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2018.01.19

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』 新たな子預かり屋(?)愛のために大奮闘!

 最近は少数精鋭となった感のある妖怪時代小説の一つ――妖怪の子預かり屋になってしまった少年・弥助と、その育て親で実は元・大妖怪の千弥を中心とする騒動を描く本シリーズも本作で第5弾。今回は、しかし弥助ではなく、意外な人物が主役を務めることになります。遊び人のボンボン・久蔵が……

 貧乏長屋に二人で暮らす弥助と千弥ですが、弥助が妖怪の世界と関わり合うようになり、千弥の正体を知る前から――すなわち彼らが世間とほとんど接触せず、ひっそりと暮らしていた頃から、強引に関わってきた久蔵。
 これがもう、いいところのボンボンで両親が甘いのをいいことに、放蕩三昧の遊び人――彼の方は何故か千弥と弥助を気に入っているものの、特に弥助の方はいい加減な久蔵のことを毛嫌いしている状態であります。

 そんな彼がある日出会ったのは、初音という美少女――姿の妖怪、それも見目麗しさと気位の高さで知られる華蛇族の姫君。
 恋に恋する高飛車娘だった初音は、かつて千弥を初恋の相手に選んだものの、(弥助一筋である)千弥から手酷くはねつけられて意気消沈していたところに久蔵と出会い、彼の心の優しさに惹かれたのであります。

 久蔵もいつにない真面目さで彼女に応え、結婚の約束まで交わした二人ですが……

 というところで前作の引き、千弥と弥助のところに「許嫁がさらわれた! 取り返すから手を貸してくれ」と、久蔵が飛び込んでくる場面から、この物語は始まります。

 妖怪たちに連れ去られたという初音を連れ戻すため、妖怪である千弥(しっかり正体に気付いていたという、意外な久蔵の切れ者ぶりも楽しい)たちを頼ってきた久蔵。
 嫌々ながら(ほんの少し)手を貸すこととなった二人の紹介で、初音姫の親友であり厄介事好きの妖猫族の姫・王蜜の君の力を借りて、初音姫の後を追った久蔵ですが、実は初音をさらったのは、彼女の乳母であり、やはり華蛇族の萩乃だったのです。

 人間などと夫婦になるなどとんでもないと、初音を閉じこめた萩乃ですが、久蔵の思わぬ大胆さとしぶとさ、そして初音の想いの強さに手を焼き、それならばと久蔵に三つの試練を課すことに……


 シリーズタイトルにあるとおり、「妖怪の子預かり屋」が中心となる本作。今回は久蔵が実質的に主人公ということで番外編的な趣向のように思えますが――しかしその要素は、今回もしっかりと物語の中心に据えられることとなります。
 と言えば、鋭い方であればおわかりでしょう。そう、久蔵に課せられた三つの試練とは――というわけで、ここに新たな(!?)妖怪の子預かり屋が誕生するのです。

 しかし元々完全に嫌がらせであるだけに、今回登場する妖怪たちは、子供とはいえ強烈な連中揃い。心身どころか身上までまで痛めつける妖怪たちの容赦のなさは(特に二番手の不気味さ・妖しさは、さすがはこの作者ならではというべきでしょう)、これまでのシリーズでも屈指のものかもしれません。

 しかし――これまでの作品同様、本作は妖怪の子供と人間との、恐ろしくも愉しい攻防戦にのみ留まるものでは決してありません。
 ここで描かれるものは、それまで出会ったことのないような異界の存在と出会うことで、自分を見つめ直し、人間として生まれ変わる一人の男の成長譚と、その原動力となる愛の強さ・貴さなのですから。


 妖怪ものの魅力というのは、決して妖怪そのものの――いわばキャラクターとしての魅力にのみあるものではありません。
 妖怪ものを真に魅力的なものとするのは、(人間臭い面をある程度持ちつつも)人間とは大きく異なる存在である妖怪と、我々人間が出会った時に生まれる化学反応――特に人間側のそれ――の存在でしょう。

 言い換えれば、自分とは異なるレイヤーに生きる存在と出会った時に、ある種の多様性と接した時に、人は何を想い、何を為すのか――それこそが、妖怪を題材とする物語の魅力であり、醍醐味ではないでしょうか。
 本作は、欠点だらけながらもある意味人間味に溢れた人間である久蔵を主人公にすることにより、そして彼がある意味極めて「純粋な」妖怪の子供たちと接する姿を描くことにより、これまで以上にその要素を濃厚に感じさせるものとなっているのです。

 人間と妖怪はあくまでも異なる存在――時に互いが害となる存在ですらあります。しかしそれでも、人間は、妖怪は変わることができる。そしてそこに生まれるものがある……
 恐ろしくも愉しく、そして甘々で幸せな本作は、それを何よりも雄弁に描く物語なのであります。


『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
妖怪姫、婿をとる (妖怪の子預かります5) (創元推理文庫)


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2018.01.18

新井隆広『天翔のクアドラブル』第2巻 生きていた信長、戦国のメフィストフェレス!?

 紹介が遅れているうちに急転直下の完結ということになってしまい、ちょっと驚かされた天正遣欧少年使節異聞、起承転結の承から転にかかる第2巻であります。マレー半島で総督の牢に囚われてしまったマンショとミゲル。彼らは牢の中で、死んだはずのあの人物に出会うことになるのですが……

 悪魔が蔓延するヨーロッパを救うため、ヴァリニャーノに招請されて海を渡ることとなった4人の志能便の少年――伊東マンショ・千々石ミゲル・中浦ジリアン・原マルチノ。
 それぞれ呪禁・修験・機関・帰神の異能を持つ彼らの航海は、マカオを経てマレーに至ることになります。

 しかし上陸したマレーで、無実の罪で囚われ、牢に放り込まれてしまったマンショとミゲル。そんな二人の前に「オッサンだけど仲良くしてちょーだいな♪」と飄々とした態度で現れた先客、その名は織田信長……!

 という、さすがに予想だにしなかった展開から始まるこの第2巻。絶大な権力と富を持ち、恣に振る舞う総督の娯楽のため、3人は闘技場に引き出されて総督の配下と戦わされる羽目になるのですが――信長はさておき、志能便の2人が並の相手に苦戦するはずがありません。
 そんな彼らに対し、総督が向かわせたのは、卵から生まれた異形のドラゴン。さしもの2人も徒手空拳では及ばぬ相手を前に、しかし信長は喜びの表情を浮かべて……


 少年使節たちの師ともいうべきヴァリニャーノとは縁浅からぬ信長。そして信長生存説は、フィクションの世界ではもうお馴染みに近いところですが――しかし信長と少年使節との絡みはフィクションの世界でもほとんど見たことがないように思います。
 それが全く思わぬ形で飛び出してきた本作。その信長がマレーに現れた理由自体は非常にファンタジー的なものではありますが、この信長の、虚実正邪陰陽入り混じったような混沌とした人物像はなかなかに魅力的です。

 そして、少年たち――特にミゲルの過去の行動によって余命幾ばくもない身となっているマンショが心のなかに秘め隠したものを丸裸にし、奪い去ろうとする信長。
 その真意はまだまだ不明ではありますが、一種メフィストフェレスめいた姿は強烈に印象に残ります。

 さらに去り際にジリアンに対して残した言葉が、その先の展開に繋がっていくのもいい。
 4人の中ではひ弱な印象のあるジリアンですが、彼もまた親をなくして志能便の里に引き取られ、唯一の肉親である懸命に生きてきた少年であります。

 その彼の兄貴分として支えてくれたのがミゲルであり、そしてそのミゲルがマンショに対して深い罪の意識を持っているとすれば――なんとかしたいと考えるのは当然の成り行きでしょう。
(ちなみに彼の回想で、親が唯一残してくれた名前を捨てて洗礼名を名乗る行為が、彼の決意とミゲルとの絆の表れとして描かれる場面があるのですが――そこから感じられるある種の「居心地の悪さ」は、やはり狙って描いているものでしょう)

 しかしそれはミゲルをはじめとして、誰にも知られてはならない決意であり、また物語を複雑なものにするのが、実に意地悪くも面白いところなのであります。


 そしてその本作の一筋縄ではいかない複雑さが爆発するのが、次の寄港地であるインドはゴアであります。
 既に悪魔の撒き散らした呪いである黒死病が蔓延し、死の大地と化したインド。そのインドでもヴァリニャーノの恩人がいるゴアに急ぐ一行ですが、そこで彼らを待っていたのは、思わぬ惨劇の姿でありました。

 ゴアの聖職者たちを襲い、無残に殺害していったのは、本当にその現場にいた信長なのか。そしてジリアンの悩みが、彼が抱えた秘密が一行の足を引っぱる形となって……
 というのは定番の展開ではありますが、しかしこれまで積み上げてきた物語の(背後に見え隠れする)不穏さが、そうと感じさせないのも巧みであります。

 そして再びヴァリニャーノを襲う信長たちの真意はどこにあるのか。残るはおそらくあと2巻、不穏極まりない折り返し地点の先に真実が見えたとき、本作の真の姿が見えるのであります。
 まずは2月発売の第3巻で語られるものを楽しみにいたしましょう。


『天翔のクアドラブル』第2巻(新井隆広 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
天翔のクアドラブル 2 (少年サンデーコミックス)


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2018.01.17

都戸利津『嘘解きレトリック』第3-5巻 人の中の嘘と本当を受け止める少女の成長

 昭和初期を舞台に、人の嘘を聞き分ける能力を持つ少女・鹿乃子と貧乏探偵・左右馬のコンビが様々な事件の中の嘘を解いていく連作シリーズの第3巻から第5巻の紹介であります。左右馬とともに様々な人々と出会う中、鹿乃子にも変化が……

 人の言葉の中の嘘を聞き分ける力故に、周囲から嫌悪の目に晒されてきた鹿乃子。両親に迷惑をかけまいと九十九夜町に出てきた彼女が出会ったのは、貧乏だが驚くべき洞察力を持つ青年・祝左右馬でした。
 成り行きから一緒に事件を解決した鹿乃子は、自分の能力を知り、そしてそれを自然に受け容れてくれた左右馬の助手として探偵事務所に住み込むことになるのでした。

