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2018.02.05

佐々木功『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』 人間一益の生涯に映る信長

 いわゆる織田四天王の一人に挙げられながらも、その前半生には不明な点が多く、そして信長亡き後には影が薄れるように消えてしまった印象のある滝川一益。本作はその一益を甲賀の忍び出身として描き、謎多き波乱の生涯と信長の交流を独自の視点から描いてみせた第9回角川春樹小説賞受賞作であります。

 甲賀で頭角を現しつつあった父を里の他家の陰謀で失い、その動きに乗せられた兄を殺して出奔した滝川久助。家を捨て、恋人を捨て、全てを捨てて名を一益と改めた彼は、放浪の末に織田信長と出会うことになります。
 信長の計り知れない器量に触れて共鳴し、鬱屈した生を送ってきた自分を託すのに足る相手として、信長に仕える一益。

 優れた忍びとして、射撃の名人として、そして勇猛な武将として信長を支え、家康との同盟や信玄との死闘など、数々の場で活躍した一益は、信長に「お前は俺だ」と言わしめるほどの関係となるのですが――しかし信長は突然に本能寺に消えることになります。
 敵地とも言える関東に取り残され、いやそれ以上に自らの生きる理由とも言うべき存在を失った一益の選ぶ道は……


 冒頭に述べたように、信長の家臣団の中でも有数の出頭人である一益。その本能寺以降のイメージもあってか、今一つ目立たない印象のある彼ですが、しかし信長の天下布武の要所要所で重要な役割を果たしてきた人物であることは間違いありません。
 その一益を描くに、本作はある意味最もメジャーで興味深い説――すなわち、甲賀出身説を採用することで、まずエンターテイメントとして魅力的な作品として成立しています。

 もちろん甲賀出身だからといって忍者とは限らないのですが、そこはより面白い説を採るのも小説の醍醐味。かくて一益は本作において、武将であるだけでなく、凄腕の忍びとして活躍する姿も描かれることになります。
 何しろ、中盤の山場と言うべき武田信玄との対決――信長の生涯最大の危機においては、家康の三方原の合戦に参陣するだけでなく(これ自体は史実とする説もあるわけですが)、忍びとして信玄を狙って動くのですから面白い。

 彼に協力するのは、家康の忍びというべき服部半蔵保長、そして信玄を守るのは、実は生きていた加藤段蔵、飛び加藤なのですから、盛り上がらないわけがないのです。
(ちなみにこの段蔵、ある意味忍びらしい忍びの典型として、忍びの力を持ちつつもそれに縛られない一益とは対極に位置する存在として描かれるのも興味深い)


 しかしそんな展開を描きつつも、本作が荒唐無稽な忍者ものとして終わらないのは、彼と信長の関係性――そしてそれを通じて浮かび上がる信長像があるからにほかなりません。

 忍びの家に生まれ、忍びとして生きるという道を厭い、そこからはみ出しながらも、己の生きる道を見いだせず流離う一益。そんな彼の仰ぐべきものとして、そして彼の同志として、本作の信長は描かれます。
 生まれや育ちなどには拘らず、ただ能力を持つ者を求め、生かし、全く新しい世界を切り開こうとする信長。そんな信長と出会い、「貴様はなんだ」と問われて、一益が「人だ、わしはただ一介の男だ」と答える――そして信長が「おれもだ」と笑って語る場面の痛快さ、清新さは、本作ならではのものでしょう。

 そう、本作は一益という氏素性定かならざる人物、それだけに信長の理想を最もピュアな形で体現しうる人物を一種の鏡として映し出された信長伝でもあるのです。
(氏素性という点でいえば秀吉の方が上ですが、彼には彼自身の、信長がそうだったかもしれないものとは全く異なる後半生があるわけで……)

 だからこそ、信長を失った後の一益の喪失感とその先に彼が至った一種の境地もまた、大きく頷けるものとして成立していると感じます。


 とはいえ個人的に残念なのは、ここで描かれる信長像が、従来のそれの一つ――いわゆる「カッコいい信長」とでも言いましょうか、改革者あるいは革命児として、類い希な先進性をもった人物――から大きく踏み出すものではなかった点であります。

 信長の陽だけでなく陰の部分も――忍びという陰の存在に照らし合わせることで――描くことができたのではないか、というのは一読者の我が儘ではありますが、上に述べたような構造・視点の巧みさがあるだけに、その想いは強くなります。
 作者自身が信長ファンであるらしいからこそ特に……

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