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2017.12.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?

 ついに20巻という大台に突入した『信長のシェフ』の最新巻であります。本願寺包囲戦が続く中、二人の現代人との別れを経験したケン。この時代で夏とともに生きていく覚悟を決めたケンですが、しかしある事実が、彼の心を揺るがせることに……

 最後の実戦とも言うべき本願寺包囲戦において、松永久秀と果心居士――実は現代人の松田の罠を乗り越えた信長。その最中に傷を負ったのがきっかけで記憶の一部を取り戻したケンは、松田、そしてようことそれぞれ別れを告げることになります。

 そして改めて夏と生きることを誓うケンですが――しかしここで判明したのは、本来であればここで傷を負っていたはずの信長が、無傷で戦いを終えたこと。
 自分が信長に代わって傷を受けたことで歴史が変わってしまったのではないか――その疑惑が、ケンを苦しめるのであります。

 しかし、ケンはこれまでも歴史を――親しい人の死を回避するなど――変えようとしながら果たせなかったはず。それがなぜ今回だけは……? と、ここで示される謎の答え(かもしれないもの)が実に興味深いのであります。


 実のところ、作中でケンが語るように、歴史が変わらないことがある種の「安心感」に繋がっていた本作。
 歴史が変わらない、変えられないのであれば、少なくとも信長は本能寺まで生き延びるのであり、そしてケンもまたその傍らで活躍するのであろうと、既定路線として、それこそ安心して読んでいられたのですが――その根幹をここにきて揺るがせてみせるというのは、実に心憎い展開であります。

 歴史が変えられるかもしれないというのは、あるいは、本能寺に消えるはずの信長の運命を変えることができるかもしれない。それは、信長という人物の向かう先を見届けたいという想いを抱えてきたケンにとっては、強い魅力でしょう。
 しかしそれは同時に諸刃の剣。彼の存在が、あるべき歴史を歪めてしまうのかもしれないのですから……

 何はともあれ、いずれ歴史の分岐点が来る(かもしれない)というのは、良い意味で安心できない展開、先が読めない展開になってきたと言うべきで、大いに歓迎すべき展開でしょう(もっとも、本当に歴史が変わってしまったらそれはそれで不満なのですが……)。


 しかし今はまだその時ではありません。本願寺との合戦はいまだ終わることなく、そして新たな信長包囲網が誕生しつつあるのですから。
 そしてこの巻では、その包囲網の最右翼とも言うべき上杉謙信が本格登場。一般には世俗の欲は薄く、ただ義のために戦うと描かれることの多かった謙信を、一風変わった角度から描くのがなかなか興味深いのですが――それ以上に、ここで物語が思わぬ方向に舵を切るのが実に面白い。

 信長と謙信という、接点があるようでない、ないようである二人の関係をどのように描くのか。もちろんそこで一役買うのがケンであることは間違いありませんが、しかしこの巻のラストで信長が出した指示はあまりにも予想外すぎて、これはこれで早くも先の読めない展開なのです。


 と、歴史ものとして静かに、しかし大きなうねりを見せ始めたこの巻なのですが――しかし少々残念なのは、お楽しみのケンの料理、いやケンの料理による難局突破というシチュエーションが、ほとんどなかったことであります。
 この辺り、物語自体が嵐の前の静けさ的展開であったことともちろん密接に関わるのだと思いますが……

 この巻でほとんど唯一、ケンの「料理」が活躍する信忠のエピソードが、実に微笑ましくも美しく、かつひねりの効いた内容であるだけに(個人的にはこれまでの中でも屈指の内容かと感じました)、この点は少々残念には感じられたところであります。

 もちろん、先に述べたように、この先は予想のつかない波乱含みの展開になるのは間違いない本作。すなわち、そこでケンの料理が活躍することになることは間違いありません。
 毛利相手にもある種のフラグを立てることとなったケンの明日はどちらか――次の巻が一層楽しみになるのであります。


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