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2018.04.22

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第6巻 覇王覚醒!? 複雑なる項羽の貌


 劉邦を支えた軍師・張良の活躍を描く史記異聞の第6巻で描かれるのは、しかし主人公たる張良や劉邦以上に、項羽の姿であります。ある意味覚醒を遂げた項羽の向かう先は、そしてそれに対して劉邦は?

 張良の巧みな策により、項梁軍の客将の座を手にした劉邦。しかしあくまでも配下ではない、という程度で立場の弱い劉邦に対して、張良は自分たちの旗頭そして後ろ盾とするため、韓王家の公子・韓成の擁立という策に出ます。
 項梁方の軍師たる范増との心理戦に勝ち、その許可を得た張良は、自らの故郷でもある韓に向かうことになります。劉邦と一時別れる形で……

 そんな前巻の展開を受けて、この巻の冒頭で描かれるのは、韓成を奉じてわずか二百の兵で秦側の城を落とすという張良の神算鬼謀。窮奇の助けもあるとはいえ、この辺りの見事な策の切れ味は、さすがと言うほかありません。
 しかしもちろん、これは局地戦の始まりにすぎません。その後も韓と張良の戦いは続いていくのですが――そこに挟まれる人の良すぎる韓成たちと、人の悪い(あるいは人を食った)張良との会話の天丼っぷりも楽しい――ある知らせが、張良を愕然とさせることになります。

 それは項梁の敗死――連戦連勝を重ね、項羽と劉邦でも落とせなかった定陶を落として気を良くした項梁は、范増や宋義が諫めるのも聞かず、章邯率いる秦軍の奇襲を受けてあっさりと大敗、討ち取られてしまったのであります。
 抗秦の大勢力であり、何よりも劉邦と自分が身を寄せていた項梁。その慢心と油断を見抜けなかった張良は大きく肩を落とすのですが――しかし最前線の将たちにとってはそれどころではありません。

 自らの叔父でもある項梁を失った項羽は、咆哮とともに号泣し――そして劉邦は静かに腰を抜かす。あまりにも対局的なその姿は実にこの二人らしく、そしてまた作者らしいのですが――いずれにせよ、その衝撃は計り知れないほどであったことは間違いありません。


 実にこの巻においては、張良の出番は冒頭を中心としたごく限られたもの、という印象があります。それに代わってというべきか、この巻において主役級の扱いとなるのは、項羽その人なのであります。

 前巻では黄石を巡って窮奇と真っ向から激突、その怪物ぶりを遺憾なく発揮してみせた項羽。その豪勇はいかにも歴史に名を残す彼らしいものでありますが――しかしこの巻においては、彼はそこからさらに不気味な、凄みとでも言うべきものをまとった姿を見せることになります。

 項梁の慢心と敗北を予見するほどの士であり、項梁亡き後の楚軍を掌握した宋義。しかし自分自身も慢心に陥った宋義を、項羽は容赦なく処断してみせます。
 その直後、項羽と対峙することとなった黥布のリアクションが、これがまたある意味実に彼らしくて可笑しいのですが、しかし項梁亡き後の項羽の危険な変貌をいち早く察知していた描写がそれ以前にあるために、これもまた彼の本能ゆえと言うべきでしょうか。

 上で述べたように、叔父の死に号泣したという項羽。彼はその果てに何かが変わったと語られるのですが――その「何か」の正体は明確には語られません。しかしそれは、彼が放つ猛気が内に籠もるような形となっているように見えることと無縁ではないでしょう。
 人の本質を見抜く黄石をして、「わからない」と言わしめた項羽。その項羽の底の知れなさが、ここに来てさらに深まったと言うべきでしょうか。

 後世では猛将あるいは梟雄として語られることが多い印象の項羽。その彼を、このような一筋縄でいかぬ複雑な存在として描くのは、これは本作ならではの魅力の一つと言ってよいでしょう。
 そしてもう一人、底が知れないといえば、張良がいなくとも、この怪物と飄々と渡りあって見せる劉邦もまた、相当のものだと感じますが……


 冷静に考えてみると、ほとんど史実通りの展開に終始したこの第6巻。前巻の大力の士vs項羽のガチバトルのような破天荒な展開がなかったのは、振り返ってみれば少々残念なのですが――しかし読んでいる最中は、全くそうとは思わされなかったのが事実であります。

 物語の意外性だけでなく、丹念な人物描写でも魅せる――ますます目の離せない作品であります。

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