 鬼姫と流れる星々』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
一鬼夜行 鬼姫と流れる星々 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2017.11.13

北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命

 全17巻の第11巻ということで、ほぼ全体の三分の二まで来た北方岳飛伝。前の巻では同盟を結んだ金と南宋、双方からの攻撃を凌いだ梁山泊ですが、この巻で描かれるのは、兀朮率いる金軍との大決戦であります。そして北で西で戦いが繰り広げられる中、南で岳飛はある決意を固めることに……

 共通の敵である梁山泊打倒のために動き出した金と南宋を、複数の戦線で迎撃することとなった梁山泊。
 海上と南方では南宋軍を撃破した一方、梁山泊と金の総力戦が膠着状態となっていたところに、梁山泊が密かに進めてきた米と麦の買い占めが南宋と金を揺るがし――と、硬軟の攻め手により、梁山泊は戦いを優位に進めてきた印象があります。

 しかし兀朮はそのような状況でも禁軍を除くほぼ全軍を結集。それに対して呼延凌も決戦を決意し、双方のほぼ総力を結集しての戦いが繰り広げられることとなります。
 互いに互いの出方を読み合い、溜めに溜めた力を一気に出し合う戦いに際して、呼延凌は「四つの花」を咲かせると部下たちに告げ、己の命を的にした大勝負に出ることに……

 と、前巻ではさらりと語られるのみであった兀朮と梁山泊の対決はこの巻が本番。とにかくギリギリまで互いの力を出し尽くす戦いの描写はさすがと言うべきですが、特に印象に残ったのは、呼延凌が詩的とすら言えるような表現で戦いに臨む点であります。
 上で述べた「四つの花」とは――読めばなるほど、と思わされる戦法ではありますが、しかしそれをこのように評するのはこれまでのキャラクターになかったところで、あるいはこれが彼の個性と言うべきなのでしょうか。

 それだけでなく、戦いの合間に空や星を見上げる呼延凌や兀朮の、荒々しさとは別の意味での男のロマンチシズム溢れる姿も印象に残りますが――しかし、戦場はあくまでも非情であります。
 そんな彼らの戦いの果てに消えていく幾多の命。そしてその中で、あの老雄がついに――と、戦いの結果は梁山泊的には勝ちに等しい引き分けながら、苦いものを残す結末なのは、実に本作らしいと言うべきでしょう。

 もっとも、史進の奇襲や胡土児のブロックなど、そろそろデジャヴを感じさせる描写が多いのも気になりましたが……


 さて、その一方で、各地ではそれぞれの物語が進んでいきます。
 左遷された韓世忠により船を沈められ、報復のために出撃する李俊。これまで金と戦ってきた蒙古の来襲を迎え撃つ韓成。北で兀朮に、南で秦檜に、梁山泊で宣凱と王貴にと忙しく出会い、新たな商人の在り方を垣間見させる蕭炫材。

 そして南方で力を蓄えてきた岳飛は、己の成すべきこととして、南宋をも呑み込んで金に挑む北進を決意し、その前に南宋に潜伏した岳家軍の兵たちに会うための旅に出ることになります。
 実に三ヶ月にもわたる旅の中で、自分を信じて雌伏の時を続けてきた兵たちと再会した岳飛の胸に去来するものは……


 と、前半の呼延凌と兀朮の総力戦以外は、実はこれまで以上に静かなイメージの本書。
 もちろんそれでつまらないということはなく、すぐ上で触れたように様々な視点から描かれるそれぞれの物語――というより人生――の姿には大いに惹きつけられると同時に、その中で本作のテーマ的な部分も少しずつ語られていくのも目を引きます。

 その中で、動きは大きくないものの、存在感は抜群なのが、言うまでもなく岳飛。これまでも述べたかと思いますが、これまでの主人公たちと比べて、英雄・豪傑というよりも人間としての面が目立つ彼のナマの姿は、何とも魅力的に映ります。
(この巻では、相棒の猿・骨郎との何ともほのぼのするやり取りが実にいい)

 そんな岳飛ですが、しかし確かに、これまである意味状況に流され続けてきたと言えなくもありません。本書の結末はそんな彼が、ついに自分の意思で立つ日も間近となったことを感じさせるのですが……
 冒頭に述べたように、この物語も三分の二まで来て、ラストスパートをかける準備が終わったと考えるべきでしょうか。

 言ってみれば一つの大陸を敵に回す彼の、そして梁山泊の戦いがどのような結末を迎えるのか、少々気が早いですが楽しみになろうというものです。


 ちなみにその岳飛の同盟相手と言うべき秦容は、この巻でついにお相手を見つけるのですが、何だかマチズモに満ちた展開で、ちょっとすっきりしないものが――というのはもちろん個人の印象であります。


『岳飛伝 十一 烽燧の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 11 烽燧の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方
 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
 北方謙三『岳飛伝 十 天雷の章』 幾多の戦いと三人の若者が掴んだ幸せ

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2017.11.12

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 さて、泣いても笑っても今年も残すところあとわずか。本当にあっという間の一年でしたが、最後はちゃんと面白い本を読んで笑っていたい――というわけで、2017年を締めくくる12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 と言いつつ、刊行点数的にはさほど多くない12月。少々寂しくはありますが、新刊・文庫化等、気になる作品は決して少なくありません。

