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2018.04.06

万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』下巻 己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けた男

 やることなすことうまくいかぬニート忍者・風太郎(ぷうたろう)の奮闘を描く物語もいよいよ佳境であります。万城目学お得意の関西を舞台としたちょっと不可思議な青春小説――の時代小説版かと思われた本作は、後半に至って大きな変貌を遂げ、凄絶なクライマックスを迎えることになります。

 伊賀で忍びとして過酷な修行を重ねながらも、ふとしたことから伊賀を追われ、京に出てきた風太郎。なにをやっても間が悪い風太郎はその日暮らしのニート生活、しかもひょうたんに住み着いた因心居士を名乗る奇怪なもののけに魅入られてしまう有様であります。
 それでも、因心居士の脅しもあってひょうたんを栽培することになったり、世間知らずの貴人を祇園祭に連れ出す仕事を請け負ったら刺客に襲われたりと、それなりに慌ただしい日々を送るようになった風太郎。

 そんな中、かつての上役に呼び出された風太郎は、他の忍びたちとともに、大坂城攻めに加わることになるのですが――しかしそこで風太郎は、戦の現実を前に心を深くすり減らすことになるのでした。
 確かに忍びは、彼が帰ることを望んでいた世界であります。しかし同時に彼のような人間にとってはあまりに残酷な世界であり――何よりも、彼はそこから再び突き放されることになります。

 時あたかも再び豊臣と徳川の戦が始まろうとする中、再び行き場を失った彼は、因心居士と高台院ねね、不思議な因縁で出会った二人からそれぞれ依頼されて大坂城本丸を目指すことになります。
 様々な因縁から行動を共にすることになってかつての伊賀の仲間たちと共に、ついにかつての世間知らずの貴人――秀頼と再会することとなった風太郎。そこである頼みを受けた彼の最後の決断は……


 と、時々剣呑ながら、どこか呑気でユーモラスな空気が漂う生活から一変、理不尽に人の命を奪い、奪われていく世界に放り込まれることとなった風太郎を描くこの下巻。
 その冒頭で、彼はそれまでの道のりが全てある意志によるものであり、そして自分は、利用尽くされた果てに弊履の如く捨てられる存在に過ぎなかったと知ることになります。

 それは厳しいことをいえば、ただ流されるままに生きてきた彼にとって、ある意味当然の帰結だったのかもしれません。
 しかしこの時代において、個人の意志にどれだけの力があるものでしょうか。個人が思うがままに生きることはできるのでしょうか?

 真面目に生きようとしても陥れられ、牙を剥けばさらに叩きのめされる。本作の登場人物は、程度の差こそあれ、誰もが己の意に反する運命に流され、傷ついているということができるでしょう。
 その中でひたすらマイペースに振る舞う因心居士ですら、風太郎を頼らねばならない因果に縛られているのですから……

 しかし物語の終盤において、風太郎は初めて自分自身の意志を持って立ち上がることになります。
 その向かう先が、ほとんど確実な死であっても、決して譲れないものがある。流されるわけにはいかない理由がある――そんな想いと共に、風太郎がかつての伊賀の仲間たちが命を的の大勝負に出る姿に、胸が熱くならないわけがありません。

 クライマックスで繰り広げられる大殺陣も、これが初時代小説とは思えぬ高いクオリティ。最後の最後の最後まで油断できぬ忍び同士の死闘が展開する終盤のマラソンバトルは、まさに一読巻を置く能わざる内容で、結末に至り、ようやく深く息をつくことができた――そんな作品であります。


 ……もちろん、前半の呑気な風太郎たちの姿を思えば、それは本当にそれしか道がなかったのかと、ひどく苦い味わいを残すものであります。
 それまで物語で描かれてきたものを思えば、ヒロイックな彼らの姿に、ある種の痛みと哀しみを覚えるのもまた事実です。

 しかしそれでもなお、巨大な力と力のぶつかり合う中で、確かに風太郎が己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けたことを思えば、これ以外の結末はなかった、と言うほかありません。。

 誰もが知る戦の結末の裏で、決して変えられぬ史実の陰で、それをひっくり返すことをやってのける――それは流されるまま生きるしかなかった風太郎が見せた、強烈な自己主張というべきなのでしょう。
 そしてその姿は、時と場所を異にしつつも、実は彼とさして変わらぬ生を送る我々にとって、ひどく魅力的に感じられるものであります。


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