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2018.04.14

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第1巻 誰も知らない青春時代、二重人格者ルパン!?


 誰もが知る怪盗紳士アルセーヌ・ルパン。本作は、ルパンの謎に包まれた人物像を、全く意外な角度から描いてみせる極めてユニークな作品であります。ユニークもユニーク、何しろ実はルパンは二重人格者だったというのですから!

 19世紀末のパリで公演するサーカス団「シルク ドゥ ラ デェス(女神のサーカス団)」をある日訪れた、一人の天真爛漫な青年。ラウール・ダンドレジーと名乗る彼は、そのサーカスの下働きとなるのですが――同じく下働きのエリク・ヴァトーは、ラウールが時に別人のような顔を見せることに気づきます。

 天使のようなラウールに対して、冷徹で鋭利な人格を持つもう一人の「彼」。実はラウールは人の悪意に過敏に反応し、意識を遮断してしまうという体質(?)の持ち主であり、「彼」はその時だけ表に出てくることができるというのです。
 世界で初めてその存在を認識し、その名を問うエリクに対し、「彼」は答えます。父方の姓を取って、「ルパン」と……


 という全く予想もしない形で幕を開ける本作。詳しいファンの方であれば、ルパンの幼名がラウール・ダンドレジーであったことをご存じかと思いますが、まさかそれがルパンのもう一つの人格として描かれるとは!
 普段は天真爛漫(しかし無力)な人物が、一転、正反対の裏の顔を見せて――というのはフィクションにはしばしば登場するパターンですが、それをここでこう使ってくるとは、と大いに驚かされました。

 そんな本作の第1巻で描かれるのは、このラウール/ルパンとエリクの出会いと二人の交流、そしてルパンがその大望を胸に立つまでの物語です。

 ごく普通の青年だったエリクが、まるで普通ではない相手と出会って大いに振り回されつつも、やがて互いになくてはならない存在となり――というのはバディものの定番であります。
(というより冒頭に挙げた『王都妖奇譚』の主人公コンビを連想する方も多いでしょう)
 しかし本作においては、ラウール/ルパンのどちらも浮き世離れした、ふわふわとした存在であり――何しろ互いが互いの意識が失われている時しか表に出れないのですから――特にルパンは、エリクが察知するまでは誰にも知られることがない存在だったというのが切なく、それがルパンとエリクの友情が生まれる理由となるのも面白い。

 そしてそんな本作独自のルパンが、その独自性があるからこそ、我々の誰もが知るルパンというキャラクター――怪盗にして冒険児、危険と美しいものを愛し、そして何よりも自分自身の存在を天下にアピールして止まない劇場型犯罪者として立ち上がる姿に繋がるクライマックスは、ただ衝撃的にして感動的であります。

 そしてその時のエリクの言葉――
「あいつが――「アルセーヌ・ルパン」が陰から姿を現し世界を従える様子はどれほど刺激的だろう! 常識も理不尽もひっくり返して笑い飛ばすのは痛快に違いないんだ!」
は、アルセーヌ・ルパンを愛する者であれば、深く頷けるものでしょう。


 なお、この第1巻には四つのエピソードが収録されており、その多くは当然と言うべきか本作オリジナルの内容ですが、面白いのはうち一つだけ、原典由来のエピソードがあることでしょう。

 財産の争いで係争中なものの、裕福な夫婦の家に秘書として入り込んだ彼が、夫婦の金庫の中から債権の束を奪わんとするも――という内容を聞けば、あれか、という方もいらっしゃるでしょう。
 そう、ここで題材となっているのは「アルセーヌ・ルパン」の初仕事を描く『アンベール夫人の金庫』。なるほど、青年時代のルパンを描く本作では避けては通れない題材ですが――驚かされるのは、これが本作独自の設定の部分を除けば、かなり原典に忠実な内容となっていることであります。

 なるほど、あの物語をこの角度から見ればこうなるか、という本作独自の設定と原典の絡め方が実に面白く、この先の原典エピソードも楽しみになる内容だったのですが、予告によれば次の巻で描かれるのは『カリオストロ伯爵夫人』とのこと。
 これはいきなり楽しみな内容になります。

 本作がこの先描いてくれるであろうもの――我々が初めて出会う、そして同時にお馴染みの怪盗紳士の姿が今から楽しみになる、そんな第1巻であります。


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