 まず文庫新刊では、大活躍だった今年を締めくくる平谷美樹のシリーズ第3弾『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 唐紅色の約束』が登場。また、期待のシリーズの続巻である芝村凉也『討魔戦記 2 楽土』が登場であります。

 さらに平山夢明の時代怪談第2弾『大江戸怪談どたんばたん 魂豆腐』(ずいぶん刊行が早いと思いきや、前作同様、半分は既刊の再録のようですが……)、その他上田秀人『百万石の留守居役 10 忖度』と並びます。

 また、文庫化では戸部新十郎の名作『伊東一刀斎』をはじめとして、畠中恵『うずら大名』、廣嶋玲子『鳥籠の家』(単行本時のタイトルは『鵺の家』)、単行本は大分以前に刊行された富田祐弘『信長を騙せ 戦国の娘詐欺師』、堀川アサコ『芳一』と、なかなかのラインナップであります。

 また、中国ものでは井波律子訳『水滸伝』第4巻、北方謙三『岳飛伝 14 撃撞の章』と来て、八木原一恵訳『封神演義』前編が刊行。封神演義は以前出たものの再刊かと思いますが、再アニメ化合わせでしょうか。


 そして漫画の方では、個人的には今年の台風の目だった吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻、8年ぶりに復活した森美夏&大塚英志『八雲百怪』第4巻、いよいよアニメ化も近づいてきた野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻に注目。

 その他、灰原薬『応天の門』第8巻、大柿ロクロウ『シノビノ』第2巻、梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻、寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第2巻といった作品も気になるところであります。



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2017.11.11

岡田秀文『帝都大捜査網』 二つの物語が描き出す怪事件

 最近では歴史小説家と並んで、(時代)ミステリ作家としての印象も強い岡田秀文が、戦前の東京を舞台に、猟奇連続殺人に挑む警察の特捜隊の姿を描く警察小説――と見せかけてとんでもないもう一つの顔が用意された、実に作者らしいトリッキーな長編であります。

 二・二六事件を経て、表面上は安定を取り戻した昭和11年の東京で発見された男の刺殺体。体に幾つもの刺し傷があったその死体は、身元を示すものはあったものの、どこでなぜ殺されたかは一切不明――そんな死体が一つにとどまらず連続して発見されたことから、警視庁の特別捜査隊の郷咲警視はこれを連続殺人事件とみて特別捜査態勢を引くことになります。

 しかし殺された男たちの間には交友関係などは一切なく、共通しているのは、全員が多額の借金を負い、そして周囲から金を騙し取って姿を消していることのみ。
 そんな状況の中、一つ一つ地道に証拠を当たりつつ事件の全貌を追う特捜隊ですが、状況は打開できず、ただ死体の数が増えていくばかりとなります。

 そんな中、郷咲の娘であり秘書、そして何よりも彼の知恵袋である多都子は、最初の死体の刺し傷が7つ、二番目が6つ、三番目が4つであったことから、どこかに発見されていない死体――5つの刺し傷を持つ死体が存在することを指摘します。
 それが真実であったとしても、何故刺し傷は減っていくのか? 答えの出ないまま、懸命の捜査を続ける特捜隊は、ついに被害者たちの共通点を発見するのですが……


 いかにも警察小説らしく、丹念に、地道に特捜隊の捜査の模様が描かれていく本作。しかし本作はある程度まdきて、意外な、そして全く別な姿を露わにすることになります。
 第一章が終わり、第二章に入って物語の視点は変わり、登場するのは株で大失敗して全てを失った男・貝塚。全財産を失い、どん底まで落ちた彼は、ある男からの提案を受け容れたことで、更なる地獄へと足を踏み入れることになって……

 と、この貝塚らどん底の人間たちが織りなすこのもう一つの物語は、ジャンルでいえば暗黒小説――というよりむしろここしばらく流行のデ○○○○ものと言うべき内容で、いやはや、全く予想もしなかった展開に、こちらは驚かされるばかりであります。

 作品の内容が内容なだけに、これ以上は触れるのが難しいのですが、郷咲警視のパートと貝塚のパートと、一見全く別々のこの二つの物語は、密接な関係を――いわばコインの裏と表として――持つことがやがて明らかになります。
 一歩間違えれば、互いの物語の内容を台無しにしかねないこの物語構造ですが、しかしもちろんそんなことになるどころか、むしろ巧みな構成により、互いの緊迫感を煽る効果を上げているのはお見事と言うほかありません。

 それに加えて、本作には更なるとんでもない爆弾が隠されているのですが――さすがにこれについては触れることはできません。あまりにも意外な(しかし読み返してみればきちんと伏線がある)この仕掛けには、ただ脱帽であります。


 が、そのように優れてトリッキーな作品である一方で、本作に不満点がないわけではありません。

 (そのような物語構造ゆえ仕方ないとはいえ)犯人の行動には少々無理があるように感じますし、事件を解明するきっかけとなったのが、冷静に考えればかなり偶然に近い(因縁話的な)きっかけに見えてしまうのも悩ましいところであります。
 何よりも、すぐ上で述べた大どんでん返しも、果たして本作で描く必然性があったのかどうか、評価が分かれるところではないでしょうか。

 さらに、本作がこの時代と場所を舞台とする必然性が今ひとつ薄く感じられた(この時期に実際に起きた事件を一つの背景にしているのですが)のが、個人的には残念なところではありました。


 とはいえ、それらを考慮に入れてもなお、本作がミステリとして十分以上に刺激的で、まさしく一読巻を置くあたわざる作品であることは間違いありません。
 やはり作者のミステリは油断できない――そう再確認させられた次第であります。


