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2018.06.22

山本巧次『軍艦探偵』 軍艦の上の日常、戦争の中の等身大の人間


 『八丁堀のおゆう』『明治鐵道探偵』と、これまでもユニークな時代ミステリを手がけてきた作者が次に手がけた題材は軍艦――軍艦に探偵といえば、軍事冒険小説的なものを感じさせますがさにあらず。軍艦上で起きる日常の謎をメインに扱った、実にユニークな連作集であります。

 アメリカとの開戦も目前に迫る中、短期現役士官制度に応募して海軍主計士官となった池崎幸一郎。戦艦榛名に配属された彼に、補給で運び込まれたはずの野菜の箱が一つ紛失したという報告が入ります。
 海軍ではお馴染みの銀蠅(食料盗難)かと思いきや、食料箱の総数には変化はない――とすれば一箱予定になかった箱が運び込まれたことになります。山本五十六連合艦隊司令長官の視察を控えたこの時期、万が一のことがあってはならぬと調査を始めた幸一郎がやがてたどり着いた真実とは……

 という第1話の内容が示すように、軍艦上で起きたささいな、しかし奇妙な出来事をきっかけに、その謎を追うことになった幸一郎が意外な真実を解き明かす、というスタイルで(終盤を除けば)展開していく本作。
 そこあるのは華々しい戦いでも複雑怪奇な陰謀もなく、真相を知ればなんだと苦笑してしまいそうな「事件」ばかりであります。

 そもそも主計士官というのは、会社で言えば総務と経理の役目――つまり基本的に事務方。軍艦や海軍という言葉から受ける格好良くも華々しい――あるいは厳しく危険だらけのイメージとは遠いところにいる存在です。
 タイトルの軍艦探偵も、配属される先々の艦で事件に巻き込まれ、仕方なくそれを解決してきた幸一郎に対して冷やかしまじりに与えられた渾名のようなもので、もちろん公式の任務ではないのですから。

 しかし、それだからこそ本作は実に面白い。上で挙げたような一般的な(?)イメージとはほど遠いところで展開する本作ですが、しかし冷静に考えてみれば、軍艦だからといって、そして太平洋戦争中だからといって(少なくとも戦争初期は)四六時中戦闘しているというわけではありません。
 いやむしろそれ以外の時間が多かったはずであり、そして軍艦という空間の中に数多くの人間が日々を送っていれば、そこに「日常」が生まれることは当然でしょう。

 そんな軍艦上の日常という、史実の上でも物語の上でも我々とは縁遠い、しかし確かにかつて存在したものを、本作はミステリという視点から切り取ってみせた作品なのです。
 そしてそこに浮かび上がるのは、決して格好良くはない(そして同時に悲劇ばかりではない)等身大の人間たちの姿であります。軍艦探偵という二つ名は持ちつつも、やはりそんな人間の一人である幸一郎だからこそ気付くことのできる真実が、ここにはあります。

 しかしそんな日常も、戦況の変化とはもちろん無縁ではありません。そして一種の極限状況に近づいていくにつれて、人間性の表れ方も変わっていくことになります。
 本作のラスト2話で描かれるのは、そんなもう一つの現実の姿――そこで幸一郎は、これまで幸運にも出会わずに済んできたものの一つを突きつけられることになります。そしてそれを解決するには、彼をしても長い時間を必要としたのですが……


 そんな、ミステリとしても一種の歴史小説としても楽しめる本作ですが、しかし個人的には幾つかすっきりしない点もあります。

 その一つは本作に登場する軍艦――全六話に一隻ずつ登場する軍艦の半分が、架空のものであることです。
 もちろん同型艦は存在するかと思いますし、確たる資料と根拠をもって作中でも描かれているはずですが――しかし、本作のように明確な史実を踏まえた作品、その史実の中の人間を描く作品であれば、その舞台となる軍艦もまた、全て実在のものであって欲しかったと感じるのです。

 そしてもう一つ――それは、幸一郎がその中で生きてきた戦争の姿が――言い換えれば幸一郎がその戦争とどう向き合ってきたかが、ラスト近くまでほとんど伝わってこなかったように感じられる点です。

 確かに海軍は陸軍と違い、直接敵と向き合い戦う機会は少ないでしょう(そしてそれが作中ではっきりとある機能を果たしているのですが)。しかしそれでもどこかに敵は――彼らと同じ人間は存在し、それと彼らは戦っているのであります。
 本作はそれを描く作品ではない(というより意識して慎重に避けている印象)のかもしれませんが――戦争の中の日常を、人間を描く作品であったとすれば、その点も描いて欲しかったと感じます。幸一郎の身の回りの世界だけでなく、その先の人間の姿も……

 もちろんこれは個人的な拘りに過ぎないのではありますが。


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軍艦探偵 (ハルキ文庫)

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2018.06.21

横田順彌『水晶の涙雫』 消えた少年と南極からの友が繋ぐ想い


 明治の科学小説作家・押川春浪と鵜沢龍岳師弟、そして彼らを取り巻く人々が不可思議な事件に挑む明治SFシリーズ――その長編第2弾であります。白瀬大尉の南極探検を背景に、長きにわたり意識不明だった少年の行方不明事件が、様々な波紋を呼び、奇妙で暖かい物語を描き出します。

 白瀬大尉の南極探検隊が、惜しくも志半ばで帰国を余儀なくされた明治44年――東京帝国大学附属病院の特別病室から姿を消した少年・白鳥義彦。
 勤め先の金を横領して追いつめられた父の無理心中に巻き込まれ、半年以上にわたって意識不明の状態であった彼は、しかし本来であれば息を引き取ってもおかしくないところが、不可思議にも生き続けていたのであります。

 だからといって、衰弱しきった病院を抜け出せるほど急に回復するするはずもありません。しかし病院側は義彦少年の状態に目を付けて人体実験紛いの治療を行っていたため表沙汰にするわけにもいかず、ただ残された母親・雪枝のみが心を痛める状況となっていたのでした。

 そんな状況とも知らず、春浪の友人・阿部天風は、雪枝が妻の遠縁であったのをきっかけに、雪枝の夫の事件に関心を抱いて調査を続けた結果、その死に不審な点があることに気付きます。
 もしそれが偽装された殺人事件であれば、本職の出番――と警視庁の黒岩刑事に協力を依頼する龍岳たちですが、しかし正義感の強いの黒岩にしては、珍しく消極的な態度をみせます。

 実は町を彷徨っていた義彦と偶然出会い、密かに匿っていた黒岩。義彦が黒岩に語った驚くべき真実とは、そして黒岩が守らなければならない秘密とは……


 冒頭に述べたように春浪と龍岳を中心にする本シリーズですが、その中で龍岳と相思相愛の女学生・時子と、その兄の黒岩刑事もまた、彼らとともに活躍するレギュラーであります。
 そして実は、今回主人公同然の位置を占めるのが、この黒岩刑事なのです。

 幼い頃に両親を失い、苦労に苦労を重ねながら時子を育ててきた黒岩。それだけに人情家で正義感が強く、絵に描いたような「良い刑事さん」である彼は、シリーズを現実サイドから支える名脇役であります。
 その黒岩が今回は妹にすら明かせない秘密を抱えて孤軍奮闘。しかも恋愛方面については妹に完全に先を越されていた彼に、ついにロマンスが! と、完全に主人公ポジションで活躍してくれるという、長らくシリーズを見てきた読者にとっては何とも嬉しい展開なのです。

 さてその物語の方は、義彦少年の失踪(そして彼の抱える秘密)と、その父の「自殺」を巡る謎とが交錯しつつ展開していくことになりますが、そこに登場人物たちが、それぞれの事情や思惑を抱えて関わっていくのも面白い。
 上で述べたように皆とは別行動を取る黒岩。黒岩に疑いを抱きつつ雪枝のために事件を追う龍岳や時子たち。自分を何かと助けてくれる黒岩に支えられながら義彦を捜す(まさかその黒岩が義彦と一緒にいるとは知らない)雪枝。さらにはかねてから義彦に目を付けてきたという陸軍の特務部隊の軍人とその手下まで……

 数々の登場人物が、それぞれに掴んだ真実を手に、少しずつ謎に近づいていく――実は真実そのものはさほど複雑なものではないのですが、しかし人間関係をシャッフルすることで。よく見ると結構地味な話を盛り上げていくのには感心いたします。

 そして本作の、本シリーズのキモとも言うべきSF的ガジェットですが――今回も懐かしさを感じさせる(すなわち古典的な)アイディアを用いつつ、それを巧みにドラマに絡めていくのが嬉しいところ。
(そしてそこに絡むのが、前作のハレー彗星接近と並ぶ一大科学イベントである白瀬大尉の南極探検という趣向もうまい)

 前作などに比べるとかなり早い段階で秘密が明かされるのですが、それを一人背負ってしまった黒岩の苦闘が、上に述べたように物語の大きな要素となり、それがラストに繋がっていくという展開も実にいいのです。
 実に本シリーズらしく、優しくも暖かい、そしてちょっと粋な結末には、誰もが顔がほころぶのではないでしょうか。


 しかしさすがにラストの吉岡信敬はさすがにやりすぎではないかなあ――というより有能にもほどがあります。恐ろしいなあ早稲田大学応援団。

『水晶の涙雫』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)


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2018.06.20

TAGRO『別式』第2巻 新たな別式が抱える陽と陰


 何でもアリ日常系時代漫画のようでいて、実は青春残酷時代劇――そんな『別式』の第2巻であります。団子四別式の一人にして要だった早和が去った江戸に登場した新たな別式――類たちとはタイプの違う美女にして二刀流の遣い手である刀萌。しかし彼女もまた、何やら暗い影を背負っていて……

 古河藩土井家の武芸指南役だった亡父の技を継ぎ、無敵の剣の腕を持つ女武芸者(=別式)の佐々木類。そして彼女とは幼馴染みで古河藩の別式女筆頭・魁、島原藩別式の早和、渡世人の切鵺――彼女たち四人は、団子四別式などと名乗って日々を楽しく過ごす友人同士であります。

 しかし島原で勃発した切支丹一揆において早和の父は戦死。早和もお役御免となり、残った家族を助けるために帰国することになるのでした。
 明るく脳天気で、だからこそそれぞれ個性の異なる類たちを束ねる団子の串だった早和が姿を消したことで、彼女たちの関係も微妙なものに変わっていくことになります。

 そんな中、江戸で日本橋の母と評判の女占い師の噂を聞きつけて出かけた魁の前に現れたのは、豊満な肢体と母のような包容力を持った娘・刀萌。
 モモンガの斬九郎をお供に、宙に投げ上げた紙を二刀で瞬く内に切り刻むという変わった占いの技で、ぴたりと魁の悩みを当てただけでなく、それに対する答えまで語ってみせる刀萌に、魁は強い安らぎを覚えるのでした。

 そしてそれがきっかけとなったように、様々な形で関わり合うことになる四人の別式。しかしそんな中、類の弟子の少年・慎太郎の父が逆手斬りを操る何者かに斬殺されるという事件が発生し、古河藩士で魁や類とは何かと絡む遊び人・九十九は、刀萌に疑いをかけるのですが……


 早和が去って後、現れた別式・刀萌を中心に進んでいくこの第2巻。どちらかというと(体型的にも性格的にも)「女性らしさ」というものとは縁遠い類たちでしたが、刀萌はその二つを兼ね備えた、彼女たちとはちょっとタイプが異なる人物であります。
 その癒し系のキャラクターは、早和なき後の類たちを結びつけ、人間関係が希薄な(というか無神経な)類をも惹きつけるのですが――しかしその刀萌には裏の顔があります。それも安らぎとは正反対の顔が。

 果たして彼女は慎太郎の父親殺しに関わっているのか――ーという謎はすぐに解けるのですが、しかし物語はむしろそこからが本番。
 どうやら九十九とは顔なじみらしい(それどころか――)彼女は果たしてどこで二刀を学び、そして何故もう一つの顔を持つのか? それはここではまだわかりませんが、背負ったものの大きさ、重さでは別式随一のものを感じさせます。