 というわけで、鹿乃子が左右馬を助けて難事件を次々と解決していく姿を描く本作――と言いたいところですが、二人が真面目に事件に挑むエピソードが少ないのが、むしろちょっと楽しい。

 何しろ左右馬は貧乏のくせに大の怠け者で、その月の家賃さえ払えれば後は働きたくないという男。そのため、偶に来た依頼にも(家賃を払った後は)露骨にイヤな顔をするという困った人物なのであります。
 それゆえ、二人が巻き込まれる事件も、いきおい「日常の謎」的なものが多くなるのですが――しかしそれが本作の緩やかで温かいムードとよく似合います。


 が、そんな二人が珍しく大事件に挑むことになるのが、第3巻に収録された長編「人形殺人事件」であります。

 両親を亡くし、人里離れた屋敷で、自分の成長に合わせて作られた人形たちと暮らす少女。その屋敷の女中が崖から落ちて死んだのですが――彼女は死の直前、人形を殺してしまったと怯えていたのでした。
 家賃が払えず夜逃げの途中、左右馬の親友の姉で雑誌記者の雅と出くわしたことから、彼女の助手として屋敷を訪れた二人は、そこで事件の真相を追うことに……

 と、人里離れた屋敷・奇怪な風習・謎の美少女と、ザ・探偵小説的なこのエピソード。
 正直なところ事件自体はかなり豪腕な真相なのですが、それを嘘を見抜くはずの鹿乃子の能力が逆にミスリードするという展開が実に面白いのです(そして左右馬が気付く真相の伏線がまたフェアなのが素晴らしい)。

 そして何よりも、事件を解決した後に明かされる真相を生み出した巨大な「嘘」と、そこから救済の姿が、実に本作らしい清々しさなのであります。(特にラスト1ページに描かれた嘘からの解放の美しさ!)


 そして続く第4巻・第5巻は日常の謎を描く短編エピソードが主体で、コミカルさとハートウォーミングさのブレンドも絶妙な、キャラクターものとしても楽しいお話揃い。
 その一方で、孤島での殺人事件や、老婦人の生き別れの孫探しといった、比較的ストレートなミステリもキッチリ用意されているのも心憎いところであります。

 しかし、そんなバラエティに富んだ物語に共通するのは、人の心の中の嘘と本当の存在――そしてそれを受け止め、人を信じることの意味を鹿乃子が学んでいく姿であります。

 嘘を見抜く能力があるということは、本当を知ることができるのイコールではありません。そしてその能力があるからといって、相手を信じられるわけでもありません。
 それは事件に対する鹿乃子の能力の位置づけにも当てはまるものですが――同時に事件に挑む中で、そのことを知り、向き合うことによって鹿乃子が少しずつ成長していく姿が、本作の最大の魅力であると感じます。

 そしてそんな鹿乃子の成長譚の集大成が、第5巻に収録された、彼女の母との再会のエピソードであります。

 冒頭に述べたように、両親のためにも家を出た鹿乃子ですが、それは彼女が親を捨てたわけでも、その逆でもありません。
 むしろ互いを思うが故の行動だったのですが――しかしもしその想いが嘘であったら、それを知ってしまったらという悩みが、両者の間に、微妙な距離を開けていたのです。

 しかしこのエピソードにおいて、鹿乃子が、その母親が知ったものは――それを巧みに導く左右馬の存在もまた実にいい――ここで鹿乃子の物語は一区切りと言ってよいのではないかとも思います。


 その一方、第5巻のラストでは、鹿乃子の能力に気付いているらしい謎の美青年「史郎」が登場。果たして彼の正体は――と、一つの大きな物語としても、この先が気になるところです。


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2018.01.16

友藤結『影に咲く花』 影獣との戦いの中で結びつく二人の救い

 時は江戸時代初期、人々は「影獣」と呼ばれる物の怪に苦しめられていた。公儀の手も及ばぬ中で影獣と異能を以て戦う影祓師を父に持つ少女・樋花は、ある日、武力で以て影獣と戦う影狩人の青年・黒門鶫と出会う。凄まじい力を持ちつつも、体内に救う影獣に苦しむ鶫に対して樋花は……

 少女漫画の中の時代伝奇漫画を探す中で出会った作品――奇怪な魔物が跳梁する世界での一風変わったボーイ・ミーツ・ガールを描く物語であります。

 その名の通り、野獣の影のような姿を持ち、人間を襲う凶暴な「影獣」が出没し、多くの被害が出ていた江戸時代初期。
 幕府や藩が対処のために置いた同心たちによる駆除も限定的なものでしかなく、その手から漏れた地で人々を救うのは、影祓師や影狩人といった在野の者たちでした。

 影獣との戦いの中で帰らぬ人となった影祓師の父を持つ樋花は、父の仇である影獣たちに無鉄砲にぶつかるものの、その力はまだまだ影獣を一瞬押さえるくらいの微弱なもの。その彼女を危機から救ったのは、流浪の影狩人・鶫でありました。

 実は幼い頃に心を食らう影獣に襲われ、姉が身代わりとなったことで、己の心を保ったまま影獣をその身に宿す鶫。いつ己の中の影獣に取って代わられるかわからぬまま戦いを続ける鶫を前に、樋花はある決意を固めて……


 という第1話に始まり、全3話構成の本作。以降、鶫の中の影獣を抑えるために共に旅に出た樋花が、彼の力になるべく奮闘する第2話。鶫を影獣として付け狙う影狩人の出現に揺れ動く樋花の心を描く第3話と、物語は続いていくことになります。

 (一見)無愛想な戦士と、一本気な少女のペアというのは、これは鉄板の組み合わせ。こうしたシチュエーションでは、ほとんどの場合、戦士が少女を庇護しながらも、少女の存在に心を救われて――というのが定番ですが、本作においては、鶫が文字通りの意味で心を救われるというのが特色でしょう。

 その身に巣くった影獣に、いつ心を喰らい尽くされ、体を奪われるかわからない鶫(この辺りの設定を掘り下げた第3話はなかなかに興味深い)。
 休んでいる時も寝ている時も、心の安まらる時のない彼の唯一の救いは、樋花が持つ影祓師としての能力――影獣の力と動きを抑える力なのであります。

 そしてまた、樋花にとっても鶫の存在は救いとなります。
 影祓師であり尊敬していた父を喪ってから、己の身の危険も省みず、影獣に立ち向かってきた樋花。その半ば自暴自棄の行動の理由は、自分の無力さに対する苛立ちと、そんな自分が誰にも必要とされないのではないか――その想いからであります。

 そんな彼女を指して、作者自らが「強気ネガティブ主人公」と評するのは、さすがと言うべきか非常にマッチしているのですが、そんな彼女にも、いや彼女にしかできないこと――言うまでもなく鶫の影獣を抑えること――があるというのは、大いなる救いなのであります。

 一歩間違えればもたれ合いになりかねないこの二人の関係を、本作は影獣との戦いというアクセントをうまく利用することにより、起伏に富んだ――そして何よりも、初々しく美しく描くことに成功していると感じます。


 正直なところ、本作の舞台が江戸時代初期である必然性はかなり薄く、別の時代でも支障はないように見える――物語に官製影狩人である同心などが絡んでくればまた違ったと思うのですが――という、大きな弱点はあります。

 しかし、本作が初単行本とは思えぬ作者の筆――特にアクション描写はなかなか達者な印象――も相まって、わずか3話ではありながらも、いやそれだからこそ、この先の二人が見たい、とも思わされる作品ではありました。

 本作は2011年の作品、そして作者は現在別の作品を連載中と、その想いが叶うことはまずないのだとは思いますが……


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2018.01.15

上田秀人『旅発 聡四郎巡検譚』 水城聡四郎、三度目の戦いへの旅立ち

 昨年7月に大団円を迎えた『御広敷用人大奥記録』。その続編、水城聡四郎の戦いを描く第3シリーズが早くも開幕することとなりました。「道中奉行副役」なる役目を与えられた彼の新たな戦いの始まりであります。

 新井白石に手駒として見出されたことから、幕府の金を巡る闇の数々と戦うこととなった『勘定吟味役異聞』。
 その最中に出会った徳川吉宗に命じられ、大奥改革のため、そして吉宗の愛する人のために奔走した『御広敷用人大奥記録』。

 いずれも四面楚歌の危険極まりないお役目をくぐり抜け、一時の平穏を得た聡四郎ですが――使える人間ほどこき使われるのが上田作品、あいや、吉宗の配下であります。
 久々に吉宗に召し出された聡四郎が任じられたのは、「道中奉行副役」という聞いたこともない役目。聞いたこともないのは道理、吉宗が聡四郎のために新たに作った役目だったのです。

 大奥の改革をひとまず終えた吉宗ですが、さらなる改革の最大の支障となるのは、吉宗を徳川の傍流とみて侮る諸大名や旗本たち。
 そんな自分の改革を妨げる者を炙り出すための監察役――目付へのステップとして、吉宗は道中奉行副役、すなわち主要街道の巡検使を設置したのであります。

 かくて聡四郎は、まずは三ヶ月世の中を見てこいという吉宗の命を受け、玄馬らを伴に東海道に旅立つのですが……


 というわけで、聡四郎三度目の受難の開幕編たる本作。今までに比べると「なにもなく旅をするだけでもかまわぬ」と、送り出す吉宗に言われているだけマシにも感じられますが、もちろんそれで済むわけがありません。

 何しろ、早速吉宗の決定が自分たちの権益を侵すと役人根性丸出しの目付たちが妨害活動を開始(しかし「水城? 勘定吟味役だから剣は駄目なんだろ?」的な彼らの勘違いが可笑しい)。
 そして前シリーズで散々聡四郎を逆恨みして襲いまくり、散々叩きのめされた末に江戸の暗黒街の住人にまで堕ちた伊賀者がしつこく彼を狙うことになります。