 それにしても本作でもう一つの物語の舞台となった場所、あれはやはりあの作品の……


『帝都大捜査網』(岡田秀文 東京創元社) Amazon
帝都大捜査網

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2017.11.10

武川佑『虎の牙』(その二) 伝奇の視点が映し出す戦国武士の姿と一つの希望

 新鋭が武田信虎の半生を、その弟・勝沼信友らの視点から描くユニークな物語の紹介の続きであります。本作を大きく特徴付ける伝奇的趣向の果たす機能、役割とは――

 その最たるものは、本作の最大の特徴ともいうべき信友の出自による、新たな視点の設定であります。
 生まれはともかく、育ちにおいては武士ならざる山の民出身という設定である信友。齢三十を過ぎるまで己の出自を知らず、ある意味武士とは最も遠い暮らしを続けてきた彼の目に映るのは、外側から見た武士の姿――ある種の客観性を持った戦国武士の姿なのです。

 そもそも我々の持つ戦国武士のイメージは、最近はだいぶ緩和されてきたとはいえ、かなりの部分美化されたものであることは否めません。
 雄々しく敵と戦い、国を富ませ、戦を終わらせる――そうした側面はもちろんあるにせよ、特に本作の舞台となる戦国時代初期の関東の武士の姿は、より泥臭く、より容赦なく、より残酷なものであったのですから。

 それは当時の武士たちにとっては当然のことではありますが――しかしそんな戦国武士たちの姿を、信友は(その中に身を置きつつも)外側からの視点で描くことになります。
 武士にとっての「当然」が、それ以外の者にとってどう映るか――そんな異者としての信友の視点は、同じく異者である我々の視点と重なり、より鋭く戦国武士たちの現実の姿を描き出す力を持つのです。

 そしてまた、戦国武士の現実を描き出すことになるのは、実は信友の視点のみではありません。その当の戦国武士たる虎胤――後に「鬼美濃」といういかにもな渾名で呼ばれた彼の姿からも、その現実は痛いほど伝わるのです。

 武士としての義を重んじ、それがもとで国を追われることとなった虎胤。その彼が武田家で経験することになったのは、綺麗事では済まされぬ戦国の現実――乱取りや撫で切り、つまりは略奪や暴行、虐殺の数々であります。
 それを経験した彼の姿は、彼が剛の者であるだけに、こちらにも強く刺さるのです。

 そして彼ら二人との対比によって浮かび上がる信虎の姿は、やはりこうした戦国の現実の具現化のようにすら思えるのですが――しかしそれが彼の「悪行」に、ある意味逆説的な人間性を与えているのには、感心させられるところであります。


 しかし――本作の真に見事なのは、こうした様々な視点から戦国の、戦国武士の現実を描くと同時に、それを打ち破り、乗り越えようとする人の姿を描く点にあると、私は感じます。

 本作において、関東の武士を血で血を洗う争いに駆り立てる山神の呪い。それはある意味、歴史の流れや運命、人間の業といった、人の手によってはどうしようもないような存在の具現化としても感じられます。
 しかしそれに流され、押し潰されるままでよいのか――本作における信友の姿は、それを半ば無言のうちに問いかけるのです。

 武士ではなかったからこそわかる、武士という存在ののどうしようもない業。しかしそれを打ち破る術があるとすれば――たとえその結果が、小さな一つの命を救うだけのことであったとしても。あるいは、己にとって大きすぎる代償を支払うものであったとしても。

 もちろん信友はヒーローではありません。ここに至るまで幾度も恐れ、揺れ、悩み苦しむ、小さな人間にすぎません。
 それでも、それだからこそ、本作の結末で彼が成し遂げたことは、偉大なものとして――たとえ後の歴史には全く語られないものであったとしても――感じられるのです。
(そしてもちろん、そこに「伝説」から「歴史」の時代の変遷を見出すこともできるでしょう)


 しかしその後も、武田家は常に修羅の中にあったように思えます。幾度も述べてきたように、信虎は子に追放され、義信は父に廃嫡され、そして勝頼は家を滅ぼし――関東武士に対する呪いは、絶えることなく続いていたようにすら感じられます。

 果たして呪いは祓われたのかどうか。信友が擲ったものに意味があったのかどうか――それは時代を超え、武田家滅亡の刻を描く本作の終章を見れば明らかでしょう。


 伝奇的趣向を用いて現実を多面的な視点から描き、そしてその先に一つの時代の終焉と希望の姿を描き出す。
 迫力ある合戦描写、確かな人物描写も相まって、これが長編デビュー作とは到底思えぬ、完成度の高い、そして大いに魅力的な歴史小説の新星であります。


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虎の牙

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2017.11.09

武川佑『虎の牙』(その一) 伝奇要素濃厚に描く武田信虎・信友伝

 武田信虎といえば、言うまでも武田信玄の父――ですが、その信玄に追放されたという史実から、芳しからざる印象の強い人物であります。本作はその信虎の青年時代を従来とは全く異なる視点から――その弟・勝沼信友、そしてその臣・原虎胤の視点から伝奇性豊かに描く、極めてユニークな作品です。

