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2018.05.04

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その二) ホームズをホームズたらしめたもの


 様々な有名人が名探偵として活躍す短編集の紹介の後編であります。残る三話も、これまたいずれも趣向を凝らした物語揃いです。

『2001年問題』
 本作に登場するのは、あの黒後家蜘蛛の会の面々――様々な謎を抱えた人々をゲストに、喧々囂々と謎解きを楽しむ六人の男たちと一人の給仕の姿を描いた、アイザック・アシモフの連作ミステリの登場人物たちが、現代を舞台に謎に挑むのですが――その謎というのが、アシモフがアーサー・C・クラークに宛てた手紙から失われた秘密なのであります。

 それも『2001年宇宙の旅』に隠された謎、ディスカバリー号で起きたことの真実――そう、本作はあの名作が現実の出来事として起きた世界での物語。木星に向かったディスカバリー号の事件の顛末をドキュメンタリー化したものがキューブリックの映画であり、クラークの小説だというのであります!

 映画の終盤の、数々の難解な映像。本作では、それは木星で保護され、後に姿を消したボーマン船長の供述によるというのですが――さて本当は船内で何が起きていたのか、船長以外の乗組員の死の真相は何なのか? 
 いやはや、謎のために物語世界を作ってしまうのが本書の特徴の一つですが、ここまでやってしまうとは驚くほかありません。

 しかし、給仕のヘンリーが解き明かすあまりに合理的なその真相もさることながら、彼がそこにたどり着く、その根拠が実に楽しい。
 そういえばアシモフ先生にはそういうミステリもあったなあ……と愉快な気持ちになってしまう本作。その先の更なる真実はどうかと思いますが、本書でも一二を争う好編です。


『旅に病んで……』
 とくれば松尾芭蕉の辞世の句。本作は同じく死を目前とした大俳人・正岡子規と弟子の高浜虚子が、芭蕉の門人・服部土芳の書状から、芭蕉の死の真相に迫ります。

 大阪で客死した芭蕉が直前まで健康であったことから死因に疑問を抱き、調査を進めていたという土芳。芭蕉が死の間際に残した句に着目した土芳は、ついにたどり着いた恐るべき真実は――それは書状に残されていなかったのですが、子規はそこまでの内容から、自力で真相にたどり着いたと語ります。
 しかしその子規もそれを語ることなく亡くなり、残された虚子は一人謎に挑むことになります。そして彼も真相に至るのですが……

 本作は一種の暗号ミステリですが、ある事物を詠んだ俳句の中にまた別の意味が、というのは技巧として存在するわけで、ミステリとの親和性は高いのでしょう。
 そしてそれはまた、一つの言葉を別の言葉に繋げてみせる駄洒落とも親和性が――というのは言いすぎですが、こじつけのような言葉合わせが、とんでもない伝奇的真実を導き出すのは、(人を食ったような結末も含めて)作者ならではのダイナミズムと感じるのです。


『ホームズの転生』
 そしてラストはホームズを探偵役に据えた物語――なのですが本作のホームズは老人。しかも探偵になることなく老いさらばえてしまったホームズなのですから驚かされます。

 町医者として平凡かつ平和な人生を送り、妻に先立たれて一人暮らす老ワトスンが訪れた小さなコンサート。その舞台上で、ホルン奏者が背中から撃たれて死亡するという事件が発生します。警察は当然、被害者の後ろにいた人間を疑うのですが――しかしそれに異論を唱えた人物がいました。
 それは舞台に上がっていた老バイオリニスト・ホームズ――音楽家を志すも芽が出ず、場末の楽団で演奏していた彼は、実は類稀なる推理の才能を持っていたのであります。たちまち意気投合したホームズとワトスンは、事件の捜査に乗り出すのですが……

 ホームズものと言うものの、そのほとんどは正確にはホームズとワトスンものと言うべきでしょう。名探偵は、彼の助手にして記録者、そして親友があってこそ存在し得る――それを本作は、これ以上なく力強く語ります。
 若き日に一度出会いながらも、些細な行き違いからベイカー街で同居することはなかった二人。それが大きな歴史の分岐となってしまうとは――二人のファンには大いに悲しくも、しかし大きく頷ける内容であります。

 もちろん事件の方も、そのトリックの面白さ(そして時代がかった豪快さ)も含めて、実に「らしい」本作。できることなら、ここから始まる二人の物語をもっと読みたくなってしまうような快作でした。

 そして数々のトリッキーな作品を描いた本作のラストに、それらにも負けずトリッキーでいて、しかし見事なパスティーシュを描いてみせる、作者のセンスには脱帽するほかありません。もちろん三冊目も期待したくなる快作であります。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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