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2018.07.31

瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕


 コミカルさとシリアスさが絶妙に入り交じった平安ものを描かせれば右に出る者がない作者の新シリーズ第2弾――和歌マニアの公家・希家と、源頼政の孫で怪異譚好きの少女・陽羽が今回挑むのは、都大路を駆け抜ける首なし武者の怪。果たしてこの怪異は真実なのか、そしてその陰に潜むものとは……

 源平の合戦から数年後の都で、ある晩都大路を馬で行く首なし武者と出会ってしまった希家。怪異との遭遇に震え上がったものの、それでも九条家の家司の務めがあるのが哀しいところ、鎌倉から病気平癒の加持祈祷を受けるためにやってきたという公文書別当のゆかりだという母娘の世話を頼まれ、希家はあれこれと奔走することになります。

 一方、なかなか和歌も作法も上達しない上に、前作の事件で周囲から注目を集めてしまった陽羽は、洛中の八条で暮らす元・斎院の宮の式子内親王のもとに預けられることになります。そこで同じ敷地に暮らす以仁王の忘れ形見だという西の対の姫宮と出会った陽羽。変わり者で周囲とは没交渉の姫宮ですが、陽羽は持ち前の明るさと遠慮のなさで、彼女と次第に距離を縮めていくのでした。

 そんな中、よんどころない事情で夜に鎌倉からの客人を送ることになった希家。あの首なし武者に襲われてはと、陽羽に護衛を依頼した希家ですが、不幸にもその心配は的中し、首なし武者が一行に襲いかかってきて……


 文系(というか文弱)の青年公家と、体育会系(でも怪異好き)の少女の凸凹コンビという主人公設定が実に楽しい本シリーズ。前作はキャラクター紹介編という趣もありましたが、今回は初めから全力疾走であります。
 当時の女性としては破格のアクティブさと、武術の腕を誇る陽羽。今回はめんどくさい和歌マニアとしての姿は比較的控えめではあるものの、本作においてはある種の(当時の)理性の象徴として活躍する希家。全く正反対の二人は今回も絶好調であります。

 さらに本作では、史実で希家のモデルと色々と深い関わりのあった式子内親王が初登場。希家との関係性も面白く、今後の活躍にも期待したくなるキャラクターであります。


 さて、冒頭で触れたとおり、平安ものにおいては有数の名手というべき作者ですが、本作は、本シリーズは、その中でも少々ユニークな位置を占めています。それは「史実」との関わり――本作は作者の作品の中でも、特に史実とのリンクが大きいのです。

 そう、作者の作品には、登場人物や描かれる逸話など、史実を題材とした作品はいくつもあるものの、しかし設定年代を明示しない作品がほとんどで、実は史実と明確にリンクした作品は想像以上に少ないのであります。
 それに対して本シリーズは、登場人物の時点で既に史実とのリンクが密接です。希家と陽羽は架空の人物ですが、希家にはほぼ明確にモデルがいますし、陽羽も頼政の孫という設定のキャラであります。さらに式子内親王や、名前は伏せますが本作のゲストキャラクターたちなど、作中の登場人物は、かなりの割合で実在の人物なのです。

 しかし本作は、単に実在の人物が登場し、活躍するだけの物語ではありません。本作は、「この時代」ならではの、「この時代」だからこそ生まれた物語なのです。

 本作の設定年代は、源平の合戦からわずか数年後。源氏と平氏に武士の世界を二分した――いや、同じ源氏ですら幾つにも分かれ、殺し合った合戦の爪痕が、濃厚に残された時代であります。
 それは荒れ果て治安の悪化した都の姿といった物質的な面でも描かれますが、それ以上に爪痕が残るのは精神面――親族を、愛する者を喪った者、そして遺された者の心にこそ、爪痕はより深く残されているのです。

 実に本作の事件の背後にあるのはこの爪痕――あの合戦さえなければ起きなかったはずの悲劇。それを背負った者、それに深く傷ついた者たちの姿が、事件の中から浮かび上がるのであります。

 それでは、その爪痕は消すことはできないのか? 悲しみは何時までも残り続けるのか? その答えは決して是ではないことを、しかし本作は示します。人が人を悼み、悔み、そして愛おしむ心。和歌に象徴される人間の想いが、時として悲しみを乗り越える力を発揮することを、本作は美しく描き出すのであります。


 キャラクターものとしての面白さはもちろん、史実との密接なリンクが生み出す濃厚なドラマ性が魅力の本作。ラストのどんでん返しも見事で、作者の新たな代表作と評しても過言ではない名品であります。

『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)


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2018.07.30

鳴神響一『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』 名探偵・宮沢賢治、空の密室に挑む


 最近は時代ミステリに変形の警察ものと、特にミステリで八面六臂の活躍を見せる作者の新作は、宮沢賢治を主人公とした『謎ニモマケズ』シリーズの第2弾。前作とは大きく趣を変え、空の密室――霞ヶ浦と鹿児島間を往復する飛行船を舞台に展開する連続殺人事件に、賢治が挑むことになります。

 昭和5年(1930年)、父親の勧めで本邦初の大型旅客飛行船・月光号の記念飛行に搭乗することとなった賢治。医者・官僚・記者・華族・歌手・財界人――各界の男女が搭乗する月光号に乗り込んだ賢治は、美しい医学生・薫子と親しくなり、楽しい空の旅が始まったと思われたのですが……

 しかし離陸から数時間後、乗客の一人・一色子爵が、自室で血塗れの刺殺死体となって発見。しかもその部屋は施錠され、完全な密室となっていたのであります。
 さらにいつの間にかその場に残されていた「ハーデース」を名乗る斬奸状と、悪魔のタロットカード。遺体の発見現場に居合わせ、そしてギリシャ神話やタロットの知識を持っていたことから、賢治は月光号の船長から捜査への協力を依頼されることになります。

 しかし密室殺人のトリックは見破ったものの、乗客の中に紛れた犯人は依然として正体不明。そして更なる殺人事件が発生、その場にも斬奸状とタロットカードが残されていたのであります。果たして犯人の正体は、そしてその目的は――やがて賢治と乗客たちは、事件の背後の思わぬ因縁と哀しい想いを知ることに……


 冒頭に述べたとおり、『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』に続くシリーズ第2弾である本作。といっても舞台設定は前作(大正9年)の10年後ということで物語内容的にはほとんど繋がりはなく(ほんのわずか言及されるのみ)、独立した物語として楽しむことができます。
 何よりも、前作がジャンル的には冒険小説であったのに対し、今回はストレートな探偵小説。前作あれこれ言っていた私も大喜びなのですが――これが本当に舞台といい内容といい、ここまでやってくれるのか! と言いたくなるような趣向を凝らした内容なのが嬉しすぎるところであります。

 密室ものといえば本格ミステリの花ですが、本作はそれを動く密室――それも空を飛ぶ飛行船として設定。
 前年のツェッペリン伯爵号の来日を受けて日本でも旅客飛行船の気運が高まり、月光号の記念飛行が――というのはフィクションだと思いますが、当時としては最先端のテクノロジーであり、かつ優雅な印象がある飛行船というのは、ミステリの現場として実に良いではありませんか。

 そしてその空飛ぶ密室の中で起きる事件も、密室の中の密室での殺人に始まり、衆人環視の中での殺人、さらには人間の仕業とは思えぬものまで様々。そこにタロットカードによる見立ての要素まで加わるのですからたまりません。
 その博学と論理的思考が理由で、賢治が巻き込まれ方の探偵となるのも面白く、また本作での経験が、賢治のあの名作に繋がっていくという趣向も、定番ではありますが楽しいところです。


 しかし本格ミステリゆえ、残念ながらここで物語の詳細に触れるわけにはいきません。それ故、終盤に待ち受ける急転直下の、そして大ドンデン返しの連続の展開に触れること(おそらくはモチーフになったであろう作品ももちろんのこと)ができないのが何とも苦しいのですが……
 この展開はアリなのかという気持ち半分、これしかないかという気持ち半分の謎解きは実に楽しく、普段生真面目な印象のある作者の、意外な豪腕ぶりがうかがえたのは大きな収穫でした。

 しかし、これは実に作者らしいと感じさせられたのは、本作で描かれた事件の背後に潜むもの、そしてそれを生み出したものと許すものに対する鋭い視線の在り方であります。
 終盤において賢治が珍しく怒りを露わにする相手こそは、本作における真の悪なのであり――そしてそれはまた、決して滅びることなく、我々の周囲にも蟠っているものなのでしょう。そしてまた、本作の年代設定にも、ある意図を感じるのも、決して考えすぎではないのではないかと感じるのです。
(さらに言えば、その存在が賢治のある行動へのエクスキューズとなっているのもまた、賛否はあるかもしれませんが、ミステリの構造として面白いところです)


 さて、本作で描かれるのは賢治のほぼ晩年の姿であります。この先であれ、はたまた時代を遡るのであれ――名探偵・宮沢賢治の姿をまだ見てみたいと感じるところです。


『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ (祥伝社文庫)


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2018.07.29

中原裕『江戸っ子エド公』 金髪忍者は有名人の子孫!?


 徳川家康に仕え、外交顧問として活躍した三浦按針ことウィリアム・アダムズ。その子孫が八代将軍吉宗が治める日本に来日し、忍術修行に勤しむという、極めてユニークな連作時代漫画であります。

 漂流の末、戦国時代末期の日本にたどり着き、徳川家康と出会ってその外交顧問として三浦按針の名を与えられたウィリアム・アダムズ。
 本作の主人公は、その子孫であるエドワード・アダムズ――通称エド。日本の忍者に憧れて来日し、忍術修行のために江戸に暮らすこととなった彼は、その人目につく金髪の姿も意に介することなく、今日も忍術修行と称して騒ぎを起こす毎日であります。

 そんな中、番町皿屋敷の伝説のある旗本邸で、主が腰元・お涼を手篭めにしようとして返り討ちにされるという事件が発生。しかし井戸に身を投げたお涼は忽然と姿を消し、数日後に幽霊となって井戸から現れたというのであります。
 事件に興味を抱き、調査に向かったエドは、そこで出会った屋敷の井戸番の老人・伊助の秘密を見抜き、彼とともに、お涼を救うために活躍を繰り広げることに……


 この第1話に続き、エドと伊助、お涼、そして大岡忠相らが、江戸を騒がす奇怪な事件に遭遇する姿を描く本作。
 全8話で構成される物語の中で、この後もエドは次々と事件と謎に挑み、さらに終盤では、お涼のあまりにも意外な出生の秘密、さらには三浦按針が残した秘宝などが描かれるなど、バラエティ豊かな物語が展開されることになります。

 特に個人的に面白かったのは、自らを「月光西照権現」と名乗り、徳川家への恨みを語る家康の亡霊を描く第2話や、見たものはたちどころに命を奪われるという奇怪な石神の探索に向かったエドと伊助が、自分たちの分身と出会う第6話であります。
 どちらもトリック自体はさほど入り組んだものではないのですが、第2話は背後にあの有名な巷説を絡めて一気に伝奇度が上がったり(そしてそれを思わぬ形で裏書きしてしまうオチが楽しい)、第6話はちょっと唐突な展開に見えたものに「ドッペルゲンガー」が絡んで一気に時代ものとして重くなるのが、実にいいのであります。


 それにしても、江戸時代もど真ん中の将軍吉宗の時代に、金髪のイギリス人が江戸で忍術修行、という本作の基本設定は、それこそが肝ではあるものの、ずいぶん豪快なアイディアだと驚かされたのですが……
 しかしそこに、「三浦按針の一族は、子々孫々まで厚遇せよ」という家康の遺訓があったという設定を用意して、風穴を開けてしまうのが何とも痛快でいい。そして吉宗自身もそういう話を大いに面白がりそう、というイメージをうまく使っているのも面白いところです。

 そしてそのエド(ちなみに母国での彼の学問の師はアイザック・ニュートン!)自身も、いわゆる日本かぶれの面白外国人的な造形ではあるものの、しかし極めて陽性かつ素直で正義感の強い人物として描かれており、好感の持てるキャラクター像であります。

 とはいえ、作中で描かれる事件はかなりシビアなものばかり。身分の差や社会制度による理不尽、権力の裏側に関わるため塗りつぶされた秘密など――この時代ならではのものが、本作では次々と描かれることになります。
 そしてそんな理不尽に対して、様々な意味で外側の人間としてエドが見せる想いの発露――そしてそれは多くの場合、現代の我々の視点とも重なるわけですが――が、実は本作の最大の魅力、見どころであると言っても過言ではないと感じるのであります。
(そしてそれは必ずしも「正しい」ものとは言えず、現実を知らぬ理想的なものに過ぎないこともあるのですが、そこにきちんと別の視点がぶつけられるのもいいのです)


 実のところ、エドは思ったほど活躍せず、むしろ師匠に当たる伊助の方が活躍している印象もあるのですが、そこはまあ、修行中の身ということで……

 単行本全1巻と、分量自体は多くないのですが、なかなかに面白い物語であることは間違いない作品であります。


『江戸っ子エド公』(中原裕&高橋遠州 小学館ビッグコミックス) Amazon
江戸っ子エド公

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2018.07.28

宇野比呂士『天空の覇者Z』第14巻 出現、最後の超兵器! そして成就する予言

 自分が余命わずかと知り、ヒトラーに従ってZから姿を消すアンジェリーナ。ヒトラーは最後の超兵器M号でツングースに現れた影武者からM号を奪い、レーベンスボルンに突入する。一足早く到着していたZに対し、その力を誇示するヒトラーとM。さらにそこにヴァルキュリア戦隊までもが現れる……

 時間と空間を操るヒトラーの能力をものともせず、流星の剣で両断した天馬。そしてヒトラーが時間を巻き戻すのを防いだのは、その場に現れた最終変身形態のアンジェリーナだったのですが――ヒトラーは苦しい息の下から、彼女が自分の能力を打ち消す「時を加速させる」能力の持ち主であること、そしてそれゆえに彼女の肉体年齢も加速を続け、あと7日あまりで老衰死すると告げます。
 自分だけがそれを止められるとアンジェを誘うヒトラー。以前、イタリアでヒトラーが予言した通りなのか、アンジェは自ら望んだように(理屈はよくわからないものの分身だったらしい)ヒトラーと共にその場から消えるのでした。

 一度は落ち込みながらも、体内のごく僅かな獣性細胞で命をつなぐネモ艦長からネモとヒトラー、そして自分の両親の過去を聞かされ、アンジェを信じろと諭されたことにより立ち上がる天馬。そして溶岩の噴出やZ鉱による重力偏在現象により荒れ狂う地底水流といった難所に窮地に陥ったZも、正式に艦長の座に就いたベイルマンの指揮により突破します(ここで彼女に不信感を抱くクルーの中で、唯一Jのみが彼女の覚悟を感じ取って信じるのがイイのですが……)
 辿り着いたレーベンスボルンは、頭上の氷を通じて日差しが注ぎ、海の中に緑の島々が浮かぶ美しい世界――北極の地下に誕生した世界。前巻の紹介でも触れましたが、本当に極地の地底空洞世界が登場するとは! と感動であります。そしてZのクルーは、純獣性細胞廃絶のために探索を開始するのですが……