 さらに京では、これまた前シリーズで散々吉宗の恋路を妨害した末に隠居の身に追いやられた天英院の縁者までもが聡四郎を狙って――と、早くも聡四郎の四面楚歌状態がスタートした感があります。
(そこに、京と江戸の暗黒街の覇権争いが絡んでくるのがまた面白い)

 この巻では聡四郎の東海道中もまだ小田原・箱根どまりですが、この先旅が進めば、また雪だるま式に彼の敵は増えていくのでしょう。もちろん、そうなればなるほど、読む側の楽しみは増えるのですが……


 と、生まれたばかりの娘と相変わらずの奥さんから引き離されての苦行旅の聡四郎ですが、そんな彼――そしてお供の玄馬にとって、この旅にも一つの楽しみがあります。
 それは、二人の師である入江無手斎が用意した各地の道場への紹介状――長い間廻国修行を続けていた無手斎が知り合った各地の道場への紹介状を手にした二人は、各地の剣客たちとの出会いに胸躍らせるのです。

 そしてその第一弾が、小田原の一尖流道場。聞いたことのない名前ですが、あの無手斎が認めた相手なのですから、ただの道場のわけがありません。
 そこで聡四郎と玄馬は、強敵と対峙することになるのですが――その戦いは、これまでのシリーズになかったような、純粋かつ爽快なものであるのが嬉しいのです。

 これまでのシリーズでの聡四郎の戦いは、ほとんどの場合、任務の途上で襲ってきた者との対決でした。ということは、その戦いに絡むのは様々な欲であり、悪意であり、恨みであり――どうにも「暗い」ものばかりであります。
 しかしこの道場での戦いは、純粋な剣術家たちの競い合い。いわば剣豪ものとしての要素がここで大きくクローズアップされてきたとも言えますが、それが意外かつ魅力的なのです。

 もちろん、聡四郎は剣術家である以前に幕臣。あくまでも任務が優先であり、あまり剣術修行に現を抜かすわけにはいきません。
 しかしここで聡四郎を上回る剣の腕を持つ玄馬(もちろん彼も聡四郎の家士ではありますが)をより前面に押し出すことで、剣豪もの要素に違和感を感じさせない工夫がなされているのにも感心いたします。

 先に述べた通り、この先で聡四郎が出会う苦難の数々も気になりますが――それと同時に、この各地の剣術道場での、純粋な剣術(に終わる保証はないのですが……)との対峙も、大いに気になる新要素であります。


『旅発 聡四郎巡検譚』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
旅発: 聡四郎巡検譚 (光文社時代小説文庫)


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2018.01.14

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 短かったとはいえ楽しかった年末年始のお休みも終わってはや一週間あまり。今から次の年末年始を楽しみにしたいところですが、その前に毎月の新刊を楽しみにすることにしましょう。特に今年の2月は、短いにもかかわらず結構な充実ぶりで――というわけで2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 2月の文庫は、新刊・文庫化と隙の無いラインナップ。
 まず新刊では、平谷美樹の久々の義経もの『義経暗殺』と、菊地秀行の剣豪もの『野獣王剣 柳生一刀流(仮)』(1月発売予定だった気も……)に注目。
 さらに新美健『焔の剣士 幕末蒼雲録』、峰守ひろかず『大正フォークロア・コレクターズ(仮)』も楽しみなところです。

 そして文庫化では、岡田秀文の名探偵月輪シリーズ第3弾『海妖丸事件』、風野真知雄の怪作『密室本能寺の変』、そして谷津矢車のデビュー作『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』が登場。

 さらに、集英社文庫での復刊が続いてとても嬉しい瀬川貴次『暗夜鬼譚 3 夜叉姫恋変化』をはじめ、岡本綺堂『岡本綺堂読物集 6 異妖新篇』、北方謙三『岳飛伝 16 戎旌の章』と続きます。


 そして漫画の方では、いよいよ1月からアニメもスタートしたシヒラ竜也『バジリスク 桜花忍法帖』第2巻と、その前作の作画者・
せがわまさき『十 忍法魔界転生』第12巻が登場。
 また、夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の映画版の漫画化である睦月れい『空海 KU-KAI』上巻も注目(大西版は……)。

 そして嬉しいような悲しいような気持ちなのは、碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第6巻、樹なつみ『一の食卓』第6巻、杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第11巻と、3作品の最終巻が刊行されること。
 どの作品も大変楽しませていただけに、最後まで見届けたいと思います。

 その他、新井隆広『天翔のクアドラブル』第3巻、木原敏江『白妖の娘』第3巻、永尾まる『猫絵十兵衛御伽草紙』第19巻、伊藤勢『天竺熱風録』第3巻、かどたひろし『勘定吟味役異聞』第3巻と並び、小説以上に漫画の充実ぶりに驚かされる2月。

 もう一つ、『お江戸ねこぱんち 梅の花編』も必見であります。



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2018.01.13

新井隆広『天翔のクアドラブル』第1巻 少年たちは欧州の戦場に旅立つ

 いまだ戦国の世であった天正年間、日本から遙かヨーロッパに渡った四人の少年――天正遣欧少年使節。その史実を踏まえつつ、四人の志能便(しのび)の少年がヨーロッパを席巻する悪魔たちを滅ぼすために海を越えるという奇想天外な物語の開幕篇であります。

 悪魔たちの跳梁により、暗黒の地と化したヨーロッパ。この事態を憂慮したイエズス会の宣教師ヴァリニャーノは、人知を超えた力を持つ日本の志能便たちをヨーロッパに送り込むことを提案するのでした。

 これに応えて志能便の里から選ばれ、勇躍海を渡ることになったのは、血よりも濃い絆で結ばれたのは以下の四人――
己の血を媒介に攻撃・回復様々な術を操る「呪禁」を究めた伊東マンショ
又鬼(マタギ)として鳥獣を駆使し射撃を行う「修験」を究めた千々石ミゲル
銃火器など科学知識を生かした発明を行う「機関(からくり)」を究めた中浦ジリアン
様々な能力を持つ付喪神を使役する「帰神」を究めた原マルチノ。

 海で襲い来る海賊たちを軽々と蹴散らし、最初の寄港地・マカオでは奇怪な二胡の調べで数多くの子供たちを連れ去った妖女を倒した一行。
 そして次なる寄港地・タイでは、思わぬ誤解から獄に繋がれることとなったマンショとミゲルが、そこで意外極まりない人物と出会うことに……


 歴史上名高い天正遣欧少年使節。しかしそのスケール――旅路の長さ故か、時代伝奇もので描かれることは非常に少ないように感じます。
 本作はその少年使節を、大胆にもそれぞれ異能の力を持つ孤児たちとして設定。そしてその目的も、ヨーロッパに蔓延る悪魔たちと対決するためなのですから、ユニークといえばユニーク、豪快といえば豪快であります。

 この第1巻は、この壮大な物語の設定紹介篇という印象も強く、冒険の中で、四人の少年たちそれぞれの能力が解説されることとなります(ただし原マルチノは第2巻での描写)。
 なるほど、わざわざ海を渡っての悪魔との戦いを求められるだけあって、彼らの力は絶大。志能便というよりは異能者というに相応しい彼らの暴れぶりはなかなかに痛快ですし、一歩間違えれば悲壮感漂う旅路も、少年故の明るさで中和しているようにも感じられます。


 しかし、本作が単純明快な冒険活劇であるかといえば、それはおそらく、いや間違いなく否、でしょう。なんとなればこの第1巻の時点でも、この旅が、そして少年たちが抱えたものが、決して単純でも軽いものでもないことは随所から伺えるのであります。
 それが最もはっきり描かれたのは、マカオでの戦いの中で描かれた、ミゲルとマンショの過去でしょう。

 志能便の里に来る前は、人買いに買われ、売り飛ばされたミゲルと、彼と同じ身の上であり、そして彼に救い出されたマンショ。
 海外だけではなく、戦国時代の日本においても行われていた人身売買をこのような形で少年漫画で描くことは珍しく、それだけに彼らの過去の物語は、かなりのインパクトを持ちます。

 しかし本作の凄みはそれに留まりません。その悲惨な境遇から逃れるための行為が生んだミゲルの罪――そしてそこから生まれる、マンショに対するミゲルの深い屈託が、物語に深い陰影を与えるのであります。

 先に述べたように――いずれもそれなりの身分を持っていた史実とは異なり――志能便の里で育った孤児である四人の少年。それは裏を返せば、彼らが戦争の申し子であるとも言えます。
 その彼らが、彼ら自身が語るように、戦うことしか教わっていない彼らが遠くヨーロッパにまで戦いに赴く。その物語が、明朗快活なだけで終わるはずがありません。


 本作の冒頭においては、ヴァリニャーノによる日本スゴイの賛美がいささか鼻につくのですが、どうやらこれも字義通りには受け取れない様子。
 その一方で、マカオでの二胡の妖女の過去にもほのめかされているように、単純にキリスト教を、ヨーロッパを是とするだけではない空気も漂います。

 果たしてその不確かな戦場で、彼ら四人が何を見るのか、何を得るのか――この第1巻のラストに登場した、とんでもない人物の真実も含めて、気にならないはずがありません。
 発売中の第2巻も、早々に紹介いたします。


『天翔のクアドラブル』第1巻(新井隆広 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
天翔のクアドラブル 1 (少年サンデーコミックス)

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2018.01.12

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』下巻 刀と武士が移り変わるその先に

 名刀匠として知られる虎徹こと長曽祢興里。半百――齢五十近くになってから故あって刀匠を志し、江戸に出てきた彼の半生を、鬼姫こと女剣士・邦香をはじめとする彼を取り巻く人々の姿を通じて描く物語の後編であります。江戸有数の刀匠となった興里は、しかし次々と難事に巻き込まれることに――

 藩主の前での兜割りの試技における振る舞いによって相手の刀鍛冶が命を落としたことをきっかけに、甲冑師を辞め、刀匠を目指すこととなった興里。
 江戸に出て、「鬼姫」と異名を持つ試し切り役の娘・邦香、がめつい刀屋の幸助、朴訥な弟子の興正、邦香の父で名うてのかぶき者・鵜飼十郎右衛門といった人々と出会い、興里は刀匠として次第にその名を知られていくようになります。

