逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第1巻 二重のパロディが描く人の情
そのユニークな描写と意外な題材で、発売以前から話題になっていた時代ミステリ漫画の単行本第1巻であります。獣医者の傍ら、岡っ引きとして数々の難事件を解決する男・正宗。そんな彼が出くわす事件は、いずれも探偵の代名詞ともいえるあの名探偵が挑んだ事件がモチーフに……!?
ある朝川岸で見つかったいま人気絶頂の役者・菊次郎の死体。前夜彼の後をつけていた瓦版屋が、橋の上で菊次郎と弟分の菊丸、その恋人のお珠が揉み合っていたのを目撃していたことから、二人が下手人としてすぐに捕まるのですが――水死体であるはずの菊次郎の遺体の美しさに違和感を抱いたのが正宗であります。
独自に三人の周囲を洗う中、初めは菊次郎の客だったお珠を巡り、菊次郎と菊丸が険悪な仲となっていたことを知る正宗。そして現場の川の中に残されていた紙縒りの状態から、彼はある真実を掴むのですが……
というのが第1話「そあ橋綺譚」のあらすじ。ん? そあ橋――ソア橋!? と、ホームズファンの方であればすぐお気づきのように、本作はシャーロック・ホームズ譚の一つ『ソア橋』のパロディというべき作品。
その後も、蓮花蛭(はすかびる)沼で怪光を放つ奇怪な猫に人々が襲われる「蓮花蛭の猫」、正月にとある菓子屋が作った大きな鏡餅が何者かに次々と割られていく「六つの鏡餅」と、ホームズファン的には思わずニッコリなエピソードが続くのであります。
もちろん題材だけでなく、その謎に対して正宗が丹念に証拠を集め、聞き込みをして論理的に謎を解き明かすという、ミステリの基本を押さえた内容なのも嬉しい。
上で述べた紙縒の謎など、実に「科学的」に解き明かしてくれるのにはグッとくるのです。
さらに本作でユニークなのは、現代の事物を大胆に(強引に)アレンジして時代劇に盛り込むという何でもありっぷりであります。
街角に置かれた板に皆がコメントを貼り付けていく「戸板」(といったー)、その絵入り版の「印素多」(いんすた)、あるいは女性たちがお金を払ってイケメンをはべらせる「星徒」(ほすと)、絵草子の展示即売会の「混見家」(こみけ)等々……
どこかで見たようなものを江戸時代に取り込んでパロディにする、というのは本作が初めてではもちろんありませんが、そのギャップはなかなかに愉快なのです。
(特にエキサイトした連中が戸板に火をつけて「炎上」してしまうのには大笑い)
しかし本作で描かれるものは、こうしたホームズ譚や現代風俗といった、パロディの面白さだけにあるわけではありません。
本作で正宗が解き明かすもの――それは事件のトリックだけではありません。犯人がその事件を起こすに至った理由までも、本作は丹念に描きます。
それは時に嫉妬心であり、虚栄心や巧妙心であり、あるいは愛情やそれと裏返しの不安であり――そこにあるものは、決してミステリの中だけに存在する変態心理などではなく、我々の誰もが覚えのある感情なのです。
もちろんそれは、現代の風俗を取り込んで描くことによって、そのように感じさせられる部分もあるかもしれません(というより、まさにそのための要素ではないかと思いますが)。しかし、いつの時代にも変わらぬ人の想いというものは確かにあります。
ユニークなパロディに目を引かれがちですが、その背後の人の複雑な想い――そしてそれを解き明かすのが朴念仁の正宗というのも面白い――もまた、本作の魅力ではないでしょうか。
原典を知っているとある程度内容が予想できてしまう点、さらには単行本の解説ページで原典のネタ割れをしている点など、少々気になる点がないでもありません。
しかしそれでもやはり、本作で描かれる幾重のパロディ、幾つもの魅力は見逃せません。
雑誌への掲載ペースはかなり間隔が空いているようですが――それでもこの先のエピソードを待つ価値がある作品だと感じるのです。
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