 一方、蛹化したヒトラーとともにツングース爆心地に辿り着いたリーフェンシュタール博士ですが、そこに出現したのは巨大な円盤型の空中戦艦――千年王国(ミレニアム)号。Zをはじめとする超兵器の母艦、ヒトラーの旗艦であるこのMに乗るのはヒトラーの「影」、ついに自分が本物になろうと行動を始めた「影」は、リーフェンシュタールたちに照準を合わせるのですが――その爆炎の中から彼女を守り現れたのはヒトラー……?
 「?」というのはその姿が少年と化していたためですが、空間を操って瞬く間にMと戦闘機たちを沈黙させた彼は、リーフェンシュタールとともにMに遷移し、もう用済みとばかりに「影」に制裁を加えると、ただ二人、いやアンジェと三人でレーベンスボルンに向かいます。そしてその中で眠りについたアンジェの精神が訪れたのは「記憶の宮殿」。過去の記憶が集積した空間の中で、封印された過去を知って目覚めた彼女は、リーフェンシュタールを「ママ」と呼ぶのですが……

 そして純獣性細胞を探す天馬たちの前に出現したM。完全に不意を突かれた天馬たちを救うため、ベイルマンはアンジェの存在も構わず、Mに向けてZ砲とG砲を同時発射、巨大なZ砲弾と高速のG砲弾はビリヤードのブレイクショットのように衝突、散弾となったG砲弾が一斉にMに襲いかかる――が、空間を加工して着弾の瞬間になんとMごと消してしまうという、桁外れのヒトラーの力の前に、攻撃は失敗することになります。
 が、さすがにこの行為はヒトラーに――正確には彼の巻き戻る時を中和するアンジェに負担が大きく、真っ向からの空戦に移行することになります。Mから発進した無数の無線誘導による重装甲の空中砲台に対し、砲身を狙って機銃を撃ち込むという神業で天馬が応戦する間に、砲撃戦でMに挑むZですが――そこに四つの機影が! リップフェルト、キルシュナー、マルセイユ、バルクホルン――ヒトラーの子とも言うべきヴァルキュリア戦隊までもが、レーベンスボルンに現れたのであります(どうやって来たのかと思えば、ちゃんと空中母艦があるのですね)。

 しかしもはや抜き身状態の天馬にはそれも小さなこと、一気にヒトラーと決着をつけんとする天馬は――というところで次巻に続きます。


 ついに始まったヒトラーとの決戦。まさかのヒトラー側の空中戦艦(しかも円盤型)Mも出現し、最後まで巨大空中兵器戦が用意されているのも嬉しいところです。

 そして紹介では端折りましたが、ツングースに落下したT鉱隕石と獣性細胞が作り出したはずのレーベンスボルンが何故北極地下にあるのか、という説明や、純獣性細胞の正体(性質)など、理系の説明もきっちりしていたところが、本作の特徴の一つであるなあ……と、改めて感心した次第であります。


『天空の覇者Z』第14巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 14 (少年マガジンコミックス)


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2018.07.27

横田順彌『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』 晩年の春浪を描く明治のキャラクター小説!?


 先日、長編『惜別の祝宴』とともに復刊された横田順彌の明治SF連作「秘聞 七幻想探偵譚」の第三弾にしてラストの作品であります。本書では、春浪の晩年に近い明治末期を舞台とした物語が描かれることに……

 日本SFの祖・押川春浪と、その愛弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳、そして彼の恋人の女学生・黒岩時子とその兄で警視庁刑事の四郎を主人公とした連作集である本書。これまで同様、全7話の奇譚・怪異譚・幻想譚で構成されています。
 以下に簡単に本書の収録作品を紹介しましょう。

『骨』 浅草の演芸館で米国人が見世物にしていた類人猿「アダム」。航時機で過去から連れてきたと称するアダムの姿は、ジャワ原人に酷似していた。
『恩』 不治の病の母のために、病に効くという猫の肉を食べさせたいという吉岡信敬の友人。一計を案じ、牛肉を猫と偽って食べさせた龍岳たちだが、病が治ってしまい……
『福』 何一つ不自由ない家に暮らしながら、突然失踪した娘。楽琵琶を弾くという彼女を探す龍岳たちは、失踪前に恵比寿のような顔の太った男と会っていたことを知る。
『奇』 巾着切りの指がへし折られるという事件が続発、その元締めも元妻の家で変死を遂げた。元締めは妊娠した元妻に暴力を振るい、流産させていたというが……
『妖』 男と女の声色を使い分けて暮らすという飛田穂洲の隣家の男。二重人格と思われた男は、「妻」との間に子が出来たと語るが。
『虚』 神木を切り倒して以来、かまいたちが頻発するという神社。調査に向かった龍岳は、被害者の少年たちが奇怪なものを目撃していたのを知る。
『雅』 神経衰弱の春浪を養生させるため、等々力での静養を勧めた龍岳。春浪を驚かせて治そうと、天女出現の芝居を打つ龍岳たちだが……


 以上7編、正直に申し上げれば、全2冊以上に、ちょっと扱いに困る作品が多いという印象があります。
 物語で描かれた事件が、(全て)解決されることなく結末を無迎える――というのは、これは短編怪奇小説などでお馴染みの趣向であり、この点はどうということもありません。そうではなく、ここで描かれる怪異や謎が、さすがにちょっと――と言いたくなるような、素材そのままの生煮え感があるのです。

 もちろんこれは個人の趣味嗜好によるところが大であることは間違いありません。私は本書でもある意味最もSF的な「理」が描かれる(ほのめかされる)『奇』と『虚』が一番好印象でしたが、その他の作品が良かった、という方ももちろんいらっしゃるでしょうから……

 ちなみに上記に挙げた2編のうち、特に『奇』は、アイディア的には類作がないわけではありませんが、その明治の日本ならではのシチュエーションを活かした面白さ不気味さにおいて屈指の作品。
 まずSFホラーの佳品といっても差し支えないと、(両極端の感想で恐縮ですが)感じます。


 しかし、厳しいことを言いつつも、結局本書を貪るように一気読みしてしまったのは、これはもう作者の術中にはまったとしか言いようがありません。
 明治の(庶民の)世界の描写の巧みさ、登場人物たちの面白さ、親しみやすさ――特に後者は、これまで短編14編・長編2編の蓄積があるとはいえ、やはり巧みの一言で、明治を舞台とした一種のキャラクター小説として、確かに成立していると言えます。

 そしてそんな本書の見所の一つが、冒頭でも触れた晩年に近い春浪の姿であります。その詳細はここでは触れませんが、『冒険世界』誌の編集を辞して『武侠世界』誌の立ち上げに向かった当時の春浪の姿が、本書に収録された7編を読めば、自然に伝わってくるのです。
 もちろんそれは文字通りのバックグラウンドストーリーであって、ラストの『雅』を除けば、ほとんど直接的に物語に絡んでくることはないのですが――本作がSF小説、幻想小説である以前に明治小説であり、春浪とその仲間たちを描く小説であるとすれば、その試みについて大いに成功していると言えるでしょう。

 本書にカップリングされた長編最終作『惜別の祝宴』についても、近日中にご紹介いたします。


『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『風の月光館・惜別の祝宴』所収) Amazon
風の月光館・惜別の祝宴 (横田順彌明治小説コレクション)


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2018.07.26

DOUBLE-S『イサック』第4巻 宿敵大暴走!? 混沌の防衛戦終結


 欧州に渡った日本の銃士・イサックの戦いはまだまだ続き、ローゼンハイム市防衛戦もいよいよ佳境。不倶戴天の敵であるロレンツォの狙撃によりほとんど行動不能となり、スピノラ軍の攻撃を前に追い詰められるイサックたちに生存の目はあるのか。そして事態はあまりにも意外な方向に……

 その凄まじい狙撃の腕によって幾度となくフックスブルク城のプリンツ・ハインリッヒを救い、ついにアルフォンソ王太子とスピノラ将軍を退けたイサック。
 次いでプリンツとともにローゼンハイム市防衛に向かったイサックですが、その前に彼の仇敵であり、欧州に渡った理由であるロレンツォが立ち塞がることになります。

 スピノラ方に加わり、ローゼンハイム市に籠城した人々を次々と狙撃していくロレンツォ。一方のイサックは片腕を負傷して銃の扱いもままならぬ状況ですが、ロレンツォを封じないことには攻撃も防御もできない状況であります。
 そこでイサックを助けるのは、彼と行動をともにしてきた少女・ゼッタ――イサックに代わって彼女が引き金を引いた銃弾はロレンツォを捕らえるのか!?


 という非常に緊迫した場面から始まるこの第4巻ですが――ここで予想外の姿を晒したロレンツォ。詳しくは述べませんが、一ページブチ抜きで描かれたそれは、あまりにも衝撃的というか、一言で言ってキモい。変態以外の何ものでもありません。

 ……何はともあれこの銃弾によって戦意を失い、彼を気に入ったアルフォンソ王太子とともに後方に下がることになったロレンツォ。が、そこに、プリンツの要請に応えて明日の夜にはイギリス軍の援軍が市に到着するとの一報が入ることになります。
 それを知ったスピノラは、援軍到着までに決着をつけるべく、総攻撃を決意。それに対してイサックも背水の陣、いや背火の陣とも言うべき構えで決戦を挑みます。

 一方、アルフォンソに招かれたロレンツォですが、戦場の混沌を求めてやまない彼と、さっさと戦争を終えて遊び暮らしたいと言わんばかりの王太子は水と油。王太子の言葉に怒りを燃やしたロレンツォは……


 これまではイサックが狙撃のみならず武術の腕、そして戦術の冴えで大暴れしてきた本作ですが、この巻をかき回したのは完全にロレンツォ。
 先に述べた変態ぶりだけでも驚かされますが、まさかそれ以上の驚きが待っているとは――いやはや、ある意味、戦いを始め、終わらせたのは彼と言っても過言ではありません。

 正直なところ、設定や描写などは非常にリアルであるだけに(この巻で描かれた、地縁社会と密着した当時の傭兵団の在り方には感心)、一人のキャラクターによって歴史が左右されるかのような展開はどうかなあ、とは思いますが、ここはギリギリ許容範囲と言うべきでしょうか。
 あのイサックと真っ正面から対峙し、そして彼を圧倒するのであれば、これくらいのキャラクターでなければならないのは間違いないのですから。

 そしてひとまず終結したローゼンハイム市防衛戦ですが――しかし二人の対決は終わりません。思わぬ窮地に陥ったプリンツを救うため死地に飛び込むイサックと、待ち受けるロレンツォ。己の義のため、ついに死を覚悟したイサックの刀はロレンツォを捕らえるのか!?
 もうこのまま結末に突入してもおかしくない勢いで次巻に続きます。


『イサック』第4巻(DOUBLE-S&真刈信二 講談社アフタヌーンKC) Amazon
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2018.07.25

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第7巻 覇王の「狂」、戦場を圧する


 劉邦を扶けて天下を取らせた軍師・張良の活躍を描く本作――ですが、前の巻同様、いやそれを遙かに上回る存在感を見せるのは、項羽その人。力みなぎるポーズで表紙を独占していることからもわかるように(?)この巻の主役はほとんど彼なのであります。

 叔父の項梁亡き後に楚軍を率いた宋義を斬り捨て、上将軍となった項羽。目指すは項梁が討たれた地であり、今は二十万以上の秦軍に包囲された鉅鹿城であります。しかしいかに彼が一騎当千の豪傑であるとしても、楚軍は七万足らず。彼の下の奇才・范増の頭脳を以てしても、この戦力差を覆すのは容易ではありません――というよりほとんど不可能であります。

 それを裏付けるように威力偵察に出た黥布が見たものは、攻城戦というよりもほとんど土木工事状態で鉅鹿城を囲んだ秦軍の備え。砦と砦の間を壁で繋ぎ、あたかも新たな城壁を作ったような状態ですが、もちろんこれは内を逃さず、外を阻む必殺の構えであります。
 壁を崩そうとすれば、周囲の砦から敵が湧き出て包囲してくる――項羽には及ばずとも豪勇を誇る黥布であっても、これを崩すのはほとんど不可能な状況と言えます。

 しかしここで河を渡った項羽が兵たちを前に取ったのは――向かう先はまさしく死地、それであれば死人に甑も釜も要らぬ! 船や天幕も不要! と全てぶっ壊して後退のスイッチを切って見せるアピール。
 背水の陣といえば韓信のそれが有名ですが、それに先立つ項羽のこれは、彼の中の「狂」を兵たちに存分に見せつけ、そして伝染させる儀式によって始まったと言えます(ちなみにその韓信はこの時この兵たちの中にいたのですが、ひたすらドン引き状態)。

 そして目つきや表情も項羽写しとなった兵たちを率いた項羽の陣は――ひたすら横に長い布陣で秦軍を包囲。
 いや、七万で二十万を包囲できるはずはないのですが――薄く薄く陣を組む、いやもうそれが陣と呼べるかは別として、とにかく横に延びた形で、兵たち全てが最前線に立つことになった楚軍は、項羽以下、バーサーク状態で大暴れを始めることに……!


 というわけで、1巻丸々、鉅鹿城周囲を舞台とした項羽の軍と章邯の軍の激突が描かれるこの巻。これまで同様、ここで描かれるものもまた、史実――「史記」に描かれたそれを踏まえたものではあります。
 しかし「史記」においてわずか数行、淡々と描かれたそれを、本作はまさに行間を埋める形で、絵に、そして物語として見せる――そしてその結果生まれたものが素晴らしいのです。

 たとえば上で述べた項羽の布陣。「史記」で述べられたそれを忠実に絵で見せたものではあるのですが、しかし漫画としての絵、そして構図でもって描かれるのは、その陣形であると同時に、それを支える項羽軍の「狂」の姿――「二十万以上の兵を擁する軍を五万の兵で包囲する……常軌を逸した光景がそこにあった」とナレーションで語られるその姿なのです。

 そしてその直接の発露である項羽の暴れっぷりたるや――凄まじい、というよりもう「
恐い」。人間の形をした化け物、あるい化け物を内に棲まわせた人間――伝奇的な意味でではなく、あくまでも比喩で――を描かせれば屈指の描き手である作者だけあって、ここで項羽が繰り広げる異常な暴れぶりは自家薬籠中のものと言えます。
 特に決着直前のある行動たるや……

 しかしここで唯一不満なのは、項羽に一人の助っ人が――それも彼同様の化け物が――登場してしまうことであります。いや、本来であれば漫画として大いに盛り上がるはずの(実際に盛り上がるのですが)場面でこう感じてしまうのは、こちらも本作の項羽の「狂」にやられてしまったということなのでしょう。
 少なくとも、助っ人に感謝するどころか「あの男、今度会ったら、必ず殺す!」と、本来であれば明らかに異常なことを言い放つ項羽の言葉が、それなりに頷けるものとして感じられてしまうほどには。


 こんな怪物を向こうに回しては、ある意味凡人中の凡人というべき劉邦も、神算鬼謀を誇る張良も(この巻の時点ではまだ負け惜しみを言っているようにしか見えない韓信も)色あせざるを得ないのですが――しかしそれを鮮やかに色付けしてみせるのが漫画家の業というものでしょう。

 そしてその業の冴えに疑いはないことは、この巻をはじめとして、これまでの物語が示していることは、言うまでもありません。次巻から始まるであろう張良の活躍に期待であります。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第7巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(7) (月刊少年マガジンコミックス)


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2018.07.24

小松エメル『一鬼夜行 鬼の嫁取り』 「小春とは何者なのか」の答えと理由


 閻魔顔の若商人・喜蔵と、居候の自称大妖怪・小春のコンビが様々な妖怪騒動に挑む『一鬼夜行』シリーズも、ついに本作で第二部完結であります。再び東京の水妖を騒がす事件に巻き込まれた二人。事件の背後に潜むものは、そして誰が誰を嫁取りするのか……?