 いや、重いものを背負ったといえばもう一人――類たちには想い人だと語る(そしてそれが早和に大きな犠牲を払わせることとなったのですが)狐目の男・源内を追う切鵺がいます。
 断片的に描かれる彼女の記憶によれば、両親の仇であり、彼女の心に深いトラウマを残した源内。物語の陰に見え隠れするこの男も、この巻で本格的に姿を現し、その異常性を露わにしていくことになります。

 そんな刀萌と切鵺が(そして九十九が)この世の陰の側を向いているのに比べれば、婿探し(という名の人斬り)に明け暮れる類と、九十九に一途に思いを寄せる魁は、悩み知らずにも思えますが――しかし彼女たちも、この先そんな陰と無縁ではないのでしょう。
 何よりも、不吉な予言とも言うべきあの第1巻冒頭の未来図では、類と切鵺は、敵同士として対峙しているのですから……


 もちろんそれはまだ先のこと。第1巻ほどではないですが、この巻でも蹴鞠ーグなる代物が登場したりして、何でもありの賑やかな楽しさは健在であります。
 そしてそれと同時に、別式たちの剣術描写も、ディフォルメされた可愛らしい等身のキャラらしからぬ巧みなもので――これは第1巻の冒頭で描かれた類と早和の立ち合いからも感じられましたが――時代劇としてもきっちり決めてくるのが心憎い。

 そんな様々な顔を、様々な魅力を持つ本作において、類たち別式がどこに向かい、どこにたどり着くのか――最新巻の第3巻も近々にご紹介いたします。


『別式』第2巻(TAGRO 講談社モーニングコミックス) Amazon
別式(2) (モーニング KC)


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2018.06.19

久賀理世『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』 この時代、この舞台ならではの本と物語のミステリ


 『英国マザーグース物語』や、先日ご紹介した『ふりむけばそこにいる』など、イギリスを舞台とした作品を得意とする久賀理世。その作者が、ヴィクトリア朝のロンドンで貸本屋を営むちょっと訳ありの兄妹を主人公に描く、優しく暖かく、時にほろ苦い連作ミステリであります。

 時は19世紀末――ライヘンバッハの滝に消えたホームズがいまだ帰還せず、読者たちを嘆かせていた頃。ロンドン郊外の町に、若く美しい兄妹――アルフレッドとサラが営む貸本屋「千夜一夜」がありました。
 ある事情を抱えて周囲には身分を隠して暮らす二人ですが、しかし無数の本に囲まれての暮らしはなかなか快適。そんなある日、幼い二人の弟を連れた青年貴族・ヴィクターが店に現れて――という形で、第1話「紳士淑女のタイムマシン」は始まります。

 ヴィクターは、弟が公園で友だちから聞いたという女の子と犬が冒険を繰り広げるという物語を探していたのですが――しかし本にかけては人並みならぬ知識を持つサラも、その内容には心当たりがありません。
 それでもヴィクターの語る内容に興味を引かれ、その本を探すサラ。そんな中、アルフレッドは乏しい手がかりから本の正体を見抜きます。さらに、そこに秘められたある事情までも……


 子供があやふやな記憶で語る内容というごくごくわずかな手がかりから、古今の物語にまつわる知識と観察眼、そして何よりも見事な洞察力で、本の正体という謎を解き明かしてみせるこの第1話。
 いや、本だけではなくその本の内容を子供に教えたのは誰か、さらにここでは一種の「信頼できない語り手」として機能する子供が、何故そのように語らなければならなかったのか――という更なる謎まで鮮やかに解決してみせる、その切れ味に驚かされます。

 しかし、それに勝るとも劣らぬほど魅力的なのは、そのあまりにも切なく悲しい真相と、それに対する暖かで優しい「裁き」であります。
 ここで白状してしまえば、そのくだりを読んだときには、思わずボロボロと涙が――いや、いい年して本当に恥ずかしいお話ではありますが、しかし単なる興味本位でもなく無機質でもない、本作ならでは心温まる謎解きとその語り口の見事さに、この第1話の時点でKOされてしまったのです。

 そして実はヴィクターとアルフレッドの間には浅からぬ因縁があったという意外な真実が語られ、さらにそこからアルフレッドとサラの抱える複雑で危険な事情、そしてそこから作品を通じて追いかけられるであろう謎が提示されるという構成の妙には、ただ唸らされ続けるほかありません。


 というわけでこの先の物語は、アルフレッドとサラ、そしてヴィクターを加えた三人を中心に展開していくことになります。
 ヴィクターがパブリック・スクール時代の図書室で目撃した不可思議な儀式にまつわる謎を描く「春と夏と魔法の季節」、ヴィクターたちの友人が謎めいた死を遂げた陰に、恐るべき邪悪な企みが蠢く「末の世とアラビア夜話」と、全3話で構成されています。

 第1話が優しく温かい味わいだとすれば、第2話はほろ苦く切なく、第3話は恐ろしくもひどく苦い――ここで描かれるのは、それぞれ本と物語を題材としつつも、全く異なる味わい。
 完璧超人のアルフレッドと、優しく聡明で、それでいて(それだからこそ)ちょっとニブいサラ、そしてそんな二人の間で一生懸命の「忠犬」ヴィクター――物語を彩るそんな三人の関係性も実に楽しく、読書と物語の楽しさを満喫させてくれる作品であります。

 そしてもう一つ、ヴィクトリア朝のイギリスの文化風物を、丁寧にかつ自然に物語に盛り込んでくれるのも嬉しい。特に店でサラが客に出す菓子の数々など、物珍しくも実においしそうで――この時代、この舞台ならではの空気感を作り出すのに、大きな役割を果たしていると感じます。

 ……そう、本作に詰まっているのは、この時代、この舞台ならではの物語。単純に舞台背景だけでなく、その独自性が物語に密接に結びつき、大いなる必然性をもってそこでは描かれているのであります。
 そしてその象徴となるのが、「本」であるのは言うまでもありません。

 (貸)本屋とミステリというのは最近の流行であるかもしれませんが、決してそれに乗ったわけでないと感じさせてくれる、本作ならでは、この作者ならではの物語――ミステリの形を取りつつ、読書の楽しみを思い出させてくれる「本」であります。


『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』(久賀理世 集英社オレンジ文庫) Amazon
倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。 (集英社オレンジ文庫)


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2018.06.18

「コミック乱ツインズ」7月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌の今月号、7月号の紹介の後編であります。

『カムヤライド』(久正人)
 スタイリッシュなあらすじページも格好いい本作、今回は出雲編の前編。前回、瀬戸内海に現れた巨大触手型国津神にヤマトタケルが脱がされたりと苦戦の末、かろうじて勝利したモンコとタケル。どうやら水中では全く浮力が生じないなど謎だらけのモンコですが、しかし彼も何故自分がカムヤライドできるのか、そして自分が何者なのか、一年より前の記憶はないと語ります。
(今回の冒頭、意識を失ったモンコの悪夢の形でその過去らしきものが断片的に描かれますが――やはり改造手術が?)

 それはさておき、自分の伯父に当たる出雲の国主・ホムツワケが乱を起こしたと聞き、大和への帰還よりも出雲に急ぐことを選ぶタケル。それはなにも伯父への情などではなく、かつてホムツワケが出雲に追われたように、皇子でも油断できぬ魑魅魍魎の宮中で自分の座を守るための必死の行動なのですが……
 普段は相棒(というかヒロインというか)的立ち位置で明るいタケルの心の陰影を描くように、文字通り陰影を効かせまくったモノトーンの中に浮かび上がるモンコとタケルの姿が強く印象に残ります。

 と、出雲にたどり着いてみれば、やはりと言うべきかそこは土蜘蛛たちが蠢く地。しかしそこで二人を制止して土蜘蛛と戦おうとする男が登場。その名は――イズモタケル! 敵か味方か第二(第三?)のタケル、という心憎いヒキであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 鬼支丹編の後編である今回描かれるのは、前編で処刑された切支丹が変じた鬼を、祈りの力で消滅させたのがきっかけで正体がばれてしまった尼僧――実は金髪碧眼の盲目の少女・華蓮尼が歩む苦難の道であります。

 彼女を棄教させようと、その前で偽装棄教していた村人たちに無惨な拷問を行う尾張藩主。華蓮の悲しみと苦しみを知りながらも、俺は人間は救わない、華蓮も鬼になれば斬ってやると嘯く鬼切丸の少年ですが……
 それでも屈することなき華蓮と、彼女のために死にゆく村人たち。しかしその死が皮肉な形で(藩の側ではむしろ慈悲を与えたつもりなのがまたキツい)辱められた時、巨大な怨念の鬼が出現、少年の出番となるのですが――しかしそこでもまた、少年は華蓮のもたらした奇跡を目にすることになります。

 華蓮の出自も含めて、正直なところ内容的には予想の範囲内であった今回。その辺りは少々勿体なく感じましたが、無意識のうちに華蓮に母を重ねていた少年の心の揺れが描かれる終盤の展開はやはり面白いところです。
 しかしこの『鬼切丸伝』、本誌連載は今号まで。7月より「pixivコミック」にて移籍というのは実に残念であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 ちゃんと続いていて一安心の本作、三人の過去回も一巡して、今回は通常の(?)エピソードですが――しかしただでは終わらないのが、らしいところであります。

 旅の途中、とある藩で追っ手に追われていた若侍・春之進を救った三人組。悪家老の暴政によって財政が逼迫した藩の窮状を江戸に訴え出ようとする春之進に雇われた三人は、多勢で襲いかかる家老の手の者から逃れるべく戦いを繰り広げるのですが……
 今回も、夜、雨の降りしきる山道という、特殊なシチュエーションで繰り広げられる殺陣が印象的な本作。一歩間違えれば漫画ではなく絵物語になりそうなところを巧みに踏みとどまり、無音の剣戟を展開するのはお見事であります。

 中盤で先の展開が読めてしまうといえばその通りですし、ラストはもう用心棒の仕事から外れているように思えますが、それでも納得してしまうのは、この描写力と、これまで培われてきたキャラクター像があってのことと納得であります。
(リアリストの海坂、人情肌の雷音、理想主義の夏海というのはやはりよいバランスだと、今更ながらに感心)


 その他、今月号では『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』単行本第2巻発売記念として、2Pの特別ショートマンガが掲載されているのが嬉しいところ。
 連載も終わり、寿司屋で静かに酒を酌み交わす島と雨宮の会話の中で、作品内外の雨宮のルーツが語られる番外編を楽しませていただきました。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年7月号 [雑誌]


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2018.06.17

「コミック乱ツインズ」7月号(その一)


 早いもので号数の上ではもう今年も後半に突入した「コミック乱ツインズ7月号」。巻頭カラー&表紙を『鬼役』が飾り、シリーズ連載の『そば屋 幻庵』も久々に登場、小島剛夕の名作復活特別企画も掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 江戸で起きる子供たちの神隠しを題材とした「神隠し綺譚」の後編は、全編を通してのアクション編といった印象。人手不足を補うために子供たちを拐かしていた那珂藩に、やはり子供の頃に拐かされ、今はその手先となっていた男・清吉が、江戸で出会った女性・お律とその娘・お鈴のために改心、藩に殴り込みをかけることになります。

 その殴り込みの助っ人を買って出た桃香は、これまでの罪滅ぼしと、止めても聞かない清吉をフォローして、いかにも忍者らしい(?)火薬玉やらをフル装備で大暴れするのですが、しかしこの後、悲劇の連続。子供たちを救い出したはいいものの、清吉が、そして思いも寄らぬ人物までが――という容赦ない展開に驚かされます。
 さらに桃香も、子供たちを人質に取られて藩の追っ手の前にあわやの危機。もちろんそこは豪快な大逆転が待っているのですが――しかしそれにしてもこのような結末になるとは全く予想ができませんでした。

 結末に一抹の救いは残されているものの、これは明確に桃香の失態で、ちょっとどうなのかなあ――という印象は強くあります。


『薄墨主水地獄帖 狂気の夜』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作復活特別企画第6弾は、薄墨主水の3回目の登場。この世の地獄をのぞいて歩くと嘯く主水が、今回も奇怪な人間模様に巻き込まれることになります。