 そんなある日、吉原からの使いで、勝山太夫と対面することとなった興里。吉原の作法も無視して興里に迫る勝山と割りない仲となる興里ですが、彼と勝山の間には、意外な因縁が存在したのでした。

 そしてその勝山との出会いを皮切りに、興里は騒動や難事件に、次々と巻き込まれていくことになります。
 興里の住む不忍池周辺に埋められたという由井正雪の隠し軍資金争奪戦と、その中で明らかになるある人物の意外すぎる正体。興里とは因縁を持つ柳生宗冬からの正宗贋作の依頼。そして、刀鍛冶を通じて出会った伊達綱宗と仙台藩を巡る暗闘と……


 刀鍛冶に関する丹念な描写でもって、刀匠としての興里の苦闘と成長を描いてきた上巻。もちろんその要素がこの下巻でも健在であることは言うまでもありませんが、興里が刀匠として大成しつつあるためか、むしろ彼が巻き込まれる事件の数々が前面に描かれた印象があります。
 そしてそれが実に伝奇的で、実に面白いから大歓迎なのであります。

 下巻の冒頭で描かれる勝山太夫との因縁については、正直なところすぐに予想できる内容だったのですが、それに続く由井正雪の埋蔵金を巡るエピソードでの、ある人物を巡るどんでん返しは、全くもっての予想外で度肝を抜かれる展開(この人物、ラストもある意味予想外……)。

 そしてそこから物語は柳生宗冬と酒井忠清らの陰謀に繋がり、クライマックスは伊達騒動のプロローグとも言うべき大川上の屋形船での高尾太夫吊し斬りになだれ込んでいくのですから、本作を以て時代伝奇小説と言い切っても支障はないでしょう。
(ちなみに本作、この高尾吊し斬りをはじめ、いわゆる巷説・俗説を積極的に取り込みつつ、そこに史実との整合性を巧みに取ってみせるのが実に面白いのです)

 そしてその事件の数々に挑むのが、興里を中心に、邦香・幸助・興正・十郎右衛門に勝山を加えた、チーム興里ともいうべき個性豊かな面々であるのも嬉しい。
 刀という存在を中心に固く心を結びあった面々が、金と権力を巡る醜い陰謀を企てる者たちに挑む姿は、実に痛快であります。


 しかし、本作において興里は何故そうしたヒーロー的な役割をも背負っているのか? それは上巻の紹介でも触れたように、興里の生きた時代において、刀の――その持ち主である武士の生き様、そして役割が大きく変わってしまったことと無縁ではないでしょう。
 本作の舞台となるのは、もはや戦はなくなった天下泰平の時代――戦士であった武士が、政治家や官僚へと変貌していくプロセスが完了した時代。そこにおいては、刀剣の持つ意味も、武器から身分の象徴、そして美術品へと大きく変わっていくことになります。

 そんな時代において刀も見かけの華美さがもてはやされるようになった中、美しさはもちろんのこと、刀の切れ味を求め続けた興里の姿は、そんな時代へのアンチテーゼと言えるのではないでしょうか。
 そしてそんな変わりゆく武士と刀の姿は、興里の宿敵とも言うべき柳生宗冬が、剣術家としてよりも政治家として策謀を巡らせる姿に、より色濃く表れていると感じます。


 しかしもちろん、時代は移り変わります。興里が切れ味と美しさを両立させた刀を完成させ、その名を千載のものとして残すに至ったことは、彼が新たな武士の形を示す者として完成されたことをも意味するのでしょう。
 それは戦いと冒険の日々の終わりを告げるものではありますが、しかし人の生の終わりを告げるものではありません。

 「わんざくれ、我が命の尽きるまで」虎徹と鬼姫の挑戦は続く――半百から始まった物語の結末として、それは胸躍るものではないでしょうか。


『半百の白刃 虎徹と鬼姫』下巻(長辻象平 講談社文庫) Amazon
半百の白刃(下) 虎徹と鬼姫 (講談社文庫)

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2018.01.11

都戸利津『嘘解きレトリック』第1-2巻 嘘を知ること、人の内面を知ること

 先日このブログでご紹介した『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で知ることができた作品――昭和初年を舞台に、他人の嘘を聞き分ける能力を持った少女と、頭は極めて切れるが貧乏な探偵のコンビが様々な事件に挑む、人情味の強いミステリであります。

 幼い頃から、他人が嘘をついた時にその声が固くぶれて聞こえるという不思議な能力を持ち、そのために周囲から忌避されてきた少女・浦部鹿乃子。他者が自分に向ける嫌悪の視線と、それによって母親が傷つくことに耐えきれなかった彼女は、生まれ故郷を出て九十九夜町に出て来るのでした。
 しかし職も行く宛もなく、行き倒れてしまった彼女を助けたのは、町で探偵事務所を開く貧乏探偵の祝左右馬。彼の行きつけの和食屋に連れて行かれた鹿乃子は、成り行きから、店の子供の行方不明事件を左右馬とともに追うことになって……

 というエピソードから始まる本作ですが、その最大の特徴が、他人の嘘を聞き分けることができる鹿乃子の能力の存在であることは言うまでもありません。
(ちなみに彼女がこの能力を発揮する時、その嘘の言葉のフキダシの色に、斑になったようなエフェクトがかかるという漫画ならではの描写となっているのがまず楽しい)

 事件捜査の上で、誰が嘘をついているかを聞き分けることができるというのは、もちろん大きな武器であることは間違いありません。しかしそれは同時に、(主に作品の構造的な点で)一歩間違えれば諸刃の剣となりかねないものでもあります。
 何故ならば、まさしく直感的に相手の嘘を見抜くことができるのであれば、そこに推理の余地はなくなってしまうのですから。

 しかしもちろん、本作にはそこに大きな工夫があります。これは第2話で左右馬によって明確に示されるのですが、この能力は隠れた真実がわかるのではなく、発言者の嘘の意識がわかる――すなわち、思い込みや勘違いでも、相手が嘘だと思っていないことは嘘とわからない――ものに過ぎないのであります。
 つまりこの力は謎を解く上で大きなヒントになることはもちろんですが、しかしそれには大きな制限と、解釈の余地があるのです。そこに本来の意味での名探偵である左右馬の活躍の余地があり、さらに左右馬と鹿乃子がコンビを組む意義があるのです。

 そしてそれ以上に、この制限には大きな意味があります。鹿乃子が嘘を聞き分けることができるということは、決してそれ以上でもそれ以下でもなく――彼女はある意味表層に出ている部分のみを感知しているだけであり、その内面、言い換えれば相手がなぜ嘘をついているのかまではわからないのです。
 そしてまた、その嘘が相手にとって、そして周囲の人間にとってどんな意味を持つかも……


 実に本作でミステリとして側面と並んで大きく描かれるのは、こうした能力を持ったことから他人以上にナイーブな心を抱えることとなった鹿乃子の成長物語であります。

 人が嘘をつくこととそれを知ることは、言い換えれば他者の心に触れ、そして自分の心の内面と向き合うことであります。
 誰かの嘘を暴くことは、自分や人の心身を守ることに繋がることが多いのはもちろんですが――しかしそれは必ずしも正しい行為となるわけではありません。幼い頃の彼女がそうしてしまったように、嘘を暴くことが誰かを傷つけることも少なくないのですから。

 そんな嘘と、そしてそれを知ってしまう自分自身とどう向き合うか――探偵という隠された物事を暴き、それと対峙する役割は、その営為と極めて似たものであり、彼女が左右馬の探偵助手を務めることは、同時に彼女がそれを身につける道筋にほかならないのです。
 そしてそれが本作がミステリである意味の一つなのでしょう。

 そしてそんな本作をより感動的なものとしているのは、そんな鹿乃子を信じ、見守り、導く左右馬の存在にあることは間違いありません。

 貧乏でセコく、金に汚い左右馬でありますが、彼は深い洞察力を持つ有能な探偵であり――そして何よりも、人間として非常に温かい心を持つ人物です。
 そんな彼の存在が、悩める鹿乃子を優しく受け止める姿にはこちらまで嬉しくなってしまうのですが――それが人間の数々の嘘を描きつつも、本作の読後感を極めて爽快で暖かく、感動的なものとしているのであります。

 実は私が現時点で読んでいるのは単行本が第9巻まで出ているうちの第2巻まで。ほんの序盤の段階でこのように結論めいたことを申し上げるのは恐縮ですが――この印象に嘘はないと、これは自身を持って言うことができるのです。


『嘘解きレトリック』第1-2巻(都戸利津 白泉社花とゆめCOMICS) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
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2018.01.10

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第3巻 生き抜くという想いの先に

 本阿弥光悦の玄孫・光健が、人生に希望を失った棄人たちとともに不可能に挑む物語もいよいよ結末を迎えることになります。江戸に新酒を運ぶ新酒番船のレースに参加した光健たちが、ライバルたちとともに危険極まりない航路を行った先にあったものは……

 同じ奴隷船に捕まったことをきっかけに出会い、光健の目利きによって自由を勝ち取った棄人たち。その一人で船頭のとっつぁんこと桐下は、光健と棄人たちに、新酒番船に出ることを宣言します。
 かつては腕利きの船頭として新酒番船に参加したこともあったとっつぁん。彼はこれまで誰も突破できなかった「寛政の早走り」の記録――江戸まで二日半という記録を破ることを悲願としていたのであります。

 桐下の執念と光健の目利きに引き寄せられ、新酒番船に乗り込むこととなった棄人たち。しかし彼らはほとんど素人同然、その一方でライバルは、とっつぁんと深い因縁を持つ大廻船問屋・海老屋に一昨年のチャンピオンの座頭船主・波の市、そしてとっつぁんを兄の仇と狙う倭寇の我太郎と、一癖も二癖もある連中であります。

 そんな中、ついにスタートした新酒番船で、とっつぁんは驚くべき策を披露します。それは「地獄回り航路」――黒瀬川、すなわち黒潮に乗って江戸に向かうこと。
 一度乗ってしまえば凄まじいと速度で走れる一方で、降りるタイミングを誤れば遙か太平洋の真ん中まで流される黒瀬川に、光健たちは一か八かで乗ることになります。

