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2018.01.23

北方謙三『岳飛伝 十三 蒼波の章』 健在、老二龍の梁山泊流

 いよいよ物語も後半戦に突入した北方岳飛伝、前巻でついに北進への第一歩を踏み出した岳飛と秦容ですが、まだまだ道は遠い状況。その一方、金国では新帝・海陵王が南宋占領を目論んで南進を開始するなど目まぐるしく状況が動く中で、今回気を吐くのは老いたる二龍であります。

 五万の大軍を以て南方侵攻を狙った南宋の辛晃を、秦容との連携で完膚なきまでに打ち破った岳飛。南宋国内に潜伏した三千の岳家軍と、そしてもちろん秦容と連携して、いよいよ北進、中華からの金国放逐を目指した戦いが始まる――のはまだ先、という印象です。
 確かに、一つの国――いや、その前に南宋とも戦わねばならないことを考えれば、決して短い道のりでないのは当たり前のお話。かつて梁山泊が北宋に挑んだ時のことを思えば、岳飛の戦いは、遥かに早く、そして勝ち目を持ったものとして感じられるのも事実です。

 しかしやっぱりもう少し大きく動いてもらえないかな、と思ってしまうのも正直なところではあります。南宋も金も、そして梁山泊も大きな動きを見せているだけに……
 そしてその動きの一つが、先帝を弑するという手段で以て帝位に就いた海陵王の、子午山侵攻――そう、あの子午山であります。


 これまで、梁山泊はもちろんのこと、他の勢力においても一種の聖域として――あるいは存在しないものとして扱われてきた子午山。王進が没し、彼に育てられた男たちが皆山を降りても、それは変わることはありませんでした。
 が、兀朮に対して対抗意識を燃やす海陵王は、兀朮もスルーした子午山に手を伸ばすことで自分の力を示そうという、非常に子供じみた意識で、禁軍の大軍勢を率いて子午山周辺に侵攻することになります。

 が――これが一番怒らせてはいけない男を怒らせることになります。そう、子午山で育てられた最初の世代の最後の生き残り、九紋龍史進を。
 最近では老武人の幕引き役か、生意気な若造シメ役となってきた史進ですが、これは単なる若造のイキリではすまない、絶対にやってはいけない行為。まさしく逆鱗に触れられた史進によって、金国禁軍は散々に叩きのめされることに……

 これはもう、始まる前から結果は分かり切った戦いなのですが、むしろ見どころは、戦いの前、子午山の王進と王母の墓を訪れた史進の言葉でしょう。『水滸伝』からの読者にとっては感涙必至の名場面であります。


 そして九紋龍が大暴れした一方で、もう一人の龍もまた、渾身の活躍を見せることになります。史進と並び、今では梁山泊最古参の一人――混江龍李俊が。
 前巻では韓世忠を一刀両断にするという剛勇をみせた李俊ですが、この巻では引き続いて、一度は梁山泊に放棄され、南宋に奪われた沙門島奪回に動き出すことになります。

 しかし沙門島には数多くの戦船を有した五千の大軍が島を要塞化して駐屯。名のある敵はいないとはいえ、この困難な状況から如何に島を奪回してみせるのか……
 と、これまで死亡フラグを何度も立てている李俊だけに非常に心配にもなりますが、ここで繰り広げられるのは、「元気」としか言いようのない李俊たちの暴れっぷり。最近おとなしめの戦いが続く本作において、久々にド派手な戦いを見せていただいた、という気分であります。

 そして、数は少なくとも精兵で大軍を散々に打ち破るという史進の戦い、そして強敵難敵に対して奇策で挑むという李俊の戦い――この二つの戦いは、(北方版に限らない)「水滸伝」の魅力である、「梁山泊流」とも言うべきものであります。
 その梁山泊流がこうしてまだまだ健在であることを示してくれたのは、何とも嬉しいことではありませんか。

 その先で李俊を待っていたのが、言葉を失うような事態だったのは、これはこれで本作らしい展開ですが……


 しかしその間も、中華を巡る動きは激動の一言。懲りない海陵王は大軍を率いてついに南宋に侵攻し、これに対して南宋軍の新たな総帥・程雲が南宋全軍を率いて対峙。
 作中でも秦檜に茫洋としていると評されるなど、今ひとつ目立たない人物でしたが、ここでその真価を発揮することになります。

 古強者が活躍する一方で、次々と登場する新たな力。その間に挟まれた格好の岳飛の活躍はいつか――繰り返しになりますが、そろそろ大きく動いて欲しいものであります。
 そして個人的には、子午山を出て以来、流される一方に見える(同時に梁山泊の存在に縛られている)王清の行方も気になるのですが……


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