 放浪の末に立ち寄ったとある城下町で、春の夜のそぞろ歩きを楽しんでいた主水。しかしそこで美しい女性・幾代と出会ったことがきっかけで、辻斬りに襲われることになります。実は辻斬りの正体はこの藩の若君・東吾、取り巻きとともに夜毎人々を殺めていた相手に刃を向ける主水ですが、家老が割って入ったことでその場は引くことになります。
 その後、宿を借りた寺で幾代と出会う主水。実は自分に横恋慕してきた東吾に夫を謀殺され、以後もつきまとわれ続けていた彼女は、夫の仇を取るためであればいかなる恥も辞さないと主水にその身を任せようとするのですが……

 冒頭の展開を見た時は、眠狂四郎の『悪女仇討』のような物語かと思いきや、手段は選ばぬものの、まずは貞女(といってもその手段には矛盾があるわけですが)であった幾代。作者の筆が浮き彫りにするそんなー彼女の美しさと危うさが印象に残ります。
 しかし本作はそれで終わらず、最後の最後に彼女のもう一つの表情を描くことになります。その表情を何と評すべきか――そこにも主水が求める地獄の一つがあったのかもしれません。

 それにしてもこれまで以上にキメキメの台詞を連発する主水。こういう皮肉めいた表現は本来は好きではありませんが、柴錬原作であったかと一瞬思うほどでありました。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 冒頭に述べたように、今回は『そば屋 
幻庵』も掲載している作者。しかしコミカルなあちらに比べて、こちらはあくまでもシリアスな展開が続きます。

 何者かに人違いで襲われたことを師匠に報告したら油断を説教されたり、白石から将軍家宣の墓所が増上寺となった裏のからくりを探れと無茶ぶりされたり、相変わらずの聡四郎。墓所の造営にかかる金の動きを知ろうと、久々に相模屋を訪れるのですが――はいお待ちかねの紅さんの登場であります。
 ここのところご無沙汰だったのにお冠の紅さん、あえて普通の武士に対するようなよそよそしい丁寧語を使ってくるのが、怒りの度合いと、それと背中合わせのいじらしさを感じさせるのですが――聡四郎の新たな傷を見て一転あんた馬鹿モードになるのもまた可愛らしいところです。

 しかしそれでももちろん戦わねばならない聡四郎、自分の「人違い」の裏に気付いた彼は、今度は玄馬をお供に再び襲撃してきた相手に大決闘。上田イズム溢れる言動を見せる刺客(ビジュアル的には普通のおじさんたちなのがまた哀愁漂います)を迫力の太刀で撃退して――さて敵の正体は、というところで次回に続きます。


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
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2018.06.16

宇野比呂士『天空の覇者Z』第8巻 激闘カラクーム砂漠 そして理解不能の事態へ

 カラクーム砂漠上空でゴグマゴグの奇襲を受け、ダメージを受けたZ。Z航空隊もリヒトホーフェンとヴァルキュリア戦隊に追い詰められる中、アンジェリーナの乗る新・天翔馬号が天馬に新たな力をもたらす。そして死闘の最中、砂漠の下から姿を表す伝説の都市・ラルカナルタ。しかしそこにいたのは……

 いきなり決戦開始早々、クブリック提督の「砂漠の蜃気楼」作戦により左舷に大ダメージを受けたZ。お互い反重力兵器のチャージ時間に入り、正面からの砲撃戦に突入するZとゴグマゴグですが――一方、戦闘機同士の空中戦では、ようやく覇気を取り戻した天馬と、Jの力で形勢逆転。さらにギヌメール隊長の指揮により、残りの機体も鉄壁の防御陣であるラフベリー円陣を組み、逆転の機会を狙うことになります。
 が、そこに突如襲いかかる四機の機体。天翔ける星マルセイユ、戦場の薔薇リップフェルト、大空の重戦車バルクホルン、電光石火の鷹キルシュナー――彼らこそはヒトラー直属のヴァルキュリア戦隊であります。

 Jの動きすらも捉える予測偏差射撃を放つマルセイユ。複数の重火器を同時に操るバルクホルン。急降下と急上昇による奇襲を仕掛けるリップフェルト。触角で外部の状況を完全に捉えるキルシュナー。ヒトラーから与えられた異能を操る彼らの攻撃により、Z航空隊は大打撃を受けることとなります。
 そして天馬に襲いかかるのはリヒトホーフェン。空中旋回しながら狙って射撃を当てるというという、神がかった攻撃を放つリヒトホーフェンに、さすがの天馬も追い詰められるのですが――そこに突っ込んできたのは新・天翔馬号、乗るのはアンジェリーナ!

 パイロットとしてはド素人のアンジェリーナですが、ウェルがかねてより用意してきた新型機のパワーは絶大。さしものレッド・バロンにも一瞬の隙が生まれますが――しかしそれ以上に天馬にとっては、深く落ち込んでいたアンジェリーナが自分のために立ち上がってくれたという事実こそが大きな力を与えてくれます。空中で機体から機体へ乗り移るという無茶をこなして新・天翔馬号に乗り込んだ天馬は、勇気百倍で反撃に出るのでした。
 そんな中、ついに反重力兵器のチャージも完了したZとゴグマゴグ。しかしZは一門、ゴグマゴグは二門とその差は歴然としている中、ネモはZ砲をどのように使うのか? 戦場全体が固唾を呑んで見守る中で放たれたZ砲に対し、スイスでの対決でこれを避けたことで敗北したクブリックは、動けず直撃を食らったかに見えたのですが――その直前にG砲を放つことで反重力球同士をぶつけて弾くという、反重力球ビリヤード先方で完全回避に成功。もはやZには打つ手なしと思いきや……

 弾かれたZ砲の反重力球が向かった先は、ヴァルキュリア戦隊がZ航空隊を襲う空域。さしものヴ隊もこれには撤退を余儀なくされる中、Z航空隊はZへの帰還のチャンスを得ます。そしてG砲の反重力球が向かった先は地表――砂漠の砂が吹き飛ばされたそこから現れたのは、巨大な隕石とその周囲の古代都市の遺跡――カラクームにかつて落下したT鉱隕石の周りに造られたという、伝説の王宮都市・ラルカナルタ。これこそがネモの真の狙いだったのであります。
 と、ここでネモとヒトラーがかつてこの地を訪れたこと、そして二人がかつては志を同じくしていたと語られるのですが――さてその志の内容が何で、そして何故それをネモは捨てたのか? いやそもそも、この都市の出現が今どのような意味を持つのか? 結局はぐらかされただけの印象ですが、先行きが一気に不透明になったことは間違いありません。

 そして激しく一騎打ちを繰り広げる天馬&アンジェリーナとリヒトホーフェン。リヒトホーフェンはヒトラーに与えられた生体感覚時間を自在に操作する能力により(ここで語られる疑似科学的ロジックが実に楽しい)、時間の支配の外側に立った人間として天馬を翻弄するのですが――しかしその彼の動きを察知できる人間が一人だけいます。そう、アンジェリーナが。そして彼女の瞳に映る機影を目にした天馬もまたその動きを捉え、ついに完全に互角の立場に立ったかと思われたその時!

 そこで理解不能の事態が発生します。つい数分前まで砂に埋もれていたはずの古代都市の中に、佇む人影がいたのであります。それもボンデージ姿の、なんか古代の柱に埋まってそうなごつい長髪姿の――というのはさておき、その男が現れた瞬間、遠く離れたベルリンではヒトラーが天馬に斬られた傷から血を吹き、そしてネモの失われた側の目からは獣性細胞が吹き出したのであります。
 そして何処ともしれぬ空間に引きずり込まれた天馬とアンジェリーナの前には謎の男が現れて……

 連載で読んでいた時には、本当に理解を絶していたこの巻の終盤の展開。このまま終わってしまうのでは、と怯えたものですが――大丈夫、丁度ここが全16巻の折り返し地点であります。というわけで以下、さらに想像を絶する展開の次巻に続きます。


『天空の覇者Z』第8巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 8 (少年マガジンコミックス)


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2018.06.15

横田順彌『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』 明治のリアルが描く不思議の数々


 先だって復刊された横田順彌の明治SF連作の第二弾――日本SFの祖・押川春浪と、その弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳が次々と遭遇する不思議な事件を描く、全七話の連作短編集であります。

 『海底軍艦』をはじめとする熱血科学冒険小説家として、雑誌「冒険世界」の主筆として、そしてバンカラ書生団体・天狗倶楽部の中心人物として活躍する春浪。その春浪に見出されて科学小説家として成長著しい好青年・龍岳。
 さらに二人の友人である警視庁刑事・黒岩と、その妹で龍岳とは憎からず想い合う女学生・時子の四人を中心に展開していく本シリーズは、「幻想探偵譚」と角書されるに相応しい内容の連作であります。

 ここで描かれるのは、いずれも明治の世を舞台とした、登場人物たちも出来事も社会風俗も、明治のリアルを丹念に拾い上げた物語。
 しかしその中で描かれるのは、明治の常識や科学では計り知れない――いや、現代のそれらを以てしても摩訶不思議な、説明のつかない奇怪奇妙な事件たちなのであります。以下に述べるような……

『夜』映画館で発見された首を刺された死体。一人の女性が容疑者と目されたものの、彼女にはアリバイがあった。しかし事件を捜査していた刑事が何者かに殺害され……
『命』ふとしたことから日露戦争の脱走兵と知り合った龍岳たち。彼は旅順攻略前に、宙に銀の球体が浮かび、兵士たちに光線を照射していたと語るが。
『絆』自分の乗った漁船が徐々に浸水していくという夢に夜な夜な悩まされる男。催眠療法により沈没船から救い出される夢を見て完治したかに思われた男だが……
『幻』博覧会に展示されていた発明品の兜を被った途端意識を失った龍岳。目覚めた時に違和感を感じる龍岳だが、実は彼は日露戦争で日本が敗れた世界に迷い込んでいた。
『愛』醜聞に巻き込まれて死んだある女性の絵から、夜な夜な幽霊が抜け出すという現場を目撃した龍岳たち。その中で画家の倉田白洋だけは幽霊の出現する理由を看破して……
『犬』弓館小鰐の友人が、西洋から珍しい犬を連れ帰った。それと時同じくして、素っ裸の変態が女性を襲うという事件が発生、龍岳たちはその思わぬ正体を知る。
『情』女性のマネキン制作に度を超した情熱を注ぐ青年と出会った龍岳。その青年がやがて生み出したものとは……

 これらの物語は、いずれも本シリーズらしい、どこか懐かしさを感じさせる――古典的なSFアイディアを踏まえた――不思議の数々。完全にその謎が解かれるわけではなく、どこかすっきりとしない後味を残すところが、また実に「らしい」味わいであります。

 その味わいといい、同時代人のリアルを描いた(と見紛う)文章といい、岡本綺堂の怪談をどこか彷彿とさせるところがある……
 というのは少々褒めすぎで、前作同様にいささか評価に困る作品も幾つかあるのですが、しかし一度その世界に浸ってしまえば、ひどく心地よい、そして龍岳や春浪たちとともに冒険してみたくなる、そんな作品集であります。

 そんな中で個人的にベストだったのは『命』であります。
 旅順要塞攻略直前に宙に浮かぶ銀色の球体が兵士たちに光を浴びせ、その後戦死したのは、皆その光を浴びた者だった――という戦争怪談的な内容だけでも十分不気味でありますが、その後の展開も実に恐ろしい。

 球体を目撃した男がその光景を、そしてさらなる恐るべき「真実」を記したという原稿を預かった春浪たちですが、しかし彼らの周囲にも現れ、怪現象を起こす謎の物体。
 さらに男が残した幾つかの数字の羅列――西暦と思しき数字と、別の数字が組み合わさったその意味が暗示される(そして現代に生きる我々はそれが「真実」であると知っている!)結末の不気味な後味は絶品であります。

 実は本作は、ある有名な古典SFテーマを題材としているのですが、作中で描かれる怪異の無機質さ・理不尽さといい、それを引き起こしたモノの描写といい、UFOホラーの佳品と評してよいのではないかと思います。

 と、自分の好みの作品ばかり大きく取り上げてしまいましたが、おそらくは人それぞれに琴線に触れる作品があるであろう本書。随分と久々に読み返しましたが、今読み返しても様々な発見のある一冊であります。

