川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第5巻 激突、大力の士vs西楚の覇王!
漢の高祖・劉邦に仕えて天下を取らせたという奇才・張良の姿をユニークな視点から描く異伝の第5巻であります。窮奇と項羽、ついに出会った二人の怪物ですが、そのファーストコンタクトは、ある意味極めて「らしい」展開に……
兵を借りた相手が項梁に滅ぼされ、自分たちも窮地に陥ったものの、しかし張良の策と己の度量でこれを乗り切り、客将として小さいながらも己の足掛かりを得た劉邦。
張良と窮奇、黄石も、項梁のもとで黥布や韓信ら後世に名を残す者たちと出会うことになります。
そんな中、豊を落とした帰路で項羽と遭遇した張良たち。黄石が気に入ったと己の馬に乗せて走り去った項羽に対し、後を追った窮奇は、項羽と一触即発の状態となって……
という前巻のラストを受けたこの巻は、窮奇と項羽の激突からスタート。窮奇と項羽、強者同士の一対一の、素手でのぶつかり合い――とくれば、名作『修羅の門』の作者にとっては独壇場であることは言うまでもありません。
そう、ここで繰り広げられるのは、互いに規格外の怪物同士の格闘は、久々の実に作者の作品らしい緊迫感とスピード感溢れるバトル。
窮奇が戦いの中で「技」「防御」を使ってみせるのに対し、項羽は一切防御もせずにひたすら剛力を振るう(その一方で、投げられながら体を畳んで相手を蹴るというどこかで見たようなムーヴを繰り出すのも驚き)という描き分けも見事で、川原節を大いに堪能させていただきました。
それにしても、大力の士vs西楚の覇王とは、これはこれである意味ドリームマッチと言うべきでしょうか……
何はともあれ、開幕早々のド迫力マッチに目を奪われるこの巻ですが、本作の面白さは、もちろんそれに留まるものではありません。
張良の決死の覚悟――というより黄石の言葉で――項羽が引いた後に描かれるのは、これは史実通りの、項梁による楚王・懐王の擁立。
この場面で、また項羽と劉邦がそれぞれ実に「らしい」姿を見せるのですが――本作らしさを見せるのは、それに続く場面であります。
新たな旗頭ともいうべき懐王の擁立が、項梁に新たに仕えた老人・范増の献策と知った張良。これに対し、彼は単身項梁と范増のもとに乗り込み、自らの策を以て挑むことになります。
その策とは、韓王家の公子・韓成の韓王擁立――懐王擁立と同様の策ではありますが、しかし韓は張良の故国。そして同時に韓王は、劉邦にとっての後ろ盾にもなる存在でもあります。
この策に対して項梁は、いや范増はどう出るか――この辺りの展開は、比較的あっさり目の描写ではありますが、しかし見せ方のうまさで盛り上がる場面。
張良の目に映った范増の人物像が、張良の行動の内容と結果に繋がっていくという展開も面白く、この先幾度となく激突するであろう両者の戦いの前哨戦としても、実に興味深いところであります。
そして一度劉邦の下を離れた張良たちは、韓成と対面するのですが――この韓成のキャラクターがまた面白い。
本作にはこれまでいなかったような、あるいはこの物語にはそぐわぬような人物でありつつも、だからこそ印象に残る造形で、さてこのような人物を戴いて、張良は如何に戦うことになるのか……
というところで次の巻というのは如何にも殺生、物語の展開スピード(と電子書籍化)の遅さが本作唯一の欠点ですが、こればかりはじっと待つほかないでしょう。
さて川原作品の単行本の楽しみと言えばあとがき。この巻では、項羽の重瞳に言及していますが――なるほど言われてみれば重瞳とはわかったようでわからない代物です。
しかし本作においてはそれを見事にビジュアライズ。文字通り一目見てコイツはただ者ではない、とわかる項羽の存在感に繋がっているのですから、これまたさすがは――と唸らされたところです。
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