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2018.06.13

鳴神響一『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』 江戸の名探偵、巨大な密室の中の「舞台」に挑む


 時代小説でユニークなクローズド・サークルを展開した『猿島六人殺し』から約半年――多田文治郎が帰ってきました。今回殺害されたのはただ一人――しかし大大名の催した能が演じられる中、その観客が殺されたというのですから、江戸の名探偵が出馬するに相応しいと言うべき事件であります。

 あの陰惨な猿島の事件から数ヶ月後――故あって事件の際に出会った公儀目付役・稲生正英の屋敷を訪れることとなった文治郎。そこで黒田左少将継高が催す猿楽見物に誘われた文治郎は、二つ返事で正英に同行することになります。
 47万石の大大名、それも能好きで知られる継高が開催するだけあって、当日演じられた五番能は素晴らしいものばかり。能好きの文治郎も大いに楽しんだのですが――しかし最後に演じられた、シテと四人のワキが乱舞する『酒瓶猩々』の最中に事件が発生していたのです。

 当日は武士だけでなく町人たちも招かれていたこの能会。その一人、札差の上州屋が、会の終了後に死体となって発見されたのであります。
 黒田家が正英に検分を依頼したことがきっかけで、これに同行することとなった文治郎。彼の観察眼により、上州屋が毒を塗った細い刃物で刺されたことがすぐに判明したのですが――犯人は如何にして上州屋に近づき、周囲から気付かれることなく殺害してのけたのか。

 いやそもそも、何故上州屋が殺されなければならなかったのか? 正英の依頼により、友人で正英の部下である宮本五郎左衛門と共に事件解明のために調査を開始した文治郎は、上州屋には人から恨まれる理由を十分持った人物だと知ることになります。
 しかしどうすれば能の最中に上州屋を殺すことができるのか、肝心のそれがわかりません。調査と推理の末、文治郎は容疑者を絞り込むのですが、しかし彼には確たるアリバイが……

 孤島で六人が次々と奇怪な死を遂げていくという前作に比べれば、いささか事件の内容は地味に見えるかもしれない本作。しかし一つの謎をじっくりと追いかけるその内容の密度の濃さは、前作に勝るとも劣らないものがあります。

 劇場という場は、収容人数が多い(上に人の出入りがある)こと、そして場が暗いことが多いこと、そして何よりもその「舞台」としてのドラマチックさから、古今のミステリで事件の現場となることが少なくない印象があります。
 本作ももちろんその系譜にある作品、能という幽玄の世界が展開する一方で、世俗の極みというべき醜い殺人が行われるという、その取り合わせの面白さにまず魅せられます。

 そして本作で事件の現場となるのは、大名家の中に作られた能舞台(ちなみに黒田継高が大の能好きだったというのは史実であります)という、いわば巨大な密室の中の「舞台」という趣向が楽しい。
 大名家が客を招いて行う能会という、まず不審者が入り込めるはずもない場。そんな密室の中で、どうすれば人一人に近づき、殺し、逃げることができるのか? 本作もまた、変形の密室ミステリと呼ぶべきでしょう。

 ……が、実のところ、本作のトリックは、ミステリ慣れした方であれば、その詳細はわからないまでも、ここが怪しいとすぐに感づくものであるかもしれません。
 この辺り、時代小説ではなく一般レーベルとして(すなわちミステリ小説として)刊行されている本作としてはいかがなものかな、と意地悪なことを感じないでもありません。

 しかし本作の場合、それが能という題材と綺麗に結びつき、一定以上の必然性を持って描かれるのが素晴らしい。
 特に(これは作品の性質上、触れるのにかなり神経を使うのですが)、ある人物のアリバイを描くのに、「この手があったか!」という理由を設定してみせるのには、唸るしかありません。

 そして本作ならではの人物配置と、それが生み出すドラマも含めて、本作はまさしく能楽ミステリと呼ぶに相応しい内容の作品であると言うことができると思います。

 上では意地の悪いことも申し上げましたが、ミステリ味のある時代小説ではなく、時代小説の世界を舞台としたミステリとして成立している――別の表現を使えば、謎が謎を描くためのものとして機能している本作。

 こうした作品を文庫書き下ろし時代小説的なペースで刊行するのは難しいのではないかと思いますが――しかし早くも次の作品が楽しみになってしまうのであります。

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