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2018.04.16

平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望


 平谷美樹が源義経の死と奥州藤原氏の滅亡を題材に、極めて個性的な切り口から描く時代ミステリ『義経暗殺』の紹介の後編であります。本作の主人公・清原実俊のユニークで魅力的なキャラクターとは……

 実は本作の探偵役・実俊は、史実では「吾妻鏡」にその名が見える人物。藤原氏を滅ぼした後の頼朝の前に、弟とともに現れて奥州を案内し、そしてそのまま鎌倉の御家人となったと言われている人物です。
 作者の作品では、先に挙げた『義経になった男』の終盤でもある重要な役割を果たしているのですが――しかし本作の実俊は、史実や過去の作品に比べて、遙かにインパクトのある、いやアクの強い男として描かれます。

 身分としては大帳所(文書庫)の司という中級の文官に過ぎない実俊ですが、一度見たものは決して忘れずにそらんじてみせるほどの記憶力と、わずからデータからたちまちのうちに全体像を解き明かしてみせる推理力で、周囲からは一目も二目も置かれている男。
 が、そんな彼は極度の人付き合いの下手さを誇る――要するに極めて傲岸不遜な人物でもあります。何しろ自分の直属の上司どころか、奥州の支配者である藤原一族、泰衡に対しても呼び捨てなのですから筋金入りです。

 当然のことながら行く先々で要らぬ騒動を起こす彼のフォローに奔走するのは、彼の忠実な従者である葛丸。実俊の口の悪さにも負けず、社会性ゼロの主を時に押さえ、時に引っ張り回す葛丸は、実は故あって男装の少女――というのも面白い。
 実は葛丸は密かに実俊を……なのですが、激ニブの実俊は全く気づかないというのも、お約束ながら実に楽しいところであります。

 そしてこの二人に、口先だけで腕っ節はからっきしの兄とは正反対の、武人で常識人の検非違使・実昌も加えたトリオの姿は、重くなりがちな物語に明るい色彩を加える効果を挙げています。


 しかし、実俊は、天才型探偵にありがちなエキセントリックな人物としてのみ描かれているのではありません。
 彼のその傲岸不遜さは、(本人はほとんど全く自覚していませんが)彼の内面を守るための態度、滅多にいない心惹かれた者を失うことを恐れる彼の心の表れなのであります。

 そしてそんな彼がかつてその感情を覚えた相手、そして新たに覚えることとなる相手が誰であるか――その彼の心の動きもまた、本作の重要な要素であります。
 それはもちろん、主人公の内面の成長という大きなドラマであるのですが――しかしそれに留まらず。本作の謎を解き明かした先にある史実、すなわち奥州藤原氏の滅びにおいて彼が何を見て、何を想うかに密接に関わってくるのですから。

 そう、本作は義経の死の謎を描く時代ミステリと同時に、奥州藤原氏の、そして彼らが築いた平泉という理想郷の滅びを描く歴史小説でもあります。
 その滅びに際して、藤原氏の人々が何を想い、何を遺したのか? それは先に挙げた作者の作品においても描かれてきたところですが、本作はそこに実俊という探偵――冷静な目と心によって真実を見つめ、解き明かし、語る存在を通すことにより、より鮮明に浮き彫りにすることに成功しているのです。


 文庫の折り込み広告に記された本作の紹介文には「熱い思いが落涙を呼ぶ」という一節があります。
 正直なところ、これを最初目にした時には、こういった作品にまで泣かせを求めるのか――といささか鼻白んだものですが、しかし実際に本作を結末まで読んでみれば、なるほどこれは間違っていない、と想いを改めました。

 義経の死に始まる奥州戦争。その結果、 「出羽、陸奥国は、俘囚の国よとさげすまれ、常に搾取されるばかりとなる。百年、二百年、千年たってもそれは変わらぬであろう」
という作中の言葉は現実のものとなるのですが――しかしそれでもなお、その先に何かを遺すべく生きた人々がいた……
 それが胸を打たないはずがあるでしょうか。

 一人の英雄の死は、悲劇の物語としていつまでも語り継がれ、その背後の無数の死は忘れ去られていく。しかしそれでも、決して忘れられないものがある。消え去らないものがある……
 本作は興趣に富んだ時代ミステリの名編であると同時に、そんな想いを込めた希望の物語――やはり作者ならではの、作者でしか描けない物語であると強く感じた次第です。


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