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2018.02.17

北方謙三『岳飛伝 十四 撃撞の章』 決戦目前、岳飛北進す

 気がつけば北方版『岳飛伝』も残すところ本書をいれてわずか4巻。ついに岳飛が北進を始めた中、金が、南宋が、梁山泊がそれぞれの思惑を秘め、決戦に向けて動き始めることになります。そしてその中でまた一人……

 辛晃率いる南宋軍五万の大軍を打ち破った岳飛と秦容。しかしまだまだ南宋は遠く、そこに至るまではあまりに険しい道のりであります。それでもジリジリと力を蓄えた二人はついにこの巻にて北進を開始。秦容が南宋軍を引きつける間に岳飛軍はついに南宋に足を踏み入れ、戦いを始めることになります。

 その一方で秦檜と析律は不戦協定を締結。これにより秦檜は因縁重なる岳飛を迎え撃ち、そして金は領内に存在する異物たる梁山泊攻撃に専念することが可能となったわけですが――もちろん梁山泊も黙っているはずがありません。
 こうして各地で緊張が高まる中、一人の男が胡土児を訪れます。それは九紋竜史進――史進は胡土児に彼の本当の父・楊令が残した吹毛剣を届けに来たのですが……


 これまで力を溜めに溜め、ようやくダッシュを開始した感のある岳飛。秦檜によって完全に復興し、力を蓄えた(もっともこれこそが岳飛が南宋に挑む理由でもあるのですが)南宋を相手に、如何に精強な岳飛軍とはいえ、ほとんど一軍でどうするものか……
 と思いきや、岳飛軍本隊の機動力と、これまで長きに渡り南宋内に潜伏してきた岳家軍残党の連携により、ほとんど電撃作戦といった形で次々と城市を落としていくのはなかなか爽快であります。

 もちろん、これを黙ってみている南宋軍ではありません。地味キャラに見えて、前巻では意外な策を用いて海陵王をあわやというところまで追いつめた南宋軍総帥・程雲は、岳飛はおろか、致死軍でも動きの掴めぬ潜伏作戦で岳飛を徐々に追い込んでいくのであります(この巻の終盤で明かされるそのカラクリにはさすがに仰天)。

 そんな対照的な戦いが繰り広げられる一方で、まだ全面的な開戦には至っていない梁山泊と金ですが、その両者に関わる一大イベントが、吹毛剣継承であります。

 楊志から楊令に伝わることとなった楊家伝来の吹毛剣。元々は宋建国の英雄であった楊業の剣であったものが、今ここでその宋を滅ぼした金軍総帥の養子・胡土児に伝わるのも皮肉と言えば皮肉なのかもしれません。
 しかし楊志と楊令の間には血の繋がりはなかったことを思えば、それにもかかわらず吹毛剣には間違いなく楊令の魂が籠もっていることを思えば、この剣は国を超えた男の魂の継承を象徴するものと言えるでしょう。

 その吹毛剣を胡土児に託すのが史進というのがまた痺れるところですが(そして新・新生梁山泊の統括組がそれを必死に史進に押し付けるのには笑いましたが)、それを託された胡土児が、兀朮の命によって北辺に赴くことになるのが、また意味深であります。
 兀朮が口にするその理由がまた泣かせるのですが、それはともかく北辺での胡土児の任務は、侵入を続ける蒙古の撃退。蒙古といえば言うまでもなく――というわけで、もしかするとここにまた、新たな魂の継承が行われるのかもしれない、というのは深読みがすぎるかもしれませんが……


 そして南で北で、様々な形で戦いが、戦いに繋がる出来事が描かれる一方で、東の果てで、一人の豪傑が静かにその人生の幕を下ろすことになります。
 その名は李俊――韓世忠を斃し、沙門島を奪回しと、ここのところ凄まじいまでの活躍を繰り広げてきた李俊は、密かに慕っていた瓊英と会うために日本に渡るものの再会目前で彼女を喪い、そのまま十三湊に留まっていたのであります。

 そんな、静かな暮らしを送る李俊の前に現れたのは、ついに日本にやってきた王清。
 梁山泊から距離を置いて流浪を続けてきた彼もまた不思議な人生を送ってきたキャラクターですが、あるいは志とは微妙な距離をおいてきた李俊と共通点があると言うべきでしょうか。そんな二人は静かな交流を続けるのですが……

 そこで何が起き、そしてどのように李俊が逝ったのか、その詳細はここでは語りません。しかしそれは間違いなく男の中の男の最期、まさしく大往生としか言いようのない、見事で、そして美しく素晴らしいものであったことだけは、間違いありません。
(ただ、同じ巻で逝った曹正とちょっと被るのが……)


 秦檜の体の異状も描かれ、いよいよ最後の決戦に向かって大きく動き始めた本作。物語の最後に描かれるものは何か、秦容流に言えばどのような「夢という墓標」が残るのか――心して待ちたいと思います。

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