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2018.06.08

渡千枝『黒き海 月の裏』第3-4巻 運命の悪意に抗する人間の善意


 大正時代、千里眼を持つ盲目の少女・夕里が辿る数奇な運命を描く物語の後半であります。運命に翻弄される夕里と周囲の人々の運命は、そして迫り来る黒き波の脅威に対して為すすべはあるのか……

 熱海に生まれ、芸者の母に育てられた盲目の少女・夕里。生まれつき千里眼の力が備わっていたものの、その力を隠していた彼女は、様々な出来事がきっかけで大病院の娘・榊原環とその兄・隆太郎、そして貿易商の息子・寿樹にその力を明かし、親交を深めていくことになります。

 しかし彼女の周囲に蠢く怪しげな人物――彼女の周囲を探り、その命さえも奪おうとした悪徳探偵を送り込んだのは、夕里が密かに心を寄せる隆太郎の祖母でありました。
 果たして夕里と榊原家の間に何があるのか? 隆太郎からも突然別れを告げられ、傷心の夕里を、次々と過酷な運命が襲いかかることになるのですが……

 というわけでこの先においても次々と試練に直面する夕里。しかしこの後半で夕里以上に運命の荒波に巻き込まれるのは、夕里の親友であり、しかし彼女とは対照的に何不自由なく暮らしてきた令嬢の環であります。
 同じ年の夕里とは分け隔てない付き合いをしながらも、その実、隆太郎や寿樹が夕里に心を寄せるのに嫉妬と反発の念を抱いていた環。そんな中、彼女は自分の身の上にまつわる恐るべき真実を知ることになります。

 自分を自分たらしめていたものを根底から否定され、自棄になって家を飛び出した環。海に落ちかけたところを湯治に来ていた男・間垣に救われ、彼と恋に落ちるのですが――間垣が本作における悪役顔(目が細く陰険で頬がこけている)の時点で推して図るべしであります。

 少女漫画――というよりレディコミ的な陥穽に落ちた彼女を救うために奔走する夕里ですが、激しい反発に遭い、却って千里眼を失う羽目に。そして間垣の暗躍により、次々と忌まわしい秘密が明らかにされていくのであります。

 正直に申し上げれば、人物配置的にこうなるのでは、とある程度は予想できたものの、やはり実際に目にしてみれば辛いこの展開。運命の悪意に人々が翻弄される姿は、ドラマチックと言えばドラマチックですが、やはり胸が塞がる想いがいたします。

 しかし本作は、決して運命の悪意の勝利を謳う物語ではありません。それに抗する人間の善意の存在――時に悪意の前に傾き、揺らぎながらも、それでも他者を慮り、その力になろうとする人々の存在をも本作は描くのであります。
 その代表が夕里であることは言うまでもありませんし、寿樹や隆太郎ら男性陣も同様ですが――さらに夕里がかつて売り飛ばされた(!)横浜のカフェの人々など、ごく普通の人々の善意の存在が描かれるのも嬉しいところであります。

 そんな人々の中で何よりも印象に残るのは、そのカフェで千里眼ショーに出演していた自称超能力者の雪ノ介でしょう。
 かつては夕里同様千里眼を持ちながらもいつしかそれを失い、ペテンでそれを補ってきたという実に胡散臭い人物である雪ノ介。しかし彼は千里眼の、そして何よりも人生の先輩として夕里を、そして環や若者たちを支える頼もしい人物でもあります。

 世間の表と裏を行き来しつつも、決して裏に染まることなく、軽口と憎まれ口を叩きながらも夕里たちを助ける――そんな何とも味のある雪ノ介のような人物がいることで、本作の物語は大きくその奥行きを広げてみせたと感じます。

 そして、そんな人々と運命の対決のクライマックスが、破滅のビジョンとして作中に幾度となく現れる「黒き波」との対峙であることは言うまでもありません。そして本作の舞台が大正であることを考えればその正体は、そしてその結末は明らかでしょう。
 しかし史実という運命の結末の陰には、決してそれに屈しなかった者たち、自分の愛する者たちを守った人々の存在があることもまた、言うまでもないことであります。

 本作のタイトルにある「黒き波」とは、いずれ訪れるであろう苦難を、「月の裏」とは、常人には決して窺いしれない存在――運命を指すのではないかと想像します。
 しかしそれを前にしても人間は、人間の善意は屈せずに輝き続ける――本作は波瀾万丈のサスペンスを通じてそれを謳い上げる、美しい物語であります。

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