 しかし3艘のライバル船もまた黒瀬川に突入、危険な海域で、命がけのぶつかり合いが始まることに……


 何をやっても落ちこぼれだった連中が、一度その価値を見出され、団結することによって、それぞれの特技を活かして大逆転を演じる――本作は、そんな「落ちこぼれチーム」ものとしての性格を色濃く持つ物語であると、第2巻までを読んで感じていました。
 しかしこの第3巻において、物語はそうした枠を超えて、更に大きく、激烈なドラマを描き出すことになります。

 トラブルとアクシデント続きの地獄回り航路で文字通りのデッドヒートを繰り広げる4艘。自分たちの命を賭けたギリギリの戦いの中で、棄人たちはもちろんのこと、そのライバルたちもまた、それぞれの生を見つめ直すことになります。
 自分たちは何のためにここにいるのか、自分は本当は何を求めているのか――そして、自分たちにとって最も価値あるものとは何なのか、と。

 しかし彼らが挑むのは、そんな人間たちの想いすら呑み込み、押し流してしまおうとする恐るべき大海であります。互いを敵対視する彼らにとっても共通の、そして真の敵である海を向うに回してのサバイバルの中で、この新酒番船に挑む彼ら全員に、太い絆が生まれることになるのです。
 ただ一つ、生き抜くことを目的として……

 その想いが重なった末に生まれたものの姿は、ある意味極めて即物的――というよりもむしろ象徴的なものとして、その想いの強さを伝えてくれるのです。そしてその先に生まれたものの素晴らしさをも。


 本作の主人公・本阿弥光健は、目利きであります。その目利きの力は、相手の本質を見抜き、銘をつけることで、その価値を相手自身と周囲に理解させること――そう表すことができるでしょう。
 それはしかし、あくまでも相手に対して行うもの。その意味で彼はどこまでも観察者であり、そして狂言回しという立場に留まらざるを得なかったとも感じます。
(それは物語の結末を語る者が彼自身でなかったということに、逆説的に現れているのかもしれません)

 本阿弥の家に生まれ、光悦に比されるほどの才を持ちながらも、それゆえに家を追われ、心に満たされぬものを抱えた光健。
 それはあるいは、彼自身を目利きできる者が誰もいなかった、ということによる悲劇によるものであったと言えます。

 しかしこの第3巻、いやこの物語全てで描かれたもの全てが、彼の存在あってこその、彼の存在があって初めて生まれたものであることを思えば、本作という物語全てが、彼の価値を示すものなのでしょう。
 だとすれば、それを見届けた我々が、彼とこの物語を目利きしたのだと――そう言ってもよいのではないでしょうか。

 そしてその目利きの結果は――決して長くはなかったものの、本作という物語を読み通すことができてよかったと、今、そう心から思っていると言えば十分でしょう。そしてまた会えるものなら光健に会いたいとも……


『本阿弥ストラット』第3巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(3) (ヤンマガKCスペシャル)


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2018.01.09

大柿ロクロウ『シノビノ』第2巻 大乱入、狂気の天才!

 ペリーの黒船に潜入したという実在の忍び・沢村甚三郎を主人公とする忍者アクションの続巻であります。ペリー暗殺の命を受けて黒船に潜入した甚三郎ですが、そこに思わぬ男たちが乱入、事態は全く想定外の方向に転がっていくことに……

 浦賀沖に来航したペリー艦隊に対して幕閣が右往左往する中、老中・阿部正弘に招かれた最後の忍び・沢村甚三郎。事態を収めるためにペリー暗殺の命を受けた甚三郎は、着々と準備を整え、黒船への潜入に成功します。
 そこに待ち受けるは、日本攻撃の野望を秘めたペリーの秘密戦力「部外戦隊」。しかし甚三郎はその一人を軽々と粉砕し、ペリーの旗艦に向かうのでした。

 しかしここで、甚三郎も、ペリーも予想だにしなかった事態が発生することになります。黒船の来航に、大望の実現するとき来たれりと狂気――いや狂喜したある人物が、動き出したのです。
 その名は吉田松陰――言うまでもなく松下村塾の創設者として、維新の志士たちを数多く生み出した人物であります。

 この松陰、松下村塾設立に先立つこと3年前、渡米のため黒船に密航しようとするも失敗したという史実が確かにあるのですが――しかし本作の松陰は、それを踏まえつつも大変な人物として登場することになります。
 何しろ、確かに渡米のために黒船に乗り込んだものの、彼が求めたのは黒船に乗せてもらうことではなく、黒船を自分のものにすることだったのですから……!

 かくて、配下を引き入れた松陰は黒船乗っ取りのために行動開始。もうこの辺りの松陰は狂熱的――というより明らかに狂っているレベルですが、しかし多分にデフォルメされているものの、これはこれで実に松陰らしい。
 こんな松陰が見たかった、と言ったらさすがに怒られるかもしれませんが……

 そしてここでさらなるサプライズキャラが登場いたします。松陰の黒船乗っ取りの切り札として並み居る米兵相手に刀一本で大暴れする少年の名は藤堂平助――ってあの平助!?

 なんと松陰に心酔する少年として、ここで藤堂平助が登場。もちろん後の新選組八番隊長の平助ですが――史実では松陰との接点はなかったはず。
 実は新選組の隊長クラスの中でも前歴に不明な点が多い人物だけに、そこに本作の設定の余地があるのかもしれませんが、いずれにせよ、意外な人物の登場であります。

 そして、そんな松陰と平助の暴れっぷりは完全に主人公である甚三郎を食うほどのものなのですが――それは同時に、甚三郎の任務の重大な障害であることはもちろんのこと、この国の将来にとっても大きな危機が生まれたということでもあります。

 先に述べたように、本作におけるペリーの真の狙いは日本攻撃。さすがに問答無用で戦端を開くわけにはいかないものの、何かきっかけがあれば即座に攻撃を開始せんと、彼は虎視眈々と待ち構えていたわけであります。
 その前にペリーを――というのが甚三郎の任務であったわけですが、ここで松陰が黒船に攻撃を仕掛けたことで、ペリーは開戦の大義名分を得たことになったわけです。

 江戸攻撃が始まる前にペリーを討ち、任務を果たさんとする甚三郎。しかしもちろんペリーの部外戦隊が黙って見ているはずもなく(巨大な獣使いが現れたと思いきや、それが○○○○○○の獣だったのには驚いたり喜んだり)、そして平助が暴れ回る中、三つ巴の戦いが始まることに……


 上で述べたように、この巻では松陰たちに主役の座を奪われかねない状態だった甚三郎。しかしここでペリーたちとの戦いだけが描かれていたとしたら、物語が盛り上がったかどうかは疑問です。

 何しろ甚三郎は作中ではほとんど規格外の存在、部外戦隊を含めて艦隊一つを敵に回したとしても、あまり苦戦するような気がしない――というのが正直なところ。
 それはそれで良いかもしれませんが、しかしそれが面白いかといえば別なわけで――それが松陰と平助というこれまた規格外かつ想定外の連中が登場したことで、物語の先が全く読めなくなったことは大歓迎であります。

 そして先が読めないといえば、史実との繋がりであります。果たして甚三郎のペリー暗殺は成功するのか、ペリーは江戸を攻撃してしまうのか――どちらに転んでも史実とは大きくかけ離れた展開になるわけで、さてその整合性を如何につけようというのか?

 それはもちろん物語の先行きと密接に絡み合うものですが――ここまで広げた風呂敷を如何に畳んでみせるのか、大いに興味をそそられるではありませんか。


『シノビノ』第2巻(大柿ロクロウ 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
シノビノ 2 (少年サンデーコミックス)


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2018.01.08

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻 虚構で補う奇妙な刀匠の半生

 まだまだ熱い「刀剣」の世界。本作はそんな刀剣の中でも現代にまで名を残す名刀を残した刀工――長曽祢興里(虎徹)を主人公に、彼が名工として歴史に名を残すまでを伝奇風味たっぷりに描く物語であります。

 明暦の大火からようやく江戸が復興した頃に、無骨な刀を手にして日本橋の刀屋に現れた男・長曽祢興里。なかなか江戸の刀剣界の様子を掴めず苦労する彼に声をかけたのは、「鬼姫」の異名を取る試し斬り役・鵜飼家の娘である邦香でありました。
 邦香に誘われるまま彼女の屋敷を訪れ、彼女が自分の太刀で死体を二つ胴に試し斬りしてみせるのを目の当たりにした興里。彼は問われるままに、彼女に自分の過去を語ることになります。

 かつては越前で代々の家業である甲冑師を営んでいた興里。しかしある事件がきっかけで彼は故郷と甲冑師の生業を捨て、齢五十を過ぎてから刀匠を志して江戸に出てきたのでした。
 彼のその過去と、流行とは無縁の無骨な拵えながら無類の切れ味を持つ太刀、そして彼女の知るある人物に瓜二つのその風貌に興味を持った邦香は、興里の太刀を売り出すべく、一計を案じることになります。

 やがてその太刀が柳生厳包(連也斎)の目に留まり、一気にその名を挙げることとなった興里。
 邦香をはじめ、江戸で出会った人々の協力で腕をめきめきと上げ、刀匠・虎徹としてその人ありと知られるようになった彼は、ある出来事がきっかけで、由井正雪の埋蔵金の存在を知ることになるのですが……


 近藤勇の愛刀などでその名を知られる長曽祢虎徹。しかしその盛名に比べ、その前半生は謎が多い人物と言えます。
 何しろ初めから刀匠として修行したわけではなく、その前半生は甲冑師、そして刀匠として名を上げたのは五十代になってから――というのは、上で述べたとおり本作でも描かれていることですが、興味深いといえば、これだけ興味深い人物はいないでしょう。

 本作はその長曽祢虎徹の半生を、史実を拾い集めた上で、その隙間を虚構で埋めるという形で描いていくことになります。そしてその虚構の最たるものは、虎徹と並んで本作のサブタイトルに冠された鬼姫こと邦香の存在であることは言うまでもありません。