 弟である猫股の長者との死闘の末、妖怪としての力をほとんど失った小春。喜蔵の家に居候を決め込んだ彼が勝手に妖怪相談処の看板を出したことで、喜蔵まで妖怪絡みの様々な事件に巻き込まれることになります。
 そして今回彼らのもとに来たのは、顔馴染みの河童の棟梁・弥々子の依頼。以前東京に出現し、水妖たちが争奪戦を繰り広げた謎の妖怪・アマビエの鱗を探して欲しいというのであります。

 といっても幻の妖怪の鱗が簡単に見つかるはずもなく、家に帰る喜蔵が途中に出会ったのは、彼が密かに想いを寄せる綾子が、額に傷を持つ男に食ってかかられる姿。
 実は綾子は飛縁魔なる女妖に憑かれ、これまで前夫をはじめとして数々の男性に災いを齎してきたという女性。もちろん喜蔵もそれは知っての上ですが、彼女の過去を知るらしい男の出現に、冷静ではいられません。その場に、彼らにつきまとう妖怪・百目鬼が現れたとあればなおさら……

 一方弥々子の態度に不審なものを感じた小春は、親友の妖怪・かわその力を借りて、河童たちの動向を探ろうとするのですが――彼の前にも百目鬼は現れ、小春は奇怪な世界に消えることになります。

 そして頻発する小火騒ぎをはじめ、東京で怪現象が相次ぐ中、次から次へと意外な方向に転じていく事態。そしてその果てに恐るべき魔が姿を現すことになります。果たして魔を倒すことはできるのか。そして喜蔵の想いの行方は、失われた小春の力は……


 と、いかにも本シリーズ、いや作者の作品らしく、謎めいた序章から始まり、過去と現在、夢と現が複雑に入り乱れて展開していく本作。その中で大きな役割を果たすのは、二体の強大な妖怪であります。

 その一妖は言うまでもなく飛縁魔。シリーズ初期にその存在と因縁が語られたものの、綾子の身に深く眠っていたかに見えた女妖が、ついにその姿を見せることになります。
 男に傷つけられ、裏切られ尽くした末に妖怪と化した女の怨念は深く、綾子が――そして彼女が想いを寄せる喜蔵が幸せを掴むのに最大の障害と思われた飛縁魔。しかも怨念のみならず、名に「ひ」がつくように、強大な炎を操るこの妖怪に、喜蔵たちは苦しめられることになります。

 そしてもう一妖は――これは飛縁魔以上に物語の内容に深く関わるためにその名を挙げるわけにはいきませんが、「こいつがいたか!」と言いたくなるような強敵中の強敵。しかもその能力といい由来といい登場人物との因縁といい、あらゆる点で飛縁魔と対になる存在であるのには唸るほかありません。


 こうした強敵たちが揃ったからには、小春の奮闘に期待するしかないのですが――しかし先に述べたとおり、未だ彼は力を失った状態。そればかりか、平気な様子で振る舞っているために忘れがちですが、百目鬼に片目を奪われたままでもあります。

 猫の経立「二」として生まれ、強大な猫股「三毛の龍」に変じながらもその力を捨て、猫股鬼「小春」となり――幾度もその名と姿を、その在り方を変えてきた小春。そのいずれにおいても、彼は強力な妖怪でした。
 それではその強大な妖怪の力を失ったいま、小春は一体何者なのでしょうか。作中で小春のこれまでが追体験される中で、小春はその問いに直面することになります。

 しかし――我々はその答えを知っています。その理由を知っています。喜蔵と小春の縁がもたらしたそれを。そしてそれがこの先にもたらすものを。


 正直に申し上げれば、結果を描いてから原因を描く作者独特のスタイルが多様されすぎているきらいはあり、小説としてはかなり粗い印象がないわけではありません。
 それでも、これまで長きに渡りシリーズを見守ってきたファンの誰もが笑顔になる結末が、ここにはあります。

 しかしまだ物語そのものの結末が訪れたわけではありません。作者の予告によれば、幻の『くらぼっこ』を含めて最低でも六作が予定されているというのですから!
 前作までに描かれた(特に個人的には前作ラストで炸裂した爆弾が……)伏線の数々が、如何に解決するのか――大いに気になるところですが、しかしその先に待つものが、本作を上回る笑顔と感動であることを、私は心から信じているところなのです。

『一鬼夜行 鬼の嫁取り』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]3-11)一鬼夜行 鬼の嫁取り (ポプラ文庫ピュアフル)


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2018.07.23

松尾清貴『南総里見八犬伝 1 結城合戦始末』(その二) 新たに「八犬伝」を描く二つの視点


 『真田十勇士』の松尾清貴による新たな『南総里見八犬伝』リライトの第1巻の紹介の後編であります。本作を特徴付ける二つの視点の一つ、「正しさ」に対する視点。「正しさ」故に苦しむ人々とは……

 犬との約束を守り大事なものを義実と伏姫、侫人から息子と主君の宝刀を守るために自刃した番作、父の想いを継ぎ武士として立身するために浜路を捨てることとなった信乃。時として愚直に過ぎるその行動は、彼らにむしろ不幸をもたらすことになります。

 本作の前半と後半のそれぞれ中心人物である義実と信乃。二人の行動は、人としてみれば誤っているようにしか見えない時もあるのですが――しかしそれもまた彼らとしての人の道を貫こうとしたためであります。
 たとえば本作の中で義実が八房に伏姫を与えるくだりで、「この国の逆賊たちは人の道から外れていた。(中略)だから、愛する娘を犠牲にしても、人の道を外れられない。人の道を歩むために義実は人でなしの決断を下そうとしていた」とあるように。

 原典はそれを当然のことと受け止めているようにも感じられますが――なぜ正しさが人を苦しめるのか、なぜ正しい者が正しく生きられないのか? それを本作は抑制の効いた筆致で、随所で問いかけていると感じられます。


 そしてもう一つは、本作における「結城合戦」の存在であります。実は本作の前半と後半の最初の章題は、ともに「結城落城」。これは義実と番作の二人が、ともに結城城から落ち延びてきたことを考えれば、当然といえば当然とも思えますが……
 しかし作者はTwitterでこの合戦を評します。「永享の乱の後日談というだけでなく、単なる局地戦とも言えない。重要な歴史の分岐点のひとつ」と。だとすれば、それが単なる背景として済ませられるものではないといえるでしょう。

 鎌倉公方・足利持氏が関東管領・上杉憲実、そして将軍義教と対立した末に滅ぼされた永享の乱。そして持氏の遺児・春王丸と安王丸を奉じる勢力が結城城に籠城した結城合戦。こうしてみれば確かに結城合戦は永享の乱のエピローグ的印象がありますし、そしてまた、武士が幕府を開いて以来無数にあった、中央と地方の争いの一つに過ぎないとも見えます。
 しかしこの結城合戦、実は永享の乱よりも戦いの規模と期間は大きく、長く――特に一年以上の籠城を繰り広げた点においては史上希な戦いであったとも言えるのであります。

 そして鎌倉公方が滅ぼされ、関東管領の力が大きく増したこと、勝った義教がその戦勝会(として招かれた席)で討たれるという、前代未聞の事件が起きたこと等を考えると、(後者は間接的なものであれ)地方と中央の関係、将軍の権威というものを大きく揺るがし、関東における戦国時代の端緒を作った――そう解することもできるでしょう。

 戦国時代がもたらした、あるいは戦国時代をもたらした概念に「下克上」があります。下の者が上の者に逆らい、取って代わる――あるいは当時の社会の、いや世界の則を根底から覆すこの概念が生まれるきっかけの一つがこの結城合戦(の終結)と言えるのかもしれません。
 だとすれば、そこから始まる『南総里見八犬伝』という物語は何を描いているのか? そこに先に述べた、正しい者が正しく生きられない物語の姿を重ね合わせた時、浮かび上がるものがあると感じられます。


 作者はその『真田十勇士』において、戦国時代の終わりと、それによって個人が天下という概念に取り込まれていく様を描きました。それに対して本作で描かれるものは、戦国時代の始まりと、それによって大きく揺り動かされる社会と個人のあり方なのではないか――そう感じられます。。
 しかし『南総里見八犬伝』という物語を原典に忠実に描きつつ、この視点を織り込んでいくことは並大抵のことではないと言えます。それでも私は、この作者ならばできると全幅の信頼を寄せてしまうのです。

 少なくともこの第1巻においては、本作が原典に忠実でありつつも巧みな補足を加えた『南総里見八犬伝』リライトとしての面白さと、作者独自の視点から歴史を読み解くを持つ歴史小説、二つの面白さを兼ね備えていることは間違いありません。
 第2巻以降にも心から期待する次第です。


『南総里見八犬伝 1 結城合戦始末』(松尾清貴 静山社) Amazon
南総里見八犬伝 結城合戦始末


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2018.07.22

松尾清貴『南総里見八犬伝 1 結城合戦始末』(その一) 定番の、しかし抜群に面白い「八犬伝」リライト


 その強烈な伝奇性と史実への独特の視線により、児童書の域を遙かに超えた作品となった『真田十勇士』の松尾清貴が次に描くのはあの伝奇小説の源流たる『南総里見八犬伝』――その第1巻である本作は、想像以上に原典に忠実でありつつも、しかし作者ならではの独自の視点を持つ作品であります。

 結城城が落城し、幾多の犠牲を払って安房に落ち延びた里見義実。彼は主君・神余光弘を謀殺して苛政を引く山下定包を討ち、はじめ光弘の、後に定包の愛妾となった美女・玉梓を斬首することになります。
 それから十数年後、妻を迎え一女一男の父となった義実は、飢饉に乗じて隣国の安西景連の侵略を受け、もはや落城寸前の状況まで追い込まれることに。娘の伏姫の愛犬・八房が景連の首を取るという僥倖に恵まれ勝利を収めた義実ですが、八房の望む褒美は伏姫でありました。

 一度口にした約束を違えるわけにはいかないと八房とともに城を去り、深山で暮らす伏姫。時は流れ、八房の気を受けて懐妊した伏姫は、山に入った金碗大輔と義実の前で潔白を示すため自刃、その胎内から出た白気とともに、仁義礼智忠信孝悌の玉は各地に散ることに……

 一方、結城城が落城し、幾多の犠牲を払って大塚に落ち延びた犬塚番作。彼は姉夫婦に所領を奪われながらも争うことなく、妻とともに静かに暮らし、やがて息子の信乃を授かります。しかし運命は信乃から母を、そして父を、愛犬を奪い、彼は敵とも言うべき叔母夫婦に引き取られるのでした。
 孤独のうちに暮らす信乃ですが、叔母の家の使用人・額蔵こと犬川荘助が、自分と同じ痣を持ち、同じ珠を持つことを知った彼は、義兄弟の契りを交わすことになります。

 成人した信乃は、父が命を賭けて守った足利の宝刀・村雨丸を手に、許嫁の浜路を振り切って古河公方・足利成氏に旅立つものの、しかし信乃、そして浜路にそれぞれ悲劇的な運命が降りかかります。そして足利家の家臣に追われ、芳流閣に登った信乃の前に現れたのは……


 というわけで、伏姫と八玉の因縁、そして信乃の成長と受難を描く本作。「八犬伝」でいえば冒頭も冒頭、そして様々な「八犬伝」リライトにおいて、ほとんど全く欠かすことなく描かれる、定番中の定番の部分です。
 正直なところ、「八犬伝」と見ればすぐに飛びつくような私のような人間にとってみれば、もう何度も何度も読まされて食傷気味の部分なのですが――しかしこれが抜群に面白いのであります。いやむしろ、「八犬伝」はこれほど面白かったか、と今更ながらに再確認させられるほどに。

 といっても本作は、原典の内容から、大筋では、いやかなり細かい部分まで、ほとんど変更を加えていません。他のリライトであれば流されそうな部分まできっちりと拾っており、一瞬訳書かという印象すらあります。
 しかし本書は少しずつ、極めて巧みに、作中の描写を、特に人物の心情描写を補うことにより、伝奇小説の古典中の古典を、現代の我々が読んでも面白い物語に――言い換えれば我々の心を、感情を大いに動かす物語として成立させているのです。

 それは作者独特の抑制の利いた、しかしロマンティシズムに満ちた述懐ともいうべき文章(例えば冒頭、結城城から落ち延びた義実が雨の夜空に白龍を見るくだりの美しさ!)によるところが大きいと言えますが、それ以上に印象に残るのは、本作ならではの二つの視点です。

 その一つは、「八犬伝」側に立つ登場人物の姿とその辿る運命を、「正しさ」という点から見つめ、語ることであります。
 「八犬伝」といえば必ずといってよいほど語られる言葉「勧善懲悪」――すなわち、「八犬伝」は、善と悪、正と邪が明確に色分けされた物語と言えます。しかし、八犬士側の登場人物――善の側の人々は、その「正しさ」故に苦しむ姿が、しばしば描かれることになります。

 それでは本作は「正しさ」を如何に描くのか――いささか中途半端な箇所で恐縮ですが、長くなりましたので次回に続きます。


『南総里見八犬伝 1 結城合戦始末』(松尾清貴 静山社) Amazon
南総里見八犬伝 結城合戦始末


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2018.07.21

宇野比呂士『天空の覇者Z』第13巻 最終章突入! 混迷への出撃

 巨大鍾乳洞を抜け、レーベンスボルンに向かうZ。Zに巨大昆虫の群れが襲いかかる中、突如ヒトラーがZ内に姿を現す。自分の獣性細胞を奪おうとするヒトラーに相打ち覚悟で仕掛けるネモだが、その攻撃を新たな能力で無効にするヒトラー。その能力をさらに打ち消す力を見せるアンジェリーナだが……

 ついに残すところあと4巻、冒頭の日本編のエピローグを経て、ここから最終章に突入であります。しかし物語はここからさらに急展開、またもや想像を絶する展開を迎えることになります。

 回復した華奈、和解した西郷を載せて日本上空を行くZ。天馬の誕生日を祝うZ挙げての仮装パーティーにネモも参加しての大騒ぎですが、しかしこれは死闘の前の最後の安らぎであります。レーベンスボルンでの決戦を前に、華奈は西郷とともに日本に残ります。既に甦っていた記憶と天馬への想いを胸に……

 一方、カラクームに置いてけぼりとなったクブリックとリヒトホーフェンは、味方であるはずのキルシュナーとバルクホルンの攻撃を受けて爆炎の中に姿を消し(クブリックはともかく死亡確認されてしまったレッドバロンは……)、ヴァルキュリア隊の任務終了にビビる影武者ヒトラーはカプセルの中に眠る真ヒトラーを抹殺しようとしますが、既にヒトラーは姿を消していたのでした。
 アンジェリーナの覚醒と同時に獣性細胞を暴走させ、自らの獣性細胞に食われたかに見えたヒトラー。サナギのような姿となり、徐々に生命活動が低下していく彼を救うため、リーフェンシュタール博士は、あらゆる生命を作り変える力を持つというレーベンスボルンを目指します。そして影武者ヒトラーも本物を抹殺すべく後を追うのでした。

