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2018.01.10

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第3巻 生き抜くという想いの先に

 本阿弥光悦の玄孫・光健が、人生に希望を失った棄人たちとともに不可能に挑む物語もいよいよ結末を迎えることになります。江戸に新酒を運ぶ新酒番船のレースに参加した光健たちが、ライバルたちとともに危険極まりない航路を行った先にあったものは……

 同じ奴隷船に捕まったことをきっかけに出会い、光健の目利きによって自由を勝ち取った棄人たち。その一人で船頭のとっつぁんこと桐下は、光健と棄人たちに、新酒番船に出ることを宣言します。
 かつては腕利きの船頭として新酒番船に参加したこともあったとっつぁん。彼はこれまで誰も突破できなかった「寛政の早走り」の記録――江戸まで二日半という記録を破ることを悲願としていたのであります。

 桐下の執念と光健の目利きに引き寄せられ、新酒番船に乗り込むこととなった棄人たち。しかし彼らはほとんど素人同然、その一方でライバルは、とっつぁんと深い因縁を持つ大廻船問屋・海老屋に一昨年のチャンピオンの座頭船主・波の市、そしてとっつぁんを兄の仇と狙う倭寇の我太郎と、一癖も二癖もある連中であります。

 そんな中、ついにスタートした新酒番船で、とっつぁんは驚くべき策を披露します。それは「地獄回り航路」――黒瀬川、すなわち黒潮に乗って江戸に向かうこと。
 一度乗ってしまえば凄まじいと速度で走れる一方で、降りるタイミングを誤れば遙か太平洋の真ん中まで流される黒瀬川に、光健たちは一か八かで乗ることになります。

 しかし3艘のライバル船もまた黒瀬川に突入、危険な海域で、命がけのぶつかり合いが始まることに……


 何をやっても落ちこぼれだった連中が、一度その価値を見出され、団結することによって、それぞれの特技を活かして大逆転を演じる――本作は、そんな「落ちこぼれチーム」ものとしての性格を色濃く持つ物語であると、第2巻までを読んで感じていました。
 しかしこの第3巻において、物語はそうした枠を超えて、更に大きく、激烈なドラマを描き出すことになります。

 トラブルとアクシデント続きの地獄回り航路で文字通りのデッドヒートを繰り広げる4艘。自分たちの命を賭けたギリギリの戦いの中で、棄人たちはもちろんのこと、そのライバルたちもまた、それぞれの生を見つめ直すことになります。
 自分たちは何のためにここにいるのか、自分は本当は何を求めているのか――そして、自分たちにとって最も価値あるものとは何なのか、と。

 しかし彼らが挑むのは、そんな人間たちの想いすら呑み込み、押し流してしまおうとする恐るべき大海であります。互いを敵対視する彼らにとっても共通の、そして真の敵である海を向うに回してのサバイバルの中で、この新酒番船に挑む彼ら全員に、太い絆が生まれることになるのです。
 ただ一つ、生き抜くことを目的として……

 その想いが重なった末に生まれたものの姿は、ある意味極めて即物的――というよりもむしろ象徴的なものとして、その想いの強さを伝えてくれるのです。そしてその先に生まれたものの素晴らしさをも。


 本作の主人公・本阿弥光健は、目利きであります。その目利きの力は、相手の本質を見抜き、銘をつけることで、その価値を相手自身と周囲に理解させること――そう表すことができるでしょう。
 それはしかし、あくまでも相手に対して行うもの。その意味で彼はどこまでも観察者であり、そして狂言回しという立場に留まらざるを得なかったとも感じます。
(それは物語の結末を語る者が彼自身でなかったということに、逆説的に現れているのかもしれません)

 本阿弥の家に生まれ、光悦に比されるほどの才を持ちながらも、それゆえに家を追われ、心に満たされぬものを抱えた光健。
 それはあるいは、彼自身を目利きできる者が誰もいなかった、ということによる悲劇によるものであったと言えます。

 しかしこの第3巻、いやこの物語全てで描かれたもの全てが、彼の存在あってこその、彼の存在があって初めて生まれたものであることを思えば、本作という物語全てが、彼の価値を示すものなのでしょう。
 だとすれば、それを見届けた我々が、彼とこの物語を目利きしたのだと――そう言ってもよいのではないでしょうか。

 そしてその目利きの結果は――決して長くはなかったものの、本作という物語を読み通すことができてよかったと、今、そう心から思っていると言えば十分でしょう。そしてまた会えるものなら光健に会いたいとも……


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