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2018.01.08

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻 虚構で補う奇妙な刀匠の半生

 まだまだ熱い「刀剣」の世界。本作はそんな刀剣の中でも現代にまで名を残す名刀を残した刀工――長曽祢興里(虎徹)を主人公に、彼が名工として歴史に名を残すまでを伝奇風味たっぷりに描く物語であります。

 明暦の大火からようやく江戸が復興した頃に、無骨な刀を手にして日本橋の刀屋に現れた男・長曽祢興里。なかなか江戸の刀剣界の様子を掴めず苦労する彼に声をかけたのは、「鬼姫」の異名を取る試し斬り役・鵜飼家の娘である邦香でありました。
 邦香に誘われるまま彼女の屋敷を訪れ、彼女が自分の太刀で死体を二つ胴に試し斬りしてみせるのを目の当たりにした興里。彼は問われるままに、彼女に自分の過去を語ることになります。

 かつては越前で代々の家業である甲冑師を営んでいた興里。しかしある事件がきっかけで彼は故郷と甲冑師の生業を捨て、齢五十を過ぎてから刀匠を志して江戸に出てきたのでした。
 彼のその過去と、流行とは無縁の無骨な拵えながら無類の切れ味を持つ太刀、そして彼女の知るある人物に瓜二つのその風貌に興味を持った邦香は、興里の太刀を売り出すべく、一計を案じることになります。

 やがてその太刀が柳生厳包(連也斎)の目に留まり、一気にその名を挙げることとなった興里。
 邦香をはじめ、江戸で出会った人々の協力で腕をめきめきと上げ、刀匠・虎徹としてその人ありと知られるようになった彼は、ある出来事がきっかけで、由井正雪の埋蔵金の存在を知ることになるのですが……


 近藤勇の愛刀などでその名を知られる長曽祢虎徹。しかしその盛名に比べ、その前半生は謎が多い人物と言えます。
 何しろ初めから刀匠として修行したわけではなく、その前半生は甲冑師、そして刀匠として名を上げたのは五十代になってから――というのは、上で述べたとおり本作でも描かれていることですが、興味深いといえば、これだけ興味深い人物はいないでしょう。

 本作はその長曽祢虎徹の半生を、史実を拾い集めた上で、その隙間を虚構で埋めるという形で描いていくことになります。そしてその虚構の最たるものは、虎徹と並んで本作のサブタイトルに冠された鬼姫こと邦香の存在であることは言うまでもありません。

 かぶき者として泣く子も黙る荒武者を父に持ち、そして自身も男を男とも思わぬ言動を見せる邦香。
 本作の冒頭、試し斬りで服を血で汚さぬためとはいえ、初対面の興里の前に半裸で現れるくだりなど、そのインパクト(と大衆小説としてのサービス精神)もさることながら、彼女の心の持ちようが良く現れた場面と言えるでしょう。

 その邦香が興里に心を開くのは、いささか因縁めいた物語が用意されているのですが、それがきっかけで、生まれも育ちも、年齢も大きく異なる興里と邦香が、刀を仲立ちに交流を深めていく様はなかなか微笑ましい。
 そしてそんな二人の生きざまに、明暦という時期の刀と武士の在りようが重なっていく物語展開は、明暦の大火で数多くの刀が焼失し、刀の需要が高まったという背景も含めて、実に興味深く感じられます。

 この流れは、刀匠を描く作品としてある意味当然なのかもしれませんが、本作におけるフィクション――すなわち伝奇味の源とも言える、尾張柳生と江戸柳生の確執や由井正雪の乱もまたここに繋がってくるものであることは言うまでもありません。
 興里という奇妙なな刀匠の人生を補完しつつ、エンターテイメント性を高め、そしてその中でこの時代特殊の刀と武士の在りようを描く――この辺りをさらりとこなしてみせるあたり、作者の筆の巧みさに感心させられるのです。


 しかし興里の、そして邦香の物語はこの上巻の時点ではいまだ半ば。上巻のラストで興里の前に現れ、吉原のルールもものともせずに彼に迫る勝山太夫の真意は、そして正雪の埋蔵金の行方はと、まだまだ気になることだらけであります。

 興里が稀代の名匠として名を成すまでに、二人がこの先如何なる事件と出会い、そしてその中で何を見ることになるのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


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