 本作とカップリングで復刊された長編『水晶の涙雫』、そして残るもう一冊の作品集も、近日中にご紹介したいと思います。

『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.06.14

賀来ゆうじ『地獄楽』第2巻 地獄に立つ弱くて強い人間二人


 不老不死の仙薬を求め、孤島で繰り広げられる死罪人たちと山田浅ェ衛門たちのデスゲームを描く死闘絵巻、待望の第2巻であります。死罪人同士の潰し合いがエスカレートする中、ついに牙を剥く島に潜むモノたち。誰が味方で誰が敵かもわからぬ混沌の中、画眉丸と佐切の戦いの行方は……

 不老不死の仙薬が眠ると言われ、極楽浄土とも呼ばれる南海の孤島。しかし幕府が送り込んだ調査隊は一人を残して全滅、その一人も植物とも生物ともつかぬ奇怪な存在に変化していたのであります。
 そこで幕府が新たに送り込むこととしたのは、いずれも恐るべき力を持つ十人の死罪人。それぞれ一人ずつの山田浅ェ衛門――首斬り浅ェ衛門の名を許された門弟たち――を監視役としてつけられた彼らは、無罪放免と引き替えに「極楽浄土」に送り込まれたのです。

 しかしいずれも凶悪な死罪人たちが、黙って命令を受け入れるはずもありません。死罪人同士殺し合う者、浅ェ衛門に襲いかかる者――そんな中で、本作の主人公たる最強の忍び・がらんの画眉丸と山田浅ェ門の娘・佐切も、時に互いに刃を向けあう危ういバランスで結びついた状態で先に進むことになります。

 そんな中、突如現れたのは奇怪な怪物――人間を花に変える毒を持つ蟲たちや、神や仏をグロテスクに真似たような巨人たちこの世のものとは思えぬような怪物たちの群れとの戦いを余儀なくされる二人ですが……

 不老不死の秘薬と自由という、ただ一人しかたどり着けないゴール目指して始まった死罪人たちのデスゲーム。しかしこの第2巻で描かれるのは、彼らの敵は同じ死罪人(あるいは監視役の山田浅ェ衛門たち)だけでないという恐るべき事実であります。

 人間同士であれば幾人殺してもケロリとしているような死罪人たち――人間社会においては怪物と言うべき彼らですが、しかし本物の怪物と出会ったとしたら?
 人間社会からはみ出した死罪人という怪物と、自然界の法則を逸脱したような異形の怪物――いささか悪趣味かもしれませんが、その戦いには、やはり強く目を引きつけられます。

 そんな地獄めいた世界ですが、しかし送り込まれたのは面々のしぶとさは尋常ではありません。
 画眉丸と佐切の前に現れ、ひとまず手を組むこととなった全く油断ならぬ死罪人のくノ一・杠。実は山田一門に潜入した弟と仙薬獲りに動き出した賊王・亜左弔兵衛。一度は島を抜けようとした際の死闘で心を繋い山の民のヌルガイと山田浅ェ門典坐(さらに、前巻であっさり死んだかと思われた二人も)……

 いずれ劣らぬ強者揃い――ひとまず休戦した者、元々グルだった者、新たに絆を結んだ者と様々ですが、しかし戦闘力だけであればそうそう不覚を取る面々ではありません。
 ……が、そんな中でただ一人、己の本能のみで動き回るのが、死罪人の中でも最大の巨体を持つ備前の大巨人・陸郎太。自分の浅ェ門を文字通り粉砕した彼が、画眉丸と佐切の新たな敵として立ち塞がることになります。

 しかし佐切はその前の怪物たちとの戦いで傷を負い、他の浅ェ門からは戦力外通告を受けた状態。そもそも、この島に渡った後に画眉丸と対決した際に、既に彼女は惨敗を喫しているのであります。
 そもそも人を斬ることに対して、深い屈託を抱えてきた佐切。それでは彼女は弱いのか、弱肉強食のこの島の理の前に屈するしかないのか――答えは否であります。

 ここで描かれるのは、彼女の持つ「強さ」とは何か――その在り方は、そしてその源は何なのか、その答えであります。
 そしてそれは、かつては無敵でありながら、今は人を殺めることに迷いを抱く画眉丸の「弱さ」と、一対のものであることは言うまでもありません。その「強さ」と「弱さ」を繋ぐものが、「人間性」であることもまた。

 そんな弱くて強い人間二人が、共通の敵のために力を合わせる展開に胸が熱くならないわけがありません。今ここに二人は真の相棒としてこの地獄に立つことになったのですから……

 そして死闘の果てに現れた、この島の新たな顔。果たしてそれがこの地獄の謎を解き明かす鍵となるのか――まだまだ先は見えません。そしてそれはもちろん、こちらの楽しみが尽きないということでもあります。

 今はただ、画眉丸と佐切が戦いの果てに、己が掴みかけたものの、その先を見ることができるように祈るのみであります。

『地獄楽』第2巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon
地獄楽 2 (ジャンプコミックス)

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2018.06.13

鳴神響一『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』 江戸の名探偵、巨大な密室の中の「舞台」に挑む


 時代小説でユニークなクローズド・サークルを展開した『猿島六人殺し』から約半年――多田文治郎が帰ってきました。今回殺害されたのはただ一人――しかし大大名の催した能が演じられる中、その観客が殺されたというのですから、江戸の名探偵が出馬するに相応しいと言うべき事件であります。

 あの陰惨な猿島の事件から数ヶ月後――故あって事件の際に出会った公儀目付役・稲生正英の屋敷を訪れることとなった文治郎。そこで黒田左少将継高が催す猿楽見物に誘われた文治郎は、二つ返事で正英に同行することになります。
 47万石の大大名、それも能好きで知られる継高が開催するだけあって、当日演じられた五番能は素晴らしいものばかり。能好きの文治郎も大いに楽しんだのですが――しかし最後に演じられた、シテと四人のワキが乱舞する『酒瓶猩々』の最中に事件が発生していたのです。

 当日は武士だけでなく町人たちも招かれていたこの能会。その一人、札差の上州屋が、会の終了後に死体となって発見されたのであります。
 黒田家が正英に検分を依頼したことがきっかけで、これに同行することとなった文治郎。彼の観察眼により、上州屋が毒を塗った細い刃物で刺されたことがすぐに判明したのですが――犯人は如何にして上州屋に近づき、周囲から気付かれることなく殺害してのけたのか。

 いやそもそも、何故上州屋が殺されなければならなかったのか? 正英の依頼により、友人で正英の部下である宮本五郎左衛門と共に事件解明のために調査を開始した文治郎は、上州屋には人から恨まれる理由を十分持った人物だと知ることになります。
 しかしどうすれば能の最中に上州屋を殺すことができるのか、肝心のそれがわかりません。調査と推理の末、文治郎は容疑者を絞り込むのですが、しかし彼には確たるアリバイが……

 孤島で六人が次々と奇怪な死を遂げていくという前作に比べれば、いささか事件の内容は地味に見えるかもしれない本作。しかし一つの謎をじっくりと追いかけるその内容の密度の濃さは、前作に勝るとも劣らないものがあります。

 劇場という場は、収容人数が多い(上に人の出入りがある)こと、そして場が暗いことが多いこと、そして何よりもその「舞台」としてのドラマチックさから、古今のミステリで事件の現場となることが少なくない印象があります。
 本作ももちろんその系譜にある作品、能という幽玄の世界が展開する一方で、世俗の極みというべき醜い殺人が行われるという、その取り合わせの面白さにまず魅せられます。

 そして本作で事件の現場となるのは、大名家の中に作られた能舞台(ちなみに黒田継高が大の能好きだったというのは史実であります)という、いわば巨大な密室の中の「舞台」という趣向が楽しい。
 大名家が客を招いて行う能会という、まず不審者が入り込めるはずもない場。そんな密室の中で、どうすれば人一人に近づき、殺し、逃げることができるのか? 本作もまた、変形の密室ミステリと呼ぶべきでしょう。

 ……が、実のところ、本作のトリックは、ミステリ慣れした方であれば、その詳細はわからないまでも、ここが怪しいとすぐに感づくものであるかもしれません。
 この辺り、時代小説ではなく一般レーベルとして(すなわちミステリ小説として)刊行されている本作としてはいかがなものかな、と意地悪なことを感じないでもありません。

 しかし本作の場合、それが能という題材と綺麗に結びつき、一定以上の必然性を持って描かれるのが素晴らしい。
 特に(これは作品の性質上、触れるのにかなり神経を使うのですが)、ある人物のアリバイを描くのに、「この手があったか!」という理由を設定してみせるのには、唸るしかありません。

 そして本作ならではの人物配置と、それが生み出すドラマも含めて、本作はまさしく能楽ミステリと呼ぶに相応しい内容の作品であると言うことができると思います。

 上では意地の悪いことも申し上げましたが、ミステリ味のある時代小説ではなく、時代小説の世界を舞台としたミステリとして成立している――別の表現を使えば、謎が謎を描くためのものとして機能している本作。

 こうした作品を文庫書き下ろし時代小説的なペースで刊行するのは難しいのではないかと思いますが――しかし早くも次の作品が楽しみになってしまうのであります。

『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
能舞台の赤光 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

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2018.06.12

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻 遊郭編決着! その先の哀しみと優しさ


 ついにアニメ化決定、連載中の新章も絶好調と、脂の乗り切った状態の本作。この第11巻では、ついに真の姿を現した上弦の陸と、炭治郎・善逸・伊之助そして宇髄の死闘の決着が描かれることになります。長い長い戦いの末に生き残った者は、そしてそこに残ったものは……

 遊郭に潜む鬼を求め、宇髄の指揮の下に潜入した炭治郎たち三人。はたしてそこに潜んでいたのは遊女に化けた上弦の陸・堕姫――彼女に単身挑む炭治郎は、禰豆子の助けもあって、宇髄が駆けつけるまで奮闘を続けます。
 しかし堕姫の中から現れたのは、もう一人の、そして真の上弦の陸・妓夫太郎! 堕姫の兄であり、彼女を遥かに上回る戦闘力を持つ相手に宇髄も大苦戦、善逸と伊之助が駆けつけても、圧倒されるばかり。桁外れの相手に徐々に追いつめられていく四人の運命は……

 前巻の紹介でも述べましたが、とにかく戦いの長さと敵の底知れぬ強さに驚かされるばかりだったこの遊郭編。堕姫一人にあれだけ苦戦したと思いきや、さらにもう一人、それ以上の力を持つ妓夫太郎が出現というのは、もう反則と言いたくなるほどであります。
(特に妓夫太郎の攻撃手段が、一撃くらったら即死の猛毒というのがズルい)

 何しろ堕姫戦が始まったのは第9巻から。それからこの第11巻のほとんど全てを使ってようやく決着がついたのですから、その戦いの激しさを思うべし。
 読んでいるこちらも大変だったのですから、戦っている方はもっと大変だったに違いない――という変な感想はさておき、雑誌連載を追っていた時は、まだ続くのか、今度こそ誰か(具体的には宇髄)死ぬんじゃないかと最後の最後までひたすらハラハラさせられ通しでありました。

 それでも飽きることなく読まされてしまう――雑誌連載時でもこの単行本でも――のは、やはり刻一刻変わっていく状況を巧みに捉えて描いてみせる画の力が一つ。
 そしてそれ以上に、戦いに加わっている者たちの感情の揺れを掴み、読者の心に叩きつけてくる人物造形と描写の妙によるところが大きいと感じます。

 特にこの戦いの終盤――鬼殺隊側がほとんど全滅状態となった中からの大逆襲は、それまでの絶望が大きかっただけに、それでもなお立ち上がり、突っ走る面々の気合いがビビッドに伝わってくる名シーン。
 いかにも少年漫画らしい展開ではありますが、やはりこちらが見たかったものをきっちりと見せてくれるのは、実に気分のいいものであります。

 しかし、この巻において描かれるものは、戦いのみではありません。戦いがようやく終わった後――その後にこそ、本作の本作たる所以の物語が待ち受けているのですから。
 死闘の末についに倒れた妓夫太郎と堕姫。首を断たれ、もはや崩壊を待つのみの状態で、敗北の責任を擦り付けあう二人の前に立った炭治郎の行動とは、言葉とは……