 山中で雪崩に遭い、生き延びるために神の使いとされる金目の羚羊に矢を放った山の民・三ツ峯者のイシ。しかし確かに矢に貫かれ、彼に切り裂かれた状態から甦った羚羊から、イシは「たてなしの首を獲りて来よ」という呪いをかけられることになります。
 禁忌を犯したとして山を追放されたイシが出会ったのは、戦場で己の義から敵将を助けたのがきっかけで主家を追放された武士・原清胤と、何者かの刺客に襲われる武田家当主・信直(後の信虎)でありました。

 自分を救った二人に対し、義兄弟の契りを結ぼうと持ちかける信直の言葉に応えるイシ改めアケヨと清胤。しかし武田家に身を寄せたアケヨは、やがて意外な真実を知ることになります。
 実はイシこそは幼い頃に信直の母から山の民に攫われた赤子の成長した姿――本当に彼は信直の異母兄であったのです。

 その出自を知らされてもなお、武士になることを忌避していたアケヨ。しかし内では親族たちや有力国衆が反抗し、外では今川家と北条家が虎視眈々と侵攻を狙う状況で、ただ一人武田家を背負って戦い続ける信虎のため、彼の弟・信友として支えることを決意するのでした。

 そして信虎の足軽大将となった清胤改め虎胤とともに、信虎の覇業を支えることとなった信友。しかしその行く手には、かつて金目の羚羊がかけた呪いが暗い影を落とすことになります。
 頼朝の頃より、東国の武士たちを骨肉相食む争いに駆り立ててきたという山神の呪い。武田家のため、信虎のため、その呪いを解かんとする信友の行く手にあるものは……


 冒頭に述べたように、実の子に追放された――それもその暴政から家臣たちの支持を失って――ことから、悪評高い信虎。しかしその信虎の弟・勝沼信友は、悪評どころか、ほとんど全く評判を聞かない存在ではないでしょうか。

 その出自も今ひとつはっきりせず、気がつけばいつの間にか「勝沼」の姓を名乗り、信虎の下で戦っていた印象すらある信友。本作はその人物を、山の民として育った男として描くのですから、身を乗り出さずにはいられません。
 それもただの山の民ではなく、山神から呪い(頼朝の富士の巻狩で工藤景光が経験したという怪異から、「景光穢」と呼ばれるのがまたいい)を受けた存在だというのですから驚かされるではありませんか。

 そして、その信友とともに信虎を支える虎胤も、かつて戦場で既に亡くなったはずのある武将から「板東武者の業を断て 西へゆけ」という言葉と軍配書を与えられたという過去を持った人物として描かれるのも、大いにそそるものがあります。


 しかし本作においてこうした伝奇的要素は、物語の賑やかし、外連としてのみならず、より大きな意味を持つことになります。
 その伝奇的要素が果たす機能、役割とは――長くなりましたので、次回に続きます。


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虎の牙

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2017.11.08

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

 発売からずいぶんと間が空いてしまい恐縮ですが、『猫絵十兵衛 御伽草紙』の第18巻の紹介であります。これだけの巻数を重ねてもなお絶好調の本作、今回は思いもよらぬ世界からの来訪者が登場する、世界観の広がりを感じさせる巻であります。

 常人には見えぬものを見る力を持つ猫絵描きの青年・十兵衛と、その相棒で元・猫仙人のニタのコンビを狂言回しに、市井で起きる猫絡みの事件・出来事を、ユーモラスかつ情感豊かに描く連作シリーズの本作。
 20巻近く巻数を重ねてくれば、数多くのサブレギュラーも登場してきたわけですが、この巻ではその一人(?)にまつわる意外極まりないエピソードが、巻頭に収録されています。

 そのエピソードとは「猫妖精」――これまで何度も登場してきた猫好きの老住職・奎安和尚が、ある晩尋ねてきた異人たちに出会って以来、人事不省の身になってしまったことから、この物語は始まります。
 ニタの見立てによれば和尚は何者かに魂が抜かれてしまったとのこと。そこに現れたかつての和尚の飼い猫であり、今は根子岳で暮らす異国から来た猫・縹は、その犯人に心当たりがある様子であります。

 果たして十兵衛とニタ、縹の前に現れる三人の異人。縹が目的だという異人の正体とは……!

 第2巻というかなり初期に描かれつつも、今なお人気の高い縹と奎安和尚のエピソード。長毛種でオッドアイという、この時代の日本には極めて珍しい姿であることから忌避されてきた縹と、彼を受け容れ愛する和尚との心の絆には、私も泣かされたものですが……
 その後日譚というべきエピソードを、この角度から持ってくるか! と、一読大いに驚かされました。

 なるほど、人語を解する異国から来た猫とくれば、この線があったか(よく見てみれば、尾も二又に分かれていない=猫又ではないのにまた感心)と、妖怪その他大好き人間としては納得かつ大喜びのこの展開。
 異国の妖というのは、以前も登場したことがありますが、今回は猫ということでより本作のカラーにあった存在なのも嬉しく、そんな相手のことも知り尽くしているニタの何でもアリっぷりもいいのであります。

 そしてもちろん、縹と和尚の間の絆に、変わるところが全くないのもグッとくるこのエピソード、本書の表紙を縹が飾るのも納得の好編であります。


 ……と、冒頭のエピソードばかり大きく取り上げてしまいましたが、もちろんその他にもユニークな物語が並びます。
 猫町長屋を守ることになった小さな地荒神が、猫たちと一緒に災いを払うために奮闘する「神の月猫」
 迷子になった猫を探してまじないを記す父子と猫の絆「まじない猫」
 とある村で村長の娘を狙う妖怪がニタを恐れていると知り、妖怪退治に乗り出した十兵衛たちが意外な真実を知る「歳除猫」
 戯作者の初風先生と愛猫の小春のある日を描く「小春 初風の一日」
 お人好しの椋鳥=地方からの出稼ぎの男と猫を助けるため、十兵衛と西浦さんが一肌脱ぐ「椋鳥猫」
 自分の描きたいものが見つからず苦しむ弟弟子に、十兵衛が与えた助言を描く「三ノ猫」