 そしてZはシベリアの地割れから巨大鍾乳洞に突入、一路地底をレーベンスボルンに向かいます。地上とは異なる生態系が支配するその世界はあたかも空洞地底世界――史実でもヒトラーが地球空洞説を信じていたというのは有名な話ですが、ここでそれを彷彿とさせるレトロ地底世界を出してくるのが実に嬉しい。と、この手の世界の定石どおり、突如襲いくる超巨大昆虫の群れ。羽根のついたムカデとも言うべき姿のこの昆虫は、獣性細胞で構成され、Zや戦闘機の攻撃で粉砕されても、その破片が再生・変形して襲い掛かってくる難敵であります。
 ネモによって士官見習いに徴用されていたベイルマンの機転により、血清ワクチン弾と流星の剣で駆除されていく昆虫。しかし多勢に無勢、包囲された天馬とJが絶体絶命のピンチとなった時、一瞬時間が巻き戻ったかのような感覚が天馬たちを襲い、次の瞬間、昆虫たちが何かに怯えるように一斉にZから逃げていくのですが……

 突如その場に現れたのは獣性細胞の王・ヒトラー――サナギになったのではなかったのか、以前通りの美しい姿で出現したヒトラーは、空間に扉を開き、艦長室のネモとベイルマンの前に出現。ネモを人質に取るようにZの艦長室に現れます。ヒトラーが現れたのはZ奪還のためか? いや、彼が取り戻そうとするのは彼がネモにかつて与えた獣性細胞であります。天馬との戦いで喪った獣性細胞を取り戻そうとネモの体と自分の手を融合させるヒトラーですが――その時、ネモはベイルマンに後事を託すと、自分の体を拳銃で撃った!
 その銃弾こそは血清ワクチン弾、空間歪曲能力を持つヒトラーを倒すためには、自分と一体化した時に、獣性細胞を滅するワクチン弾を打ち込むしかないという、相打ち覚悟の決死の攻撃であります。

 しかし天馬との死闘の中で新たに目覚めたヒトラーの「外側に立つ能力」――それは時間の「扉」を開く力、すなわち時間を巻き戻す能力! 自分に都合の悪い結果は巻き戻して常に正しい選択肢を選び続けることができるという反則級の能力です。その力でワクチン弾を打ち込まれる直前に巻き戻した彼は拳銃を奪うと、ネモから獣性細胞を強奪、ネモは枯れ木のようにその場に倒れるのでした。
 が、そこで天馬が空間操作の暇もない超速度で流星の剣でヒトラーを両断! これも巻き戻して無効化しようとするヒトラーですが、しかし何故か時は戻りません。

 そこに現れたのは、ヒトラーの力とは正反対の力、時間を加速させる力の持ち主――アンジェリーナ。しかしその姿は何故かセクシーなランジェリー――なのはともかく、髪は腰まで届くほど長く、体の各所には宝石を思わせる物質が突出した美しくも奇怪な姿であります。その姿を最終変身形態と呼ぶヒトラーは、自分の窮地にも関わらず彼女の出現を喜ぶように見えるのですが……


 ヒトラー来襲、ネモ死亡(?)、アンジェ変身と急展開の連続に驚かされる最終章序盤。そもそもヒトラーはサナギになったのでは――? と大いに混迷の展開であります。どうもヒトラーとアンジェが揃うとややこしい展開になりますが、さて二人の出会いがどう物語を動かすのか、次巻に続きます。


『天空の覇者Z』第13巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 13 (少年マガジンコミックス)


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2018.07.20

久賀理世『倫敦千夜一夜物語 ふたりの城の夢のまた夢』 美しき妹が夢見るもの


 ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に、故あって家を捨て、貸本屋を営む貴族の兄妹が書籍にまつわる様々な謎に挑むミステリシリーズの続編であります。日常の謎を解きつつ、平穏に日々を送っていくかに見えた二人を巻き込む恐るべき事件。そしてその果てに示される真実とは……

 家督を狙う叔父に両親を殺され、その毒牙にかかる前に家から離れてロンドン郊外の街に姿を潜めたアルフレッドとサラ。方便のために貸本屋「千夜一夜」を開いた兄妹は、偶然店を訪れたアルフレッドの学生時代の後輩・ヴィクターを加えた三人で、彼らの周囲で起きる様々な謎を解き明かしていくことになります。
 そんな中、おぞましい「自殺クラブ」事件の背後で、グリフォンの紋章を用いる何者かが跳梁していることを知る三人。しかしそれは、アルフレッドとサラの両親が殺された場に残されたものと同一で……

 と、日常の謎から殺人事件まで、書籍にまつわる謎を描いた前作。本作はそのシリーズ第2弾ですが、もちろんその趣向は変わることなく展開していくことになります。

 店の貸本に貼られた蔵書票が何者かに剥がされて持ち去られる事件の意外な真相と、サラを助けて奔走するヴィクターの姿が描かれる『夢みる少女と恋する青年』。
 父親の愛読書だというスマイルズの『自助論』を店で読んでいた少年が飼おうとしていた犬を、その父親が突然追い出そうとした謎をシートンの動物記を背景に描く『仔犬と狼のあいだ』。

 どちらもちょっとした出来事がきっかけで明るみに出た、解かれてみればささやかな日常の謎ですが、その謎を生み出した人の心の温かさと、それを見つめるサラたちの優しい視線が心地よいエピソードであります。
 そしてそこに巧みに当時の流行の書籍や出版事情が絡められているのは、イギリスものを得意とする作者ならではの、本作ならではの特徴というべきでしょう。

 しかしそうした物語の空気は、三つ目の、そして本書で最長のエピソード『ふたりの城の夢のまた夢』において大きく変わることになります。何しろそこで描かれるのは悍ましい連続猟奇殺人、そしてその渦中にサラたちも巻き込まれていくのですから。

 ジェロームの『ボートの三人男』よろしく、ある日ボートでピクニックに出かけたアルフレッドとサラ、ヴィクターたち。しかしその楽しい時間は、川下りの途中にサラが森の中で不審な灯りを見たことから、一転恐ろしい様相を呈することになります。
 その灯りが見えた場所に残されていたのは、顔は無傷のまま、背中を巨大な獣にズタズタにされた少女の遺体――今ロンドンを騒がす怪事件の犠牲者だったのであります。

 犯人がサラを狙うのではないかと懸念するアルフレッドの依頼で、ヴィクターは一連の事件の捜査状況を追いかけるものの遅々として解明は進まない状態。
 そんな中、店の常連客に紹介されたと千夜一夜を訪れた美女・ライザは、アルフレッドに蔵書の装幀を依頼したいと語り、アルフレッドを自邸に招くのですが……


 大英帝国の絶頂期であり、現代にも繋がる様々な文化が――何よりも文学や書籍が生まれたヴィクトリア朝時代。
 しかしそこには黒い陰もまた蟠っていたことは、物語の数年前に起きたあの「切り裂きジャック」事件からも明らかでしょう。そしてこのエピソードで描かれるのも、そうした時代の陰から生まれたような怪事件です。

 背中を大きく獣に引き裂かれながらも、それ以外は傷一つないままというアンバランスさにより、人と獣が入り交じった魔物――伝説の狼男になぞらえて「ルー・ガルー」の仕業と囁かれるこの事件。それは本シリーズには似合わぬ凄惨なものに見えますが――しかしやがて幾つもの意味で、実にふさわしい事件であることが浮かび上がるのです。

 そしてそこに重なる物語は、ポーの『アッシャー家の崩壊』。呪われた兄妹の運命を描くこの物語は、作中で大きな役割を果たすライザと兄の――いわばサラとアルフレッドの陰画ともいうべき二人の――姿を象徴していると、そう思われたのですが……
 しかし本書のラストで炸裂する特大の爆弾は、それを大きくひっくり返してみせるのです。ここで明かされるこのエピソードの、すなわち本書のサブタイトルに込められた想いにはただただ絶句するほかありません。

 そしてそんな想いを乗せて、物語はどこに向かっていくのか――しばらく続編は刊行されていないようですが、これは是非とも描いていただきたいと強く願う次第です。

『倫敦千夜一夜物語 ふたりの城の夢のまた夢』(久賀理世 集英社オレンジ文庫) Amazon
倫敦千夜一夜物語 ふたりの城の夢のまた夢 (集英社オレンジ文庫)


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2018.07.19

森谷明子『望月のあと 覚書源氏物語『若菜』』 「玉鬘」と「若菜」を通じた権力者との対峙


 作者がデビュー作以来描いてきた紫式部と源氏物語を題材とした平安ミステリ三部作の第三弾――今回舞台となるのは、藤原道長が栄華の絶頂を極めようとしている時代。その道長にまつわる二つの「事件」に、式部たちは関わっていくことになります。そしてそこから生まれた源氏物語のエピソードとは……

 相変わらず源氏物語の執筆に忙しい香子(紫式部)。そんな中、彼女は因縁浅からぬ道長が別邸に密かに一人の姫君を隠していることを知ります。
 親友の和泉式部、そして密かに送り込んだ侍女の阿手木を通じて、その姫君・瑠璃と道長の因縁を知り、瑠璃をモデルに物語を描き始めた香子。道長が瑠璃姫を我がものにしようとする一方、彼女には将来を誓い合った相手がいることを知った香子たちは、一計を案じて瑠璃姫を救い出そうとするのですが……

 という本作の前半部分で描かれるのは、源氏物語の中でも比較的独立したエピソードとして成立している「玉葛」=瑠璃姫にまつわる物語を、道長と現実世界の瑠璃姫に重ね合わせて描く物語であります。

 実は瑠璃の正体は、かつて道長が想いを寄せながら我がものにできなかった相手の娘。あの頃は無理だったが、位人臣を極めた今であれば――と自分を大物と勘違いした中年男そのものの思考回路で行動する道長の毒牙から、いかに瑠璃を救い出すか――すなわちいかに道長を出し抜くか、その仕掛けが楽しいエピソードであります。

 そして同時にここで描かれるのは、男たちの身勝手な欲望に翻弄される女性たちが、何とか自分自身の道を選び、自分自身の足で歩いていこうとする姿。もちろん香子や和泉、さらに瑠璃はその代表ではありますが、ここでさらに印象に残るのは、かつて一条帝の女御であった元子であります。

 女御として帝に侍りながらも、その寵が薄れて一条帝から、そして世間から忘れられた存在となった元子。彼女が一条帝の崩御を前にしての感慨は涙なしには読めないのはもちろんのこと、その彼女が固めたある決意と、それを支えたある男性の姿には(手前勝手な男の代表である道長と正反対の存在として)思わず快哉を挙げたくなるのです。


 そして後半で描かれるのは、本作の副題ともなっている「若菜」の巻。源氏物語の中では最長の巻であり、なおかつ唯一下巻が存在する「若菜」は、同時に光源氏の栄光の頂点と、その没落を描く物語でもあります。そして本作において光源氏になぞらえられているのはもちろん道長。だとすれば……

 道長が栄華を極める一方で、盗賊や貴族の屋敷への付け火が横行し、ついには内裏までもが炎上した都。そんな世情騒然とする中で、定子の娘・修子に仕える少年・糸丸は、秋津という少年と出会います。
 はじめは険悪なムードながら、やがて打ち解けていく糸丸と秋津。しかし糸丸は、やがて民衆が、税や災害でどれだけ苦しんでいるかを秋津を通じて痛感するのでした。

 そして道長と三条帝が激しく対立し、そして相次ぐ不審火が帝の不徳ゆえと囁かれる中、再び炎上する内裏。しかし糸丸はあるきっかけから、火をつけたのが秋津ではないかと恐ろしい疑惑を抱くことになります。
 果たして本当に秋津は付け火の犯人なのか。そしてその背後に潜む存在とは――香子は恐ろしい真実に気づくことになるのです。

 華やかな宮中を舞台とする源氏物語を題材として、貴族の世界の裏表を描いてきた本シリーズ。しかしそこではこれまで、その外の世界――すなわち民衆の世界のことは、完全に抜け落ちていたと言えます。
 それが本作において描かれた理由について、個人的に発表年から想像することはありますがそれはともかく――ここでどん底の暮らしに喘ぐ人々の姿を描くことは、己の権勢を望月に喩える道長の存在をより鮮烈に浮かび上がらせるものと言えるでしょう。

 しかし望月は後は欠けていくだけであります。「若菜」下において光源氏が手にしたものを次々と喪っていくように――そして香子もまた、(シリーズ第一作『千年の黙』に描かれたように)物語の作者の意地を胸に道長と対峙し、一大痛撃を与えることになります。

 本作はシリーズの中ではミステリ性は(もちろん存在はするものの)薄めではあります。その点は残念ではありますが、しかしそこに存在するのは、これまでと全く変わることない視線――香子の、その作品同様全てを貫いて現代にまで至る、透徹したそして権力者に屈することない毅然とした視線なのです。

 そして本作のある描写を読んで、現在を予言したかのような内容に驚きを隠せなかったのですが――7年前に発表された作品がいま文庫化されたのはそれが理由ではないか、というのはもちろん私の妄想であります。


『望月のあと 覚書源氏物語『若菜』』(森谷明子 創元推理文庫) Amazon
望月のあと (覚書源氏物語『若菜』) (創元推理文庫)


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2018.07.18

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』 恐ろしくも美しき妖猫姫の活躍


 妖怪の子供専門の子預かり屋になってしまった少年・弥助を主人公とする妖怪時代小説シリーズ、絶好調の第6弾であります。しかし本作では弥助は脇に回り、意外なキャラクターが主役を務めることになります。それは王蜜の君――美しき妖猫族の姫が人間界で巻き込まれた(首を突っ込んだ)事件とは……

 子供の世話に苦労するのは人間も妖も同じ、時には誰かの手を借りたくなるもの――というわけで今日も今日とて妖怪の子預かり屋として奮闘する弥助。すっかり妖たちの間では有名人となった彼の周囲には、時に大妖クラスの妖が現れることがあります。
 その一人が王蜜の君――見かけは美しい少女ながら、気まぐれで騒動好き、そして何よりも悪人の魂をコレクションするのが趣味という、剣呑極まりない猫妖の姫であります。

 これまでも時折弥助と同居人の元・大妖の千弥の前に現れていた王蜜の君ですが、今回は、配下の猫(妖)たちが人の側にいたがることに興味を抱き、人とはそれほどに良いものかと、猫に化けて人間界に現れることに。
 そして彼女が強引に押し掛けたのは――そう、弥助の長屋。千弥には猛烈に嫌な顔をされても一向に構うことなく、猫生活をエンジョイする王蜜の君ですが、しかしその頃、江戸では猫にまつわる悍ましい事件が続発していたのであります。

 それは猫首なる呪い。猫塚に猫四匹の首を捧げれば、何でも望みを叶えることができる。憎い憎い相手を破滅させることも――そんな、はじめは町の片隅で囁かれていた噂が、やがて町中に広がり、ついには猫首の呪いによる犠牲者が出るようになのであります。
 しかしそんな状況を――いや、その生贄とされるのが猫という状況を――猫の守り手たる王蜜の君が見逃せるはずもありません。

 かくて、王蜜の君は、一連の事件を引き起こした者を捕らえ、裁きを与えるべく「狩り」に乗り出すことに……


 個性的な妖が幾人も登場する本シリーズですが、その中でも私が個人的に最も注目していたのが、今回の主役・王蜜の君でした。いえ、単に自分が猫好きだからというのではなく――(これは以前にも何度か申し上げたかもしれませんが)彼女にはモチーフとなったと思われるキャラクターがいるからなのです。

 作者の比較的初期の作品に、『鬼が辻にあやかしあり』という児童文学のシリーズがあります。江戸の魔所・鬼が辻に潜む強大な妖が、人間の訴えに応えて、凶悪な悪人たちを退治するという物語なのですが――しかしこの妖は別に正義の味方ではなく、その目当ては悪人の魂。悪人の魂を集め、愛でることこそが、この妖――妖猫の姫・白蜜の君の目的なのです。

