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2017.12.02

菊地秀行『宿場鬼 妖剣乱舞』 超人剣士という鏡に映る人の情

 菊地秀行による新たな時代小説――古代からの技を受け継ぐ剣士たちの戦いと、とある宿場町に生きる人々の生きざまが交錯する『宿場鬼』待望の第2弾であります。過去と心を失い、宿場に現れた剣士・無名と今回関わる者は……

 深い霧が発生することを除けば、何の変哲もない中山道の宿場町・鬼利里宿。ある日、その霧の中から忽然と現れた美貌の青年は、しかし、全ての記憶と人間らしい感情を失いながらも、恐るべき剣技の持ち主でありました。

 彼を引き取ることとなった町の元用心棒・清玄と娘の小夜と触れ合ううちに、「無名」と名付けられた青年。少しずつ人間味を見せ始めるようになる無名ですが、しかし彼を狙って、宿場町には奇怪な剣技の遣い手たちが次々と現れることになります。

 そんな無名が、古代から伝わる伝説の武術・臥鬼を受け継ぐ者ではないかと睨む清玄。
 そんな中、また霧の中から現れたのは、無名のように人の情を持たぬ、しかし年端もいかぬ子供で……


 このような本シリーズの基本設定を見れば、作者お得意の超伝奇アクションと思われるかもしれません。そしてそれはもちろん、ある側面においては外れてはおりません。
 本作に登場する無名を襲う謎の遣い手たちが操るのは、己の気配を一切断って襲いかかる、あり得ざる角度からの一撃を放つ、光を失った眼で必殺のカウンターを放つ――いずれも常人ならざる秘剣なのですから。

 しかしそうした点がありながらもなお、本シリーズは、本作は、第一印象を覆す内容を持ちます。
 なんとなれば、そんな妖剣士たちの死闘を描くと同時に――いやその死闘を用いて描かれるものは、日常からほんの少し踏み出した人々の営みの中に浮かび上がる、人の情の姿なのですから。

 一日に二度も立て籠もり男の人質となった遊女、旅の途中に連れとはぐれた商家の令嬢、預かった子供に折檻を加える女郎屋の女主人……
 本作の陰の主人公たちと言うべきは、そんないわば市井の人々。彼女たちは、中にはこの世の表街道から外れた者もおりますが、しかしあくまでもこの世の則からは外れていない、普通の人々であります。

 本作は実に、無名を狂言回しに、彼の繰り広げる死闘を背景に、そんな普通の人々の物語を描き出すのです。

 食い合わせが悪いのではないか――などとは、名手を前に考えるも愚かでしょう。そもそも、作者がどれほど巧みに「人情」を描くかは、『インベーダー・サマー』や『魔界都市ブルース』、あるいは同じ時代ものでいえば『幽剣抄』を見れば一目瞭然なのですから。

 そんな名手の筆による、妖剣士たちという歪んだ鏡に映し出される人の世の営み――それは思わぬほど鋭く、そして美しくも儚い像を結びます。

 例えば本作のラスト、霧の中から現れた子供と、彼を預かった女郎屋の主に対する無名の行動。
 普通の人間であればいささか鼻につきかねないそれは、無名という、異常な存在が行うことによって、よりストレートに、強い感動をもたらすのです。

 人の情を持たぬ者を通してこそ描ける、人の情の姿として……


 しかしもちろん、そんな彼にも、少しずつ人間らしさ――というより人間臭さが生まれていることは、本作の随所に描かれることになります。
 今はまだ、物語のスパイスとも言うべきレベルに留まる(本作で描かれる、村の見回りに出かけた先での出来事が何ともほほえましい)それが、どのような形に成長していくのか……

 人情すなわち人の情ならぬ、超人の情がいかなる姿で描かれるのか、その点も含めてこの先が大いに気になる物語であります。


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