 本作の主人公である炭治郎の魅力は、その心身の強さだけではありません。彼を彼たらしめるものは、その優しさ――憎むべき鬼すら、その最期において悼んでみせる、その想いの広さであります。
 これまで幾度も炭治郎の優しさに泣かされてきたものですが――今回もその優しさ、というよりそれを媒介して描かれる妓夫太郎と堕姫の過去がこちらの心に響くのです。

 遊郭で生まれ、育ち、鬼と化した二人。その彼らの過去に何があったか?
 その詳細は伏せるとして、決して許せぬ彼らの所業をこれまで嫌というほど目にしてなお、彼らに対する悲しみを覚えるほどの内容であることは間違いありません。
(それにしてもこの回想シーン冒頭、堕姫の本名とその由来が明かされた時には、頭を一撃されたような衝撃を感じたものです)

 彼らの所業に共感することはできません。しかし何故彼らがそうせざるを得なかったのか――それを理解することはできます。
 炭治郎の真っ直ぐな瞳を通じて、人でいられなかった鬼たちの悲しみを描いてきた本作は、ここでもそれを鮮烈に浮き彫りにしてみせるのであります。

 ……と、そんな感動をもたらす一方で、あんまりといえばあんまりな描写で笑いを取ってくる振れ幅のとんでもない大きさも、本作の油断のならないところ。
 その一方でラストでは鬼の首魁・鬼舞辻無惨の居城に舞台が移り――と、そこで猗窩座が登場する時点で変な笑いがこみ上げてくるのですが、それはさておき――まだまだこの先も盛り上がりは続くのであります。

『鬼滅の刃』第11巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 11 (ジャンプコミックス)

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2018.06.11

森みつ『カリガネ』 油断の出来ない二人が培った「絆」


 東北に覇を唱えた独眼竜こと伊達政宗と、柳生新陰流の礎を築いた柳生宗矩――あまり接点のないように感じられるこの二人は、実は親しく交流する間柄でした。本作はその史実を踏まえて描かれる二人の物語――戦国の終わり、泰平の始まりに生きた二人とその時代を描く、なかなかにユニークな作品です。

 秀吉の北条攻めの最中、ひとり陣を抜け出したところを野盗に襲われた伊達政宗。彼を救ったのは、そこに居合わせた凄腕の剣士・柳生又右衛門――後の宗矩でありました。
 しかしそこで宗矩が人を斬れないという弱みを見破り、それをネタに、将軍家指南役となった宗矩から情報を得ようと企む政宗。
 一方の宗矩も、主であり次の将軍である秀忠を支えるため、北の雄藩である伊達家の力を利用するべく動くのでした。

 かくて、徳川幕府が地盤を固めていく中、水面下で丁々発止とやり合う政宗と宗矩。しかし、豊臣家との大戦が迫る中、二人の運命もまた歴史に翻弄されることに……

 政宗といえば戦国時代の人、宗矩といえば江戸時代の人――なんとなくそんな印象がありますが、実はこの二人はわずか四歳違い。完全に同時代人であります。
 そして片や有力外様大名、片や将軍家指南役/大目付と、ある意味水と油の中の二人ですが、しかし共に秀忠を支え、個人的にも親しく行き来する仲であったというのは、何とも興味深い史実であります。

 もっとも、政宗が秀忠を支えたのも、その腹心たる宗矩に接近したのも、伊達家生き残りのため――と容易に想像できるところではあります。そして宗矩の方も、トップクラスの要注意人物として政宗に接していたであろうこともまた。
 本作もそのスタンスで描かれてはいるのですが――しかしこの二人のキャラクター、そしてそのやり取りが、なかなか味があるのです。

 小田原合戦以来の因縁である二人。お互いがお互いの腹の底を知り、そしてそれを利用しあうという、何ともドライな仲なのですが、しかし見方を変えれば二人は腹蔵なき関係。
 そんな二人がやり合う様は、信用できない連中ばかりの中で、唯一お互いを知り尽くした、ライバル同士のぶつかり合いにも似た潔さすら感じられます。
(もちろん、そのお互いが一番信用できない、油断できない相手なのですが……)

 本作で描かれる二人の青年期から晩年まで――大きな時代の境目をまたいで、単純な敵とも味方とも言い難い二人の、戦場での命のやり取りとはまた異なるやり取りを経た二人の関係性はなかなか興味深いところであります。

 しかしそんな強者二人も、時代の巨大なうねりの前には、大きく翻弄されることになります。
 戦国最後の戦い、泰平のための最後の試練とも言うべき大坂の陣――そこで二人は、それぞれの立場から、かつてのような自分ではいられぬほどの、歴史の荒波に晒されることになります。

 そしてその荒波は二人だけではなく、彼の周囲の人々――彼らの次の代を担うべき、松平忠輝、五百八姫、そして豊臣秀頼といった若者たちにも等しく、いや、より激しく襲いかかることになります。
 それはあるいは、この国を先頭に立って動かしてきた二人にとっては、耐え難い無力感を感じさせるものであったかもしれません。自分たちが苦しむよりも遥かに苦しいものとして感じられたかもしれません。

 しかしそれでも時は流れる。その先にも残るものがある。本作の終盤で描かれるものは、そんなことを感じさせます。
 本作のタイトルである「カリガネ」は、作品の結末に描かれる、最晩年の政宗が宗矩に送った和歌の一節。そこにあるのは、そんな残ったものの一つ――長く激しい時の中で培われた「絆」に他ならないのですから。

 単行本2巻とそれほど長くないこともあり、第1巻の宣伝で言われる「戦国ロビイスト漫画」という印象はそこまで強くないのですが――しかし他では得難いものを感じさせる作品ではあることは間違いないでしょう。

『カリガネ』(森みつ 新潮社BUNCH COMICS 全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
カリガネ 1 (BUNCH COMICS)カリガネ 2 (BUNCH COMICS)

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2018.06.10

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 初夏らしく気持ちのよい日が続いていたと思えばあっという間に暑くなり、気が付けば梅雨入り。もう今年も半分が過ぎようとしているというのが恐ろしいですが、時間が流れれば新刊が出る、という訳の分からない理屈で乗り切りたいと思います。というわけで7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と言いつつ、この数ヶ月にも増して新刊の刊行が少ない7月。

 そんな中でも文庫新刊で注目は、何といっても、タイトルの時点で気になる第二部完結の小松エメル『一鬼夜行 鬼の嫁取り』であります。
 その他にも廣嶋玲子『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』、瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』と、こちらも楽しみなシリーズ最新巻が並びます。

 そして相変わらず好調の上田秀人は、おそらく聡四郎巡検譚の第2巻『検断(仮)』と――なんと『維新始末 闕所物奉行裏帳合 外伝』が登場。確かに幕末が舞台となってもおかしくない作品でしたが、さて何が描かれるのか非常に楽しみです。

 その他文庫化としては『決戦! 川中島』、さらに内容は不明ですが、未文庫化作品のコンスタントな刊行が続く岡本綺堂の『人形の影』も気になります。


 そして漫画の方もこれまた数が少ないのですが――何といっても注目は、数十年来の早雲ファンという噂のゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻。
 また、三度目の正直(いや、原作者は違いますが)かもしれない野口賢『新選組リベリオン』第1巻も要チェックです。

 その他、灰原薬『応天の門』第9巻、中丸洋介『我間乱 修羅』第2巻、睦月れい&夢枕獏『空海 KU-KAI』下巻と続巻が続きますが、川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第9巻、真刈信二&DOUBLE-S『イサック』第4巻、相模映『倫敦塔の鵺』と、世界史ものも気になる作品が並ぶところです。



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2018.06.09

宇野比呂士『天空の覇者Z』第7巻 決戦開始!? 明かされゆく数々の秘密

 ゲームのルールを見破ったJと、ウェルの機転により倒されたドッペルとジェネシス。一時の平和の中、ツングースに進路を取るZだが、その途上、カラクーム砂漠で待ち受けていたのはクブリック率いる超巨人機ゴクマゴグだった。アンジェリーナの変調に心乱される天馬たちに敵の大軍が襲いかかる……

 ジェネシス編のラストと、ヒトラーと獣性細胞とT鉱の重要な秘密が語られる転章、そして中盤のクライマックス・カラクーム編のスタートと山場の連続の第7巻。折り返し地点も目の前であります。

 低温に弱いというジェネシスの弱点は発見したものの、ドッペルの陽動により苦戦を強いられる一行。絶体絶命のベイルマンを救い、装甲司令室に飛び込むJですが――そこに避難していたのは天馬・アンジェリーナ・ネモ・ギヌメール・エリナの面々。この中にドッペルが紛れていると睨んだJが告げたゲームの真のルールとは、そしてドッペルが化けていたのは――ここでは伏せますが、成る程、実にうまい仕掛けであります(冷静に考えると何故そうなっているのかはわかりませんが)。
 そしてジェネシスの方も、ウェルの突貫工事で完成した液体窒素砲で撃退された末に、生物兵器としてのある習性を利用され(これまた理詰めの発想が実にいい)、撃退されることになります。

 そして両者との戦いで、そしてその中で偶然目にしたある論文から、獣性細胞とT鉱の意外な繋がりを看破したウェル。獣人たちの心臓に埋め込まれていたのはT鉱の欠片であること、獣性細胞が低温下で休眠状態となること――これらから導き出されるのは、獣性細胞はT鉱の中で眠りについた状態で地球に落下してきたという事実だったのです。
 シベリアに向かう列車に乗っていた際、ツングースへの隕石の落下に巻き込まれ、そこで獣性細胞とT鉱を手に入れたヒトラー。そして自分は「時の外に立つ存在」と化した――自邸に招いたリヒトホーフェンにそう語るヒトラー彼は、文字通りリヒトホーフェンのハートを奪い、新たな力を授けるのでした。

 さて、ウェルが見た論文の作者が自分の両親だった――すなわち両親がナチスで獣性細胞の研究を行っていたという真実に悩む天馬の前に現れたアンジェリーナ。彼女が家族にもらったというからくり仕掛けの「宝石で装飾されたイースターエッグ」を見せたりして、わちゃわちゃしているうちに良いムードになった二人ですが――突如アンジェリーナが暴走、天馬に襲いかかるではありませんか。
 獣性細胞に感染し、ヒトラーの下にも存在しない突然変異種と化していたアンジェリーナ。暴走はすぐに収まったものの、いつまた再発するかわからない状態となり、そしてそれ以上に最愛の天馬を襲ったことに彼女は深く傷つき、Z乗組員から不信の目を向けられる彼女に天馬も傷つき――重い空気の中、Zは全ての始まりの地であるツングースに向かいます。そこに何があるのか不明のまま――しかし天馬の勘がそこに鍵があると告げ、何よりもネモが既にそこに針路を向けていたことを考えれば、何もないわけがありません。

 そしてツングースまであと一週間あまりのカラクーム砂漠上空で、ナチスの追撃隊との決戦を予測して訓練に入るZ航空隊。ギヌメールを総隊長に、Jと天馬あとモブキャラを隊長として周囲からの視界を遮る砂の嵐の中で訓練を始めますがが、しかし天馬は上の空。いきなり登場した――本当にいきなり登場したので、初読時は新たな刺客とかそういうのかと――ショタキャラ・キリアンに懐かれても意に介さず、危険な飛行を一人で繰り広げます(それに何気についていくキリアン)。

 と、突如黒く陰る天空と、そして噴水のように砂を高く吹き上げる砂漠。天空を陰らせたものは反重力球、そして砂の下から現れたのは、それを放った超巨人機・ゴグマゴグ! ほとんどシューティングゲームのボスキャラ出現のような演出で現れたゴグマゴグを駆るのはもちろんクブリック提督、アルプスでの雪辱に燃える彼は、改修されたG――ゴグマゴグで電撃奇襲作戦「砂漠の蜃気楼」を挑んできたのであります。
 その改修の証であるもう一門の反重力砲を放つゴグマゴグ。最初の反重力球は回避し、次はバラストの反重力ガスで辛うじてブロックしたZですが、窮地は否めません。

