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2018.04.20

阿部暁子『戦国恋歌 眠れる覇王』 人物造形と描写で魅せる帰蝶と信長の愛


 少し前に刊行された『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』も高評価の作者が以前に発表した歴史もの――織田信長の正室として知られる濃姫こと帰蝶を主人公に、彼女と信長の愛を描く戦国ラブロマンスの佳作であります。

 生まれ育った美濃を離れ、尾張の織田家に嫁すことになった帰蝶。悪人として知られる父・斎藤道三に対して、父ではなく夫を取ると啖呵を切ってきたものの、その相手の信長は、隣国まで「うつけ者」として知られる青年でした。
 おかしな格好で野山や町中を彷徨きまわり、怪しげな連中と付き合う。自分の婚礼の日まで忘れるような型破りの信長ですが、しかし婚礼で見せた気遣いに胡蝶の胸の鼓動は高まります。

 ところが新婚の晩のある行き違いのために、二人の中は一気に険悪に。しかも信長には吉乃という側女の存在があり、帰蝶はさらに追い打ちをかけられることになります。
 しかしそんな中、織田家ではうつけ者の信長を引きずり下ろし、弟の信行を当主に据えようという動きが進行。信長を信じる守役の平手政秀とともに、その動きに抵抗しようとする帰蝶ですが……


 というあらすじを見ればわかるように、本作は信長が織田家の当主となった直後の出来事を、帰蝶の視点を中心に描いた物語。その内容は基本的にほぼ史実に忠実であり、結果として見れば大きくそこから外れることはありません。
 そして発売されたレーベルが集英社コバルト文庫であることからも察せられるように、帰蝶と信長の関係も(側女がいてそちらに先に子供ができるなど、この時代ならではのある意味ハードな展開はありますが)、基本的に恋愛もののフォーマットで描かれることになります。

 このように書けば、さほど新味のない作品のように思えるかもしれませんが――しかしこれが抜群に面白い。
 そしてその理由は、主人公カップルはもちろんのこと、脇役一人ひとりに至るまで、人物造形と描写が実に巧みであることにほかなりません。

 顔も見たこともない相手に嫁ぐことは武士の家に生まれた娘の定めと諦めつつも、せめてその相手と慈しみ合い、そして支えることができるようにありたいと願う帰蝶。
 それは一見現代人的価値観のように見えるかもしれませんが、しかしこれは当時の若い女性の感情としても無理もない想いでしょう。そんな想いを胸に生きる彼女の懸命な姿は、現代の(本来の対象読者層から大きく外れるような僕のような者も含め)読者の目から見ても十分に説得力あるものとして感じられます。

 対する信長の方も、後世に伝わる開明さや合理性の萌芽は見せつつも、決してスーパーマンでなく、実にこの年代の若者的な「面倒くささ」を持った人物として描くのに好感が持てます。
 さらに二人を見守る親世代のキャラクターも、口から出る言葉(特に信長評)がいちいち格好いい道三など、実にいいのですが――しかし本作で一番驚かされたのは信行のキャラクターであります。

 信長と異なり、母・土田御前に溺愛され、彼女をはじめとする人々に奉じられて信長を廃して自分が当主の座に就こうとしたと言われる信行。
 本作の信行像も基本的にそこから外れるものではない、というよりもそのものなのですが――しかし、彼自身の言葉に表れる、彼がそう行動するに至った動機には唸らされました。

 それは単純化すれば兄へのコンプレックスではあるのですが、それだけに留まらない根深さと、何よりもこちらを共感させるだけの説得力――なるほど、一個の男子としてこのような立場に立たされればこうもなろう、というような――を持つものであり、少なくとも私はこれまで見たことのないようなキャラクター造形でありました。
(そしてまた、土田御前も理不尽な毒親というだけではない造形なのもいい)


 残念ながら本作は、後の覇王が目覚める――名実ともに織田家の当主として戦国の世に踏み出すまでで終わり、その先の物語は今に至るまで描かれていないのですが、しかしその先の物語を予感させる余韻を持つ結末も良い。
 歴史小説家としての作者の実力を確かに感じさせる作品であります。


『戦国恋歌 眠れる覇王』(阿部暁子 集英社コバルト文庫) Amazon
戦国恋歌―眠れる覇王 (コバルト文庫)


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