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2018.07.13

もとなおこ『Dear ホームズ』 最も奇妙なシャーロック・ホームズの帰還!?


 シャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝に消え、帰還するまでの数年間――いわゆる「大空白時代」は、これまで様々な作品で扱われてきました。そして本作はその中でも最も奇妙な作品の一つでしょう。何しろホームズは、小さな人形にその身をやつしてロンドンに帰還していたというのですから!

 『最後の事件』において、宿敵モリアーティ教授との対決の末、もろともにライヘンバッハの滝に消えたホームズ。それから『空家の冒険』でドラマチックな帰還を果たすまで、読者は、そして何よりもワトスンは、彼が死んだと思い、悲しみに暮れてきました。

 この間、ホームズはチベットをはじめとして世界を放浪したと言われるのですが、その詳細は謎のまま。それだけに大いにファンの心をそそる時期であります(日本で発表されたパスティーシュの中には、彼が日本を訪れるという趣向の作品も幾つかあります)。
 そんな時期、愛妻メアリを亡くしたワトスンが、懐かしいベーカー街221Bを久しぶりに訪れる場面から物語は始まります。

 あのハドスン夫人はホームズを喪った悲しみもあって引退、今はその姪で若く美しい寡婦のミセス・ハドスンが管理人を務める下宿。そこにある日届いたのは大きなドールズハウス――それもこの221Bをそっくり模したものだったのです。
 差出人不明のこの奇妙な荷物に驚いたミセス・ハドスンに招かれたワトスンですが、彼にとってもこの荷物は不可解。物思いに沈む彼の耳に聞こえてきたのはあの懐かしいバイオリンの音色――そしてそれを弾いていたのはホームズの人形!?

 思わず失神したワトスンが意識を取り戻した時、やはりそこにいたのはホームズの人形(人形のホームズ)。実は生きていたホームズは、かつてある事件で知り合った霊媒体質の少女の力を借り、小さな蝋人形に魂を宿して帰ってきたというではありませんか!
 さすがに驚きを隠せないワトスンですが、霊感少女の存在は彼も知るところであり、何よりも目の前に動かぬ証拠がいるのですから信じるほかありません。かくて、懐かしい221Bに帰ってきたワトスンは、ドールズハウスの221Bに暮らすホームズとともに、再び冒険の日々を送ることに……


 その晩年に心霊主義に傾倒したことで有名なコナン・ドイル。しかしそのドイルをしても、ホームズが人形に霊魂を宿すとは思わなかったでしょう。
 ドールズハウスのミニチュア世界に暮らし、事件現場に赴くときはワトスンの頭に乗り、帽子の中に隠れて移動するホームズ。その姿は何ともコミカルですが、もちろんその知性は以前と変わることはありません。

 そしてこの姿でも彼の好奇心と事件に挑む情熱もそのまま。今なお届く事件の依頼状を受け、以前にも増してワトスンの力を借りることになるもののこの名コンビは、ロンドンを騒がす事件の数々に挑んでいくのです。

 そう、名コンビ――本作に描かれるのは、いささか(どころではなく)変則的ではありますが、我々が長きにわたって愛してきたあの名コンビの姿。本来ではあり得ない時期であり、あり得ない姿であるからこそ――より一層二人の友情は理想化されて、本作で描かれているように感じます。

 絵的に見ると、ワトスンが聖典のイメージとはかけ離れた細面の美青年に描かれていることに(そして別人とはいえハドスンさんがうら若き美女となっていることに)違和感を感じる向きもあるかとは思いますが、これは作者も承知の上でのものでしょう。
 何しろ作中の一エピソードにおいては、熱狂的なホームズ譚――いやワトスンファンの少女が登場、聖典の中の彼にまつわる細かい矛盾点の一つ一つにツッコミを入れていくのですから、これはもうわかってやっていると見做してよいかと思います。

 また、物語の終盤においては、彼らとは同時代人であるブラム・ストーカーが登場。何と彼自身が吸血の魔物の影につきまとわれていて――という二重のパスティーシュ展開も楽しい。そしてラストで、きちんと聖典に帰着してみせるのも心憎いところです。


 しかし本作において一点(それもかなり大きく)残念なのは、物語におけるミステリ、というより推理の比重がかなり小さいことであります。

 描かれる事件にオカルト要素が強いのは、これはもうホームズの設定からしてやむを得ないのですが、しかし事件の謎が「オカルトでした」で済まされるのはいただけない。
 日常と超常が共存する世界だからこそ、その区切りを明確にし、そして超常の世界においても、その論理を貫くホームズの推理が見たかった――と強く感じた次第です。


『Dear ホームズ』(もとなおこ 秋田書店ボニータコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
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