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2018.06.07

七穂美也子『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』 姫君は帝を救う昆虫探偵!?


 美しい容姿と高い身分でありながら、化粧もせず、毛虫をこよなく愛する風変わりな姫――「むしめづる姫君」。『堤中納言物語』に登場するこの姫君のエピソードをベースに、ちょっと打たれ弱い帝のため――いや天下万民のため、姫君が虫にまつわる様々な謎を解き明かすユニークな物語であります。

 幼い頃の病のため、髪が悉く白く変わってしまったことから「白銀の宮」と陰で呼ばれる時の帝。その異貌から、そして母君に殺人の疑いがかけられたことから、人々から疎まれ、宮中に味方もほとんどいない彼は、内裏をそぞろ歩いていた時に、奇妙な人物と出会います。

 こともあろうに内裏に市井の子供たちとともに忍び込み、虫取りをしている男装の少女――彼女こそは、「むしめづる姫君」と異名を取る大納言の娘・愛姫。
 見目麗しい容姿でありながら化粧もせず眉毛も手入れしないまま、高貴の身分の姫君でありながら人前に顔を晒し、何よりも人々が忌み嫌う毛虫などの虫を好んで可愛がるという、当時の常識からすれば桁外れの少女であります。

 しかし、この相手が帝とわかっても全く物怖じせず、むしろ帝をこき使ってしまうような愛姫に強く惹かれるようになった帝。
 宮中の権力者である左大臣からは退位の圧力をかけられ、入内した女御からは見向きもされず、すっかり自虐的になっていた帝は、何とか愛姫の心を掴むべく奮闘することになります。

 しかし愛姫は全く入内に興味を示さず、それどころか都で次々と起こる怪事件に、帝自身の身も危うくなる始末。そんな中、愛姫は虫にまつわる知識を用いて怪異の謎を解き、事件を解決していく……

 冒頭に述べたように『堤中納言物語』に登場する「むしめづる姫君」。本作はその原典の設定をきっちりと取り込みながらも、相手役に帝を設定し、さらに一種の科学ミステリとしての趣向を盛り込むという、何とも贅沢で実にユニークな趣向の作品であります。
 特に、探偵役がむしめづる姫君こと愛姫であるのが面白い。これは冷静に考えると相当意外な(意外すぎる)取り合わせですが――しかし実際に読んでみると違和感を全く感じないのが面白いところです。

 もちろんその印象は、作中で描かれる事件がいずれも虫絡み、あるいは虫が手掛かりとなるものであることに依ることは言うまでもありません。
 しかしそれ以上に、愛姫には昆虫観察で培った観察眼と、常識や因習に囚われない自由で合理的な精神を持つことがその理由として描かれていることが大きいと感じます。

 舞台となる平安時代は、「縁起」が人々の、特に貴族たちの生活を支配していた時代。彼らは占いの結果や、日常の出来事から様々な兆しを読み取り、その結果に従い暮らしてきたわけですが――その是非はさておき、そこで合理的な思考というものが生まれにくいことは当然の成り行きでしょう。
 そんな中で、一種規格外の思考回路を持つ愛姫が探偵役を務めるのは、むしろ当然なのかもしれない――そう感じさせられるのです。

 そして時にそれ以上に印象に残るのは、そんな彼女の存在が、彼女の相棒かつ依頼人とも言うべき帝に対する、大いなる救いとなっていることであります。

 先ほど「縁起」と申しましたが、当時は常ならざるもの、規格外のものは、すなわち縁起が悪いものでありました。それだからこそ、常ならざる白髪を持つ帝は、周囲から忌避されるのです。
 しかし同じ規格外の存在でありながら、愛姫はそんな世間の「常識」に縛られない、屈しない存在として敢然と自分の意思を貫き、生きている――それは、その「常識」に縛られ、「縁起」でもない存在とされて日陰者とされた帝にとって、どれだけ眩しい存在であることでしょうか。

 そんな相手が自分を苦しめる事件を解決してくれたら、しかも超美少女であったら――これは確かに惚れない方がおかしいのですが、まあそちらの方面がそうそううまくいかないのもお約束。
 毎回、帝が必死にアプローチしても、全く愛姫の方は振り向いてくれず、ガックリ――というパターンもまた、微笑ましいのであります。
(ちなみに本作はほとんどの部分で帝視点で物語が描かれいるのが、愛姫の超然とした存在感をさらに強めているのも面白い)

 それでも愛姫と出会うことで少しずつ自分の殻を破り、ヘタレ脱却を目指す帝。彼の想いが超然とした姫君に通じる日は来るのか――なろうことなら、その後の物語を読んでみたいものです。

『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』(七穂美也子 集英社コバルト文庫) Amazon
むしめづる姫異聞 ―王朝スキャンダル― (集英社コバルト文庫)

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