 そしてそこに襲いかかるは、千機にも及ぶルフトバッフェの戦闘機の群れ。砂嵐の中で視界が効かないのはお互い様のはずが、一方的に攻撃を仕掛けてくる敵に撃墜されるモブ隊長たちに、ついに天馬の本気が……

 というわけで新章突入早々、いきなり全速力で突っ走り始めたZとゴグマゴグの決戦。様々な秘密も明かされ、もうこのまま完結してしまうのでは――というくらいの盛り上がりであります。
 しかしこの先物語は全く思いもよらない方向に転がっていくのですが――この先は次巻のお楽しみであります。

『天空の覇者Z』第7巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 7 (少年マガジンコミックス)

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2018.06.08

渡千枝『黒き海 月の裏』第3-4巻 運命の悪意に抗する人間の善意


 大正時代、千里眼を持つ盲目の少女・夕里が辿る数奇な運命を描く物語の後半であります。運命に翻弄される夕里と周囲の人々の運命は、そして迫り来る黒き波の脅威に対して為すすべはあるのか……

 熱海に生まれ、芸者の母に育てられた盲目の少女・夕里。生まれつき千里眼の力が備わっていたものの、その力を隠していた彼女は、様々な出来事がきっかけで大病院の娘・榊原環とその兄・隆太郎、そして貿易商の息子・寿樹にその力を明かし、親交を深めていくことになります。

 しかし彼女の周囲に蠢く怪しげな人物――彼女の周囲を探り、その命さえも奪おうとした悪徳探偵を送り込んだのは、夕里が密かに心を寄せる隆太郎の祖母でありました。
 果たして夕里と榊原家の間に何があるのか? 隆太郎からも突然別れを告げられ、傷心の夕里を、次々と過酷な運命が襲いかかることになるのですが……

 というわけでこの先においても次々と試練に直面する夕里。しかしこの後半で夕里以上に運命の荒波に巻き込まれるのは、夕里の親友であり、しかし彼女とは対照的に何不自由なく暮らしてきた令嬢の環であります。
 同じ年の夕里とは分け隔てない付き合いをしながらも、その実、隆太郎や寿樹が夕里に心を寄せるのに嫉妬と反発の念を抱いていた環。そんな中、彼女は自分の身の上にまつわる恐るべき真実を知ることになります。

 自分を自分たらしめていたものを根底から否定され、自棄になって家を飛び出した環。海に落ちかけたところを湯治に来ていた男・間垣に救われ、彼と恋に落ちるのですが――間垣が本作における悪役顔(目が細く陰険で頬がこけている)の時点で推して図るべしであります。

 少女漫画――というよりレディコミ的な陥穽に落ちた彼女を救うために奔走する夕里ですが、激しい反発に遭い、却って千里眼を失う羽目に。そして間垣の暗躍により、次々と忌まわしい秘密が明らかにされていくのであります。

 正直に申し上げれば、人物配置的にこうなるのでは、とある程度は予想できたものの、やはり実際に目にしてみれば辛いこの展開。運命の悪意に人々が翻弄される姿は、ドラマチックと言えばドラマチックですが、やはり胸が塞がる想いがいたします。

 しかし本作は、決して運命の悪意の勝利を謳う物語ではありません。それに抗する人間の善意の存在――時に悪意の前に傾き、揺らぎながらも、それでも他者を慮り、その力になろうとする人々の存在をも本作は描くのであります。
 その代表が夕里であることは言うまでもありませんし、寿樹や隆太郎ら男性陣も同様ですが――さらに夕里がかつて売り飛ばされた(!)横浜のカフェの人々など、ごく普通の人々の善意の存在が描かれるのも嬉しいところであります。

 そんな人々の中で何よりも印象に残るのは、そのカフェで千里眼ショーに出演していた自称超能力者の雪ノ介でしょう。
 かつては夕里同様千里眼を持ちながらもいつしかそれを失い、ペテンでそれを補ってきたという実に胡散臭い人物である雪ノ介。しかし彼は千里眼の、そして何よりも人生の先輩として夕里を、そして環や若者たちを支える頼もしい人物でもあります。

 世間の表と裏を行き来しつつも、決して裏に染まることなく、軽口と憎まれ口を叩きながらも夕里たちを助ける――そんな何とも味のある雪ノ介のような人物がいることで、本作の物語は大きくその奥行きを広げてみせたと感じます。

 そして、そんな人々と運命の対決のクライマックスが、破滅のビジョンとして作中に幾度となく現れる「黒き波」との対峙であることは言うまでもありません。そして本作の舞台が大正であることを考えればその正体は、そしてその結末は明らかでしょう。
 しかし史実という運命の結末の陰には、決してそれに屈しなかった者たち、自分の愛する者たちを守った人々の存在があることもまた、言うまでもないことであります。

 本作のタイトルにある「黒き波」とは、いずれ訪れるであろう苦難を、「月の裏」とは、常人には決して窺いしれない存在――運命を指すのではないかと想像します。
 しかしそれを前にしても人間は、人間の善意は屈せずに輝き続ける――本作は波瀾万丈のサスペンスを通じてそれを謳い上げる、美しい物語であります。

『黒き海 月の裏』第3-4巻(渡千枝 ぶんか社まんがグリム童話) 第3巻 Amazon/ 第4巻 Amazon
黒き海 月の裏 (3) (まんがグリム童話)黒き海 月の裏 (4) (まんがグリム童話)

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2018.06.07

七穂美也子『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』 姫君は帝を救う昆虫探偵!?


 美しい容姿と高い身分でありながら、化粧もせず、毛虫をこよなく愛する風変わりな姫――「むしめづる姫君」。『堤中納言物語』に登場するこの姫君のエピソードをベースに、ちょっと打たれ弱い帝のため――いや天下万民のため、姫君が虫にまつわる様々な謎を解き明かすユニークな物語であります。

 幼い頃の病のため、髪が悉く白く変わってしまったことから「白銀の宮」と陰で呼ばれる時の帝。その異貌から、そして母君に殺人の疑いがかけられたことから、人々から疎まれ、宮中に味方もほとんどいない彼は、内裏をそぞろ歩いていた時に、奇妙な人物と出会います。

 こともあろうに内裏に市井の子供たちとともに忍び込み、虫取りをしている男装の少女――彼女こそは、「むしめづる姫君」と異名を取る大納言の娘・愛姫。
 見目麗しい容姿でありながら化粧もせず眉毛も手入れしないまま、高貴の身分の姫君でありながら人前に顔を晒し、何よりも人々が忌み嫌う毛虫などの虫を好んで可愛がるという、当時の常識からすれば桁外れの少女であります。

 しかし、この相手が帝とわかっても全く物怖じせず、むしろ帝をこき使ってしまうような愛姫に強く惹かれるようになった帝。
 宮中の権力者である左大臣からは退位の圧力をかけられ、入内した女御からは見向きもされず、すっかり自虐的になっていた帝は、何とか愛姫の心を掴むべく奮闘することになります。

 しかし愛姫は全く入内に興味を示さず、それどころか都で次々と起こる怪事件に、帝自身の身も危うくなる始末。そんな中、愛姫は虫にまつわる知識を用いて怪異の謎を解き、事件を解決していく……

 冒頭に述べたように『堤中納言物語』に登場する「むしめづる姫君」。本作はその原典の設定をきっちりと取り込みながらも、相手役に帝を設定し、さらに一種の科学ミステリとしての趣向を盛り込むという、何とも贅沢で実にユニークな趣向の作品であります。
 特に、探偵役がむしめづる姫君こと愛姫であるのが面白い。これは冷静に考えると相当意外な(意外すぎる)取り合わせですが――しかし実際に読んでみると違和感を全く感じないのが面白いところです。

 もちろんその印象は、作中で描かれる事件がいずれも虫絡み、あるいは虫が手掛かりとなるものであることに依ることは言うまでもありません。
 しかしそれ以上に、愛姫には昆虫観察で培った観察眼と、常識や因習に囚われない自由で合理的な精神を持つことがその理由として描かれていることが大きいと感じます。

 舞台となる平安時代は、「縁起」が人々の、特に貴族たちの生活を支配していた時代。彼らは占いの結果や、日常の出来事から様々な兆しを読み取り、その結果に従い暮らしてきたわけですが――その是非はさておき、そこで合理的な思考というものが生まれにくいことは当然の成り行きでしょう。
 そんな中で、一種規格外の思考回路を持つ愛姫が探偵役を務めるのは、むしろ当然なのかもしれない――そう感じさせられるのです。

 そして時にそれ以上に印象に残るのは、そんな彼女の存在が、彼女の相棒かつ依頼人とも言うべき帝に対する、大いなる救いとなっていることであります。

 先ほど「縁起」と申しましたが、当時は常ならざるもの、規格外のものは、すなわち縁起が悪いものでありました。それだからこそ、常ならざる白髪を持つ帝は、周囲から忌避されるのです。
 しかし同じ規格外の存在でありながら、愛姫はそんな世間の「常識」に縛られない、屈しない存在として敢然と自分の意思を貫き、生きている――それは、その「常識」に縛られ、「縁起」でもない存在とされて日陰者とされた帝にとって、どれだけ眩しい存在であることでしょうか。

 そんな相手が自分を苦しめる事件を解決してくれたら、しかも超美少女であったら――これは確かに惚れない方がおかしいのですが、まあそちらの方面がそうそううまくいかないのもお約束。
 毎回、帝が必死にアプローチしても、全く愛姫の方は振り向いてくれず、ガックリ――というパターンもまた、微笑ましいのであります。
(ちなみに本作はほとんどの部分で帝視点で物語が描かれいるのが、愛姫の超然とした存在感をさらに強めているのも面白い)

 それでも愛姫と出会うことで少しずつ自分の殻を破り、ヘタレ脱却を目指す帝。彼の想いが超然とした姫君に通じる日は来るのか――なろうことなら、その後の物語を読んでみたいものです。

『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』(七穂美也子 集英社コバルト文庫) Amazon
むしめづる姫異聞 ―王朝スキャンダル― (集英社コバルト文庫)

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2018.06.06

TAGRO『別式』第1巻 彼女たちのなんでもありの日常と、史実という残酷な現実と


 江戸時代、幾つかの藩に置かれたという女性の武芸指南役「別式」(別式女)。本作はそんな女性武芸者たちを主人公とした時代漫画――可愛らしい絵柄で、現代の言葉が普通に出てくる一見何でもありのコミカルな作品ですが、しかしそれでは終わらない、棘と陰を持った作品であります。

 舞台は江戸時代前期の寛永年間、主人公は古河藩土井家の武芸指南役を父に持つ娘・佐々木類。男勝り――どころではなく、そこらの男では全く歯が立たない剣の腕を持つ彼女は、父亡き後、婿を取るでもなく、江戸に剣術道場を開いて暮らす毎日であります。

 しかし一見生真面目に見えて、実は人並み以上に男性には興味のある彼女。「自分より弱い男に家督を継がせるわけにはいかない」「ただしイケメンに限る!」と、日々街に現れては男漁り――いや腕試しを仕掛けるも、高すぎる理想にマッチした相手は現れないジレンマに苦しんでいるのでした。

 そしてそんな類を取り巻くのも、皆「別式」、武芸自慢の娘たち。人懐っこく脳天気な島原藩別式の早和、類と同じ古河藩の別式女筆頭で生真面目な魁、腕利きでボーイッシュな渡世人の切鵺――と、生まれも育ちも性格も異なる面々ですが、意気投合して遊び歩く仲なのでありますす。

 そんな類と仲間たちの姿を描く本作は、どのキャラクターも4頭身くらいという可愛らしいビジュアルで描かれていることもあり、一種の「日常系」的な趣が感じられます。
 そしてまた本作は、現代の言葉や風物が(後者はアレンジされているとはいえ)ポンポン飛び出してくる、「なんでもあり」系でもあります。合コン、コミケ、温泉回と、時代劇とは思えないような題材の中で、女の子たちがキャッキャと楽しげに日々を送る姿が描かれるのですが……