 かぶき者として泣く子も黙る荒武者を父に持ち、そして自身も男を男とも思わぬ言動を見せる邦香。
 本作の冒頭、試し斬りで服を血で汚さぬためとはいえ、初対面の興里の前に半裸で現れるくだりなど、そのインパクト(と大衆小説としてのサービス精神)もさることながら、彼女の心の持ちようが良く現れた場面と言えるでしょう。

 その邦香が興里に心を開くのは、いささか因縁めいた物語が用意されているのですが、それがきっかけで、生まれも育ちも、年齢も大きく異なる興里と邦香が、刀を仲立ちに交流を深めていく様はなかなか微笑ましい。
 そしてそんな二人の生きざまに、明暦という時期の刀と武士の在りようが重なっていく物語展開は、明暦の大火で数多くの刀が焼失し、刀の需要が高まったという背景も含めて、実に興味深く感じられます。

 この流れは、刀匠を描く作品としてある意味当然なのかもしれませんが、本作におけるフィクション――すなわち伝奇味の源とも言える、尾張柳生と江戸柳生の確執や由井正雪の乱もまたここに繋がってくるものであることは言うまでもありません。
 興里という奇妙なな刀匠の人生を補完しつつ、エンターテイメント性を高め、そしてその中でこの時代特殊の刀と武士の在りようを描く――この辺りをさらりとこなしてみせるあたり、作者の筆の巧みさに感心させられるのです。


 しかし興里の、そして邦香の物語はこの上巻の時点ではいまだ半ば。上巻のラストで興里の前に現れ、吉原のルールもものともせずに彼に迫る勝山太夫の真意は、そして正雪の埋蔵金の行方はと、まだまだ気になることだらけであります。

 興里が稀代の名匠として名を成すまでに、二人がこの先如何なる事件と出会い、そしてその中で何を見ることになるのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻(長辻象平 講談社文庫) Amazon
半百の白刃(上) 虎徹と鬼姫 (講談社文庫)

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2018.01.07

横山光輝『伊賀の影丸 由比正雪の巻』 質量ともにベストエピソード!?

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介、第二番は「由比正雪の巻」――実は生き延きていた由比正雪を追って、影丸たち公儀隠密と正雪を守る忍者たちが死闘を繰り広げる、シリーズ最長にして、個人的には最高傑作と考えているエピソードであります。

 由比正雪といえば、言うまでもなく浪人たちを率いて幕府転覆を目論んだ、いわゆる慶安の変の首謀者。史実では事前に企てが露見、事破れて自害したのですが――しかしこの物語は、その正雪の死から始まります。
 自害したかに見えたものが、実は替え玉であった正雪。これを知った松平伊豆守は、五代目半蔵に対し、秘密裏に正雪を抹殺するよう命じるのですが――しかし最初に派遣された公儀隠密たちは、正雪を守る陰流忍者たちによって瞬く間に全滅させられてしまいます。

 これに対し、第二波として派遣されることになった影丸たち六人の精鋭。大坂で再起せんとする正雪を追う影丸たちと守る陰流忍者たち――双方は次々と犠牲を出しつつ、東海道で死闘を繰り広げていくことになります。
 そんな中、若葉城を巡る戦いで影丸に敗れた不死身の忍者・阿魔野邪鬼が出現、影丸を狙う彼の登場により、事態はより一層混迷の度合いを深めることに……


 というわけで公儀隠密vs陰流忍者vs阿魔野邪鬼の三つ巴の戦いを描くこのエピソードですが、最大の特徴は、慶安の変という史実を背景としている点であります。

 各エピソードにおいて、基本的に公儀隠密と各地で陰謀を企む忍者との戦いが描かれる本作ですが、その大半は、「この頃の江戸時代」を背景としてはいるものの、史実と結びつくことはほとんどないのが事実。
 それがこのエピソードにおいては、慶安の変を題材とすることで、物語に一定の現実味と緊迫度を与える効果を上げているのです。それでいて変の後を舞台とすることで、自在に物語を展開することを可能としているのも、見事というべきでしょう。

 そしてここで展開していくトーナメントバトルがまた素晴らしい。「若葉城の巻」が、敵地への潜入を巡る攻防戦だったのに対し、今回は次々と場所を変え、逃げる敵を追うという一種の道中もの。
 これが物語に独特のスピード感を与えることに成功しているだけでなく、戦いの場も、街道あり山中あり森林あり雪山ありと様々、バトルのシチュエーションもそれによって豊富なものとなっているのです。

 そして登場する敵味方のゲスト忍者も、いずれも「若葉城の巻」以上にキャラクター的にもビジュアル的にも個性派揃い。
 特に味方の公儀隠密は、単なるやられ役ではなく、明確に一人一芸の、影丸と並ぶ戦力として描かれており――つまりは敵と味方の戦いのバリエーションが、それだけ豊富になっているわけであります。

 特に公儀隠密の中でも印象に強く残るのが、前髪立ちの大振袖、盲目で独楽使いの美少年という、属性盛りまくりの左近丸。
 得意技が「蜘蛛糸渡り」という、縄術で相手の動きを封じ、その縄の上に刃付きの独楽を走らせて相手を倒すというある種嗜虐的な忍法なのも相まって、インパクト大なので。

 そしてそんな中に、前回あれだけ影丸を苦しめた阿魔野邪鬼がワイルドカードとして乱入し、散々戦いを引っ掻き回してくれるのですから、面白くならないわけがないのです。


 しかし興味深いのは、今回の敵である陰流忍者が、比較的(忍者漫画としては)オーソドックスな忍法の使い手であることです。
 陰流忍者は、その1/3以上が幻術使いというのが一つの特徴かと思いますが、ここに表れているように、彼らの中には、特異な肉体を武器とする者はおりません。「若葉城の巻」の甲賀七人衆の大半が、その特異な肉体を武器としていたことを思えば、その違いは明らかでしょう。

 そして以前触れたように、その「若葉城の巻」のベースとなったのが山田風太郎の『甲賀忍法帖』であったことを思えば、この敵の能力の変化は、ここで早くも本作が山風忍法帖からの影響を脱して独自の路線を歩み始めた、とも言えるのではないでしょうか。
(もっともそれは、忍者ものとして先祖返りとも言えるのかもしれませんが……)

 そしてそれは、ラストに影丸の前に現れる最大の敵にも表れているように感じられます。この人物、戦闘力でも影丸と互角ながら、その最大の武器は、肉体でも技術でもなく、ある意味究極の忍法なのですから。


 こうした様々な点において独自性を持ち、そして『伊賀の影丸』という物語を特徴づけたこの「由比正雪の巻」。本作の最高傑作と、私が考える所以であります。


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原作愛蔵版 伊賀の影丸 第2巻 由比正雪 (2) (KCデラックス)

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2018.01.06

『ワンダーウーマン』 彼女が第一次世界大戦を戦った理由

 舞台は1918年だから、という屁理屈で、このブログで取り上げさせていただきます。昨年世界中で大ヒットを収めたDCコミックス原作の映画――ガル・ガドットがダイアナ=ワンダーウーマンを演じた、初の女性スーパーヒーローを主人公とした映画であります。

 神話の時代から女性だけで構成されたアマゾン族が住む外界から隔絶された島・セミッシラで、戦士となることを夢見て鍛錬を重ねてきたダイアナ。
 ある日、ドイツ軍に追われて島に現れた連合国の諜報員スティーブ・トレバーと出会ったことから外界のことを知った彼女が、トレバーとともに島を出て、人間の世界とのギャップを経験する……

 という、ある意味『ローマの休日』の変奏曲(ちゃんとアイスに舌鼓を打ちますし)といった味わいもある本作ですが、もちろんその主な舞台は戦争。
 ドクター・ポイズンが開発した新型の毒ガスによって劣勢となった状況を逆転し、さらなる戦いを続けようとする狂的なドイツ軍人ルーデンドルフを止めるため、ダイアナはトレバーと彼が集めた独立愚連隊的な面々とともに、欧州の戦場を行くことになります。

 しかし外界とは隔絶した世界で暮らしていたダイアナにとって、この戦いは人ごととも言えるはず。それなのにこの戦いに加わったのは、その背後に、アマゾン族の宿敵であり、世界中に戦火を広げんとする戦いの神アレスの存在を察知したためであります。
 ルーデンドルフこそがアレスであり、彼を倒せば戦いが終わると考えたダイアナは、トレバーの制止も振り切って、ルーデンドルフに挑むのですが……


 元々は1941年という第二次世界大戦期に生まれたヒーローの物語を、それよりも早い時代――第一次大戦末期に移し替えた本作。
 そのオフィシャルな理由を私は存じ上げないのですが、おそらくはその最大の理由は、第一次大戦が、人類にとっての最初の世界戦争であったことではないでしょうか。

 一つの地方や国、大陸に留まらず、世界中に戦火を広げた第一次世界大戦。
 この世界大戦においては、本作にも登場した飛行機や戦車、そして毒ガスといった兵器の登場が戦場と被害を広げ、そして大規模化した戦いを支えるために「総力戦」――まさに本作のルーデンドルフのモデルであろうエーリヒ・ルーデンドルフが著書の題名に据えた――が展開されることとなりました。

 いわば戦いが戦士のものに留まらず、銃後の人々までも巻き込むこととなった初めての戦い――そこに無辜の民を守り、戦いの元凶を終わらせるために戦うというヒーローが登場する余地と必然性があると感じるのです。


 もっとも(大方の予想通り)ルーデンドルフはただの邪悪な人間であり、彼を倒しても戦いは終わりません。そして彼をはじめ、戦いを始め、終えることができない人類の愚劣さに。彼女も一度は絶望を経験することとなります。
 そんな、人類を救うための戦いに挫折したヒーローの心を、ただの一人の人間の行為が救うという展開は、定番とはいえやはり素晴らしい。いや、ここで初めて彼女は神話を信じる愚直な戦士から、人間を守るヒーローとなったと言えるでしょう。

