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2018.05.07

武内涼『敗れども負けず』(その二) 彼らは何故、何に負けなかったのか?


 歴史上の敗者を題材にした短編集の紹介の後編であります。今回ご紹介する二編は、本書のテーマに即しながらも、作者の小説に通底するものがより色濃く現れた作品です。

『春王と安王』
 足利義教と対立した末に討たれた足利持氏の子として奉じられ、結城合戦の大将となった足利春王丸・安王丸。圧倒的な力の前に散った幼い子供たちの姿を、本作は瞽女――盲目の女性芸能者を通して描きます。

 幼い頃に瞽女となり、長じてのち琵琶法師の夫と出会い、坂東に出た千寿。ならず者に襲われていたところを二人の少年に助けられた彼女は、やがてその二人が春王丸・安王丸であったことを知ります。
 義教に反旗を翻し、結城城に依った二公子に求められ、その心を慰めるために城に入った千寿たち。善戦を続けるものの、幕府軍の物量に押されついに迎えた落城の日、城を脱した二公子の伴をする千寿たちですが……

 現代でいえば小学生くらいの年齢ながら、反幕府の旗頭として祭り上げられ、そして非業の最期を遂げた春王丸と安王丸。
 本作はその二人の姿を――その少年らしい素顔を、千寿という第三者の目を通じて瑞々しく、だからこそ痛々しく描きます。そしてそれと対比する形で、「万人恐怖」と呼ばれた暴君・義教の姿が浮かぶのですが――しかし本作が描くのはそれだけに留まりません。本作が描くのはもう一つ、そんな「力」に抗する者――芸能の形で敗者たちの物語を愛し、語り継いできた庶民たちの姿なのです。

 思えば、作者の作品は常に弱者――忍者や暗殺者など、常人離れした力を持っていたとしても社会的にはマイノリティに属する存在――を主人公として描いてきました。その作者が描く歴史小説が、強者・勝者の視点に立つものではないことはむしろ当然でしょう。
 そして本作においてその立場を代表するのが、千寿であることは言うまでもありません。強者たる義教があっさりと命を落とした後に、春王丸・安王丸の姿が芸能として後世に語り継がれることを暗示する本作の結末は、決して彼らが、千寿たちを愛した者たちが負けなかったことを示すのであります。


『もう一人の源氏』
 最後の作品の主人公は、源氏嫡流の血を引きながらも、将軍位を継ぐことはなかった貞暁。頼朝亡き後、頼家が、実朝が、公暁が相次いで死に、源氏の血が途絶えたかに見えた中、ただ一人残された頼朝の子の物語です。

 頼朝が側室に産ませ、妻・政子の目を恐れて逃し、高野山に登った貞暁。彼を四代将軍に望む声が高まる中、政子は九度山で貞暁と対面することになります。表向きは将軍就任への意思を問いつつも、是と答えればこれを討とうとしていた政子に対し、貞暁は己の師の教えを語るのですが……

 本書に登場する中で、最も知名度が低い人物かもしれない貞暁。幼い頃に出家し、高野山で生き、没したという彼の人生は、メインストリームから外れた武士の子の典型に思えますが――しかし本作は政子に対する貞暁の言葉の中で、それが一面的な見方に過ぎないことを示します。
 高野聖に加わり、自然の中で暮らした貞暁。初めは己の抱えた屈託に苦しみつつも、しかし師との修行の日々が、彼を仏教者として、いや人間として、より高みに近づけていく――そんな彼の姿が露わなっていく政子の対話は、静かな感動を生み出します。

 そしてその師の言葉――「この世界は……愛でても、愛でても、愛で足りんほど美しく、さがしても、さがしても、さがし切れぬほどの喜びで溢れとる」は、作者の作品における自然観を明確に示していると言えるでしょう。
 デビュー以来、作者の作品の中で欠かさずに描かれてきた自然の姿。登場人物を、物語を包むこの自然は、この世の美しさを、そして何よりも、決して一つの枠に押し込めることのできないその多様性を示しているのだと――そう感じられます。

 その多様性に触れた末に、武士の戦いの世界を乗り越えた貞暁の姿は、本書の掉尾を飾るに相応しいというべきでしょう。


 以上全五作の登場人物たちが戦いに敗れた理由は、そしてその結果は様々です。しかしその者たちは、あるいはその者たちの周囲の者たちは、戦いに敗れたとしても決して負けなかったと、本作は高らかに謳い上げます。何に負けなかったか? その人生に――と。

 作者はこれまでその伝奇小説において、正史の陰に存在したかもしれない敗者の、弱者の姿を描いてきました。勝者の、強者の力に苦しめられながらも、決してそれに屈することなく、自分自身を貫いた者たちを。
 本書は、そんな作者の姿勢を以て描かれた歴史小説――作者ならではの、作者にしか描けない歴史小説なのであります。


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敗れども負けず


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