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2018.05.01

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』 英国怪談の香気溢れる名品

 母を亡くし、故あってダラムの神学校に送られることになった「おれ」が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年・パトリック。周囲から怪談を好んで集めているという彼は、この世ならざるものを見る力を持っていた。寄宿舎でパトリックと同室になった「おれ」は、様々な怪事に巻き込まれることに……

 妖怪や怪異といったモノになにがしかの関わりを持っていた実在の人物は、フィクションの世界においては、そうしたモノたちと実際に出会っていたという設定で描かれることが多いものです。
 その最たるものが、ラフカディオ・ハーン、すなわち小泉八雲でしょう。彼を主人公/狂言回しにした伝奇もの、ホラーものはこれまでこのブログで幾つも取り上げてきましたが、その最新の作品が本作であります。

 しかし本作は副題とは裏腹に、まだハーンが八雲になる、はるか以前の物語――それもまだ彼が十代の少年であった頃、彼が神学校に在学していた時代を舞台とした物語であることが大きな特徴となっています。
 父と母が離婚して母に引き取られたものの、ある事情から母と別れた少年時代のハーン。敬虔なキリスト教徒だった大叔母にによってダラムの神学校に送られた彼は、そこで数年を過ごすのですが――本作はそのダラムを舞台とした連作短編集なのです。


 母を亡くし、父の親族から放り出されるように神学校に入れられることとなった語り手が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年から、この列車と神学校にまつわる因縁話を聞かされる第一話『境界の少年』に始まり、全四編で構成される本作。
 ここで少年――彼の生国流に発音すればパトリキオス・レフカディオス・ハーン、ダラムではパトリック・ハーンと名乗る彼と意気投合した語り手は、同室となったパトリックに半ば引きずり込まれるように、様々な怪異と遭遇することになるのです。

 このパトリック、下級生などからわざわざ怖い話を蒐集しているほどの好事家。しかしそれだけでなく、あちら側と交感し、この世ならざるもののを見る力までも持っているののです(何しろ、亡き兄の魂が姿を変えたという鴉を連れ歩いているというのですから「本物」であります)。

 そんなわけで自分から怪異に首を突っ込んだり、あるいは向こうからやってきたり――第二話以降は、二人が巻き込まれた三つの物語が語られることになります。

 寄宿舎で新入生たちのもとに現れ、目に砂を投げ込むという怪人「砂男」と、学内である生徒が目撃した聖母の存在が、意外な形で交わる『眠れぬ子らのみる夢は』
 曰く付きの品の蒐集家である友人の父が手に入れた日本の人魚の木乃伊を見て以来、語り手の片手の感覚がなくなっていくという怪異の背後に潜むある想いが語られる『忘れじのセイレーン』
 街の無縁墓地に首を吊ったような形の子供の人形が備えられていることをパトリックの顔なじみの墓守から聞かされ、調べることとなった二人が、思わぬ邪悪なモノと対峙する『誰がために鐘は』

 ご覧のとおり、本作に収録されているのは、題材も内容もバラエティに富んだ怪異譚ですが――しかしこれら四編に共通するのは、いずれも良い意味で抑制の効いた、落ち着いて風格のある語り口と物語展開であります。

 言ってみれば本作は、日本の作家の手になるものでありながらも、「英国怪談」という言葉が誠に相応しい物語揃い。
 単に英国が舞台だから、というだけではもちろんなく、背景となる風物の描き方から題材のチョイスとその活かし方、そして何よりもその空気感が、古き良き英国怪談作家たちのそれに通底するものを感じさせる――というのは褒めすぎかもしれませんが、愛好家としてはたまらないものがあるのです。

 そしてそれ以上に嬉しいのは、本作に収録された物語の全てに通底する、怪異に――いやその背景にある人間の想いに向けられた、優しい眼差しであります。

 本作の主役であるパトリックも語り手も、どちらも少年らしい活発さと明るさに満ちたキャラクターでありつつも、しかしその家庭環境に、両親に深い屈託を抱えた者同士。
 そんな二人だからこそ、同様に屈託を抱えた者の想いに共感することができる。(それが危機に繋がることもあるのですが)その構図は、本作に独特の暖かみと後味の良さを与えていると感じます。


 「ふりむけばそこにいる」――怪談小説の題名としては、そこにいるのはどうしても恐ろしいモノを想像してしまうかもしれません。しかしそこにいるのはそれだけではない、確かに温かいものもそこにはいるのだと――そんなことを感じさせてくれる名品であります。


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ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 (講談社タイガ)

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