 ヒーローはヒーローに生まれるのではなく、ヒーローになるのだと私は常々思っています。本作のクライマックスで描かれたものは、まさにこのヒーロー誕生の瞬間であり、ワンダーウーマンのオリジンを描く物語として相応しい内容であったと思います。


 もちろん、そこに至るまでの彼女の思考があまりに単純に見えるのは事実ですし、その後に本物のアレスが出現してしまうのも、物語的に仕方ないとはいえ、引っかかるところではあります。
 それ以上に、アレスを倒したらやっぱり戦争が終わった(ように見える)のは、いかがなものかと思わなくもありません。
(さらに言えば、女性映画的な視点がほとんどなかったのも残念でしたが、本作にその立場を期待すること自体が差別的な視点かもしれないと反省)

 それでもなお、世界最初の大戦争において人類を救うために戦い、その中で戦士からヒーローとして生まれ変わったワンダーウーマン(そして一人の人間として戦い抜いたトレバー)を描いた本作は、現代的な意味と魅力を持つスーパーヒーロー映画であったと、この文章を書いて、改めて感じた次第です。

(なお現代的といえば、ダイアナの外界での最初の戦いが難民を救うためというシチュエーションは『アイアンマン』と重なるのですが――これが現代における明確な正義のアイコンなのかな、と興味深く感じた次第)


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2018.01.05

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その二) 怪異の向こうの真実と現実

 若き日の藤原道長が、平安京を騒がす怪事件の謎に挑む姿を、謡曲を題材に描く連作集の紹介の後編であります。今回は全5話の後半3話を紹介いたします。

『妖曲小鍛冶』

 藤原道兼から一条天皇の守り刀を打つよう命じられ、半ば監禁状態に置かれた三条宗近。宗近が神助を求めて稲荷社に篭った後、密室である鍛冶場に謎の童子が現れる。

 名刀数あるなかでも、狐が向こう鎚を務めたという不思議な伝説が残る小狐丸の謎を、合理的に解いてしまおうというのだから驚かされます。

 そもそもお稲荷様が子供の姿をして登場するという時点で合理性以前の問題に思えますが、それを本作は一種の○○ものに落とし込むことで解決してしまうのだから面白い。
 そこに本書の背景である、三条天皇から一条天皇への攘夷を巡る混乱と、藤原兼家とその息子たちの野望を絡めることで、道長が探偵役として登場するある種の必然性を生み出しているのも巧みなところです。


『妖曲草紙洗』

 大の小野小町ファンである道綱の妻・中の君に対して、小町の「草紙洗」の伝説の不合理さを説明する道長。しかし何と言っても中の君は反論を繰り出してきて……

 本書は道長らの周囲で、つまり同時代に起きた怪事件の謎を解く作品集ですが、その中で唯一過去を題材としたのが本作。
 歌合で大伴黒主から盗作の疑いをかけられた小野小町が、証拠として示された万葉集の草紙を水洗いすれば、黒主が後から書き足した部分が消えて潔白が示される――という「草紙洗」の真偽が問われることになります。

 過去のある事件や逸話に対して、後世の人間たちがディベート形式で謎解きするというのは作者の作品のパターンの一つ。本作ではそのスタイルで、道長と中の君の論争をユニークに描くことになります。
 それまで小面憎いほどの名探偵ぶりを示してきた道長が理路整然と繰り出してくる反証を、中の君が次々と正面していく様には、ある意味マニアの愛情の極まるところとして感動すら覚えたのですが……

 しかしやがて、「おや?」と思わされ、やがてうそ寒いものを思わされるのが本作。そう、ここで描かれているのは、いわゆるオルタナティブファクトに対する論争そのものなのですから。
 客観的常識的な証拠をどれだけ理性的に示しても、結論ありきの人間の後付けの理屈には通用しない――現実世界でいやというほど見せられてきたものを、本作はユーモラスな物語の中で突きつけてくるのです。

 その「現実」を前に、「そんなことがあるものか」と呟くことしかできない道長の姿は、我々の姿でもあります。国家の成立にまつわる虚偽を抉り出した『蜃気楼の王国』の作者ならではの一遍であります。


『妖曲羅生門』

 羅城門跡で馬に乗せた女から突如襲われ、撃退した渡辺綱。その場には男の腕が残されていた。一方、大盗賊・袴垂は、かつて出会った恐ろしい人物のことを語る……

 本書の表題作である本作は、それにふさわしい題材と、凝った構成の作品。謡曲の「羅生門」、誰もが知る羅生門の鬼の物語に合理的な解釈を与えると同時に、そこにもう一つの(ある意味より不可解な)物語――袴垂と藤原保昌の逸話を絡めてみせるという、作者ならではの離れ業が楽しめる逸品です。

 剽悍な盗賊である袴垂が、ある晩、笛を吹きながら道を往く保昌を狙いながらも恐ろしく感じて果たせず、逆に屋敷に連れて行かれて衣を与えられたというこの逸話。
 それ自体、非常に風雅かつ奇妙で面白い内容であり、また確かに保昌は綱や道長とは同一時代人ですが――しかしそれがどうすれば羅生門の鬼と結びつくのか?

 その内容はそのまま本作の核心になってしまうため語れませんが、これまで背景事情として描かれてきた武士という存在のある側面をえぐり出し、そしてそれが本作の「トリック」に直結してくるのには唸らされます。
 そして道長が推理してみせた袴垂の心情を踏まえた上でもう一度読み返してみせれば、思わずニヤニヤ……内容といいキャラ描写といい、本書の掉尾を飾るに相応しい一編です。


 というわけで駆け足の紹介となりましたが、極めてユニークで、そして作者らしい捻りが随所に効いた作品揃いの本書。
 道長と道綱、頼光と四天王、晴明、そして保昌と袴垂と魅力的なキャラ揃いということもあり、是非とも続編を――と今から期待してしまうような快作であります。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記


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2018.01.04

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その一) 若き道長、怪異に挑む

 史実や巷説・逸話に描かれた内容を合理的に謎解きし、「真実」を提示してみせる作品を得意とする作者が、「ジャーロ」誌で『平安京妖曲集』のタイトルで連載してきた連作シリーズの単行本化であります。後の御堂関白・藤原道長が、謡曲を題材とした奇怪な事件の謎に挑むことになります。

 本作の舞台となるのは、987年――藤原兼家と道兼が花山天皇を唆して出家退位させ、一条天皇が即位した翌年。振り返れば、兼家の一族が摂関を独占するきっかけとなった出来事の翌年であります。

 上に述べたように、後に御堂関白と呼ばれ、「御堂関白記」という日記を残すことになる道長ですが、この時点では兼家の五男坊――要するに上に何人も父の後継者がいた状態で、ある意味気楽といえば気楽な状態。
 本作はその道長が、鉄輪・土蜘蛛・小鍛冶・草子洗・羅生門と、謡曲を題材とした(後に謡曲として遺される)事件の意外な「真実」を解き明かすことになります。

 以後、一話ずつ紹介していきましょう。


『妖曲鉄輪』

 宇治に毎夜現れるという藤原惟成の妻が変じたという鬼女。ある晩、鬼女は卜部季武と坂田金時に追いつめられるが、川の中から発見された死体は死後数日を経たものだった……

 本作の題材となった「鉄輪」は、不実な夫に捨てられた妻が、貴船神社に詣でて神託を得て、顔を赤く塗って鉄輪を頭に逆さにかぶり、その脚に蝋燭を立てた姿で生霊となったものに、安倍晴明が対峙するという謡曲。
 晴明が登場すること、そしてその鬼女の姿の凄まじさからも有名な能ですが、本作はそのシチュエーションを巧みに史実に移し替えて奇怪な謎解きとして成立させています。

 頼光四天王のうち二人という、ある意味これ以上確かな相手はないという証人の前に現れ、その直後になって腐乱死体となって発見された鬼女は真実の鬼であったのか。
 怪異といえばこの人、というわけで引っ張り出された晴明ですが、彼が鬼女の死体の首に、何者かに扼殺された後を発見したことから、鬼女はこの女性の怨霊であったかと思われたのですが……

 シリーズ第一話にふさわしく、レギュラー陣の紹介編でもある本作。道長と兄の道綱(史実を踏まえて「脳筋」キャラという造形なのが楽しい)のコンビ、源頼光と四天王、安倍晴明らが短い中に次々と登場し、「らしい」キャラを見せてくれるのが、平安ファン的には何とも楽しいところであります。

 そしてもちろんそれだけでなく、鬼女の謎解きが実に面白い。登場人物のキャラ造形そのものも伏線にしつつ、奇怪な謎に合理的な解決を与えてみせるのには唸らされますが――しかしその先に、何ともこの時代らしい「動機」が設定されているのには脱帽と言うほかありません。


『妖曲土蜘蛛』

 病床の頼光の前に現れたという化生の者。相手に一太刀浴びせたという頼光の証言通り、滴る血の跡を追って塚に辿り着いた道長らだが、そこから現れた死体は……

 歌川国芳の浮世絵などでも知られる頼光と土蜘蛛の逸話。夜な夜な頼光の寝所に現れては呪いをかけてきた怪しの僧に、頼光が家宝の太刀・膝丸で斬りつければ退散、後を追ってみれば塚の中で巨大な蜘蛛が――という、派手なお話であります。

 本作はその逸話をほぼ忠実に敷衍しますが、一点異なるのは、塚の中で死んでいたのが、僧は僧でも、菅原道真を祀る北野神宮寺を牛耳る僧・最鎮だったことであります。
 何故最鎮が塚の中で死んでいたのか。果たして彼が頼光を呪詛していたのか。この怪事に呼ばれた晴明は、「怪異の気配はどこにもない」と語るのですが……

 たまたま頼光の見舞いに来ていて騒動に巻き込まれ、好奇心から道長が道綱とともに調査を始めるというスタイルの本作。
 面白いのは、事件そのものの謎もさることながら、いつしか道長の調査が、菅原道真の左遷と御霊化にまつわる「真実」の探求へと繋がっていくことであります。

