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2018.06.05

石川優吾『BABEL』第1巻 我々が良く知る、そして初めて見る八犬伝


 伝奇時代小説の祖ともいうべき曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』――これまで様々な形に翻案されて読み継がれてきたこの物語に、新たな作品が加わりました。漫画家としての最終目標が八犬伝だったと語る作者による本作――第1話の時点で、これまでにない八犬伝であることが一目瞭然の意欲作であります。

 犬のハチを連れ、比叡山で千日回峰の修行を続けてきた僧・丶大。ついに満願の日、その奇瑞がその身に宿ったか、丶大を襲った巨大な熊を倒してのけたハチは八房と名を改め、「神の狗」としてその名は瞬く間に広がることになります。
 それ以来、八房を求めて様々な人々が丶大を訪れる中、ごくわずかな供回りと共に現れた少女――安房里見家の姫君・伏姫。彼女は、奇怪な闇の力を味方につけた山下定包に攻められて風前の灯火の里見家を救うためにやってきたのです。

 その頃、里見領の村で狼藉を働く山下の兵たちの前に立ちふさがった二人の若者――かつて里見家に仕えた家の出身ながら、今は零落して農民として暮らす彼らの名は、犬塚信乃と額蔵……

 という第1話の時点で、原典を知るものであれば大いに驚かされるのですが、その後も我々のよく知る、しかし初めて見る物語が描かれることとなります。

 山下の兵を斬ったことで村を飛び出し、当て所もなくさまよう中で、里見城に向かう伏姫と丶大、八房を助けた信乃と額蔵。
 成り行きから落城目前の里見城に入った彼らは、その命を捧げるという伏姫の祈りに応え、八房が定包の首を取ってくるのを目の当たりにすることになります。

 しかし、それまでとは一変した妖しげな気を放ち、突如里見家の人々に襲いかかる八房。その変貌の陰には、定包の情婦にして奇怪な魔術を操る魔女・玉梓の姿が――!

 八犬伝という長大な物語の序章である里見義実と山下定包の争い。追い詰められた里見家は犬の八房に頼って定包を討つも、伏姫は八房のいわば贄となって――という大枠は本作も同じであります。

 しかしそこに原典にはいなかった(いたとしても別の名と姿だった)人物が存在するのが、本作の大きな特徴であります。
 そう、原典では丶大も信乃も額蔵も、八房が定包の首を取ってきた場にはいなかった――信乃と額蔵は生まれてすらいなかった――のですから。

 この辺りはずいぶん思い切った改変に思えますが、しかしそれによって物語に大きなスピード感が生まれたのは確かなことでしょう。

 八犬伝という物語において、伏姫と八房の縁起は、全ての始まりである非常に重要なエピソードではありますが、その間主人公たちが登場できないというのもまた事実であります。
 雑誌連載という一種不安定な形式で――そして八犬伝という物語をご存じない読者もいる中で、原典のスタイルを守るのはなかなか難しいのかもしれません。

 何よりも、元は八犬士でなかった(?)面々と伏姫の因縁がこれから生まれるという構成は、それはそれで大いに胸躍るものがあります。

 そしてまた、原典ではある意味呪われた存在が一転聖なる存在となった八房が、本作においては逆の形を辿ることとなっているというのも面白い。
 光の八犬士vs闇の玉梓というのは、これは八犬伝リライトでは定番の形式の一つですが、それをこのような形で描いてみせるか、と感心させられました。
(そしてこの八房と信乃の対決のくだりが、原典のあるシーンを思い起こさせるのも心憎い)

 さらに、見開きや大ゴマを多用して、時にほとんど絵物語のようなスタイルで描かれるのも、実に印象的で――特に玉梓の圧倒的な存在感!――漫画として見ても魅力的な作品と感じられます。

 もちろんこの第1巻の段階では物語はまだまだ序章。八つの玉が天空に放たれたところでこの第1巻は幕となるのですが――しかしこの先、どのような「八犬伝」が描かれることになるのか、実に楽しみな作品であることは間違いありません。

 物語の舞台は永禄元年と、原典からかなり後ろ倒しされている本作。作者の言によれば、あの戦国武将との絡みが用意されているようですが――さてそこで何が描かれることになるのか、気にならないはずがないのであります。

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