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2018.02.13

『幕末 暗殺!』(その二) 暗殺者たちそれぞれの肖像

 操觚の会による暗殺事件をテーマとした幕末アンソロジー収録作品紹介の続きであります。

『欺きの士道』(新美健)――清河八郎暗殺
 周囲の人間たちを様々に巻き込んだ末、幕府を手玉に取って浪士組を結成した清河八郎。彼が佐々木只三郎によって斬られたのは史実が示すとおりですが、本作はそこに至るまでの只三郎の視点を通じて、清河という人物の姿を浮かび上がらせます。
 実兄である会津藩士・手代木直右衛門に呼び出されて八郎暗殺の始末を命じられた只三郎。北辰一刀流の免許皆伝でもあり、極めて慎重な清河を討つために、その周囲を探る只三郎は、幕府の浪士取締出役を務めながらも実は会津の隠密でもある自分と、清河のある共通点をやがて知ることになるのです。

 ある意味幕末一のトリックスターであったとも言える清河八郎。庄内藩の郷士の三男坊に生まれながら、その弁舌と行動力によって各藩の士のみならず、山岡鉄太郎のような幕臣までも心酔させた彼は何者であったのか……
 獲物を狙う暗殺者たる只三郎の目から丹念に描き出されるのは、周囲を欺き続けて作り出したその巨大な虚像というべきものであり、そして自分自身それに囚われてしまった八郎の姿なのであります。

 「武士」という核を得られず、何者にもなれなかった八郎。デビュー作『明治剣狼伝』で西郷暗殺を題材とし、幕末の、武士の時代の終幕を描いた作者ならではの、逆説的な「武士」の物語であります。


『血腥き風』(鈴木英治)――佐久間象山暗殺
 幕末に横行した暗殺の象徴と言うべきいわゆる幕末四大人斬り――その中でもある意味最も大物を餌食にしたのは、本作の主人公である「人斬り彦斎」こと河上彦斎でしょう。

 師にして友であった宮部鼎蔵が池田屋で5討たれたと知り、手を下したという新選組の土方を討つべく、京に向かう彦斎。しかし彼は正面から土方に事の理非を問い、新選組は命じられて池田屋を襲ったに過ぎないことを悟ることになります。
 そしてその黒幕が佐久間象山という噂を聞いた彼は、今度は象山のもとを訪れて……

 「人斬り」と呼ばれながらも、実は記録上に残った人斬りは佐久間象山のみという彦斎。その陰には記録に残らない暗殺も様々あったのかもしれませんが、本作に描かれる彦斎は「闇討ちのような卑怯な真似は、俺は決してせぬ」と語る人物。
 その記録通りの彦斎像を描くことがユニークな視点に繋がるというのも皮肉な話ですが――ではなぜその彦斎が象山を斬ったのか。本作はそこに本作の彦斎像ならではの答えを用意してみせるのであります。

 脇役ではありつつも、実に格好良い土方のキャラクターも印象に残る作品であります。


『天が遣わせし男』(誉田龍一)――坂本龍馬暗殺
 本書の題材となった暗殺事件において、最も有名なものであろう近江屋での坂本龍馬暗殺。陰謀論めいたものも含めて諸説ある中でも、佐々木只三郎以下見廻組実行説が、現在では定説と言えるのでしょう。
 本作はその説に基づく作品ですが、只三郎ではなく、その指揮下で龍馬を斬ったと言われる桂早之助であるのが、実に興味深いところであります。

 京都所司代同心の家に生まれながらも、小太刀の達人として名を挙げて将軍家茂の上覧試合では講武所の猛者を次々と打ち破り、やがて見廻組に編入されたという早之助。小太刀の使い手(二刀流とも)と言われた彼は、なるほど狭い屋内での斬り合いには向いた男だったのでしょう。
 本作のクライマックスはもちろんその早之助による龍馬暗殺なのですが――しかし斬られる龍馬の方はほとんど遠景として留まり、あくまでも早之助の物語として、彼の出自や暗殺に至るまでが描かれるのが面白い。

 下級武士の生まれながら、武士の表芸たる剣術で見廻組に抜擢された早之助。早之助が本作で見せるのは、動乱の時代において何とか頭角を出そうとする野心であり、そして幕臣の集団である見廻組の一員として京を守ろうとする誇りであり、そして寺田屋で捕方を殺した龍馬での敵意でありと――実に生々しい感情であります。

 新選組など一部の例外を除き、人間の生々しい感情を持って描かれることの少ない印象のある幕府側ですが、それだけに本作の視点は実に新鮮に感じられます。そしてそんな「人間」だからこそ、「英雄」を斬れたのかもしれない――そうも感じられるのであります。


 もう一回続きます。


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