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2018.06.06

TAGRO『別式』第1巻 彼女たちのなんでもありの日常と、史実という残酷な現実と


 江戸時代、幾つかの藩に置かれたという女性の武芸指南役「別式」(別式女)。本作はそんな女性武芸者たちを主人公とした時代漫画――可愛らしい絵柄で、現代の言葉が普通に出てくる一見何でもありのコミカルな作品ですが、しかしそれでは終わらない、棘と陰を持った作品であります。

 舞台は江戸時代前期の寛永年間、主人公は古河藩土井家の武芸指南役を父に持つ娘・佐々木類。男勝り――どころではなく、そこらの男では全く歯が立たない剣の腕を持つ彼女は、父亡き後、婿を取るでもなく、江戸に剣術道場を開いて暮らす毎日であります。

 しかし一見生真面目に見えて、実は人並み以上に男性には興味のある彼女。「自分より弱い男に家督を継がせるわけにはいかない」「ただしイケメンに限る!」と、日々街に現れては男漁り――いや腕試しを仕掛けるも、高すぎる理想にマッチした相手は現れないジレンマに苦しんでいるのでした。

 そしてそんな類を取り巻くのも、皆「別式」、武芸自慢の娘たち。人懐っこく脳天気な島原藩別式の早和、類と同じ古河藩の別式女筆頭で生真面目な魁、腕利きでボーイッシュな渡世人の切鵺――と、生まれも育ちも性格も異なる面々ですが、意気投合して遊び歩く仲なのでありますす。

 そんな類と仲間たちの姿を描く本作は、どのキャラクターも4頭身くらいという可愛らしいビジュアルで描かれていることもあり、一種の「日常系」的な趣が感じられます。
 そしてまた本作は、現代の言葉や風物が(後者はアレンジされているとはいえ)ポンポン飛び出してくる、「なんでもあり」系でもあります。合コン、コミケ、温泉回と、時代劇とは思えないような題材の中で、女の子たちがキャッキャと楽しげに日々を送る姿が描かれるのですが……

 しかし本作は、それだけでは終わりません。そんな楽しげな日常と同時に描かれるのは、ひどく残酷で、厳しい現実の姿なのですから。

 冒頭で述べたように、本作の舞台は寛永年間。天下太平が続き、(本作に登場する男たちのように)武士もだいぶだらしなくなってきた時代ですが――しかしこの時代に、最後の戦とも言うべき戦いがありました。
 その戦とは島原の乱――島原? そう、この戦の勃発により、島原藩に仕える早和はもちろんのこと、類たちもまた、大きな影響を受けることになるのであります。

 いかに彼女たちが腕自慢の別式であれ、そして本作がいかになんでもありに見えたとしても――しかし決して「この時代」「この社会」から逃れることはできません。
 史実という現実からは、決して目を逸らすことはできないのであります。

 この第1巻で描かれるのは、類たち別式の楽しげな日常の姿と、そのモラトリアムが現実の前に終わっていく姿。そしてそれと並行して、一見明るく振る舞っていても、皆それぞれに背負う陰の存在もまた、徐々に描かれていくことになります。
 本作は終わらない楽しい日々を描く日常系などではなく、むしろ「ツラい(刺さる)青春もの」とでも言うべき作品であったかと――この第1巻のラストにおいて、我々は痛いほど知ることになるのです。

 いや、そこまで待つまでもなく、この第1巻の冒頭――どれほど先のことか、おそらく近い未来の時間軸を描いた場面では、本作が決して幸せな結末を迎えることがないことが、はっきり描かれているのであります。
 楽しい日々を過ごした別式たちも、気になるアイツも、まだ見ぬもう一人も――仲間は誰も類の前から消えてしまった。刀を向けた目の前の一人を除いては。

 一体どれだけの日常を失い、どれだけの現実を背負えば、このような結末にたどり着くのか――今はまだ、想像すらできない状況であります。

 実は史実では、本作の舞台とほぼ同じ時代の同じ江戸に、佐々木累という人物が存在します。彼女もやはり腕自慢の女武芸者でしたが、最終的にはある人物を婿に迎えたと言われています。
 しかし本作の佐々木類は、おそらくは同じ道は辿らないのでしょう。そうだとすれば彼女の辿る道は一体……

 今はまだ明るさの残るその道の果てに何があるのか、それを知るのが怖い、しかし決して目が離せない――そんな残酷青春時代劇の開幕であります。

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