 しかし本作は、それだけでは終わりません。そんな楽しげな日常と同時に描かれるのは、ひどく残酷で、厳しい現実の姿なのですから。

 冒頭で述べたように、本作の舞台は寛永年間。天下太平が続き、(本作に登場する男たちのように)武士もだいぶだらしなくなってきた時代ですが――しかしこの時代に、最後の戦とも言うべき戦いがありました。
 その戦とは島原の乱――島原? そう、この戦の勃発により、島原藩に仕える早和はもちろんのこと、類たちもまた、大きな影響を受けることになるのであります。

 いかに彼女たちが腕自慢の別式であれ、そして本作がいかになんでもありに見えたとしても――しかし決して「この時代」「この社会」から逃れることはできません。
 史実という現実からは、決して目を逸らすことはできないのであります。

 この第1巻で描かれるのは、類たち別式の楽しげな日常の姿と、そのモラトリアムが現実の前に終わっていく姿。そしてそれと並行して、一見明るく振る舞っていても、皆それぞれに背負う陰の存在もまた、徐々に描かれていくことになります。
 本作は終わらない楽しい日々を描く日常系などではなく、むしろ「ツラい(刺さる)青春もの」とでも言うべき作品であったかと――この第1巻のラストにおいて、我々は痛いほど知ることになるのです。

 いや、そこまで待つまでもなく、この第1巻の冒頭――どれほど先のことか、おそらく近い未来の時間軸を描いた場面では、本作が決して幸せな結末を迎えることがないことが、はっきり描かれているのであります。
 楽しい日々を過ごした別式たちも、気になるアイツも、まだ見ぬもう一人も――仲間は誰も類の前から消えてしまった。刀を向けた目の前の一人を除いては。

 一体どれだけの日常を失い、どれだけの現実を背負えば、このような結末にたどり着くのか――今はまだ、想像すらできない状況であります。

 実は史実では、本作の舞台とほぼ同じ時代の同じ江戸に、佐々木累という人物が存在します。彼女もやはり腕自慢の女武芸者でしたが、最終的にはある人物を婿に迎えたと言われています。
 しかし本作の佐々木類は、おそらくは同じ道は辿らないのでしょう。そうだとすれば彼女の辿る道は一体……

 今はまだ明るさの残るその道の果てに何があるのか、それを知るのが怖い、しかし決して目が離せない――そんな残酷青春時代劇の開幕であります。

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2018.06.05

石川優吾『BABEL』第1巻 我々が良く知る、そして初めて見る八犬伝


 伝奇時代小説の祖ともいうべき曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』――これまで様々な形に翻案されて読み継がれてきたこの物語に、新たな作品が加わりました。漫画家としての最終目標が八犬伝だったと語る作者による本作――第1話の時点で、これまでにない八犬伝であることが一目瞭然の意欲作であります。

 犬のハチを連れ、比叡山で千日回峰の修行を続けてきた僧・丶大。ついに満願の日、その奇瑞がその身に宿ったか、丶大を襲った巨大な熊を倒してのけたハチは八房と名を改め、「神の狗」としてその名は瞬く間に広がることになります。
 それ以来、八房を求めて様々な人々が丶大を訪れる中、ごくわずかな供回りと共に現れた少女――安房里見家の姫君・伏姫。彼女は、奇怪な闇の力を味方につけた山下定包に攻められて風前の灯火の里見家を救うためにやってきたのです。

 その頃、里見領の村で狼藉を働く山下の兵たちの前に立ちふさがった二人の若者――かつて里見家に仕えた家の出身ながら、今は零落して農民として暮らす彼らの名は、犬塚信乃と額蔵……

 という第1話の時点で、原典を知るものであれば大いに驚かされるのですが、その後も我々のよく知る、しかし初めて見る物語が描かれることとなります。

 山下の兵を斬ったことで村を飛び出し、当て所もなくさまよう中で、里見城に向かう伏姫と丶大、八房を助けた信乃と額蔵。
 成り行きから落城目前の里見城に入った彼らは、その命を捧げるという伏姫の祈りに応え、八房が定包の首を取ってくるのを目の当たりにすることになります。

 しかし、それまでとは一変した妖しげな気を放ち、突如里見家の人々に襲いかかる八房。その変貌の陰には、定包の情婦にして奇怪な魔術を操る魔女・玉梓の姿が――!

 八犬伝という長大な物語の序章である里見義実と山下定包の争い。追い詰められた里見家は犬の八房に頼って定包を討つも、伏姫は八房のいわば贄となって――という大枠は本作も同じであります。

 しかしそこに原典にはいなかった(いたとしても別の名と姿だった)人物が存在するのが、本作の大きな特徴であります。
 そう、原典では丶大も信乃も額蔵も、八房が定包の首を取ってきた場にはいなかった――信乃と額蔵は生まれてすらいなかった――のですから。

 この辺りはずいぶん思い切った改変に思えますが、しかしそれによって物語に大きなスピード感が生まれたのは確かなことでしょう。

 八犬伝という物語において、伏姫と八房の縁起は、全ての始まりである非常に重要なエピソードではありますが、その間主人公たちが登場できないというのもまた事実であります。
 雑誌連載という一種不安定な形式で――そして八犬伝という物語をご存じない読者もいる中で、原典のスタイルを守るのはなかなか難しいのかもしれません。

 何よりも、元は八犬士でなかった(?)面々と伏姫の因縁がこれから生まれるという構成は、それはそれで大いに胸躍るものがあります。

 そしてまた、原典ではある意味呪われた存在が一転聖なる存在となった八房が、本作においては逆の形を辿ることとなっているというのも面白い。
 光の八犬士vs闇の玉梓というのは、これは八犬伝リライトでは定番の形式の一つですが、それをこのような形で描いてみせるか、と感心させられました。
(そしてこの八房と信乃の対決のくだりが、原典のあるシーンを思い起こさせるのも心憎い)

 さらに、見開きや大ゴマを多用して、時にほとんど絵物語のようなスタイルで描かれるのも、実に印象的で――特に玉梓の圧倒的な存在感!――漫画として見ても魅力的な作品と感じられます。

 もちろんこの第1巻の段階では物語はまだまだ序章。八つの玉が天空に放たれたところでこの第1巻は幕となるのですが――しかしこの先、どのような「八犬伝」が描かれることになるのか、実に楽しみな作品であることは間違いありません。

 物語の舞台は永禄元年と、原典からかなり後ろ倒しされている本作。作者の言によれば、あの戦国武将との絡みが用意されているようですが――さてそこで何が描かれることになるのか、気にならないはずがないのであります。

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2018.06.04

吉川景都『鬼を飼う』第4巻 鷹名を待つ試練と彼を見守る者


 この世のものならざる奇妙な能力と姿を持つ存在「奇獣」――帝大生・鷹名を中心に、奇獣を巡り展開してきた本作もいよいよ佳境に入ってきました。奇獣に惹かれる者、奇獣を商う者、奇獣を利用せんとする者――様々な人々の思惑が幾重にも絡みあった先に、ついに己の力を知った鷹名は……

 奇獣商・四王天と不思議な少女(実は奇獣)・アリスと出会ったことをきっかけに、これまで次々と奇獣にまつわる事件に親友の司とともに巻き込まれてきた鷹名。
 実は奇獣を強く惹きつける血を持つという、鷹名自身も知らない(封印されていた)秘密を知った四王天は鷹名を奇獣商にするべく画策し、一方、司はその秘密を胸に秘めて親友を見守ることになります。

 一方、東京では奇獣絡みの事件が次々と発生し、四王天や特高の秘密部隊を翻弄するのですが――それらの陰で糸を引いていたのは、奉天に潜み、奇獣の軍事利用を企む陸軍将校・宍戸なる怪人物。
 四王天や鷹名たちにも目を付けた宍戸の真の狙いは何か、そして四王天の目論みの行方は……


 そんな前巻の展開を受けたこの第4巻のメインとなるのは、四王天によって、本人も知らぬ間に奇獣商になるための試験を受けることとなった鷹名を巡る物語であります。

 人知を遙かに超え、時に(いやしばしば)人の命を危険に晒すほどの異能を持つ奇獣。そんな奇獣を商う者が、常人であるはずもありません。
 確かに、四王天をはじめとして、これまで作中に登場した奇獣商とその関係者は、いずれもただ者ではない連中ばかり(今回も妙なキャラが……)。しかしその血を除けばごく普通の青年である鷹名にその任が勤まるのか――?

 それでも四王天の企みは着々と進み、鷹名はいつの間にか最終試験に挑むことになるのですが――そこで思わぬアクシデントが発生、鷹名の運命を大きく変えることになるのであります。

 その一方、大陸では、これまで東京で次々と奇獣事件に巻き込まれ、神経衰弱気味の新聞記者・天久が、一連の事件の正体を探ろうと孤軍奮闘する姿が描かれることになります。
 奉天に暮らす貧しい姉弟と知り合った彼は、その繋がりから奇獣の存在に近づき、奉天の奇獣商の存在を知るのですが――これがまた、妖艶な美女というその外見に似合わぬ危険極まりない妖人。

 彼女こそは宍戸の真意を知り、彼に奇獣を与えてきた存在――その意味ではいきなり当たりを引き当てた天久ですが、しかし凶悪な奇獣を前に危機に陥ることに……


 と、鷹名を中心としつつも、これまで同様様々な視点から展開することになるこの第4巻。そこで描かれるのは危険な奇獣を巡る、これまで以上にシリアスな伝奇的な物語が中心であります。

 しかしその一方で、緊迫した物語の合間にも、どこかほのぼのとした、ある種ユルい雰囲気も漂うのが、また本作らしいところでしょう。
 それはあるいは、日常ものやエッセイ漫画を得意とする作者の作風に依るものかもしれませんが――しかし一見本筋の流れとは水と油に見えるそれは、物語に日常の空気を吹き込むことで、奇獣たちの非日常性をより強めるものとして、効果を上げています。

 それはまた、異形の奇獣が跳梁し、そしてその奇獣に様々な形で囚われた人々が数多く登場する物語の中でも、ごく普通の人間の存在が忘れ去られていないということでもあります。
 そしてその普通の人間の代表が、司であることは言うまでもありません。

 何の特殊な能力もなく、ただ鷹名の友人であったというだけで一連の事件に巻き込まれることとなった司。しかし彼は、ただ鷹名の友人であるというだけで、事件の渦中に飛び込み、奇獣と対峙してきました。
 そんな彼の存在がなければ、とうに鷹名は「向こう側」の者となっていたかもしれませんし、少なくとも本作は、今とはずいぶん違った雰囲気の物語となっていたのではないでしょうか。

 ごく普通の人間がいるということが、鷹名にとって、物語にとって、そして我々にとってどれだけ救いとなるか――鷹名が試練の果てに新たな一歩を踏み出し、物語が佳境に入ったと思われる今、改めて再確認させられたところであります。


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2018.06.03

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第1巻 二重のパロディが描く人の情


 そのユニークな描写と意外な題材で、発売以前から話題になっていた時代ミステリ漫画の単行本第1巻であります。獣医者の傍ら、岡っ引きとして数々の難事件を解決する男・正宗。そんな彼が出くわす事件は、いずれも探偵の代名詞ともいえるあの名探偵が挑んだ事件がモチーフに……!?