 そう、明言されているわけではありませんが、本作の王蜜の君のモチーフとなっているのは、間違いなく白蜜の君(何しろ本作で王蜜の君が猫に化ける時の名は「白蜜」なのですから……)。
 惜しくも3作しか発表されていない『鬼が辻にあやかしあり』ですが、その児童文学らしからぬ(そして実に作者らしい)ホラーぶりが大好きだっただけに、本シリーズに王蜜の君が登場した時には、私は小躍りしたくなったくらいなのであります。


 と、個人的な話が長くなってしまいましたが、とにかく主役を張るだけのポテンシャルは十二分に備えている王蜜の君。
 「猫」に対する我々人間のイメージ――可愛らしさ、しなやかさ、気ままさ、残酷さ、神秘性などなど――を何百倍にも凝縮したような彼女の存在は実に魅力的であります。いや彼女だけでなく、本作に幾匹となく登場する猫たちもまた……

 そして猫たちが魅力的であればあるほど、その猫たちを虐げ、傷つける人間たちの身勝手さ、非道さには、怒りを覚えざるを得ません。この辺りは人間の負の側面を描くに存分に筆の冴えを見せる作者ならではというべきでしょう。
 ラストに明かされる、ある意味実に皮肉で、そして悍ましい猫首の呪いの真実にもまた、その負の側面はこれでもかと込められているのであります

 しかしご安心を。全ては因果応報、そんな人間たちに罰を下し、悪人を狩る存在が、本作にはいるのですから……


 そしてラストには、前作の主役であり、めでたく華蛇族の姫君と結ばれた久蔵のその後の姿を描く前作と本作共通の後日譚が収められているのも嬉しいところ。
 既に第7弾の刊行も決まっているとのことですが、まだまだ面白くも恐ろしく、魅力的な妖と人の物語を楽しませていただけそうです。


『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
猫の姫、狩りをする (妖怪の子預かります6) (創元推理文庫)


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2018.07.17

上田秀人『検断 聡四郎巡検譚』 江戸城を出た聡四郎の出会う人々


 『勘定吟味役異聞』『御広敷用人大奥記録』と活躍してきた水城聡四郎ものの第3シリーズ、その第2巻であります。ただ旅しているだけで厄介事に巻き込まれていく聡四郎主従ですが、旅先で出会う者は敵もそれ以外も様々。一方、彼らが旅立った江戸でも、とんでもない動きが……

 御広敷用人としての任務を終え、娘も生まれて一時の休息を得た聡四郎。しかし主君たる吉宗が、「使える」人間を放っておくわけがありません。久々に吉宗に召し出された聡四郎が任じられたのは、「道中奉行副役」なる新しい役職――とりあえずは三ヶ月世の中を見てこいというアバウトな命に、右腕と言うべき大宮玄馬と二人、ひとまず東海道を京に向かった聡四郎ですが……

 そんな形で始まった物語ですが、彼らが向かう京では前シリーズの宿敵・天英院の実家が刺客を用意して待ち受け、そしてその途中には、これまで10巻以上に渡り聡四郎と暗闘を繰り広げてきた(一方的に絡んできた)伊賀があります。
 さらに、聡四郎を使って自分の改革への抵抗勢力を炙り出してやろうという吉宗の思惑が見事に(?)当たり、聡四郎の役目が自分たちの権益を侵すと考えた目付・中野が暗躍を開始。徒目付を使い、目付では先輩に当たる駿府町奉行を利用して聡四郎を旅先で始末しようと企むのであります。

 いやいや、それはさすがに無理があるのでは、と言いたくなる中野の策ですが、聡四郎にとってはこれが最初の厄介事。しかしこれはむしろ、その手駒に使われそうになった徒目付と駿府町奉行こそいい迷惑であります。
 油断すれば他人に――特に上司に乗じられる役人の世界。利用されるだけ利用されて弊履の如く捨てられる、などというのも珍しくない話であります。今回もまた、上田作品ではこれまで無数に描かれてきた役人残酷物語(中野の指示状が、自分の名前を書いていないというどこかで聞いたような厭らしさに嘆息)のように見えたのですが……

 しかしこの状況を打開するため、彼らが聡四郎が全く預かり知らぬところで取った行動が、物語に大きな動きを与えるというのが面白い。
 これまで本シリーズでは聡四郎の味方か敵か(そしてほとんど後者)しかいなかったという印象もある役人たちですが、もちろん実際にはそれ以外の人間がほとんどなのは言うまでもありません。そして本作においては、こうした人々に、これまで以上に目が向けられている印象があります。

 そんなそれ以外の(それは役人に限ったことではなく)人々が登場するのは、物語が「旅」を舞台としていることによることは言うまでもありません。そしてそれは、吉宗が聡四郎を送り出した際に密かに期待したことでもあります。
 江戸城を飛び出し、旅に出ることによってて、聡四郎が何を見て、誰と出会うのか――それが今更ながらに楽しみになります。


 と、その一方で敵と出会ってしまうのがまた聡四郎の運命。先に述べたように、聡四郎の宿敵とも言うべき伊賀の忍びたちが、この巻では決戦を挑んでくることになります。
 任務の上で仲間が殺されれば、その仇を討つまで戦いを止めないという、厄介極まりない掟を持つ伊賀。その掟がある限り聡四郎と伊賀の戦いは終わらないはずなのですが……

 正直なところ、この戦いの先に待つ結末は想定外のもの。詳細は伏せますが、なるほどこう来るか! と言いたくなるような、それでいて実に「らしい」展開に大いに感心させられました。
 そしてそこにあるカラクリを的確に見抜いてみせた聡四郎の洞察力の深さが、彼の成長を強く感じさせてくれるのも、また嬉しいところであります。

 そしてもう一つ嬉しいと言えば、前作同様、本作においても、生臭い政治の世界の対極にあるような純粋な剣の世界が描かれるのがいい。
 といっても今回二人が駿府で訪れた剣術道場は、一放流の道場に慣れた二人にとってはいささかならずとも拍子抜けの――要するに「今どきの」剣術道場。道場主が食っていくにはそれも必要と言うべきかもしれませんが――しかしそんな中でも、剣に心を燃やす者がいます。

 いささか変則的な形で挑んできた挑戦者に対して、聡四郎が、玄馬が何を語るのか――やはり純粋に剣の道に励む者の姿は、一服の清涼剤として実に心地よく感じられます。


 と、様々な形で物語の広がりを感じさせてくれた本作。ラストには尾張徳川家の無謀にもほどがある計画が発動してヒキとなりますが――こちらの結末も含め、次巻も楽しみなシリーズであります。


『検断 聡四郎巡検譚』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
検断: 聡四郎巡検譚(二) (光文社時代小説文庫)


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2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


「コミック乱ツインズ」2018年8月号(リイド社) Amazon


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2018.07.15

TAGRO『別式』第3巻 強く正しく美しい彼女の残酷さ、無神経さ


 江戸時代初期を舞台に、剣術自慢の娘――別式たちの姿を描く本作もいよいよ佳境。無類の強さを誇る剣士にして面食いの主人公・類の存在を、一人の男と一人の女が問い直すことになります。そしてその先に描かれるものは……

 自分より強いイケメンを求めて次々と男たちと立ち会う類、そんな彼女にコンプレックスを抱きつつ秘めた恋に悩む魁、表では伝法に振る舞いつつも仇である狐目の男を密かに追う切鵺、日本橋の母と異名を持つ占い師にして二刀流の達人の刀萌――今日も江戸でそれぞれに暮らす別式たち。
 そんな中でも今日も類は絶好調、亡父の主である土井大炊守が差し向ける婿候補(その他街角でエンカウントするモブ侍)をバッタバッタと薙ぎ倒す毎日であります。

 ということはすなわち、相変わらず類は男に縁なしということですが――そこに新たな挑戦者が現れます。その名は菘十郎――かつての類の父の門下生であり、そして類の視界から自動的に抹消されるほどの微妙なルックスの持ち主であります。
 その風貌により、幼い頃から周囲にいじめ抜かれ、理不尽な嘲りを受けてきた十郎ですが、しかしその実、彼は類の父直伝の剣の達人。試合の場で類の父と瓜二つの剣技を見せる十郎は、ついに類を圧倒するのですが……

 そしてそのエピソードに次いで描かれるのは、刀萌の過去編であります。占い師と二刀流の剣士――いや、金で人を死末する凄腕の殺し屋という二つの顔を持つ刀萌。その優しげな姿には似合わぬ裏の顔を彼女が持つに至ったのは何故か、その二刀流はどこで身につけたものか、そして彼女は何のために人を斬るのか――すなわち、金を稼ぐのか。
 それはあまりにも重く無惨な物語。青春残酷物語どころではない、純粋に残酷時代劇であります。

 そして次の死末のターゲットとして彼女が挑むことになったのは、狐目の男・岩渕源内……


 これまで物語の中では圧倒的に「強く」「正しく」「美しい」存在として描かれてきた類。イケメン以外や自分より弱い者に徹底的に冷たいという欠点などはあるものの、それは主人公としての一種の特権の前には塗りつぶされるものであります。

 そんな類に対して、この巻で描かれる十郎と刀萌の姿は、正反対とすら感じられます。
 (かつては)理不尽な暴力の前に萎縮するしかないほど「弱く」、人として正道ではない道を歩むという「誤り」を犯し、そしてその姿あるいは生き様はあまりにも「醜い」――容赦のない言い方をしてしまえば、それが二人の在り方なのです。
(そしてそのあまりの無残さを、本作ならではの可愛らしい絵柄が巧みに中和し、そして同時に増幅しているのには唸るほかありません)

 しかしそんな二人は、類というキャラクターの根本的にある、どうしようもないほどの残酷さ、無神経さを容赦なく剔抉する存在として機能します。
 他のキャラクターが大なり小なりの悩みを、陰を抱える中で、彼女のみは――もちろん皆無ではないものの――あまりにも軽い。いやむしろ、その悩みを無神経に周囲にぶつけ、あまりにも自分本位に生きていると言うほかありません。

 そしてその根底にあるもの、それを許しているものが彼女自身の「強さ」「正しさ」「美しさ」にあるとすれば――それはなんと残酷なことでしょうか。彼女が彼女である限り、彼女はそれに気付くことはないのですから。
 源内との決闘に向かう直前、刀萌が彼女に対して予言したように……


 もちろんそれは、彼女に「情」がないということではありません。いやむしろ、彼女は様々な形で「情」が濃すぎると言うべきかもしれませんが――だとすれば、その彼女を変えることがあるとすれば、それは彼女の「情」を揺るがせるほど、周囲から失われるものがあった時かもしれません。
 かつて早和が去った時のように。そしてこの巻のラストのように。

 果たしてその先に彼女を待つものが何なのか。それを経験してなお、彼女は「強く」「正しく」「美しく」存ることができるのか。
 そしてそれは本作の第1巻の冒頭で描かれたあの昏い未来図に繋がっていくのかもしれませんが――そこに至るまでの道の辛さから目を背けたいのにもう目が逸らせない、そんな強烈な力を持つ作品であります。


『別式』第3巻(TAGRO 講談社モーニングコミックス) Amazon
別式(3) (モーニング KC)


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2018.07.14

宇野比呂士『天空の覇者Z』第12巻 富士に甦る剣、帰ってきた天空の覇者

 激闘の末に首尾よくT鉱を奪還した一行は、華奈の言葉から、流星の剣を打った刀鍛冶に出会うため富士に向かう。そこで剣が打ち上がるのを待つ中、来襲した日本軍を迎え撃つ天馬たち。華奈の犠牲で剣は復活したものの、日本軍の秘密兵器Yが出現して窮地に陥ったその時、新たなZが降臨する……

 いよいよ日本編もクライマックス、天馬&Jとヴァルキュリア隊の二人との再戦から始まり、流星の剣の復活、日本軍の驚天動地の秘密兵器の登場にZとの対決と盛りだくさんの巻であります。

 西郷に奪われたT鉱のインゴットを追って、相次いで横須賀の海軍秘密工場に潜入/突入した天馬たち。真っ先に捕らえられたキリアンがあわやというところに天馬が真っ正面から突っ込み、さらに先を越されたJとアンジェリーナが……と全員勢揃いしたところで天馬とJが残り、二人を逃がすことになります。
 そして始まるJ対マルセイユ、天馬対リップフェルトの戦い――共に異能の持ち主ですが、こちらは最強メンバー。Jは兵器工場に誘い込んだマルセイユを翻弄、予測偏差射撃を完封した上に命を助けるという完封を見せます。そして天馬はリップフェルトの超加速能力を上回る剣技を見せてこちらも圧勝!

 そしてサイドカーに乗ったアンジェリーナとキリアンは山本五十六にタイヤアタックを食らわしてT鉱を奪還に成功します。行く手に立ち塞がる西郷がサイドカーの結合部を日本刀ですれ違いざまに叩き斬るという無茶を見せるものの、キリアンはT鉱の特徴――強い衝撃を与えると臨界反応を起こし、反重力場を発生させるという性質を利用したブラフで西郷を翻弄し、見事逃げおおせるのでした。
 一方華奈は家に残されていた記録から、流星の剣を打った刀匠の一族が富士に住んでいることを知り天馬たちに合流。その刀匠――石堂透徹のもとを訪れます。実は石堂家の血を引いていた華奈は透徹の相方として手伝うことになりますが――前述の如く衝撃を与えれば臨界に達するT鉱で刀を打つとは、考えてみれば恐ろしい話。それを可能にするのが達人の技ですが、それが三日間不眠不休で打ち続けるというのは流石に無茶としか言いようがありません。

 その間待つしかない天馬ですが――しかし三日目の夕方にT鉱を追って日本軍が襲来。山本五十六が指揮を執り、戦車まで繰り出してくる無茶苦茶ぶりですが、しかし戦車のキャタピラを叩き斬ったり、上から岩を落としたりする天馬たちの方がさらに無茶であります。それでも多勢に無勢、仲間たちに後を任せて華奈たちの元に急いだ天馬が見たものは、力尽きた透徹と、それでも必死に刀を研ぐ華奈の姿。刀は形となったものの、未だに流星の剣の証である透き通った刀身とならない――そう涙ながらに研ぎ続ける華奈も力尽きたか突然喀血! その血を浴びた刀身は……
 そして完全包囲された中、華奈を抱いて現れる天馬。夕日を浴びる中、彼が掲げた刀身は、その血を吸うように透き通った姿に――!

 冷静に考えればよくわからない理屈ですが(そもそも華奈は何故吐血したのか――というのは肺炎だったようですが)、しかしこの場面は作中屈指の名シーン。しかしその直後に更なる迷シーン、いや迷メカが!
 そう、その場に飛来したのはかねてより日本軍が開発していた秘密兵器「Y」――YAMATO! 空中戦艦大和であります。そしてそのビジュアルは、大和を上下逆さにしたもの――艦橋や砲塔を下にした戦艦が空を飛んでいるのはとんでもないインパクトであります。
 しかしここで真打ち登場――折良く改修の終了したZ――ネオ・カイザーツェッペリン改が富士に飛来! 強敵GのG砲を左舷に取り付けた凶悪なデザインは、頼もしいことこの上なしであります。

 そして双方が乗り組んだ(華奈と西郷は成り行きでZに搭乗)上で始まるZ対Yの決戦。しかしYの世界最大口径46センチ砲の砲撃をエーテルガスで無力化したZは、ウェル発明の誘導ミサイル・Vロケット(VはVergeltungではなくVictoryのV!)でYに大打撃を与えます。そこで最後(早い)の力を振り絞ってZの上方に上昇したYは、艦首衝角で特攻を仕掛けるのですが――そこでZ左舷のGユニットが動き、上方を向く! そしてそこから放たれるのはZ砲――ではなく拡散Z砲。スプレー状に反重力ガスを噴射することによってYを分解し、そして山本五十六をはじめとする乗組員たちも、反重力場に包まれて無事地上に軟着陸するのでした。


 と、Yの攻撃を完封した上に乗組員の生命を気遣いつつ撃破という完璧な横綱相撲を見せたZ。「最強だねZ!!!」と、天馬たちが大喜びするのもむべなるかな、であります。

 流星の剣、そしてZが復活し、体勢は万全。いよいよ次巻から最終章に突入であります。


『天空の覇者Z』第12巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 12 (少年マガジンコミックス)


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2018.07.13

もとなおこ『Dear ホームズ』 最も奇妙なシャーロック・ホームズの帰還!?


 シャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝に消え、帰還するまでの数年間――いわゆる「大空白時代」は、これまで様々な作品で扱われてきました。そして本作はその中でも最も奇妙な作品の一つでしょう。何しろホームズは、小さな人形にその身をやつしてロンドンに帰還していたというのですから!

 『最後の事件』において、宿敵モリアーティ教授との対決の末、もろともにライヘンバッハの滝に消えたホームズ。それから『空家の冒険』でドラマチックな帰還を果たすまで、読者は、そして何よりもワトスンは、彼が死んだと思い、悲しみに暮れてきました。

 この間、ホームズはチベットをはじめとして世界を放浪したと言われるのですが、その詳細は謎のまま。それだけに大いにファンの心をそそる時期であります(日本で発表されたパスティーシュの中には、彼が日本を訪れるという趣向の作品も幾つかあります)。
 そんな時期、愛妻メアリを亡くしたワトスンが、懐かしいベーカー街221Bを久しぶりに訪れる場面から物語は始まります。

 あのハドスン夫人はホームズを喪った悲しみもあって引退、今はその姪で若く美しい寡婦のミセス・ハドスンが管理人を務める下宿。そこにある日届いたのは大きなドールズハウス――それもこの221Bをそっくり模したものだったのです。
 差出人不明のこの奇妙な荷物に驚いたミセス・ハドスンに招かれたワトスンですが、彼にとってもこの荷物は不可解。物思いに沈む彼の耳に聞こえてきたのはあの懐かしいバイオリンの音色――そしてそれを弾いていたのはホームズの人形!?

 思わず失神したワトスンが意識を取り戻した時、やはりそこにいたのはホームズの人形(人形のホームズ)。実は生きていたホームズは、かつてある事件で知り合った霊媒体質の少女の力を借り、小さな蝋人形に魂を宿して帰ってきたというではありませんか!
 さすがに驚きを隠せないワトスンですが、霊感少女の存在は彼も知るところであり、何よりも目の前に動かぬ証拠がいるのですから信じるほかありません。かくて、懐かしい221Bに帰ってきたワトスンは、ドールズハウスの221Bに暮らすホームズとともに、再び冒険の日々を送ることに……


 その晩年に心霊主義に傾倒したことで有名なコナン・ドイル。しかしそのドイルをしても、ホームズが人形に霊魂を宿すとは思わなかったでしょう。
 ドールズハウスのミニチュア世界に暮らし、事件現場に赴くときはワトスンの頭に乗り、帽子の中に隠れて移動するホームズ。その姿は何ともコミカルですが、もちろんその知性は以前と変わることはありません。

 そしてこの姿でも彼の好奇心と事件に挑む情熱もそのまま。今なお届く事件の依頼状を受け、以前にも増してワトスンの力を借りることになるもののこの名コンビは、ロンドンを騒がす事件の数々に挑んでいくのです。

 そう、名コンビ――本作に描かれるのは、いささか(どころではなく)変則的ではありますが、我々が長きにわたって愛してきたあの名コンビの姿。本来ではあり得ない時期であり、あり得ない姿であるからこそ――より一層二人の友情は理想化されて、本作で描かれているように感じます。

 絵的に見ると、ワトスンが聖典のイメージとはかけ離れた細面の美青年に描かれていることに(そして別人とはいえハドスンさんがうら若き美女となっていることに)違和感を感じる向きもあるかとは思いますが、これは作者も承知の上でのものでしょう。
 何しろ作中の一エピソードにおいては、熱狂的なホームズ譚――いやワトスンファンの少女が登場、聖典の中の彼にまつわる細かい矛盾点の一つ一つにツッコミを入れていくのですから、これはもうわかってやっていると見做してよいかと思います。

 また、物語の終盤においては、彼らとは同時代人であるブラム・ストーカーが登場。何と彼自身が吸血の魔物の影につきまとわれていて――という二重のパスティーシュ展開も楽しい。そしてラストで、きちんと聖典に帰着してみせるのも心憎いところです。


 しかし本作において一点(それもかなり大きく)残念なのは、物語におけるミステリ、というより推理の比重がかなり小さいことであります。

 描かれる事件にオカルト要素が強いのは、これはもうホームズの設定からしてやむを得ないのですが、しかし事件の謎が「オカルトでした」で済まされるのはいただけない。
 日常と超常が共存する世界だからこそ、その区切りを明確にし、そして超常の世界においても、その論理を貫くホームズの推理が見たかった――と強く感じた次第です。


『Dear ホームズ』(もとなおこ 秋田書店ボニータコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
Dearホームズ 1Dearホームズ 2

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2018.07.12

長池とも子『旅の唄うたい』シリーズ 時空を超えて描かれる人々の美しい「情」


 代表作『崑崙の珠』をはじめ、中国ものを得意とする作者が、古代中国を舞台に描くオムニバス形式の連作集――「旅の唄うたい」を名乗る謎めいた美青年・夜烏が、様々な時代と場所で、歴史に名を残す人々の生き様を見つめる物語であります。

 殷王朝末期から唐の玄宗皇帝の時代まで――約二千年にも及ぶ時の流れの中で変わらぬ姿を保ち、様々な場所に現れる旅の唄うたい・夜烏。
 時にはその性別すら変えて現れる彼は、歴史を大きく動かす運命にある人物の前に現れては、時にその行動を助け、時にその行動を止めんとして、歴史の裏側から関わっていくことになります。

 実は彼の正体は、天界の寧安宮に住まう狐祖師の弟子。
 野狐として修行を積む彼は師の命を受け、地上から戦乱をなくし平和をもたらすため、戦乱の原因を作る者たち、あるいはそれを止められる者たちに接触するのであります。
(ちなみに何故戦乱をなくそうとするかと言えば、野に住まう同族の狐たちが戦乱に巻き込まれるから、という理由が面白い)

 しかし人間の心は複雑怪奇、たとえ夜烏が「正しい」道を示したとしても、それに従う者は少なく、彼らは、彼女らはそれぞれの運命に殉じていく――そんな人間たちの姿を描く物語であります。

 さて、全4巻の本作は、それぞれ1話あるいは2話をかけて、その人物の物語を描いていくことになります。以下にその名と時代を挙げれば……
 則天武后(唐)
 王昭君(前漢)
 孫堅(後漢)
 妲己(殷)
 呂不韋(秦)
 始皇帝(秦)
 李斯と韓非(秦)
 司馬遷(前漢)
 呂后(前漢)
 卓文君と司馬相如(前漢)
 趙飛燕(前漢)
 徐庶(後漢)
 楊貴妃(唐)

 何とも豪華かつバラエティーに富んだ顔ぶれであります(その中でも女性が多いのは、これは少女漫画という媒体に依るところが大きいかもしれませんが)。

 そしてその中で描かれるのは、「史記」をはじめとする歴史書の記録、あるいはそれを題材とした「三国志演義」のような物語中の逸話を踏まえた物語。
 こうした表に現れた「史実」を忠実に踏まえつつも、本作は夜烏を狂言回しに、その裏側の表に見えないもの――言ってみれば人の「情」を浮き彫りにしていくのであります。

 その名前を見ただけでおわかりの方も多いかと思いますが、本作の主人公たちは、悲劇の運命を辿る者が少なくありません。
 その意味では決して明るい物語ではないのですが、その生き様に込められた想いは、彼らを絵空事の中の登場人物ではなく、どこか馴染み深く人間臭い存在として浮かび上がらせ、決してその読後感は悪くありません。

 また、歴史上では「悪人」とされている者たちにおいても、その悪を為すにやむを得ない理由、どうにもならない業、あるいは単純な悪人ではない「人」としての顔を描いてみせるのも、定番ではありますが実にいいのであります。(もっとも、この趣向のため、「悪女」を主人公とした物語は、似通った印象を受けてしまうきらいはあるのですが)

 また作者が三国志愛好家を自称するだけあって、三国志関連の二人を主人公とするエピソードはどちらも実に熱い。
 特に徐庶などは、侠客から軍師という彼の転身を曹操との因縁を理由に語りつつ、劉備(これがまた任侠の人的な描写が楽しい)との深く強い絆を感じさせる内容で、読んだ人間が皆徐庶ファンになるのでは――と言いたくなるほどの内容であります。


 しかし、そんな時空を超えた物語にも終わりは訪れます。時系列的には最も新しい、すなわちラストとなる楊貴妃の物語では、同時に夜烏の――そして幾度となく夜烏の前に現れて彼を妨害してきた謎の野狐精・吉祥の――秘められた過去が描かれることとなります。
 封印されていた夜烏の秘密自体は、そこまで意外性があるものではないかと感じますが、しかし特筆すべきは、そこで彼らが――人ならぬ狐たちが見せる「情」の姿でしょう。

 そしてさらに、夜烏を使役してきた狐祖師もまた、強く深い「情」の持ち主であったことを示す結末は実に切なく――本作がいつの時代にもいつの場所にも、そして誰の中にもある美しい「情」を描く物語であったと、改めて感じさせてくれるのです。


『旅の唄うたい』シリーズ(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全4巻) 第1巻『打猫』 Amazon/ 第2巻『豺狼』 Amazon/ 第3巻『日食』 Amazon/ 第4巻『傾国』 Amazon
旅の唄うたいシリーズ 1 (プリンセス・コミックス)旅の唄うたいシリーズ 2 (プリンセス・コミックス)旅の唄うたいシリーズ 3 (プリンセス・コミックス)傾国ー唐の楊貴妃ー―旅の唄うたいシリーズ4 (プリンセスコミックス 旅の唄うたいシリーズ 4)

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2018.07.11

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第5巻 八郎が見た剣の道の陽と陰


 伊庭の小天狗こと伊庭八郎の青春を描く本作も順調に巻を重ねてこれで第5巻であります。この巻の前半で描かれるのは、試衛館での出稽古で賑やかな毎日を過ごす八郎の姿。そして後半では一転、八郎が人生初めて経験する修羅場が描かれることになります。そしてそこでは意外な人物との出会いが……

 かつて縁のあった吉原の花魁の死をきっかけに、同じ講武所に通う旗本の子弟・富長が攘夷浪士と繋がっていたことを知った八郎。そして講武所の中にも彼らと繋がる者が潜むことに、八郎は大きな衝撃を受けることになります。
 さらには富長が何者かによって斬殺され、にわかにきな臭くなってきた八郎の周囲。まだまだ自分の剣技を磨く必要があると考えた八郎は、かねてより縁があった試衛館に出稽古に出ることになります。

 さて、言うまでもなく試衛館は近藤・土方・沖田をはじめとする、後の新選組の中核メンバーが集った道場。この時点はまだ浪士組結成前であり(近藤が講武所参加を断念した件はこの巻でも触れられますが)、今はまだ、青雲の志を抱いた青年たちが集う梁山泊のごとき様相を呈している状況です。
 以前試衛館では沖田と名勝負を繰り広げたこともあり、ほとんど同門扱いの八郎は、たちまちのうちに彼らと馴染むのですが……

 いやはや、ここで描かれる試衛館組の姿が実にいい。現時点から大人物ぶりを発揮する近藤、バラガキそのものの土方、傍若無人な剣術馬鹿の沖田、ほかにも山南、永倉、平助――その誰もが、ビジュアルといい言動といい、実に「らしい」。新選組好きとしては実にたまらないものがあります。
 もちろん本作は伊庭八郎の物語、彼らはいわば脇役にすぎないと言えばその通りではあります。それでも八郎と同年代の、同じ青春を過ごす彼らの姿が生き生きと描かれるということは、それだけ八郎の姿も鮮明に描かれるということにほかなりません。

 本作の魅力の一つは、八郎の青春時代の爽やかさ、眩しさにあると思いますが、このエピソードにはそれが非常に濃厚に現れていると感じます。


 しかしそんな彼らの切磋琢磨の姿が、剣の道の陽の面を示すものとすれば、その陰の面――すなわち真剣での殺し合いがこの巻の後半で描かれることになります。

 江戸から故郷に帰るという馴染みの女郎への餞に、二人で芝居を見に行くことになった八郎。しかし芝居茶屋で一服した帰り、八郎たちは三人の刺客に襲われることになります。(まさか前の巻でサラリと振られた芝居見物の話がこんな形で展開するとは……)
 富長の件で八郎を逆恨みした攘夷浪士たちの襲撃に、八郎は生まれて初めての真剣勝負を経験することになるのです。

 言うまでもなく八郎は心形刀流の麒麟児、亡き父から子供の頃から真剣で稽古をつけられていたほどの超一流の剣士であります。しかしそんな彼をしても真剣での、それも一対多数の勝負は勝手が違います。
 経験者である永倉(と、ここで彼がピックアップされるのがいい)から聞いていたことを活かす間もなく、窮地に陥る八郎ですが……

 そこに思わぬ助けが入って逆転、そして初めての人斬りを経験する八郎。その人斬りのインパクトもさることながら、ここで驚かされるのは、救い主というのがあの名優・三世沢村田之助であることです。
 実はその日に八郎が見た芝居に出ていたのが田之助――ただそれだけの縁のはずが、偶然彼が浪士たちの企みを知ったことで、救い主を買って出ることになったのです。

 こうした展開は定番といえば定番ですが、しかしそれが沢村田之助というのが面白い。確かに田之助は幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎役者、その壮絶な晩年については様々な作品の題材となっているところですが――この時期の物語に、それも八郎と絡めてというのはかなり珍しい(少なくとも後者は初めて?)のではないでしょうか。

 果たしてこの出会いが、物語においてこの先どのような意味を持つのか。あるいは一時のすれ違いに過ぎないのかもしれませんが――それはそれで面白い趣向であったことは間違いありません。


 さて、剣の道の陽と陰を経験することによって、更なる強さを求めることを決意した八郎。折しも世情はさらに不安定になる中、彼の剣は何のために使われることとなるのか――時はまだ1861年、彼が本格的に世に出るまではまだ間があります。
 それまでに、そしてその先に何が描かれるのか、この先も楽しみにしたいと思います。

(しかしこの巻のラストエピソードは少々文字と理屈が多すぎな印象が……)


『MUJIN 無尽』第5巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN~無尽~ 巻之5 (ヤングキングコミックス)


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2018.07.10

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その二) これが二人の旅路の終わり、そして始まり


 ついに迎えることとなった僕僕先生と王弁の旅路の果て、『僕僕先生』シリーズ最終巻の紹介の後編であります。

 世界の終わりが目前に迫る中、希望を捨てなかった者たちの戦いの末についに復活した(上に何かラブラブになってた)僕僕と王弁。
 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅。

