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2017.12.22

平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 唐紅色の約束』 謎を解き、心の影から解き放つ物語

 江戸時代の出版業界を舞台とした時代ミステリ連作の快調第3弾であります。頭の回転の早さでは右に出る者がない新米戯作者・鉢野金魚と、残念イケメンの先輩戯作者・本能寺無念をはじめとする草紙屋薬楽堂の賑やかな面々が、今日も怪事件に挑むことになります。さらに今回はおまけエピソードも……

 これまで、ただいま売り出し中の女戯作者・金魚が世話になっている草紙屋・薬楽堂に集う一癖も二癖もある面々が、幽霊の仕業としか思えぬような事件に挑む様を描いてきた本シリーズ。
 (この時代の)常識では計りきれないような事件に男たちが右往左往しているのを尻目に、リアリストの金魚姐さんの推当(推理)が、その背後の人間の企みを一刀両断するのが、何とも楽しい連作であります。

 そんなシリーズの最新作である本作は、全3話構成。
 金魚の長屋に、彼女が昔世話になっていた旦那の幽霊が訪れるという怪異に薬楽堂の面々が挑む「盂蘭盆会 無念の推当」
 金魚の新作のために用意した特製の表紙紙が、刷物師のもとから百枚だけ消え失せた謎の先に、思わぬ人間関係が垣間見える「唐紅 気早の紅葉狩り」
 毎年師走に数日姿を消す無念を追っていた金魚が、彼の哀しい過去と、思わぬ現在の苦境を知る「無念無惨 師走のお施餓鬼」

 タイトルから察せられるように、夏・秋・冬とそれぞれの季節の情景も楽しいエピソード揃いですが、今回それ以上に印象に残るのは、その中で掘り下げられる登場人物たちの心象風景であります。
 一見、苦しくもそれぞれ賑やかに楽しく生きているように見える薬楽堂の面々ですが、しかしもちろん、金魚や無念たちには――決して楽しいばかりではない――積み重ねてきた過去があり、そして現在があります。

 たとえば、金魚の前歴は実は女郎。そこから身請けされて妾となったものの、愛する旦那を早くに失い、正妻に追い出された過去の持ち主であります。
 一方、その金魚が何かと気になって仕方ない無念の方は、これまで過去が伏せられてきたのですが、しかし彼にも重く哀しい過去が――そして彼の現在のある癖(?)に繋がるものが――あることが、今回描かれるのです。

 そう、こうした重い過去や、現在の仕事と家族の間での悩みなど、当たり前といえば当たり前かもしれませんが、登場人物たちはみなそれぞれに悩みや悲しみを抱える身。
 もちろんほとんどの本作の登場人物たちが大人なだけに、それを無神経につつくようなことはありません。しかし何かの拍子に姿を見せるそれは、普段の彼らの姿が明るいだけに、鋭くこちらの胸に突き刺さるのです。

 そして――本作で描かれる謎の数々、事件の数々は、見方を変えれば、そんな登場人物たちが抱えた過去や現在にまつわる心の影から生まれるものと言うことができるでしょう。
 だとすれば、その謎を解き明かし、事件を解決するということは、その影からの解放に等しいとも言えるのではないでしょうか。たとえ今は完全に解決はしなくとも、そこに向けての始まりとなるような……

 本作のサブタイトル『唐紅色の約束』の由来であろう第2話など、江戸の製本・装丁事情というなかなか珍しい題材だけでも非常に面白いエピソードなのですが――この心の影からの解放という点においても、特に印象に残る物語。なるほど、ある意味表題作として相応しいと感じさせられる内容なのです。


 そして本作は、実はこの3話のみでは終わりません。各話の後にそれぞれもう3話、「聞き書き薬楽堂波奈志」と題する掌編が収録されているのです。
 薬楽堂の小僧・松吉と竹吉が、それぞれ藪入りに対して抱える屈託を描く「藪入り」
 元・御庭之者で読売りの貫兵衛が、突如謎の強敵の襲撃を受ける「名月を盃に映して」
 薬楽堂の隠居・長兵衛が、前作に登場した只野真葛の『独考』出版に向けて苦闘する「生姜酒」

 これらはそれぞれ謎解き要素はほとんどないのですが――しかしやはりそれぞれに心の中に抱えたものを浮き彫りにするエピソード揃い。
 ほとんど忍者アクションものの貫兵衛のエピソードなど、本編ではなかなかできない内容であったりして、実に楽しい(そして内容は実にもどかしい)のであります。

 本シリーズはレギュラー陣も結構な人数となるだけに、こうした形の掘り下げは実にありがたいサービス(?)であります。


 第3話で語られた薬楽堂一大イベントの顛末など、この先も気になる本シリーズ。謎を解き明かし、心の影から人を解き放つ物語を、この先も末永く読んでいきたいものです。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 唐紅色の約束』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon
草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 唐紅色の約束 (だいわ文庫 I 335-3)


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