 ある朝川岸で見つかったいま人気絶頂の役者・菊次郎の死体。前夜彼の後をつけていた瓦版屋が、橋の上で菊次郎と弟分の菊丸、その恋人のお珠が揉み合っていたのを目撃していたことから、二人が下手人としてすぐに捕まるのですが――水死体であるはずの菊次郎の遺体の美しさに違和感を抱いたのが正宗であります。
 独自に三人の周囲を洗う中、初めは菊次郎の客だったお珠を巡り、菊次郎と菊丸が険悪な仲となっていたことを知る正宗。そして現場の川の中に残されていた紙縒りの状態から、彼はある真実を掴むのですが……

 というのが第1話「そあ橋綺譚」のあらすじ。ん? そあ橋――ソア橋!? と、ホームズファンの方であればすぐお気づきのように、本作はシャーロック・ホームズ譚の一つ『ソア橋』のパロディというべき作品。

 その後も、蓮花蛭(はすかびる)沼で怪光を放つ奇怪な猫に人々が襲われる「蓮花蛭の猫」、正月にとある菓子屋が作った大きな鏡餅が何者かに次々と割られていく「六つの鏡餅」と、ホームズファン的には思わずニッコリなエピソードが続くのであります。

 もちろん題材だけでなく、その謎に対して正宗が丹念に証拠を集め、聞き込みをして論理的に謎を解き明かすという、ミステリの基本を押さえた内容なのも嬉しい。
 上で述べた紙縒の謎など、実に「科学的」に解き明かしてくれるのにはグッとくるのです。

 さらに本作でユニークなのは、現代の事物を大胆に(強引に)アレンジして時代劇に盛り込むという何でもありっぷりであります。

 街角に置かれた板に皆がコメントを貼り付けていく「戸板」(といったー)、その絵入り版の「印素多」(いんすた)、あるいは女性たちがお金を払ってイケメンをはべらせる「星徒」(ほすと)、絵草子の展示即売会の「混見家」(こみけ)等々……
 どこかで見たようなものを江戸時代に取り込んでパロディにする、というのは本作が初めてではもちろんありませんが、そのギャップはなかなかに愉快なのです。
(特にエキサイトした連中が戸板に火をつけて「炎上」してしまうのには大笑い)


 しかし本作で描かれるものは、こうしたホームズ譚や現代風俗といった、パロディの面白さだけにあるわけではありません。

 本作で正宗が解き明かすもの――それは事件のトリックだけではありません。犯人がその事件を起こすに至った理由までも、本作は丹念に描きます。
 それは時に嫉妬心であり、虚栄心や巧妙心であり、あるいは愛情やそれと裏返しの不安であり――そこにあるものは、決してミステリの中だけに存在する変態心理などではなく、我々の誰もが覚えのある感情なのです。

 もちろんそれは、現代の風俗を取り込んで描くことによって、そのように感じさせられる部分もあるかもしれません(というより、まさにそのための要素ではないかと思いますが)。しかし、いつの時代にも変わらぬ人の想いというものは確かにあります。
 ユニークなパロディに目を引かれがちですが、その背後の人の複雑な想い――そしてそれを解き明かすのが朴念仁の正宗というのも面白い――もまた、本作の魅力ではないでしょうか。


 原典を知っているとある程度内容が予想できてしまう点、さらには単行本の解説ページで原典のネタ割れをしている点など、少々気になる点がないでもありません。
 しかしそれでもやはり、本作で描かれる幾重のパロディ、幾つもの魅力は見逃せません。

 雑誌への掲載ペースはかなり間隔が空いているようですが――それでもこの先のエピソードを待つ価値がある作品だと感じるのです。


『獣医者正宗捕物帳』第1巻(逢坂みえこ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon
獣医者正宗捕物帳 1 (フラワーコミックスアルファ)

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2018.06.02

宇野比呂士『天空の覇者Z』第6巻 Z最大の危機!? 変幻自在の怪物たちの襲撃

 動力炉が暴走し爆発寸前の「聖なる道」の切り離しに苦戦するも、ネモの機転により辛うじて難を逃れたZ。しかしその内部に変幻自在の獣人・ドッペルが出現、捕虜となったベイルマンを狙う。さらにドッペルが持ち込んだ生物兵器・ジェネシスにより艦内は汚染され、天馬たちは絶体絶命の窮地に……

 要塞島での冒険から超兵器同士の空中戦と展開してきた第三部イタリア編もいよいよ最終局面。そしてこの巻では作中きっての異色編、ジェネシス編が始まることになります。

 Zとの戦闘力に圧倒されつつも、Zとアンジェリーナを葬るため、強制ドッキングした「聖なる道」号のT鉱炉を自爆させ、道連れにしようとするベイルマン局長。「聖なる道」のドッキングアームを解除するため乗り込んだ天馬の前に現れたのは、機械人間と化した「おッちゃん」――かつてZ奪取の際に自らの身を擲った反ナチス同盟の闘士でした。
 既に自分の意思を失い、獣性細胞によって金属を同化するサボテンの能力を与えられた上で(この辺りの真面目さが作者らしい)、機械を埋め込まれた戦士と化したおッちゃん。しかし彼に対して天馬はその刃を振るうことができず、代わって銃を向けるギヌメール(もう復活してる)ですが、銃弾すら吸収する相手に窮地に……

 そんな中、T鉱炉の暴走による反重力化でZと「聖なる道」が共に上昇していることに気づいたネモは、Zをわざと横転させて下に合体していた「聖なる道」をZの上側に入れ替えることに成功。「聖なる道」の浮力は自らのアームを破壊し、Zを残して上昇した末に爆発! 間一髪脱出した天馬たち(+ベイルマン)も無事にZに帰還するのでした。

 こうして難を逃れたZは一時の静けさを取り戻し、東に針路をとって航行を続けることになります。天馬とアンジェリーナも天馬号で夜空の散歩と洒落込み、いいムードになるのですが――しかし二人が帰ってみれば艦内では奇怪なカビが繁茂し、それに触れた者は一瞬のうちに体中の養分水分を吸い取られていたのでした。カビに見えたものは獣性細胞、しかしこの細胞は自分の意思を持つように人間に襲いかかるではありませんか。
 時を同じくして、異変を察知して捕虜となったベイルマンの牢に向かったJは、そこで彼女に刃を向ける天馬に遭遇、ブーメラン刀で一撃を食らわせてみれば、彼の眼の前で「天馬」は奇怪な不定形の怪物の本性を見せ、艦内に紛れ込んでしまうのでした。

 この怪物こそは他者に瓜二つに変身する能力を持つ獣人、変幻自在の暗殺者・ドッペル。そして謎の獣性細胞は生物兵器・ジェネシス――ベイルマン暗殺のために送り込まれたドッペルは、大胆不敵にもZの艦橋に現れ、ゲームを提案します。天馬たちはジェネシスがZに蔓延することを防ぎ、ドッペルは一度変身した相手には二度と変身せずに、天馬たちを妨害すると……
 しかし指揮を取るべきネモは閉鎖された感染区域で消息を絶ち、艦内には不安が漂います。状況を打開すべくウェル開発のマリンスーツをまとい、感染区域に潜入した天馬・ウェル・エリカ。しかしそこは壁から天井まで全てが粘菌状のジェネシスに覆われた悪夢のような世界に変わっていたのであります。

 そして突如活性化したジェネシスに襲われ、マリンスーツを破られて肌を露出することとなった天馬たち。火炎放射器の攻撃も効果なく、逃げ惑う一行は、弾薬庫近くに倒れたネモを発見するのですが、彼は心肺停止状態。絶体絶命の中、ジェネシスに追い詰められた一行ですが――しかしネモが感染していなかったことから、ジェネシスが低温下で活動を停止すること、生物の熱を探知して襲いかかることをウェルが見破ります。そして冷却されている弾薬庫に逃げ込んだ一行は、ジェネシスから逃れることに成功するのでした。

 しかしその間もギヌメールらに変身したドッペルによる妨害によって艦内で増殖していくジェネシス。天馬からジェネシスの弱点を聞いたギヌメールはZを上昇させ、氷点下の外気を取り込もうとするのですが――しかし既にウェルに変身したドッペルにより機関部動力部が細工され、さらにギヌメールまでがジェネシスに感染することとなります。
 ネモとギヌメールの治療のため、医療室に急ぐ一行。そこに詰めていたアンジェリーナの前にエリカに変身したドッペルが現れ、彼女を連れ去ろうとした時、天馬が駆けつけて――次巻に続きます。

 これまでの大空を舞台とした豪快かつ勇壮な物語から一転、閉鎖空間ホラーに突入したジェネシス編。連載時はそのあまりの落差に驚いたのですが――このエピソードの意味はかなり後になって知ることになります。
 それはさておき、いまだ滅ぼす手段の見えないジェネシスを如何に倒すのか、そしてこちらも無敵のドッペルの正体を如何に暴くのか――この巻でもその知恵で窮地を切り抜けたウェルの活躍に期待であります。

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2018.06.01

横田順彌『星影の伝説』 ハレー彗星輝く夜の怪事と愛


 横田順彌の明治SFの中でも中核を成す鵜沢龍岳ものの最初の長編――明治末期に世を騒がしたハレー彗星接近を背景に、頻発する少女誘拐事件と、遙か過去に滅んだ古代王朝の謎に、龍岳と押川春浪、黒岩四郎と時子といったお馴染みの面々が挑むSFミステリであります。

 夜空にくっきりとその姿を現したハレー彗星が日本中を、いや世界中を騒がした明治43年。その騒動の陰では、東京では若い娘が次々と失踪し、数日後に腑抜けのようになって帰ってくるという、奇怪な神隠し事件が頻発していたのであります。

 ついには龍岳が想いを寄せる黒岩時子の友人も被害にあったことから、彼は事件の調査に協力することになります。
 その矢先、下宿のおかみから、以前のハレー彗星接近の際にも同様の神隠しがあったと聞かされた龍岳は、当時を知る老人から、過去の出来事を聞かされることになります。

 一方、大谷探検隊が持ち帰った資料を元に、遙か昔に砂漠に消えた幻の王朝を研究しているという吉川老人に「冒険世界」の原稿を依頼していた春浪は、老人が突然呆け、さらに資料が行方不明になったと知らされます。
 その埋め草にと神隠しに関する原稿を依頼されたのが、科学小説家志望の美女・榊原静乃。それに協力することとなった春浪の友人・河岡潮風は、彼女に強く惹かれるようになります。

 その後も神隠しの調査と、失われた吉川老人の資料探しを続ける龍岳たちですが――何故か彼らが取材に向かった証人たちは、ある者は人事不省となり、ある者は不可解な死を遂げ、次々と姿を消していくことになります。
 しかしそれでも過去から現在まで続く神隠し事件の背後に、同じ顔をした一人の女性の存在があることを知った龍岳たち。そしてかつて同様の神隠しが起きたという信州に向かった潮風が手に入れた秘仏の顔は、ある人物と瓜二つで……

 冒頭に述べたとおり、鵜沢龍岳シリーズ初の長編である本作。
 短編集であった『時の幻影館』とは異なり、長編の特性を活かしてじっくりと状況と人物の描写を積み上げ、展開していく物語は、シリーズのカラーとも言える、どこか物哀しい静謐さというものを色濃く感じさせます。

 個人的な思い出で恐縮ですが、そこで思い出すのは、30年近く前に本作を初めて読んだ際に、その味わいがどうにも地味すぎると感じてしまったことです。
 これはもちろん私が悪く、本作の前年に発表された明治SFの第1作『火星人類の逆襲』が、あまりに痛快なSF冒険大活劇であっただけに、こちらにもそのノリを期待してしまったのですが――その時は、ほぼ正反対の作風で面食らったのであります。

 しかし今、冷静な目で読み返してみれば、もちろん本作には本作の魅力があることに気付きます。
 他の作品同様、本作もSF的なアイディアとしてはプリミティブなものがあるのですが――しかしクライマックスに向けて様々な要素を絡み合わせ、じわりじわりと物語を盛り上げていく様が実にいい。

 特に中盤、龍岳たちが事件の謎を探る中で、手掛かりを握る人々が次々と不可解な形で証言不能となり、あるいは手掛かりが消失していくくだりは、一種ホラーめいた味わいにゾクゾクさせられます。
 物語自体が静かに、(当時の)日常的空気の中で展開していく中で、唐突に挿入される理不尽な出来事の数々。その両者のギャップが大きいだけに、それが強烈に印象に残るのであります。

 そしてもちろん、本作の魅力はそれだけでなく、結末に待ち受ける、美しくも何ともほろ苦い、「人間」の情の姿がその最たるものであることは言うまでもないのですが……

 初版から約30年ぶりに復活した明治SFの佳品である本作。作者の明治ものの持つ良き部分が凝縮されたような作品であったと、今更ながらに感じます。
 そしてこの鵜沢龍岳ものの長編は三部作――本作に続く『水晶の涙』『惜別の宴』も、残る短編集二作と合わせていずれご紹介いたします。

『星影の伝説』(横田順彌 柏書房『時の幻影館・星影の伝説』所収) Amazon
時の幻影館・星影の伝説 (横田順彌明治小説コレクション)

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