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2018.04.12

大西実生子『僕僕先生』第4巻 旅の終わりにその意味を問う


 漫画版『僕僕先生』もこの第4巻でついに完結であります。美少女(の外見の)仙人・僕僕に誘われ、遙かな天地を巡る旅に出た王弁青年の冒険は、ここに静かに、しかし美しく力強く終わりを迎えることになります。

 ふとしたことから出会った僕僕先生に惹かれ、あてどない旅に出た無気力青年の王弁。しかし時に唐の王宮、時に天地の果てと、常人では想像もできぬような世界ばかりを巡った末に、再び二人は中原に帰ってきました。
 折しも山東では蝗が大量発生し、人々を苦しめる中、僕僕はその力で蝗を払おうとするのですが――ここで人間の側が、意外な動きを見せることになります。

 神仙の術に頼ることなく、人間の知恵と技術で立ち向かう――この時代からすれば破格の試みで、見事に蝗害を除いてみせた朝廷の人々。
 その結末に、仙人たちの側もある決断を下し、その使者が僕僕の前に現れます。人界に居る仙人を全て仙界に引き上げさせ、仙界と人界を断絶するというその決断に対して、僕僕は、王弁は……


 これまで基本的に原作に忠実に展開してきた本作。それはこの最終巻においても変わることなく、原作の後半約四分の一の物語が漫画として描かれることになります。
 が、原作読者の方はご存じかと思いますが、この四分の一というのがなかなかのくせもの。というのも、それまでの物語に比べれば派手な見せ場――皇帝の御前での剣術勝負や、星々の果てでの混沌との対決などのような――が、この部分にはほとんどないのであります。

 ここで描かれるのは、旅から帰り、蝗害騒動においても出番のなかった僕僕が、王弁とともに彼の故郷に隠棲し、その医術で以て人々を助け、日々を送る姿。
 仙界再編を目論む王方平と仲間たちとの対峙や、クライマックスのくだりはあるものの、全般的に静かな展開がここでは続くのです。

 これは漫画として描くのは相当難しいのでは――などというこちらの心配は、しかし、もちろん的外れなものでありました。この(表面上は)静かな日常と、その中で複雑な想いを抱く王弁の姿を、この漫画版は端正に、丁寧に描いてみせるのですから。

 これまで物語の中で幾度となく語られたように、仙骨なるものがない王弁は、仙人にはなれません。それはすなわち、彼が僕僕とこの先同じ時を歩むことはできないことを示します。
 いつかは必ず訪れる僕僕との別れ。その事実をどう受け止めるか、そしてそれまでの日々を如何に過ごすか? それはこれまで彼にとって僕僕と過ごしてきた日々がなんであったのかを問い直すことであり――そしてそれはとりもなおさず、この物語で描かれたものが何であったか、ということを問うことであります。

 その極めて難しく、そして大切なことを、本作は王弁の、そして僕僕のごく僅かな表情とその変化を足がかりに、見事に描き出してみせます。
 そしてそれは時に、二人がこれまで経験してきた旅に勝るとも劣らぬほどスリリングであり、そして感動的なものである、と言って良いでしょう。

 いえ、二人の姿だけではありません。この巻の終盤で描かれるある光景――かつて王弁に世界の広さを教え、それへの憧れを掻き立てたものが、全く逆の姿を見せる場面の描写は衝撃的の一言。
 以前に描かれたその姿が、この漫画版においてポジティブな形で印象的であっただけに、その裏返しに現実の非情さと厳しさを見せつけるその姿は強く印象に残りました。
(これは原作を読んだのが相当以前ということもありますが、この場面が漫画オリジナルではないかと一瞬思ってしまったほど……)


 その他にも、今この『僕僕先生』を読んでみると、その後のシリーズ作品とは異なる手触り(要するに単発作品としての性格が強い)があることや、そしてここではある意味背景として描かれた仙界と人間界再編の動きが、完結間近のシリーズにおいて再び大きくクローズアップされることが興味深く感じられますが……

 それはさておき、原作の漫画化として、そして独立した漫画として、本作は最初から最後まで、素晴らしい完成度であったと言い切って構わないでしょう。
 この漫画版のこの先を、僕僕と王弁の旅の続きを読んでみたい――そう感じるのは、一人僕のみではないと心より感じる次第です。


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