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2017.11.09

武川佑『虎の牙』(その一) 伝奇要素濃厚に描く武田信虎・信友伝

 武田信虎といえば、言うまでも武田信玄の父――ですが、その信玄に追放されたという史実から、芳しからざる印象の強い人物であります。本作はその信虎の青年時代を従来とは全く異なる視点から――その弟・勝沼信友、そしてその臣・原虎胤の視点から伝奇性豊かに描く、極めてユニークな作品です。

 山中で雪崩に遭い、生き延びるために神の使いとされる金目の羚羊に矢を放った山の民・三ツ峯者のイシ。しかし確かに矢に貫かれ、彼に切り裂かれた状態から甦った羚羊から、イシは「たてなしの首を獲りて来よ」という呪いをかけられることになります。
 禁忌を犯したとして山を追放されたイシが出会ったのは、戦場で己の義から敵将を助けたのがきっかけで主家を追放された武士・原清胤と、何者かの刺客に襲われる武田家当主・信直(後の信虎)でありました。

 自分を救った二人に対し、義兄弟の契りを結ぼうと持ちかける信直の言葉に応えるイシ改めアケヨと清胤。しかし武田家に身を寄せたアケヨは、やがて意外な真実を知ることになります。
 実はイシこそは幼い頃に信直の母から山の民に攫われた赤子の成長した姿――本当に彼は信直の異母兄であったのです。

 その出自を知らされてもなお、武士になることを忌避していたアケヨ。しかし内では親族たちや有力国衆が反抗し、外では今川家と北条家が虎視眈々と侵攻を狙う状況で、ただ一人武田家を背負って戦い続ける信虎のため、彼の弟・信友として支えることを決意するのでした。

 そして信虎の足軽大将となった清胤改め虎胤とともに、信虎の覇業を支えることとなった信友。しかしその行く手には、かつて金目の羚羊がかけた呪いが暗い影を落とすことになります。
 頼朝の頃より、東国の武士たちを骨肉相食む争いに駆り立ててきたという山神の呪い。武田家のため、信虎のため、その呪いを解かんとする信友の行く手にあるものは……


 冒頭に述べたように、実の子に追放された――それもその暴政から家臣たちの支持を失って――ことから、悪評高い信虎。しかしその信虎の弟・勝沼信友は、悪評どころか、ほとんど全く評判を聞かない存在ではないでしょうか。

 その出自も今ひとつはっきりせず、気がつけばいつの間にか「勝沼」の姓を名乗り、信虎の下で戦っていた印象すらある信友。本作はその人物を、山の民として育った男として描くのですから、身を乗り出さずにはいられません。
 それもただの山の民ではなく、山神から呪い(頼朝の富士の巻狩で工藤景光が経験したという怪異から、「景光穢」と呼ばれるのがまたいい)を受けた存在だというのですから驚かされるではありませんか。

 そして、その信友とともに信虎を支える虎胤も、かつて戦場で既に亡くなったはずのある武将から「板東武者の業を断て 西へゆけ」という言葉と軍配書を与えられたという過去を持った人物として描かれるのも、大いにそそるものがあります。


 しかし本作においてこうした伝奇的要素は、物語の賑やかし、外連としてのみならず、より大きな意味を持つことになります。
 その伝奇的要素が果たす機能、役割とは――長くなりましたので、次回に続きます。


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虎の牙

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