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2017.11.13

北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命

 全17巻の第11巻ということで、ほぼ全体の三分の二まで来た北方岳飛伝。前の巻では同盟を結んだ金と南宋、双方からの攻撃を凌いだ梁山泊ですが、この巻で描かれるのは、兀朮率いる金軍との大決戦であります。そして北で西で戦いが繰り広げられる中、南で岳飛はある決意を固めることに……

 共通の敵である梁山泊打倒のために動き出した金と南宋を、複数の戦線で迎撃することとなった梁山泊。
 海上と南方では南宋軍を撃破した一方、梁山泊と金の総力戦が膠着状態となっていたところに、梁山泊が密かに進めてきた米と麦の買い占めが南宋と金を揺るがし――と、硬軟の攻め手により、梁山泊は戦いを優位に進めてきた印象があります。

 しかし兀朮はそのような状況でも禁軍を除くほぼ全軍を結集。それに対して呼延凌も決戦を決意し、双方のほぼ総力を結集しての戦いが繰り広げられることとなります。
 互いに互いの出方を読み合い、溜めに溜めた力を一気に出し合う戦いに際して、呼延凌は「四つの花」を咲かせると部下たちに告げ、己の命を的にした大勝負に出ることに……

 と、前巻ではさらりと語られるのみであった兀朮と梁山泊の対決はこの巻が本番。とにかくギリギリまで互いの力を出し尽くす戦いの描写はさすがと言うべきですが、特に印象に残ったのは、呼延凌が詩的とすら言えるような表現で戦いに臨む点であります。
 上で述べた「四つの花」とは――読めばなるほど、と思わされる戦法ではありますが、しかしそれをこのように評するのはこれまでのキャラクターになかったところで、あるいはこれが彼の個性と言うべきなのでしょうか。

 それだけでなく、戦いの合間に空や星を見上げる呼延凌や兀朮の、荒々しさとは別の意味での男のロマンチシズム溢れる姿も印象に残りますが――しかし、戦場はあくまでも非情であります。
 そんな彼らの戦いの果てに消えていく幾多の命。そしてその中で、あの老雄がついに――と、戦いの結果は梁山泊的には勝ちに等しい引き分けながら、苦いものを残す結末なのは、実に本作らしいと言うべきでしょう。

 もっとも、史進の奇襲や胡土児のブロックなど、そろそろデジャヴを感じさせる描写が多いのも気になりましたが……


 さて、その一方で、各地ではそれぞれの物語が進んでいきます。
 左遷された韓世忠により船を沈められ、報復のために出撃する李俊。これまで金と戦ってきた蒙古の来襲を迎え撃つ韓成。北で兀朮に、南で秦檜に、梁山泊で宣凱と王貴にと忙しく出会い、新たな商人の在り方を垣間見させる蕭炫材。

 そして南方で力を蓄えてきた岳飛は、己の成すべきこととして、南宋をも呑み込んで金に挑む北進を決意し、その前に南宋に潜伏した岳家軍の兵たちに会うための旅に出ることになります。
 実に三ヶ月にもわたる旅の中で、自分を信じて雌伏の時を続けてきた兵たちと再会した岳飛の胸に去来するものは……


 と、前半の呼延凌と兀朮の総力戦以外は、実はこれまで以上に静かなイメージの本書。
 もちろんそれでつまらないということはなく、すぐ上で触れたように様々な視点から描かれるそれぞれの物語――というより人生――の姿には大いに惹きつけられると同時に、その中で本作のテーマ的な部分も少しずつ語られていくのも目を引きます。

 その中で、動きは大きくないものの、存在感は抜群なのが、言うまでもなく岳飛。これまでも述べたかと思いますが、これまでの主人公たちと比べて、英雄・豪傑というよりも人間としての面が目立つ彼のナマの姿は、何とも魅力的に映ります。
(この巻では、相棒の猿・骨郎との何ともほのぼのするやり取りが実にいい)

 そんな岳飛ですが、しかし確かに、これまである意味状況に流され続けてきたと言えなくもありません。本書の結末はそんな彼が、ついに自分の意思で立つ日も間近となったことを感じさせるのですが……
 冒頭に述べたように、この物語も三分の二まで来て、ラストスパートをかける準備が終わったと考えるべきでしょうか。

 言ってみれば一つの大陸を敵に回す彼の、そして梁山泊の戦いがどのような結末を迎えるのか、少々気が早いですが楽しみになろうというものです。


 ちなみにその岳飛の同盟相手と言うべき秦容は、この巻でついにお相手を見つけるのですが、何だかマチズモに満ちた展開で、ちょっとすっきりしないものが――というのはもちろん個人の印象であります。


『岳飛伝 十一 烽燧の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 11 烽燧の章 (集英社文庫)


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