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2018.03.13

北方謙三『岳飛伝 十五 照影の章』 ついに始まる東西南北中央の大決戦

 残すところはわずか3巻、いよいよ最後の決戦に突入した北方版『岳飛伝』の第15巻であります。岳飛と秦容がそれぞれ南宋に突入し、金がほぼ全軍で梁山泊と対峙。そして梁山泊水軍と南宋水軍も決戦に臨む中、果たして最後に生き残るものは?

 ついに南方から飛び出し、南宋との戦いを開始した岳飛と秦容。三千五百の兵とともに南宋内を縦横無尽に駆け、各地の城郭を解放していく岳飛と、大軍でじっくりと地歩を固めつつ進んでいく秦容――対照的な形ながら、両者は着実に南宋の中に楔を打ち込んでいくこととなります。
 しかしそんな岳飛たちの頭を悩ませるのは、南宋軍の総帥・程雲の直属一万がどこかへ姿を消していること。致死軍の情報網でも掴めぬその行方は……

 というわけで、はじめに激突することになるのは、岳飛と程雲。一カ所に足を止めることなく連続で城を落としていく岳飛に対し、奇策でその効果を最小限にしてしまった程雲(もっともこれは彼の発案ではありませんが)は、さらに意外な手段で岳飛を待ち受けます。
 その正体については前巻で既に描かれているところですが、少なくとも軍総帥が行うとは思えない意外な策であることは間違いありません。そしてその策の前に、あの岳飛すら必殺の窮地に……
(そしてその策の途中、妙にノリのよいところを見せる程雲の副官・陸甚のキャラがここに来て立ちまくる)

 これまで幾度か絶体絶命の窮地に陥って来た岳飛。その中でも今回の危機は、彼のホームグラウンドである戦場で襲いかかったという点で、大きな意味を持つと言えるでしょう。
 これまで快進撃を続けてきた岳飛も、ここでついに膝を屈することに――なったと思ったら、何故か浮気相手を見つけてきたのは目が点になりましたが、この辺りの陽性の個性は岳飛ならではのものでしょう。

 手痛い敗北もなんのその、浮気では先輩である梁興とのダメな大人同士のわちゃわちゃっぷりは、大いに愉快でありました。


 と、そんな触れ幅の大きすぎる展開がある一方で、各地では着実に情勢が動いていくことになります。

 東では張朔の下、今度こそ死んでやろうと狄成と項充が腕を撫し、西では顧大嫂がついに大往生を遂げた一方で韓成が西遼の丞相に任命され……
 北では国境の戦場に赴いた胡土児が蒙古と戦いを続け、南では半ば左遷状態の許礼が岳飛と秦容の留守に不穏な動きを見せることになります。

 さらにこれらの動きの中心には、海陵王と兀朮が率いる金の大軍が呼延稜の梁山泊軍といよいよ一触即発の状態に――と、東西南北中央で、情勢が大きくめまぐるしく動いていくのですからたまりません。

 そしてこうした動きの中で、さらに若い世代が姿を見せてくるのが、物語に爽やかな印象を与えます。
 韓順と蕭周材は諸国漫遊の中で深い友情を育み、胡土児は徒空と名付けた蒙古の少年を友と呼び、(若いとは言えないかもしれませんが)謎の日本人・炳成世は張朔の船で初の本格的な海戦を経験し――と、この決戦が終わった後も、新たな物語が続いていくことを予感させてくれるのです。

 そしてそんな物語を象徴するように感じられるのが、小梁山で飼われる鸚鵡の口から出る「やるだけやって、死ぬ。でも」という言葉であります。
 広い広い物語世界で、無数の登場人物たちが懸命に生き、そして死んでいく。しかしその後にも、先人たちの想いを継いだ者たちが現れ、新たな生を繋いでいく……

 それは、呆気ないほどに容易く命が散っていくこの物語において、大きな慰めであり希望であると感じられます。


 と、大いに盛り上がる――はずのシチュエーションなのですが、本作ならではの様々なキャラクターの視点から細かくエピソードを積み上げていく手法が、同時に展開する戦いを描くには、逆効果になっている感があるのも正直なところ。
 また、個々の戦いが互いに結びついているようであまり結びついていないように見えるのもその印象をより強めるように感じられます。

 もっとも、この巻においても決戦はまだ序盤といったところ。戦いが進展し、決着に近づいていけば、そんな印象は吹っ飛ぶことでしょう。
 ラスト2巻――全17巻の、いや全51巻の締めくくりに相応しい盛り上がりを期待します。


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