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2018.06.21

横田順彌『水晶の涙雫』 消えた少年と南極からの友が繋ぐ想い


 明治の科学小説作家・押川春浪と鵜沢龍岳師弟、そして彼らを取り巻く人々が不可思議な事件に挑む明治SFシリーズ――その長編第2弾であります。白瀬大尉の南極探検を背景に、長きにわたり意識不明だった少年の行方不明事件が、様々な波紋を呼び、奇妙で暖かい物語を描き出します。

 白瀬大尉の南極探検隊が、惜しくも志半ばで帰国を余儀なくされた明治44年――東京帝国大学附属病院の特別病室から姿を消した少年・白鳥義彦。
 勤め先の金を横領して追いつめられた父の無理心中に巻き込まれ、半年以上にわたって意識不明の状態であった彼は、しかし本来であれば息を引き取ってもおかしくないところが、不可思議にも生き続けていたのであります。

 だからといって、衰弱しきった病院を抜け出せるほど急に回復するするはずもありません。しかし病院側は義彦少年の状態に目を付けて人体実験紛いの治療を行っていたため表沙汰にするわけにもいかず、ただ残された母親・雪枝のみが心を痛める状況となっていたのでした。

 そんな状況とも知らず、春浪の友人・阿部天風は、雪枝が妻の遠縁であったのをきっかけに、雪枝の夫の事件に関心を抱いて調査を続けた結果、その死に不審な点があることに気付きます。
 もしそれが偽装された殺人事件であれば、本職の出番――と警視庁の黒岩刑事に協力を依頼する龍岳たちですが、しかし正義感の強いの黒岩にしては、珍しく消極的な態度をみせます。

 実は町を彷徨っていた義彦と偶然出会い、密かに匿っていた黒岩。義彦が黒岩に語った驚くべき真実とは、そして黒岩が守らなければならない秘密とは……


 冒頭に述べたように春浪と龍岳を中心にする本シリーズですが、その中で龍岳と相思相愛の女学生・時子と、その兄の黒岩刑事もまた、彼らとともに活躍するレギュラーであります。
 そして実は、今回主人公同然の位置を占めるのが、この黒岩刑事なのです。

 幼い頃に両親を失い、苦労に苦労を重ねながら時子を育ててきた黒岩。それだけに人情家で正義感が強く、絵に描いたような「良い刑事さん」である彼は、シリーズを現実サイドから支える名脇役であります。
 その黒岩が今回は妹にすら明かせない秘密を抱えて孤軍奮闘。しかも恋愛方面については妹に完全に先を越されていた彼に、ついにロマンスが! と、完全に主人公ポジションで活躍してくれるという、長らくシリーズを見てきた読者にとっては何とも嬉しい展開なのです。

 さてその物語の方は、義彦少年の失踪(そして彼の抱える秘密)と、その父の「自殺」を巡る謎とが交錯しつつ展開していくことになりますが、そこに登場人物たちが、それぞれの事情や思惑を抱えて関わっていくのも面白い。
 上で述べたように皆とは別行動を取る黒岩。黒岩に疑いを抱きつつ雪枝のために事件を追う龍岳や時子たち。自分を何かと助けてくれる黒岩に支えられながら義彦を捜す(まさかその黒岩が義彦と一緒にいるとは知らない)雪枝。さらにはかねてから義彦に目を付けてきたという陸軍の特務部隊の軍人とその手下まで……

 数々の登場人物が、それぞれに掴んだ真実を手に、少しずつ謎に近づいていく――実は真実そのものはさほど複雑なものではないのですが、しかし人間関係をシャッフルすることで。よく見ると結構地味な話を盛り上げていくのには感心いたします。

 そして本作の、本シリーズのキモとも言うべきSF的ガジェットですが――今回も懐かしさを感じさせる(すなわち古典的な)アイディアを用いつつ、それを巧みにドラマに絡めていくのが嬉しいところ。
(そしてそこに絡むのが、前作のハレー彗星接近と並ぶ一大科学イベントである白瀬大尉の南極探検という趣向もうまい)

 前作などに比べるとかなり早い段階で秘密が明かされるのですが、それを一人背負ってしまった黒岩の苦闘が、上に述べたように物語の大きな要素となり、それがラストに繋がっていくという展開も実にいいのです。
 実に本シリーズらしく、優しくも暖かい、そしてちょっと粋な結末には、誰もが顔がほころぶのではないでしょうか。


 しかしさすがにラストの吉岡信敬はさすがにやりすぎではないかなあ――というより有能にもほどがあります。恐ろしいなあ早稲田大学応援団。

『水晶の涙雫』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)


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