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2018.05.10

鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター


 一作一作、趣向を凝らした作品を送り出してく作者の最新作は、いわゆる若様もの。故あって外で育てられた尾張徳川家の若君が主人公なのですが――タイトルにあるように、若君の表の顔は吉原の花魁。とんでもない設定に驚かされますが、しかしその時点で作者の術中にはまっているのであります。

 将軍吉宗と対立した末に隠居に追い込まれた尾張七代・宗春と侍女との間に生まれた男子・竜之進。しかし何者かの手によって母は殺され、竜之進のみ、くノ一の美咲に救い出されることになります。
 密かに竜之進を庇護していた尾張の付家老・成瀬隼人正は、尾張にいては竜之進の身が危ないと、美咲と配下の四人の遣い手・甲賀四鬼とともに江戸に出すことになります。

 そして吉原に潜んだ竜之進主従。それから17年、吉原の女郎屋の一つの主に収まった美咲はそれぞれ使用人に収まった四鬼とともに竜之進を育て上げ、美丈夫に育った彼は吉原一の花魁・篝火として江戸の評判に……

 いやいやいやそれはおかしい、と思われるかもしれません。いや、尾張家の御落胤が吉原で育つのはいいとして、何故女装、しかも花魁に!? と驚き怪しむのが当然でしょう。
 しかし我々がそう考えるということは、竜之進を狙う者たちも同様に考えるということ。まさか徳川の血を引く若君が花魁に身をやつし、しかも吉原にその人ありと知られるような目立つ存在になるはずがない、と。

 そう、木は森の中に隠せと申しますが、これはそれを地で行く――いやむしろ目の前に隠すべきものを晒してみせるという驚くべき奇計なのであります。
 もちろん、まさか実は男の竜之進/篝火が客と同衾するはずもなく(花魁だからこそその我が侭が許されるという設定がうまい)、しかしそれこそ高嶺の花よ、とさらに評判になっていたのであります。

 しかし如何に己の身を案じた末の策とはいえ、青春真っ盛りの若者が、女に身をやつして酔客の相手が面白いはずもありません。
 かくて竜之進は暇を見ては吉原を抜け出して旗本の四男坊を名乗り、馴染みの居酒屋で貧乏御家人の太田直次郎(そう、若き日のあの人物です)や瓦版屋のお侠な少女・楓とともに、様々な事件に首を突っ込むことに……


 という基本設定の本シリーズ、その第1作で竜之進が挑むのは、彼がその二つの顔――吉原での顔と外の顔のそれぞれで聞きつけた、怪しげな事件であります。

 その一つ目は、楓が聞き込んできた天狗騒動。夜毎に江戸に天狗が現れ、怪しげな歌を歌って踊り回るというのであります。
 そしてもう一つは、吉原で、遠州から買われてきた娘たちが、家族と音信不通になってしまったという出来事。いかに篭の鳥とはいえ、手紙のやり取りはできるはずが、里からの返事が来なくなったというのです。

 一見全く関係のないこの二つの出来事。しかし天狗たちが歌の中で賄賂を取る者を批判し、そして娘たちがみな遠州相良出身であったことから、その背後にある人物の存在が浮かび上がることになります。
 そしてそこから事件は思わぬ方向に転がり、悪の姿が浮き彫りになっていくのですが――この辺りの史実との絡ませ方が実に作者らしい、とまず感心いたします。

 これまで縷々述べてきたように、かなり意表を突いた設定の本作ですが、しかしその背後にあるのは、あくまでも確たる史実であり、描かれる事件もそこから生まれたもの。
 この史実の生かし方と距離感、緩急をつけた物語の付け方――題材としてはある意味定番、これまでで最も「文庫書き下ろし時代小説」的な本作ですが、しかしその中でも作者らしさは薄れることはない、と感じました。


 しかしそれ以上に嬉しいのは、竜之進の人物像――彼が悪に挑む、その理由であります。
 そこにはもちろん、若者らしい正義感や好奇心、冒険心というものはあるでしょう。しかしそれだけではありません。彼にはそれ以上に、吉原に暮らす遊女たちへの強い共感があるのです。

 金で売り買いされ、吉原に縛り付けられる遊女たち。もちろん竜之進の場合、その事情は大きく異なりますが、しかし吉原に縛り付けられ、表舞台に立てぬ身という点では彼も同様であります。
 だからこそ、竜之進は彼女たちを傷つける者を、利用する者たちを許さない。単なる(と敢えて言いましょう)正義の味方ではなく、吉原の女性たちの代弁者として破邪顕正の刃を振るう男――それがまた、花魁としての自分を活かした剣法なのも実にいい。

 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクターを備えた物語――また一つ、先が楽しみなシリーズの開幕であります。


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