« 「コミック乱ツインズ」7月号(その二) | トップページ | TAGRO『別式』第2巻 新たな別式が抱える陽と陰 »

2018.06.19

久賀理世『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』 この時代、この舞台ならではの本と物語のミステリ


 『英国マザーグース物語』や、先日ご紹介した『ふりむけばそこにいる』など、イギリスを舞台とした作品を得意とする久賀理世。その作者が、ヴィクトリア朝のロンドンで貸本屋を営むちょっと訳ありの兄妹を主人公に描く、優しく暖かく、時にほろ苦い連作ミステリであります。

 時は19世紀末――ライヘンバッハの滝に消えたホームズがいまだ帰還せず、読者たちを嘆かせていた頃。ロンドン郊外の町に、若く美しい兄妹――アルフレッドとサラが営む貸本屋「千夜一夜」がありました。
 ある事情を抱えて周囲には身分を隠して暮らす二人ですが、しかし無数の本に囲まれての暮らしはなかなか快適。そんなある日、幼い二人の弟を連れた青年貴族・ヴィクターが店に現れて――という形で、第1話「紳士淑女のタイムマシン」は始まります。

 ヴィクターは、弟が公園で友だちから聞いたという女の子と犬が冒険を繰り広げるという物語を探していたのですが――しかし本にかけては人並みならぬ知識を持つサラも、その内容には心当たりがありません。
 それでもヴィクターの語る内容に興味を引かれ、その本を探すサラ。そんな中、アルフレッドは乏しい手がかりから本の正体を見抜きます。さらに、そこに秘められたある事情までも……


 子供があやふやな記憶で語る内容というごくごくわずかな手がかりから、古今の物語にまつわる知識と観察眼、そして何よりも見事な洞察力で、本の正体という謎を解き明かしてみせるこの第1話。
 いや、本だけではなくその本の内容を子供に教えたのは誰か、さらにここでは一種の「信頼できない語り手」として機能する子供が、何故そのように語らなければならなかったのか――という更なる謎まで鮮やかに解決してみせる、その切れ味に驚かされます。

 しかし、それに勝るとも劣らぬほど魅力的なのは、そのあまりにも切なく悲しい真相と、それに対する暖かで優しい「裁き」であります。
 ここで白状してしまえば、そのくだりを読んだときには、思わずボロボロと涙が――いや、いい年して本当に恥ずかしいお話ではありますが、しかし単なる興味本位でもなく無機質でもない、本作ならでは心温まる謎解きとその語り口の見事さに、この第1話の時点でKOされてしまったのです。

 そして実はヴィクターとアルフレッドの間には浅からぬ因縁があったという意外な真実が語られ、さらにそこからアルフレッドとサラの抱える複雑で危険な事情、そしてそこから作品を通じて追いかけられるであろう謎が提示されるという構成の妙には、ただ唸らされ続けるほかありません。


 というわけでこの先の物語は、アルフレッドとサラ、そしてヴィクターを加えた三人を中心に展開していくことになります。
 ヴィクターがパブリック・スクール時代の図書室で目撃した不可思議な儀式にまつわる謎を描く「春と夏と魔法の季節」、ヴィクターたちの友人が謎めいた死を遂げた陰に、恐るべき邪悪な企みが蠢く「末の世とアラビア夜話」と、全3話で構成されています。

 第1話が優しく温かい味わいだとすれば、第2話はほろ苦く切なく、第3話は恐ろしくもひどく苦い――ここで描かれるのは、それぞれ本と物語を題材としつつも、全く異なる味わい。
 完璧超人のアルフレッドと、優しく聡明で、それでいて(それだからこそ)ちょっとニブいサラ、そしてそんな二人の間で一生懸命の「忠犬」ヴィクター――物語を彩るそんな三人の関係性も実に楽しく、読書と物語の楽しさを満喫させてくれる作品であります。

 そしてもう一つ、ヴィクトリア朝のイギリスの文化風物を、丁寧にかつ自然に物語に盛り込んでくれるのも嬉しい。特に店でサラが客に出す菓子の数々など、物珍しくも実においしそうで――この時代、この舞台ならではの空気感を作り出すのに、大きな役割を果たしていると感じます。

 ……そう、本作に詰まっているのは、この時代、この舞台ならではの物語。単純に舞台背景だけでなく、その独自性が物語に密接に結びつき、大いなる必然性をもってそこでは描かれているのであります。
 そしてその象徴となるのが、「本」であるのは言うまでもありません。

 (貸)本屋とミステリというのは最近の流行であるかもしれませんが、決してそれに乗ったわけでないと感じさせてくれる、本作ならでは、この作者ならではの物語――ミステリの形を取りつつ、読書の楽しみを思い出させてくれる「本」であります。


『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』(久賀理世 集英社オレンジ文庫) Amazon
倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。 (集英社オレンジ文庫)


関連記事
 久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』 英国怪談の香気溢れる名品

|

« 「コミック乱ツインズ」7月号(その二) | トップページ | TAGRO『別式』第2巻 新たな別式が抱える陽と陰 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/66841946

この記事へのトラックバック一覧です: 久賀理世『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』 この時代、この舞台ならではの本と物語のミステリ:

« 「コミック乱ツインズ」7月号(その二) | トップページ | TAGRO『別式』第2巻 新たな別式が抱える陽と陰 »