 そもそも僕僕は何者で、何のために旅をしているのか? 前者についてはこれまでの物語で、そしてプリクウェルである『僕僕先生 零』でかなりの部分が判明しましたが――さて後者についてはどうであったか?
 マイペースに世界を旅する姿が当たり前になってしまい、そんな疑問はとうの昔に消えていましたが、ここに至り、それが大きくクローズアップされることになります。

 そしてもう一つ、最大の謎が――何故、僕僕の旅の道連れが王弁だったのか。そしてその王弁とラブラブになったのか!?
 後の方はともかく(いや本当は大事なのですが)こうした物語を貫く謎――上で触れたように読者が気にかけていたもの、いなかったもの――全てに対し、本作においては答えが提示されることになります。


 ここで少々本作を離れ、作者の他の作品に目を向けてみることとしましょう。

 作者の大長編ファンタジー(大長編伝奇)――『千里伝』『くるすの残光』『魔神航路』を読めば、物語(の終盤)で主人公の前に立ちふさがる敵に、ある種の共通点があることに気付きます。
 それはその敵が神の強大な力を持ち、世界(の則)を己の思うとおりに変える――すなわち、世界を己の思うままに再編しようとすることであります。そしてその敵に対して、主人公はそれに対抗する力を持つ(味方につける)のですが――しかし彼自身はあくまでも人間に過ぎず、それ故に彼は苦しい闘いを強いられることになるのです。

 もちろんこの要素は、作品によってその程度が(その表に現れる度合いが)異なることは言うまでもありません。しかしその構図は、本作、『僕僕先生』にも通底している――それも、最も明確な形で――ことは明らかでしょう。
 そしてこの点こそは、作者の作品に通底する視点、そしてそこから生まれる魅力に繋がるものだと、私は改めて感じました。

 『僕僕先生』をはじめとする作者の長編ファンタジーにおいては、強大な神仙の力、超自然的な力が、この世界の一部としてある意味当然のように登場します。そのまさしく人知を超えた力の前には、人間など及ぶべくもありません。
 それは言い換えれば、その力を手にした者は、まさしく超人となるということですが――しかし作者は決してその力を手に入れて事足れり、とはしません。いやむしろ、こうした超人による救済を否定する形で物語は描かれていくと感じます。

 人間は、己を超える力を持つ者に屈するべきでもなければ、その力を得て他を圧するべきでもない。たとえ力を持たない存在であっても、いやそれだからこそ、人間は他者を受け入れ、共に生きていくことができる……
 当たり前のことかもしれません。ごく普通のことかもしれません。しかしその素晴らしさを――そしてこの『僕僕先生』という物語でそれを体現してきたのが誰か、我々は知っています。それこそが、全ての答えであることもまた。


 本作の結末で描かれるものは――さすがにこれ以外の結末はないと理解しつつも――やはり一抹の、いや大きな寂しさを感じさせるものであることは否めません。
(さらに言えば、ちょっと物語展開が激しすぎて、いささか急に感じる部分も少なくなかった印象があります) しかしそうであっても、本作は、本シリーズは、描くべきものを全て描き、その上で迎えるべき結末を迎えたと、自信を持っていうことができます。まさに大団円――僕僕と王弁の旅路の終わりと始まりがここにあります。

 そう、これは野暮と言うほかないと自分でもわかっているのですが――旅路の始まりであって欲しいと、僕は「祈り」たいと――本作を読み終えて心から感じた次第です。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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 仁木英之『恋せよ魂魄 僕僕先生』 人を生かす者と殺す者の生の交わるところに
 仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語
 仁木英之『王の厨房 僕僕先生 零』 飢えないこと、食べること、生きること

 『僕僕先生』第1巻 芳醇な世界像をさらに豊かで確かなものに
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 大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて
 大西実生子『僕僕先生』第4巻 旅の終わりにその意味を問う

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2018.07.09

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その一) 希望を失わぬ者たち、そして帰ってきた者たち


 ついに最終巻であります。ツンデレボクっ子仙人・僕僕先生と、元ニートで凡人の弟子・王弁の長きに渡る旅もこれにて完結――世界の再編を巡り神仙と人間が死闘を繰り広げ、世界が滅びに向かう中、王弁と僕僕はどこに消えたのか。そして世界の命運は――旅路の果てが描かれることになります。

 数々の出会いと別れを繰り返しながら、この天地を旅してきた僕僕と王弁。その彼らの旅の陰で仙界の、いや世界の再編を目論んできた仙人・王方平は、世界のバランスを守るために人間を一度滅ぼし、人界を作り直すことをついに宣言します。
 彼に同調する者、抗して人界につく者、様々な神仙・英雄が出現し、風雲急を告げる世界。しかし王弁はそんな動きの中で原因不明の眠りに陥った末、あわや闇落ちして世界を滅ぼしかねない存在に変貌。僕僕の奔走により、辛うじて己を取り戻した王弁が目覚めた場所は――現代の日本!?


 という、あまりに気になりすぎる引きで終わった前作から一年半。ようやく手にすることができた最終巻は、これまでの王弁と僕僕の旅の集大成と言うべき内容となっています。

 何しろキャラクターの顔ぶれは、あの人物からこの人物まで、これまで王弁と僕僕が出会った相手は全て登場したのではないかと言いたくなるほど――もう二度と会えないと思った者たちも含めて――ほとんど網羅した状態。
 そして舞台の方も、王弁と僕僕が旅した世界各地、いや星々の彼方の世界まで、次から次へと登場するのですから懐かしかったり驚かされたり……

 いや、驚かされると言えば、前作のラストそして本作の冒頭に、あの『福毛』(短編集『童子の輪舞曲』所収)の世界が登場することにこそまず驚くべきでしょう。
 現代日本を舞台に、王弁を思わせる主人公・康介と、僕僕を思わせる彼の妻(!)香織の愛と別れを描いたこの作品は、一体どこが『僕僕先生』なのか、と読者を大いに混乱させたシリーズ最大の問題作なのですから。

 その真相がついにここで、王弁と康介の対面を通じて明かされることになるのですが――ちょっと複雑な気分にはなるものの――それはなるほど、と頷けるものであります。
 しかし本作においてはその真相もプロローグに過ぎません。そして真相が明らかになったからと言って、事態が好転したわけではないことは、王弁を追って現れる者たちの言葉からも明らかです。

 王弁と僕僕が消えた後、王方平をはじめとする神仙たちはついに人間を一掃すべく行動を開始。天変地異を用いて地上を蹂躙し、数多くの命が一瞬のうちに失われていくことになります。
 しかし人間側もこれに抗すべく、妖人・貂が生み出した人工神仙とも言うべき存在を戦線に投入。激化する戦いは、これまで人間と神仙の間に存在していた結びつきを完全に断ち切り、憎しみが支配する戦いの中で、全てが滅びに向かうことになるのですが……

 しかし、それでも希望を失わない者たちがいます。王弁と僕僕の旅をもっともよく知る「薄」幸の美女が、人間と神仙の境を越えて深い友情を結んだ少年たちが、異国の王とそのおかしな兄が、元宝捜し人とその家族たち、そして鋼の巨神が――自分の愛する者たちを守るために、戦い続けているのですから。
 そして彼らの声に応えるように、ついに僕僕と王弁が復活――!

 って、復活したはいいものの、会う人会う人にツッコまれるほど、二人の関係は目に見えて変化。デレた! 先生がデレた! という二人の姿を、ここで笑うべきか喜ぶべきか?
 世界の滅びの瀬戸際で、読んでいるこちらも思わぬことで悩まされますが、ここは二人の姿を評するに、登場人物が良い言葉を使っています。すなわち「尊い」と……


 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅なのであります。

 そして――ついつい勢いに乗って長くなりすぎました。次回に続きます。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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2018.07.08

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 本当にあっという間に梅雨が終わり、暑い暑い夏が来て――そしてもう8月は目の前。8月はお盆休みがあるので新刊があんまり――と思っていたら、今年の8月は頑張った! というわけで、かなりの充実ぶりの8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 いつもはこの記事では新作を先に紹介し、次いで復刊という順番なのですが――今回だけはそれを変えます。
 何しろ、霜島けいの名作『のっぺら』が、光文社文庫から復刊されるのですから!

 パラレルではない正真正銘の(?)江戸時代にのっぺらぼうの同心が存在、江戸を守るために活躍していた――という本作は、廣済堂のモノノケ文庫で刊行され、第2弾まで発表されたもののレーベルが消滅して中絶した状態。しかし先日、細谷正充編のアンソロジー『あやかし』にその一部が収録され、改めてその面白さが知られることとなりました。
 今回の復刊にはそうした流れが作用しているのではないかと思いますが、理屈はともかく実にめでたい! この機会に、ぜひ未読の方もご一読をお願いします。

 さて『のっぺら』は光文社文庫からの刊行ですが、同じ光文社文庫からはアンソロジー『忍者大戦 黒ノ巻』が登場――ってこれは一体!? 再録なのか書き下ろしなのかもわかりませんが、忍者が活劇する内容なのは間違いないでしょう。そして「黒ノ巻」というからにはおそらく……

 その他新刊文庫では、伽古屋圭市の大正ミステリ『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』、芝村凉也のおそらく討魔戦記第4弾『穢王』が要チェックです。
 また復刊・文庫化では仁木英之の最初期作品『飯綱颪』をはじめ、今野敏『サーベル警視庁』、高橋克彦『舫鬼九郎 4 鬼九郎孤月剣』、築山桂『左近浪華の事件帖 1 遠き祈り』『2 闇の射手』が登場。『左近浪華の事件帖』は、先に文庫化された『緒方洪庵浪華の事件帖』舞台化効果でしょうか。ありがたいことです。

 また、中国ものでは北方謙三の大水滸第三部『岳飛伝』の読本として『盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本』が登場。そうか、このタイトルがあったか……

 さらに、単行本の方では戦前が(戦前も)舞台のミステリが二作。作者のシリーズキャラクターの一人・那珂一兵が戦前の東京を舞台に活躍する辻真先『深夜の博覧会』、そして江戸・戦前・戦後の東京を舞台に古今の名探偵たちが集結する芦辺拓『帝都探偵大戦』と、どちらも必見であります。


 そして漫画の方ですが――個人的に一番楽しみなのは、都戸利津『嘘解きレトリック』第10巻。これで完結なのは悲しいような、しかし嬉しいような……素晴らしい結末に期待します。

 その他もかなり豪華なラインナップ。吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第12巻、賀来ゆうじ『地獄楽』第3巻、せがわまさき『十 忍法魔界転生』第13巻、シヒラ竜也『バジリスク 桜花忍法帖』第4巻、北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第3巻、重野なおき『信長の忍び』第14巻、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第10巻、響ワタル『琉球のユウナ』第2巻――いやすごい量です。

 また、海外もの(というかアジアもの)では伊藤勢『天竺熱風録』第4巻、瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第3巻が登場します。

 ちなみに先月も紹介したような気がするゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻と睦月れい『空海 KU-KAI』下巻は、一月延期で8月発売となったようです(しかも同日発売)。



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2018.07.07

宇野比呂士『天空の覇者Z』第11巻 日本編開幕! 故郷で天馬を待つもの

 流星の剣を復活させるため日本に向かった天馬。しかしその鍵を握る華奈は記憶を失っていた。彼女を回復させるために両国の川開きに連れ出した天馬だが、そこにヴァルキュリア戦隊の二人が襲撃。さらに乱戦の中で奪われたT鉱を取り戻そうとしたキリアンが、日本軍の秘密工場に捕らわれてしまう……

 この巻からスタートの日本編。既に天馬の過去自体はカラクーム・オッフェンバルクの最中に描かれていますが、その過去を乗り越えるための物語が始まることになります。

 実はT鉱から作られていた流星の剣を復活させるため、故郷である日本に向かう天馬と、アンジェリーナ・J・キリアンの一行。宇野漫画お得意のご当地グルメ描写の後、意気揚々と懐かしい北辰一刀流の道場を訪れる天馬ですが――しかし道場は無人の状態で、天馬の許嫁であった華奈も見当たりません。
 しかしこれはどう考えても天馬に無理があった話、一番の高弟が師匠を斬殺して逃走した流派が残っている――少なくとも自分を迎えてくれる方がおかしい。そのことを天馬に叩きつけたのはかつての同門――今は帝国海軍軍人の新キャラ・西郷志郎であります。師の仇である天馬に切りかかってきた(そして折れた流星の剣を見て激昂した)志郎ですが、アンジェリーナが割って入ったことで引き、その場には今更ながらにショックを受けた天馬が残されるのでした。

 そして悲しみの中、師の墓を詣でる天馬ですが――そこで出会ったのは何と探していた華奈。しかし様子がおかしい、と思いきや、彼女は恋人が父を斬殺した衝撃で、記憶喪失となっていたのであります。何としても彼女の記憶を取り戻すと誓う天馬ですが――その頃、宿敵ヴァルキュリア戦隊のリップフェルトとマルセイユも日本に到着。
 ナチスと手を組んでY計画なる秘密計画を進める山本五十六の出迎えをスルーする態度のデカい二人を案内するのは志郎――これはただですむはずがありません。

 さて、かつての最愛の人であり、流星の剣を打った刀鍛冶のことを知るらしい華奈の記憶を取り戻すべく、二人の思い出での両国の川開きに連れ出した天馬一行。屋形船でつかの間楽しい時間を過ごす一行ですが――そこにマルセイユとリップフェルトが襲来!
 人間の思考の動きを「青い影」として見ることができるマルセイユと、人間離れした超加速能力を持つリップフェルト。ヒトラー直々に獣性細胞を与えられた「純血種」である二人は、戦闘機を降りても凄まじい戦闘力で襲いかかります。

 リップフェルトはJが迎え撃ったものの、流星の剣が使えない天馬はマルセイユの予測偏差射撃に大苦戦。何故か「青い影」を見ることができるキリアンがフォローするものの、さらに志郎までが現れ、天馬は深手を負わされることになります。
 が――その時、満月の光を浴びてアンジェリーナの力が覚醒します。以前とは姿を大きく変えた――より人間離れした、しかし美しい姿と圧倒的な力で敵を一周する獣鬼アンジェリーナ。彼女の活躍で敵は撃退できたものの、そこに日本軍の潜水艦が出現、敵を回収して撤退する混乱の中で、流星の剣の材料として天馬たちが持ち込んだT鉱のインゴット入りの鞄が志郎に奪われてしまいます。そしてキリアンは、鞄を追って潜水艦もろとも消えることに……

 意識を失った天馬を手当しながら、アンジェリーナに対して恐怖と憤りをぶつける華奈。しかしアンジェリーナはその言葉を静かに受け止めると天馬を彼女に任せ、自分はJとともにキリアンを追って飛び出します。小型T鉱レーダーが指し示す目的地は横須賀――そこには海軍の秘密基地があったのであります。そこに一足先に忍び込んだキリアンですが――志郎から鞄を奪おうとして失敗、捕らえられてしまうのでした。
 そしてマルセイユに痛めつけられるキリアン。何故か自分と同じ能力を持つキリアンに苛立つマルセイユの銃弾がキリアンを貫いたかに思われた時――一瞬遅れて飛び込んだJとアンジェリーナが見たものは、復活して正面から殴り込んだ天馬の姿であります。果たしてインゴットを奪還して脱出なるか――というところで次巻に続きます。