 今回も妖怪あり神さまあり、人情ありとバラエティに富んだ内容ですが、相変わらず高い水準というのは共通点であるのは間違いありません。

 そんな中、これらの物語の中で十兵衛たちが「情」を示す際の態度が、ある種博愛的であるのが個人的に嬉しい。

 例えば「歳除猫」で他の物語であれば退治されて終わりになりそうな妖の身になって怒る、「椋鳥猫」で田舎者の自分のためにと恐縮する男に「助けに国は関係ねぇぞ」とさらりと答えてみせる……
 人も出自も関係なく、分け隔てのなく示される十兵衛たちの「情」と「心」の存在が、何とも沁みるのです。


 海を越える物語の広がり、十兵衛たちの情と心の広がり――本書でもまだまだ広がる物語が、実に心地よい作品であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十八 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と

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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.11.06

横山光輝『伊賀の影丸 若葉城の巻』(その二) 乾いたハードさに貫かれた死闘の中で

  忍者漫画の金字塔ともいうべき『伊賀の影丸』の最初のエピソード「若葉城の巻」の紹介の後編であります。超人と超人的人間と、二つの忍者の死闘を描いたこのエピソードですが、そこにはどうしても触れないわけにはいかない話題があります。

 それは、忍者ものとしてのある作品との類似性――前回紹介した甲賀七人衆の能力をご覧いただければ察しがつくのではないかと思いますが、山田風太郎の『甲賀忍法帖』との類似性であります。

 本作の3年前に発表された忍法帖シリーズの第1作である『甲賀忍法帖』。その中には、周囲の風景に同化して襲いかかる、口からの液体を蜘蛛糸のように操る、不死身の肉体で再生するといった忍者たちが登場します。
 それだけでなく、不死身の邪鬼の能力によって、変装能力を持つ忍者、口から武器を吐く忍者(本作の場合この両者は同一人なのですが)が倒されるというシチュエーションも、ほとんど同一のものがあるのには、さすがに驚かされるところであります。

 と、この辺りはどう考えても今であれば色々とややこしいことになるのではないかと思いますが――当時と今の感覚の違いというものはあるのではないかと思いますし、この点について、これ以上ここで触れるのは本意ではありません。

 それよりもここで触れたいのは、こうした類似性はあるものの、物語から受ける印象が全く異なる点であります。
 もちろん、本作ではそれ以外の物語設定や展開が全く異なることを考えれば、それはむしろ当然であるかもしれません。しかしそれ以上に本作は、忍者ものとして、影丸のキャラクター設定から生まれるハードさを色濃く感じさせるのであります。

 忍者同士のトーナメントバトルを描く作品である本作。しかし影丸はその中でヒーローとして存在するキャラクターであり、敵も味方も次々と死んでいく中で唯一生き残る、生き残らざるを得ない存在です。
 死によって退場していく敵味方の中でただ一人残される影丸――そんな彼は、ある意味邪鬼に並ぶ不死者といえるかもしれませんが、所詮は悪役として、敗北して退場せざるを得ない邪鬼よりも、さらに強い孤独を背負っていると感じさせられるのであります。

 そしてそれと同時に、影丸は敵を倒し、自分が生き残るためには全く容赦しない人物として描かれます。
 特に彼が姫宮村に潜入するくだりでは、自らが窮地から逃れるために(当人がそれを望んだとしても)人の死体を使ったり、村の小屋に火をつけたりと、その行動はかなりヒドい。それはヒーローである以前に公儀隠密である彼としてはむしろ当然なのかもしれませんが、やはりどこか一線超えた印象があるのは否めません。

 いずれにせよ、本作、特にこのエピソードで描かれるものは、忍者たちが己の技術を競い合う他に生きる意味を持てない山風忍法帖の虚しさや、歴史や社会体制と密接に結びついた状況から生まれる白土作品の残酷さとは全く異なる――むしろ乾いた非情さというものを感じさせる、独自のハードさなのであります。
(上記の類似性があるからこそ、よりそれが際立つ、というのはもちろん牽強付会にもほどがありますが……)

 そしてこの辺りの感情移入を排除するかのようなハードさ(の中で繰り広げられる潰し合い)というのは、本作の、このエピソードのみのものではなく、横山作品(特にバビル2世)においてしばしば底流に流れているものではないか、とまで言ってしまえば、いささか脱線したお話になってしまいますが……


 冒頭のエピソードからいきなり結論を書いてしまった印象もありますが、この辺りは、シリーズとしての格好が固まる以前だったからこそ感じられるものもあることでしょう。
 この印象が大きく異なることになるのかどうか……その点も含めて、この先、影丸の各話を取り上げていくのが自分でも楽しみになっているところです。


 ちなみに増援陣が今ひとつ目立たない中、後半の影丸の相棒となる彦三が、糸目の垂れ目という横光漫画の兄貴キャラビジュアルも相まって異常に格好良く見えるのですが――地面に突き立てた刃を蹴り上げるという得意技は、これはこれでちょっとギリギリ感ありますね。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第1巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon
原作愛蔵版 伊賀の影丸 第1巻 若葉城の秘密 (1) (KCデラックス)

