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2018.02.14

『幕末 暗殺!』(その三) 暗殺を描き、その先にある現在を問う

 操觚の会による暗殺事件をテーマとした全七編の幕末アンソロジー、紹介のその三/最終回です。

『裏切り者』(秋山香乃)――油小路の変
 一連の伊庭八郎もの等、その作品の大半が幕末ものである作者の最初期の作品である『裏切者』(現『新選組藤堂平助』)の裏面とも言うべき作品が本作――新選組を「裏切った」藤堂を「裏切った」者・斎藤一を主人公とする物語であります。

 伊東甲子太郎一派として新選組を脱退した藤堂と斎藤。しかしその斎藤は偽装脱退――土方のスパイとして伊東派に潜入したものでありました。自分を無二の友と遇する藤堂を裏切り、伊東暗殺の機会を土方に伝える斎藤。しかし斎藤にはさらにもう一つの裏の顔が……

 この御陵衛士へのスパイ説のように、間者役・粛清役として、孤独な剣客として語られることの多い斎藤。本作はその延長線上で斎藤を描きつつも、彼と藤堂の間の熱くも物哀しい友情を描くことにより、その孤独感をより一層深いものとして浮かび上がらせます。
 その不思議な友情が剣士同士の死闘という形で描かれるクライマックスが本作の最大の見どころであることは間違いありませんが――しかし同時に本作はとてつもない趣向を秘めているのであります。

 何故斎藤は御陵衛士に潜入したのか、何故伊東ら御陵衛士は死ななければならなかったのか――本作で語られるその真実は、実に意外極まりないもの。かつて伝奇ものの登場人物めいた名を持っていたある人物と斎藤との関わり、そしてその人物の目的は、それだけで一編の伝奇物語と成り得る内容なのです。
 濃厚なセンチメンタリズムを漂わせながらも、同時に濃厚な伝奇性を併せ持つユニークな作品であります。


『明治の石』(神家正成)――孝明天皇毒殺
 そしてラストは、自衛隊ミステリ『深山の桜』で『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞した作者による刺激的な作品であります。これまで操觚の会のトークイベントでは最前面に立って活躍してきた作者ですが、実は歴史・時代小説は本作が初めて。果たしてその内容はと思えば、これが幾重にも趣向が凝らされたものなのであります。

 時は明治4年、江戸城に向かう岩倉具視の前に飛び出した青年軍人。こともあろうに孝明天皇の死の真相を直接問うてきたこの青年に対し、岩倉は自分が毒殺したという噂の真偽を調べるよう命じるのでした。
 それ以来、木戸孝允、アーネスト・サトウ、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通と様々な人物を訪ねてその真相を問う青年。断片的に語られる内容を繋ぎ合わせた末、ついに青年は岩倉に「真実」を突きつけるのですが……

 本書は原則として題材となる暗殺事件を年代順に配置したアンソロジーでありつつも、実は孝明天皇の死は、時系列的には龍馬暗殺や油小路の変以前の出来事であります。
 しかし本作はその原則を敢えて曲げ、明治の世から過去を問うことにより、「藪の中」的状況を作り出すとともに、暗殺の連鎖の末に到来した新時代における人々の胸中を巧みに描き出すのです。

 そしてその果てに、作中でいささかくどいくらいに繰り返されるある言葉が意外な意味を持って立ち上がる真相、そしてそれがさらに冒頭から伏せられていた青年軍人の正体と結びつくことで更なる意味を持つ結末と、物語の構成も見事な本作。
 一種の時代ミステリにして、幕末という時代を総括してみせた、本作の掉尾を飾るに相応しい作品と言えるでしょう。


 というわけで、この三回に渡り紹介してきたように、それぞれの作家が持ち味を出した個性的な作品が揃った『幕末暗殺!』。個々の作品自体はもちろん独立した作品ではありますが、しかし前後の作品に繋がりを感じさせる構成も巧みな一冊であります。

 さて、ここで正直なことを申し上げれば、ある歴史上の事件に対して、一作家ごとにそこに関係した一人物を主人公に描く書き下ろしアンソロジーというスタイルは、どうしても『決戦!』シリーズを連想させるものがあるかもしれません。
 しかし本書においては、(それを構成するのは個々人ではあるものの)集団と集団が戦う合戦ではなく、個人が個人を殺す暗殺を題材とすることで、より登場人物たちの人間性を浮き彫りにすることに成功していると感じさせられます。

 そしてこの幕末の先にあった明治のそのまた先に現在があることを思えば、その明治を導き出した暗殺の姿を描く本書は、現在を問うものとしてより意義深いものと言えます。
 折に触れて攻めた姿勢を見せてきた操觚の会ならではのアンソロジー――そう評すべき一冊であります。


『幕末 暗殺!』(谷津矢車・早見俊・新美健・鈴木英治・誉田龍一・秋山香乃・神家正成 中央公論新社) Amazon
幕末 暗殺! (単行本)

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