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2018.03.21

岩井三四二『天魔の所業、もっての外なり 室町もののけ草紙』 歴史を動かすのは人か魔か

 これまでは今ひとつマイナーだったものの、近年何かと話題となっている応仁の乱。本作はその乱の原因の一人とも言うべき日野富子を中心に、もののけと出会い、それに未導かれるように破滅していく人々の姿を描いた一冊――淡交社の雑誌「なごみ」に連載された作品をまとめた短編集であります。

 室町第8代将軍足利義政の妻にして、彼を上回る実力者として辣腕を振るい、そして実子・義尚を将軍位に就けんと暗躍して応仁の乱の端緒を作った日野富子。後世、希代の悪女とも呼ばれた彼女の物語を皮切りに本書は始まります。

 義政の正室でありながらも男児に恵まれずにいた富子。ついに義政は仏門に入っていた実弟を還俗させ、足利義視として将軍後継とするものの、富子にとってそれを受け入れられるはずもありません。
 ついに義政の三人目の子を懐妊した富子は、それが男児であることを望むものの、義政は彼女がかつて主上と密通したことを疑い、その時の子ではないかと冷淡な態度を見せるのでした。

 そんなある晩、富子の前に現れたもののけ。その顔は、かつて義政の寵を受けながらも謎の死を遂げた今参局でありました。
 そんな日々を経ながらも、ついに男児を出産した彼女は、これぞ得難き優曇華の花と、赤子を将軍位に就けるべく画策を始めて……

 と、政務を執らず遊興三昧の夫を蔑み、自分の子を将軍位につけて自らも栄華望む富子の姿を描く第1話『優曇華の花』。
 ようやく将軍位を厭う義政の真意に気付きながらも、それでも我が子を将軍にせんとする自分の心は既にもののけに憑かれてしまったのではないか――結末においてそんな疑いを抱く富子の姿が印象に残ります。


 そして続く作品においても、室町の乱前後の人々の姿が独自の視点で描かれていくことになります。

 養父であった世阿弥の一族を追い落として観世座を我が物にしつつも、老境に入りその運営に苦しむ音阿弥が世阿弥の霊を見る『美しかりし粧いの、今は』
 京洛を灰燼に帰さしめた応仁の乱の西軍の大将として乱を終わらせようと奔走する中、恐るべき天魔を目撃した山名宗全の決意を描く表題作『天魔の所業、もっての外なり』
 梅が描かれた青磁茶碗に魅せられた倉奉行の下役が、茶碗の精に導かれるままに破滅に向かう『青磁茶碗 玉梅』
 ついに将軍位に就きながらも遊興にふけり、六角氏を相手とした無益な戦いに自ら出陣した義尚の運命を描く『将軍、帰陣す』
 乱の東軍の総大将の子に生まれ、将軍の座をすげ替えるという挙に出ながらも、自らは天狗になろうとしていた細川政元の姿『天狗の如く』
 幕府の隠然たる実力者として君臨しつつも、己の回りに誰一人いなくなった己の身の上を噛みしめる老境の富子を描く『長い旅路の果てに』

 これらの作品で描かれるのは、応仁の乱そのものというより、乱を引き起こした者、乱にあるいは乱に始まる混沌に翻弄された者たちの姿――己の道を進みながらも、しかしやがて破滅に向かっていく人々の姿であります。


 そしてそんな人々と関わっていくのが、本書の副題にある「もののけ」――時に亡霊として、時に巨大な天魔として、時に物の精として現れるモノたちは、人々をあざ笑い、悩ませ、誤った道に誘うのです。

 こうしたもののけと応仁の乱の組み合わせといえば、やはり思い浮かぶのは司馬遼太郎の『妖怪』でしょう。しかし本書において大きく異なるのは、そのもののけたちが、本当に存在したものであるのか、あるいは人々の気の迷いが生み出したものであるのか、多くの場合明らかではないことであります。

 人々の運命を狂わせ、行ってはならぬ方向――その極が言うまでもなく応仁の乱であります――に導くモノ。そんな超自然の魔が実在するものではなく、単なる妄想、気のせいであったとしたら?

 それは時にひどく残酷なことでしょう。それが自分のせいではなく、人の身では逆らいようのない存在の力によるものであれば、まだ救いはあったと言えるのですから。
 そしてそれと同時に、それは時に救いでもあります。どれだけ愚かな結果であったとしても、歴史を動かすのはこの世の外の誰かではなく、人間にほかならないということなのですから……


 そんな矛盾した想いを抱かせてくれる本書。派手さはありませんが、巨大な歴史のうねりの前の人間の姿をしみじみと考えさせてくれる、ユニークな作品集であります。


『天魔の所業、もっての外なり 室町もののけ草紙』(岩井三四二 淡交社) Amazon
天魔の所業、 もっての外なり

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