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2017.11.05

横山光輝『伊賀の影丸 若葉城の巻』(その一) 超人「的」忍者vs超人忍者

 忍者漫画の原型の一つとも言うべき名作『伊賀の影丸』。今回からしばらく、その各章(○○の巻)を紹介したいと思います。まずは記念すべきファーストエピソード「若葉城の巻」――若葉城の秘密を巡り、影丸とその永遠のライバル・阿魔野邪鬼が早くも激突するエピソードであります。

 時は江戸時代前期、公儀隠密総帥・5代目服部半蔵の下で、様々な陰謀に立ち向かう若きエース・影丸の活躍を描くこの『伊賀の影丸』。昭和36年から41年まで連載された本作の冒頭を飾るのが、この「若葉城の巻」であります。

 将軍(この時点では家光?)が御成りになることになった若葉城。しかし若葉城主・若葉右近には将軍家に対する謀反の疑いがあり、それを探りに向かった公儀隠密たちが姿を次々と消したことから、新たに影丸が送り込まれることとなります。
 若葉藩到着早々、影丸を襲う常識では計り知れぬ特殊な肉体を持つ忍者たち。彼ら甲賀七人衆に苦戦する影丸は、途中増援に駆けつけた仲間たちと共に戦うものの、不死身の体を持つ七人衆のリーダー・阿魔野邪鬼に幾度も苦しめられることになります。

 邪鬼をはじめとする七人衆の秘密を探るため、彼らの故郷である姫宮村に向かう影丸。その間にも若葉城の普請は進み、いよいよ将軍御成りは目前に迫るのですが……


 というわけで、若葉城主の企みを探るという目的はあるものの、基本的なストーリーとしては影丸ら公儀隠密と甲賀七人衆のトーナメントバトルという、極めてシンプルな内容となっているこのエピソード。

 その中で見事なのは、影丸ら今までの忍者漫画の中で一般的であった忍者、すなわち手裏剣やマキビシなどの忍具と体術で戦う隠密と、甲賀七人衆ら人外の域まで達するような特異な肉体を持つ忍者と――その両者の戦いを、少年漫画のフォーマット上で描いたことではないでしょうか。
(もちろん、特異な肉体を持つ忍者という点では、この数年前に登場した同じ名前の主人公を持つ作品、白土三平『忍者武芸帳』の影一族がいるわけですが、あちらは貸本の長編漫画の登場人物ということで……)

 ここで甲賀七人衆のメンバーと能力を見てみましょう。
阿魔野邪鬼:殺されても再生する不死身の肉体を持つ
十兵衛:カメレオンのように周囲の景色に体色を同化させる
くも丸:口から強烈な粘性を持つ唾を吐く
犬丸:強力な嗅覚を持ち、犬を操る
五郎兵衛:刃も弾く非常に硬い肉体を持つ
半太夫:分身と催眠術を得意とし、相手を自決に追い込む
半助:水中に長時間潜ることができる
 いずれも忍者というよりも超能力者と言ってもいいようなレベルの存在――いわば超人であります。

 そんな彼らと、常人を凌ぐとはいえあくまでも超人「的」な人間(影丸の切り札である木の葉隠れの術も、あくまでも「技術」のレベル)との対決を描くことで、本作はヒーローものとしての側面と、忍法バトルの側面を両方持たせることに成功したといえるのではないでしょうか。

 もっともこのバトル、七人衆が残り二名となった中盤以降でスピード感がガクンと落ち、舞台が若葉藩を離れてしまうのには違和感は否めませんし、影丸の仲間たちのキャラクター性もそれほど高くないため、やられ役としての印象が強いのも残念なのですが……)


 しかし――こうした点以上に、このエピソードを語る上でどうしても触れないわけにはいかない点があるのですが、それについては長くなりますので次回に続きます。


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原作愛蔵版 伊賀の影丸 第1巻 若葉城の秘密 (1) (KCデラックス)

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2017.11.04

琥狗ハヤテ『メテオラ 肆』 過去との決別と新たな出会いと

 琥狗ハヤテによる獣人水滸伝『メテオラ』、待望の続巻であります。自分たち魔星(メテオラ)の前世と宿命を知り、メテオラの拠点となる地を拓くために宿敵の目から隠れることのできる聖域を探す旅に出た林冲と魯智深。二人の前に現れる追っ手、そして新たなる魔星とは――

 獣人に変化する力を持つことから、呪われた存在として忌避される者たち「魔星(メテオラ)」。その一人でありながら、育ての親の王進らの愛に包まれ、人として育った林冲は、しかし自分たちを狙う敵の存在を知ることになります。
 その敵の名は「混沌」――かつて魔星との戦いに敗れ、封印された災いが、魔星を食らい、この世に舞い戻るために活動を始めたのであります。

 混沌の化身と化した高キュウの配下により王進をはじめとする周囲の人々を失い、親友であり同じ魔星である魯智深と都を逃れた林冲。彼らは、やはり魔星である柴進のもとで、ついに自分たちの運命と成すべきことを知ることになります。
 そして柴進が二人に託したのは、混沌の目を逃れ、魔星たちが拠ることのできる地を探すこと。今はまだ見ぬ地に向けて旅立った二人ですが……


