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2017.12.15

井浦秀夫『魔法使いの弟子』 メスメリズムが照らす心の姿、国家の姿

 明治時代初期、新国家の安定のために辣腕を振るう参議・鬼窪は、外国人居留地はずれの洋館に召魔と名乗る妖術使いが住んでいるという噂を聞く。一笑に付す鬼窪だが、愛妾の妙が召魔のもとに通い始めたと知り、洋館に乗り込むことになる。しかし妙は、鬼窪の背後に憑いた幽霊を見たと語り……

 『弁護士のくず』『刑事ゆがみ』の作者が、明治時代初期を舞台に、人間の心の不思議を描いたユニークな物語であります。

 舞台となるのは明治6年頃――新政府は樹立されたものの、まだ政治・社会・外交・文化全てにおいて混沌とした時代。
 その新政府の参議である元薩摩藩士・鬼窪巌は、征韓論に端を発する西郷隆盛らとの争いに奔走する毎日を送っていたのですが――体調を崩していた愛妾の妙が、召魔(めすま)と名乗る怪しげな外国人のもとに通い始めたことを知ります。

 「動物磁気」なる力で病人を癒やし、降霊術で死者の霊を呼び出すという美青年・召魔。当然ながら彼を騙り扱いして妙を連れ戻す鬼窪ですが、一種の気鬱状態の妙の状況は一向に良くならず、やむなく召魔に妙を託すことになります。
 治療の甲斐あってか回復していく妙。しかし彼女は、鬼窪の背後に、彼を弾劾する死者の姿を見たと語り、それを聞かされた鬼窪は、驚きから顔色を失うことになります。その死者こそは、鬼窪がひた隠す過去の所業にまつわる人物だったのですから……


 本作で一種の狂言回しを務める謎の青年・召魔。作中でも語られるように、その名と使う技は、フランツ・アントン・メスメルと彼が提唱した動物磁気(メスメリズム)に基づくものであります。
 このメスメリズム、近代日本を舞台とした物語で、外国人が操る妖しげな技というと結構な確率で登場する印象がありますが――一種の催眠状態を用いた治療であったと言いますから、その扱いもわからないでもありません。

 つまり非常に大雑把に言ってしまえば、オカルトと科学の中間に(過渡期に)存在するこのメスメリズムですが、それを用いて本作が描き出すのが、過去を断罪する幽霊というのが面白い点でしょう。
 果たして妙が見た幽霊は単なる神経の作用なのか、本物の幽霊なのか。そのどちらであったとしても、何故妙の目に映るようになったのか? 本作はその謎解きの中に、人間の心と意識と魂の三者の姿とその関係を浮かび上がらせるのであります。

 そして本作は、その物語の中で暴かれる鬼窪の罪を、同時にこの国が辿ってきた血塗られた歴史と重なるものとして描きだします。あたかも国家(の歴史)にも、心と意識と魂に照合するものが存在するかのように……
 そしてさらにそこに、終盤で明らかになる召魔自身の過去(にまつわる死)が重ね合わせられることで、本作は一種の断罪と贖罪の物語を浮かび上がらせることになるのです。

 正直なところ、なかなか物語が向かう先が見えない作品ではあります。題材的にも、短編向きに感じる内容ではあります(事実、本作は単行本1巻という短い作品なのですが)。
 そんなどこか窮屈さを感じさせる作品なのですが、それだからこそ、結末で描かれるものには、不思議な感動と解放感を感じさせられる――それこそ、魔法にでもかけられたような、不思議な後味の作品であります。


 ちなみに鬼窪は、島津久光に重用されたという過去といい、征韓論での西郷との対立といい、何よりもそのネーミング(とビジュアル)といい、モデルは明らかに大久保利通でしょう。
 他の登場人物が実名で描かれているものが、彼のみこのように改変されているのは奇妙にも感じますが、これは物語の核心である彼の過去を自由に描くためのものでしょうか。


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