 この辺り(ここで慶滋保胤が登場するのも嬉しい)は実に作者らしい内容でありつつも、いささか煙に巻かれたような印象もありますが――そこから一気に事態は急展開、事件の真相から意外な結末になだれ込む様は、一つの物語として楽しむことができます。


 長くなりましたので、残る三話につきましては次回に紹介いたします。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記

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2018.01.03

細谷正充『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で芳醇な奥深い世界へ

 昨年刊行された時代小説関連書籍の中でも群を抜いてユニークかつ極めて内容が濃い一冊であった『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』。その姉妹編とも言うべき書籍が登場しました。タイトルのとおり、少女マンガの中の歴史・時代ものの100人100作を紹介するガイドブックです。

 おそらくはいま時代小説の解説を、最も多く書いている人物である著者は、実は大の――という言葉では足りないほどの漫画愛好家でもあります。
 本書はその著者が、少女漫画(本書のラインナップ的にはレディースコミックも含めた「女性向けの漫画」と考えていただければよいかと思います)の歴史・時代ものに限定して紹介するガイドブック。漫画のガイドブク自体は最近ではあまり珍しくありませんが、このような単一ジャンルに絞ったものは、非常に珍しいことは間違いありません。

 ……いえ、単一と申し上げましたが、一口に歴史・時代ものといっても、その内容は多岐にわたることは言うまでもありません。本書も以下のように、幾つかの地域と時代に分類した内容となっています。

Ⅰ 日本(古代―戦国時代/江戸時代―新選組/明治・大正・昭和) 51作品
Ⅱ フランス(ルネッサンスからバロック、ロココへ/フランス革命―ナポレオン戦争期/近代) 12作品
Ⅲ ヨーロッパ(中世―ルネッサンス期/近世/近代) 16作品
Ⅳ ロシアとアメリカ(ロシア/アメリカ) 7作品
Ⅴ アラブ・インド(エジプト、オリエント/インド) 5作品
Ⅵ 中国・西域(中国/西域) 9作品

 なかなかユニークな区分とも思えますが、実際のラインナップを見ればそれも納得。この区分そのものが、「少女漫画」における歴史・時代ものの対象の分布になっていると言うのも、本書のユニークな点でしょう。

 それはさておき、本書に取り上げられているのは、大御所の作品からフレッシュな若手の作品まで、非常にバラエティに富んだ内容であります。
 例えば『日出処の天子』(山岸凉子)、『はいからさんが通る』(大和和紀)、『ベルサイユのばら』(池田理代子)、『キャンディ・キャンディ』(いがらしゆみこ)、『王家の紋章』(細川智栄子)など、あまりにメジャーすぎて、そういえば歴史・時代ものであったかと再確認してしまうような作品が並ぶかと思えば、この数年間にスタートした作品も数多く含まれているのが、本書のユニークで魅力的な点であります。

 非常に個人的なことを言えば、『子どもと十字架』(吉川景都)を取り上げ、連載は完結しているにもかかわらず、単行本が上巻しか刊行されていないことに憤るなど、まさに我が意を得たりであります。
 いや、これは本当に個人的な感想で恐縮ですが、このように非少女漫画誌に連載された、決して恵まれた扱いとは言い難い作品も取り上げている辺り、著者の目配りの広さ、確かさが感じられるではありませんか。

 ちなみに本書で取り上げられた100作品のうち、私が本書の内容を目にする前に読んでいたものは、わずか15,6作品、それも日本を舞台とした作品のみ。
 作品名はおろか、作者名も存じ上げなかった作品も数多くあったのですからお恥ずかしい限りですが、それだけ未知の作品を知ることができたのですから、これは大いに喜ぶべきでしょう。

 内容の方も、作品内容の紹介はもちろんのこと、作者自身の紹介や作品の成立過程の紹介も行われている充実ぶり。
 1作品あたり2ページと、分量的には決して多くはないものの、誠に当を得た内容は、先に述べたように数多くの解説を執筆してきた著者ならではのものでしょう。


 そんな本書において、敢えて難点を上げれば、現在では入手困難な作品が幾つか含まれている点と、長編の場合でもデータとして総巻数が記載されていない(本文中で言及されているものはあり)ことでしょうか。
 特に後者については、連載期間が長期に渡ることも少なくない漫画という媒体を扱うだけに、実際に作品を読む際の大きな参考データとなるだけに、少々残念ではあります。

 とはいえ、それももちろん小さなことであることは間違いありません。
 本書が、「少女漫画」の中の歴史・時代ものという、極めて芳醇な、そして奥深い世界に分け入る唯一無二の、そしてもちろん極めて優れたガイドであることは間違いないのですから――

 この先しばらく、このブログで少女漫画を取り上げる頻度が増えたとすれば、それは本書の影響であることは間違いありません。


『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社) Amazon
少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド


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2018.01.02

『風雲児たち 蘭学革命篇』

 2018年の正月時代劇として元旦夜にNHKで放映された『風雲児たち 蘭学革命篇』を観ました。言うまでもなく、みなもと太郎の漫画『風雲児たち』を原作に、三谷幸喜の脚本によって、一昨年の大河ドラマ『真田丸』の出演陣でドラマ化した作品であります。

 物語の始まりは、1792年(寛政4年)――それぞれ古希を迎えた前野良沢と還暦を迎えた杉田玄白の老いた姿から始まります。
 その20年ほど前、彼らが「ターヘル・アナトミア」を翻訳して、刊行した「解体新書」。しかし何故かそこに良沢の名はなく、以来、袂を分かっていた二人。果たして二人の間に何が起きたのか……

 と、ここから物語は過去に遡り、二人が「ターヘル・アナトミア」を手に入れ、千住骨ヶ原で死体の腑分けを見学した日から始まる悪戦苦闘が描かれることになります。

 中川淳庵、桂川甫周を加え、翻訳どころか単語の意味から辿るという気の遠くなるような挑戦を、一歩一歩進めていく良沢と玄白。
 それでも開始から三年を経て、ほぼ翻訳を終えることができたのですが――しかし良沢は翻訳が不完全であることを恐れて刊行の延期を主張、一方玄白は少しでも刊行を早めることがそれだけ多くの人々を救うことになると反発するのでした。

 さらにオランダ医学をはじめとする蘭学を危険視し、弾圧しようとする人々の存在など、刊行に至るまでの問題を前に苦闘する玄白。そんな中で玄白の下した決断は、良沢との関係を決定的に変えることに……


 日本の医学だけでなく蘭学の進歩に、いや西洋そのものへの関心を高めたことによって、歴史を変える原動力となったとも言える「解体新書」の刊行。
 本作は、そのほとんど暗号解読のような翻訳の過程を、コミカルにユーモラスに描きます。時折入り交じる第四の壁を超えるような演出も楽しく、わずか1時間半という時間の中で、テンポ良く展開する物語は、それだけで実に魅力的であります。

 そしてその魅力をさらに高めているのは、豪華なキャストとその好演であることは言うまでもありません。冒頭で触れたとおり、本作のキャストはメインどころだけでも、良沢の片岡愛之助(大谷吉継)、玄白の新納慎也(豊臣秀次)、さらに平賀源内の山本耕史(石田三成)、田沼意次の草刈正雄(真田昌幸)と『真田丸』のメンバーの再結集。
 この他、高山彦九郎や工藤平助、林子平といった本作ではチョイ役(それにしても豪華な面子!)に至るまで、どこかで見たようなメンバーが再結集しているのは、『真田丸』ファンには思わぬサービスであります。

 しかし同時に本作は、こうした顔ぶれの豪華さだけに頼った作品ではありません。
 本作の根幹に据えられているのは、こうした登場人物たち――歴史上に実際に生きた人々の想いと生き様が交錯し、ぶつかり合い、絡み合うその姿そのものなのですから。


 「解体新書」刊行を巡る最大の謎――それは、メンバーの中核であった前野良沢の名がクレジットされていないことであります。本作は後半に至り、その謎を――そこに至るまでの良沢と玄白の心の動きを中心に描き出すことになります。

 お互いに純粋な想いを抱きつつ、しかしそこにほんの僅かのエゴが絡んだこともあって亀裂は決定的となり、二人は袂を分かつことになる――この辺りのすれ違い、行き違いの描写は、ある意味我々も日常的に経験しているようなものだけに、強く胸に刺さります
 そしてれ以上に、袂を分かった二人が、しかしそれぞれほとんど全く同じ想いを抱いていたことが描かれるくだりには大いに泣かされるのです。そしてまた、物語の時点が冒頭に戻り、老いて再会した二人の万感の想いを込めた表情にもまた……
(さらに言えば、この出演陣が、皆『真田丸』では敗者となった側を演じた面々というのもグッときます)

 本作を観て、歴史というものは、決して無機質な出来事の羅列ではなく、その背後に、その時代に生きた人々の想いや生き様が詰まったものであることを――すなわち、一人一人の人生が積み重なって生まれるものであることを、つくづくと再確認させられました。
 そしてそれこそが、私が歴史好きになったそもそもの理由であったことも。


 そしてまた、ラストに流れる有働アナ(こちらもまた『真田丸』組)の「そして時代は、良沢たちの意思を継いだ数多の風雲児たちによって幕末の大革命へと歩みを進めていくのである」というナレーションもたまらない。
 もうこうなったら、この先も毎年『風雲児たち』をドラマ化して欲しい! と心から願う次第です。


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2018.01.01

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 昨年もこのブログを毎日更新することができました(12年連続毎日更新!)。また、「入門者向け時代伝奇小説百選」を(なんとか)アップすることができました。本年ももちろん毎日更新を続けていきますので、ご覧いただければ幸いです。
 ちなみに今年は、山田風太郎の忍法帖を一から読み返したい――などと考えております。

 ちなみに商業出版のほうでは、『でんでら国』『くるすの残光 最後の審判』の解説、『俺の嫁が信長の妹』推薦文、「週間読書人」での『日雇い浪人生活録』紹介、「このマンガがすごい! 2018」と週刊朝日「2017年歴史・時代小説ベスト10」のアンケートと、色々と参加させていただきました。

 可能であれば、今年もこの方面でも頑張っていけたらと思います。
 繰り返しとなりますが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。



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