 というところから始まったこの巻、いきなり道に迷う羽目になった二人は、風が吹き、雪が降る中、古ぼけた廟に一夜の宿を借りることになります。
 ……とくれば、このくだりは「風雪山神廟」。原典では、林冲が都からの高キュウの追っ手となったかつての知人・陸謙と対決することになる見せ場の一つであります。

 そして本作においても、やはり陸謙は林冲の前に現れるのですが――しかしその姿は本作に相応しいというべきか、悍ましくも哀しきもの。
 混沌の餌食となり、配下とされた彼は、一種のゾンビとして、林冲と対峙するのであります。

 これまで様々な水滸伝の中で、幾度も対峙してきた林冲と陸謙。本作はそんなある意味手垢のついた対決を、獣人vs屍人という、本作に相応しい異形の者同士の対峙として描きます。
 しかしそれが一転、子供時代の二人の姿にオーバーラップしていく描写は、林冲が姿は獣であっても、どこまでも人間であることを何よりも強く示すものでしょう。

 子供時代の描写の中で陸謙が林冲にかける言葉の哀しさも相まって、本作で幾度となく描かれてきた悲劇の中でも、特に心に刺さるくだりであります。


 しかし、なおも二人の旅は続くことになります。旅の途中、人喰い虎が出没するという山にさしかかった二人は、酒屋のおやじが止めるのも構わず(何しろこの二人が野獣を恐れるはずもないわけで)先に進むのですが……
 果たしてその前に現れた一匹の巨大な虎。しかしその虎に襲いかかるもう一匹の、いやもう一人の隻眼の虎の姿が!

 そう、ここで新たに登場する魔星は、虎退治の豪傑、行者武松。武松が虎の姿に変じる作品は本作が初めてではありませんが、やはりしっくりくる組み合わせであります。

 仲間と出会ったことを喜ぶ武松に誘われた二人が出会ったのは、病床にある武松の兄・武大と、その妻・潘金蓮。そして魯智深に対して怪しからぬ振る舞いをみせる潘金蓮ですが……

 というわけで、この巻の後半で描かれるのは、武十回ミーツ林冲&魯智深というべき展開。この辺りは、基本的に武松側のシチュエーション的には原典通りということもあり、前巻や、そのエピローグとも言うべきこの巻の前半の展開に比べるとかなり大人しめの印象があります。

 しかし見慣れたシチュエーションの中に、本来であれば全く無関係(もっとも、原典では柴進と武松には繋がりがあるわけですが)の林冲と魯智深がいるというのはなかなか面白い刺激であることはまちがいありません。

 実は本作は、この巻からは電子書籍のみでの刊行となる模様ですが、しかしどのような形であれ物語が続くというのは素晴らしいことであります。
 武松の物語もまだまだプロローグ、それがここからどのように本作流に料理されるのか――楽しみになるではありませんか。


『メテオラ 肆』(琥狗ハヤテ KADOKAWA/エンターブレインB's-LOG COMICS) Amazon
メテオラ 肆 (B's-LOG COMICS)


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2017.11.03

紅玉いづき『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』 「箱」の中の謎と女性たち

 創刊2年の間にユニークな作品を次々送り出してきた講談社タイガ。その中でも私好みの一冊――大正時代を舞台に、新米新聞記者と「開けぬ箱もなく、閉じれぬ箱もない」という謎の少女が様々な事件と対峙する、不思議な味わいのミステリにして「女性文学」であります。

 故あって実家を飛び出し、帝京新聞で埋め草の三文記事を書いている新米記者の英田紺。
 ある日届いた旧家の蔵で呪いの箱が見つかったという手紙の取材に出かけた紺は、そこで夫が自害したというその家の美しい嫁・スミからその箱を押しつけられることになります。

 箱の扱いに悩んだ末、上司に唆されて神楽坂にある箱屋敷なる館を訪れた紺。どこを歩いたか定かでない道を辿った末に現れた、文字通り箱のような形をした奇妙な館で、紺は回向院うららと名乗る美少女と出会うことになります。
 開けぬ箱はないという彼女は、女が触れば祟りがあるというその箱を平然と開けて……

 という第1話「箱娘」に始まる本作は、全4話構成の連作形式となっています。

「今際女優」:今際女優の異名を持つ女優と気鋭の脚本家が組んだことで話題の新作舞台。しかし脚本家は謎めいた死を遂げ、彼が完成させたという脚本の最終稿が行方不明となったことから、紺が二つの謎を解くために奔走することに。
「放蕩子爵」:時を同じくして起きた、悪事を暴き立てる怪人カシオペイアの跳梁と心中ブーム。不正を暴かれた家の一つで「文通心中」と呼ばれる不思議な死を遂げた娘がいることを知った紺は、自分の過去と重ねて真相を追いかける。
「悪食警部」:再婚して身重となったスミから再び手紙を受け取った紺。しかし再会したスミは、その直後に蔵の中で腹に刀を刺されて発見され、紺はその容疑者にされてしまう。そこに現れたのは、「悪食警部」の異名を持つ警視庁の警部だった……


 「箱娘」というと、どうしても「箱の中に収まっている娘」を連想してしまいますが、本作の箱娘・うららは、どんな箱も開け、閉じるという不思議な少女。
 神楽坂の屋敷に「叉々」というぶっきらぼうなお目付役らしい男と住んでいること、どうやら軍部や警察とも繋がりがあるらしいことを除けば、一切が謎の存在であります。

 そんな彼女が、これら4つの奇妙な事件を描く物語に登場する「箱」を開くことで、事件を解決に導くのが本作のスタイルですが――しかしその「箱」は、物理的なものに限りません。
 人がその心に隠し持った秘密、あるいはその身を閉じ込める一種の規範やしきたり――それもまた、開かれ、そして閉じられるべき箱として描かれるのです。

 そして本作で描かれる各エピソードには、「箱」以外には共通点があります。それは「女性」――いずれの物語にも、その「箱」を持つ者、あるいはその「箱」に閉じ込められた者として、女性が登場するのです。


 思えば舞台となる大正は、女性にとってはまだまだ非常に息苦しい、生きづらい時代であります。
 「新しい女性」、女性解放運動に身を投じる女性たちは登場したものの、しかしまだまだ彼女たちは少数派。世の大多数の女性は、家や女性らしさといった「箱」に閉じ込められていたのですから。

 そう、実に本作で描かれるのは、この閉じ込められた女性たち、あるいは女性たちを閉じ込めたものが生み出した事件であります。
 だとすれば、その事件を真に解決するのは、その「箱」を開ける――彼女たちを解き放つ必要があります。その結果、彼女たちが再び箱に戻るかもしれないとしても……

 本作は、ミステリとして見れば物足りないと感じる方もいるかもしれません。しかしこの構図を重ね合わせて見たとき、本作は一つの「女性文学」として、いずれも深く濃い味わいを持つのであります。


 そしてもう一人、本作には「箱」に閉じ込められた人物がいます。それは紺――ある意味、うららの最も近くにいる紺こそは、ある意味最も強く、そしてはっきりと「箱」に閉じ込められているのです。

 そこから紺が出ることはできるのか? その答えの一端は、本作の結末において静かに、そして感動的な形で示されているのですが――しかしそこで終わりではないでしょう。

 その結末は同時に、その先に何が待つのか見届けたい――そう感じさせる物語の開幕なのですから……


『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』(紅玉いづき 講談社タイガ) Amazon
大正箱娘 見習い記者と謎解き姫 (講談社タイガ)

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2017.11.02

さおとめあげは『零鴉 Raven 四国動乱編』第1巻 妖怪+忍者+変身ヒーロー しかし……

 『TIGER & BUNNY』などで知られるアニメ監督・さとうけいいちが原作ということで話題の本作、戦国時代の四国を舞台に、奇しき運命から人間と妖怪の間に立つ者「零鴉(レイヴン)」となった若き忍者の戦いを描く異色の漫画であります。

 時は天正10年(1582年)、戦国時代の動きを全く変えることとなったあの年――故あって八十八箇所を逆打ち巡礼していた咬我忍者の谺は、異形の巨人たちの戦いに巻き込まれて片目を失い、瀕死の重傷を負うこととなります。
 戦っていた片割れであり、讃岐を守護する「黒天狗」の八咫烏に霊体を与えられ、一命を取り留めた谺。八咫烏と戦っていたのが妖怪たちを乱獲し、西洋人に売り渡す陰陽師・星冥党であることを知った彼は、力を失った八咫烏に代わって妖怪のために戦うことを決意するのでした。

 かくて零鴉に変身し、その圧倒的な力で襲い来る陰陽師を撃破していく谺。しかし、その前には宣教師・ルイスや、くノ一のつぐみなど、曰くありげな者たちが現れます。
 さらに、八咫烏が讃岐の「護り手」という使命を持つことから、谺と八咫烏の前には妖怪の掟という難題が……


 というわけで、妖怪もの+忍者もの+変身ヒーローものといったテイストの物語の開幕編であります。

 これは申し上げてよいのかはわかりませんが、さとう監督で鴉と妖怪といえば、どうしても思い出すのは『鴉 KARAS』――妖怪たちを守る「鴉」と名乗る存在を描いたアニメ。
 今のところその『鴉 KARAS』と本作の関わりは全く語られていないのですが(今後もないと思いますが)、どうしても気になってしまうのは人情でしょう。

 もちろんそれはこちらの勝手な想像ではあるので置いておくとしても、戦国時代の四国という、こうした伝奇ものではあまり題材となっていない地を舞台とした物語設定は目を引きます。
 零鴉の「白い鴉天狗」というスタイリッシュなコスチュームもさすがに格好良く、主人公・谺が妖怪に力を貸すことを決意する理由なども面白いのですが……


 しかし、正直に申し上げて、画がそれに追いついていないように感じられます。
 いえ、画そのものというよりも、「漫画」としての描写や構成という点で、わかりにくかったり、流れが滞り気味であったり――この外連味に満ちた物語を描くに、少々苦しい印象が否めないのであります。
(特に第1話冒頭の黒天狗と陰陽師ロボの戦いや、第2話での陰陽師ロボの合体シーンなど……)

 そのため、先に挙げた本作の三つの要素――妖怪もの・忍者もの・変身ヒーローものとしての味わいが、十全に活かし切れていないのが、何とももったいないと感じます。


 もっとも本作はまだ始まったばかり、ここで評価を決めてしまうのは早いのでしょう。

 何よりも、谺=零鴉と陰陽師たちの戦いの行方がどこへ向かうのか、そしてそれとこの天正10年の四国という舞台がどのように関わっていくのか――気になる点は多々あるのですから。


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零鴉-Raven- ~四国動乱編~ 1 (SPコミックス)

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2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


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