 Zは大破、新・天翔馬号も置いてきたという状況のため、等身大戦のみの日本編。しかし戦闘機なしでも十分に強いヴ隊の二人、そして何よりもアンジェリーナの覚醒によって、この巻ではかなり盛り上がるバトルが展開されることになります。もっとも、天馬自身は愛刀を折られてほとんど戦力外で、二度もアンジェリーナに救われる有様ですが……
 しかしこれはむしろ、これまで同様、いやそれ以上にアンジェリーナのイイ女ぶりを素直に受け止めるべきなのでしょう。何しろ、あのJが認めるのですからかなりのものです。

 しかし読み返してみると、唐突感のあったキリアンの能力も伏線が張ってあったと感心。Jの恋人については――どうなのかなあ。


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2018.07.06

坂口よしを『地獄ヤ変』 不老不死の「水」と「地獄」を巡る者たちの戦い


 明治初期の東京を舞台に、一人の少女が、二人の男――「地獄」と呼ばれる男と、その男を追う男とともに、不老不死をもたらす「水」にまつわる事件に巻き込まれる伝奇活劇であります。

 仕えていた主を亡くし、ひとりぼっちとなった少女・お玉の前に現れた無愛想な青年・鉄戒(くろがね かい)。亡き主の友人だったという戒に引き取られる形となったお玉ですが、その前に戒の主だという美青年・紅月天星が現れます。
 人当たりの良い貿易商という表の顔を持ちながら、戒を「地獄」と呼び、呪を込めた弾丸でこの世ならざるものを滅する力を持つ天星。不老不死をもたらすという「水」なる存在を求める彼は、その手掛かりがお玉にあるに違いないと、彼女に近づいたのであります。

 果たして明らかになるお玉の意外な「正体」。自分でも知らぬうちに「水」の力で命を繋いでいたお玉は、戒と天星とともに「水」の在処を求めるうち、様々な怪異にまつわる事件に巻き込まれることに……


 本作の作者・坂口よしをは、宮部みゆきの『霊験お初捕物控』の漫画化を担当した漫画家。その時も良い意味で漫画的な明るい絵柄が印象に残りましたが、それはもちろん本作でも健在であります。
 本作で描かれるのは、決して明るいとは言い難い――むしろ不老不死という人間のある意味最も強く根源的な欲望にまつわる物語。その物語が決して陰湿になりすぎないのは、この絵の力に依るところが大きいのでしょう。

 しかしもちろん、物語自体も面白いことは言うまでもありません。本作はジャンル的には退魔ものであり、決して珍しいものではないのかもしれませんが――ベースとなる設定が、既存の伝説伝承を用いることはほとんどなく(あるいは独自の解釈が加わり)、本作独自のものとなっているのが目を引きます。

 特に強く印象に残るのは主人公の一人である戒の設定です。天星から「地獄」と呼ばれる戒は、実は「水」によるものとはまた別の形で不老不死の男。少しだけ内容を明かしてしまえば、彼は体内に魔物を封じる異空間「地獄」を持ち、魔物退治を生業とする紅月家に代々使役されてきた存在なのであります。
 そんな彼が、何故紅月家から離れてお玉を守ろうとするのか。そしてそもそも彼はいかなる過去を持ち、何故「地獄」となったのか――そんな彼の秘めた謎が、物語後半を引っ張る原動力の一つとなります。

 そしてもう一人、物語を引っ張るのは天星であります。普段はにこやかなイケメンである一方で、自分の目的に関してはひどく非情となり、お玉や戒を犠牲にして恥じない天星。
 彼は、本作では悪役に近い立ち位置を占めることになりますが――しかしもちろんそれだけではなく、彼もまた大きな秘密と重い過去を背負った存在であることが、終盤でクローズアップされることになるのであります。

 単行本でわずか2巻ということもあり、後半は少々駆け足の印象がないわけではありません(特に意味ありげに登場した天星の後ろ盾の人物にほとんど出番がないのが残念)。
 しかしそれでも決して不足は感じない、いやむしろ物語として描くべきはきちんと描いたと感じられるのは、この本作ならではの設定、本作ならではの登場人物を、作者が完全に消化した上で、物語を構成していることによるのでしょう。

 望まずして不老不死になってしまった者たちと、不老不死を強く望む者――その両者のすれ違いの中から生まれる、悲しみと戦いを描いた本作。
 しかし地獄の中で最後に残ったのは希望だった――そんな結末も気持ちよい、伝奇活劇の佳品です。


『地獄ヤ変』(坂口よしを 秋田書店プリンセスコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
地獄ヤ変(1)地獄ヤ変(2)

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2018.07.05

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第1-2巻 英雄・義経の目を通して描かれる異郷の歴史


 ここ数年盛んに発表されている、世界史を題材とした漫画。本作もその一つ、モンゴル帝国を一代で作り上げたチンギス・ハーンことテムジンの若き日を描く作品ですが――しかしこのテムジンの正体はお馴染みの人物。そう、実は生きていた源義経が海を越えて大陸統一を目指す物語であります。

 兄・頼朝に追われた末、己に付き従う者たちを全て失い、蝦夷地に隠れ住んでいた源九郎義経。しかし追っ手はなおも彼に迫り、嵐の海にこぎ出した彼は、ただ一人大陸に漂着することになります。
 そこで金国人父娘とともに暮らすことになった義経=クロウですが、突如襲ってきたタタル人に街は滅ぼされ彼も捕らわれの身に。しかしそこで出会った奇妙な男・ジャムカと盟友(アンダ)になった彼は、ジャムカが手引きして現れた強国・ケレイトに身を寄せるのでした。

 メルキト、タタルとともにモンゴルを取り巻く3強の一つであるケレイトの王、オン・ハーンに取り立てられながらも、密かにその首を狙うクロウ=テムジン。しかし目論見はあっけなく露見し、テムジンはモンゴルに逃れてボオルチュという男に拾われることになります。
 ボオルチュの紹介で、亡き族長イェスゲイの未亡人であるホエルンのもとに身を寄せた二人。そこでホエルンの息子で大力のカサルとのブフ(モンゴル相撲)勝負に臨むことになったテムジンは……


 ある世代以上の日本人にとってはなじみ深い説である一方で、既に一種の奇説・妄説の類という扱いとなっている義経=チンギス・ハーン説。
 もちろん現在での扱いは作者も承知の上かと思いますが、しかし本作はそれを真っ正面から、丹念に描くことになります。

 本作の義経=クロウ=テムジンは、端正な容貌と天狗の如き身のこなし、並外れた弓馬の才を持つ男。そして何よりも、当時の日本人らしからぬ非情とすら見える合理精神の持ち主として描かれます。
 この辺りは我々の良く知る義経像を大きく外れることがない、というより忠実な印象ですが――しかしそんな英雄・義経をしても、大陸は広く、多士済々であります。

 この第2巻までで彼が出会うのは、上で述べたジャムカ、オン・ハーン、ボオルチュ、カサル、さらにはタイチウトの冷徹な戦士ジルグアダイと、一癖もふた癖もある人物。
 金が既に退潮し、数々の騎馬の民が入り乱れたモンゴル周辺はまさに群雄割拠であり――文字通り身一つで現れた義経にとっては、言葉も食べ物も異なる完全な異郷なのです。


 異郷――そう、それは我々にとっても異郷であります。確かにモンゴル帝国やチンギス・ハーンの名前くらいであれば我々も知っていますが、しかしその来歴などを詳しく知る方は少ないでしょう。
 先に名を挙げた登場人物たちは、実は全て実在の人物ですが、しかしその誰もがほとんど馴染みがない世界、ほとんどファンタジーの世界――と言っては失礼かもしれませんが、それくらい遠い世界なのです。

 しかし、そこに義経が加わればどうなるか? 日本人誰もが知る英雄であり、そして伝説とはいえチンギス・ハーンと同一人物説を有する人物が加われば――そこに12世紀末のモンゴルと、我々読者が暮らす現代の日本と、一つの繋がりができることになります。
 これは勝手な想像ではありますが、本作が敢えて義経=チンギス・ハーン説を持ち出してきたのは、この馴染みのない、しかし極めて魅力的な世界と人々を漫画として描くに、義経の存在を一つの取っかかりとするためではないでしょうか?


 そんな想像が当たっているにせよ外れているにせよ、肝心の作品自体が面白くなければ意味がありませんが――その点は心配なし。作者の筆は、馴染みのなさをそのまま新鮮さに転化していると感じられますし、何よりも非常にテンポよく進む物語は波瀾万丈で飽きさせることがありません。
 いや、波瀾万丈というよりも危機また危機という状況に、読んでいるこちらもハラハラさせられっぱなしなのですが――しかしもちろんそれがまた大きな魅力であることは言うまでもないのであります。

 英雄の目を通して描かれる異郷・モンゴルの歴史をこの先も見届けたい――そんな気持ちになる、胸躍る物語の幕開けであります。


『ハーン 草と鉄と羊』(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
ハーン ‐草と鉄と羊‐(1) (モーニングコミックス)ハーン ‐草と鉄と羊‐(2) (モーニングコミックス)

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2018.07.04

岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?


 源氏物語のいわゆる「宇治十帖」、光源氏の子・薫大将とその親友・匂の宮を巡る物語には続編が、それも奇怪な連続殺人を描く物語があった――そんな奇想天外な着想で、しかも作者たる紫式部と、清少納言を探偵役として描かれる、時代ミステリの古典にして名品であります。

 紫式部が描いた宇治十帖。それは、理想的すぎる人物として光源氏を描いてしまった反省から、より人間的な存在として、実在のモデルに忠実な人物として、薫大将と匂の宮を描いた物語でありました。
 しかしそのあまりの生々しさに辟易とした紫式部は中途で筆を置き、二人の物語は宙に浮いた形で完結することなったのですが――そこに思わぬ事件が起きます。

 薫大将と匂の宮の間で揺れた女性・浮舟。二人の間で苦しみ、一度は出家したものの、いまは還俗して薫の妻となっていた彼女が、死体となって川から上がったのであります。
 水死かと思いきや、しかし水を飲んだ形跡はなく、額をぱっくりと割られた惨たらしい姿で発見された浮舟。そしてややあって、今度は匂の宮の妻であり、浮舟の姉の中君が、同じような死体となって発見されることになります。

 薫大将と匂の宮に深い関わりを持つ二人の女性の怪死に、騒然となる宮中。しかし匂の宮は、これが薫大将の仕業と決めつけます。その証拠は薫の名の由来となった薫香――極めて鋭敏な匂の宮のみがかぎ分けられる薫の香りが、匂の宮の恋人たちから、そして中君から発していたというのです。
 これすなわち、浮舟の死を恨む薫が、匂の宮への嫌がらせのため、次々と匂の宮の恋人と中君を手込めにしていった証拠である――そう主張する匂の宮。

 しかし薫はどちらかといえば優柔不断、出家遁世を願っているような温和しい人物であり、そんな彼がそのような行為に及ぶものか――式部はそう考えるものの、今度は第三の、思いも寄らぬ人物の死体が同じ形で発見されるに至り、薫は決定的に追いつめられることになります。

 思わず薫の弁護を買って出た式部ですが、彼女にも具体的な証拠はありません。さらに彼女をライバル視する清少納言が式部の推理に挑戦状を叩きつけ、宮中引退を賭けた推理対決が繰り広げられることに……


 有名人探偵ものは時代ミステリの定番の一つ、それもその有名人の事績に関わる事件が――というのも定番中の定番ですが、しかし紫式部が、薫大将が被疑者となった事件に挑む(さらに乱入してくる実に嫌な造形の清少納言)というのは、これは驚くべき奇想としか言いようがありません。

 そもそも紫式部は物語の作者、薫大将らはその登場人物なのですから、そのシチュエーションだけであり得ない。
 それを、実は宇治十帖は実在のモデルに忠実に書いていました、というある意味直球ど真ん中でクリアしているのは痛快ですらあるのですが――しかし本作の魅力は、こうした設定以上に、ミステリそのものの面白さにあることは間違いないのであります。

 そう、本作の中核にあるのは、極めて特異なアリバイ(不在証明)――いや存在証明。
 薫大将がそこにいたかどうか、そしてその行為に及んだのかどうか――本来であれば実証不可能なそれを、薫だからこそ、匂の宮だからこそ証明できてしまうという、本作でしかできない謎の設定には、成る程! と膝を打たされるのであります
(さらに、紫式部の当時の女性としての倫理観が、探偵としての活動に縛りをかけるというのも見事です)


 もっとも、文体(これも現代語訳してあるというエクスキューズはあるわけですが)や物語展開が、あまりに「探偵小説」しすぎているという点が少々ひっかからないでもないのですが――これはもう、執筆年代を、そして作者の嗜好を考えれば仕方がないことでしょう。

 何よりももう一つの作者の嗜好、国文学者というもう一つの作者の顔が、その謎を支えていること、そしてその謎を生み出した登場人物たちの実に「らしい」心の動きを生み出していることを考えれば――やはり本作は奇跡的なバランスの上に成り立った作品であると、今更ながらに感心させられるのです。

『薫大将と匂の宮』(岡田鯱彦 扶桑社文庫) Amazon
薫大将と匂の宮―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

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2018.07.03

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第2巻 辿り着いた希望の砦に集う綺羅星


 箱館戦争で五稜郭に依って戦った、土方歳三をはじめとする旧幕府軍の男たちを描く『星のとりで』、待望の第2巻であります。蝦夷地に上陸し、五稜郭を目指す旧幕府軍。その中に加わった幼い新選組隊士たちが知ることとなる戦場の現実とは……

 鳥羽伏見の戦で大打撃を受け、将軍が恭順の意を示しても、なお闘志を失わなず、北へ北へとその戦場を移していった旧幕府軍の侍たち。
 その最中に新選組に加わった四人の隊士――市村鉄之助、田村銀之助、玉置良蔵、上田馬之丞は、元服をしたかしないかの年齢ながら、土方を信じて行動を共にすることになります。

 北上の最中、陸軍隊や額兵隊、さらには唐津藩の残存兵などを加えた一行は、仙台を経て、蝦夷地に上陸。鷲ノ木浜から箱館を目指す土方と大鳥圭介は、二手に分かれて進軍することになるのですが……


 ついに土方や少年たちが、物語の真の舞台である五稜郭にたどり着くこの第2巻。そこで彼らがいかなる戦いを繰り広げることになるか――実はそれはまだまだ先の話であります。
 この巻で描かれるのは、新天地に希望を抱く彼らの姿――自分たちを謀反人ではなく、対等の交戦国として胸を張ってこの北の地に立とうとする、希望に燃える彼らの姿なのです。

 そしてまさしく「星のとりで」である五稜郭に集った彼らの姿は、まさしく綺羅星というべき輝きを放ちます。
 第1巻でもその俊英ぶりを発揮した星殉太郎、胸に複雑なものを抱えつつも一心に戦う野村利三郎&相馬肇、さらに今回初登場(のはず)の古屋佐久左衛門など――見ているだけで胸躍るような豪傑・英傑ぶりであります。

 正直なところ、土方たちに比べれば知名度という点では劣る彼らではありますが、しかし史実でのその姿を見れば、一人一人が物語の主人公になれそうな人間ばかり。
 そんな面々の姿を見ることができるだけでも、本作を読む価値はあると――いささか大げさかもしれませんが、思ってしまうのです(特にこの巻では、古屋佐久左衛門と高松凌雲兄弟のキャラの濃さには感心いたします)。

 そしてそんな彼らを束ねるのが土方ですが――現時点ではまとめ役に徹しているというか、一歩引いた「大人」の立場で要所要所を締めているという印象。
 それはもちろん、物語が少年たちの視点から描かれていることによるところは大きいのだと思いますが――かつての「鬼」の副長が、五稜郭では「慈母」のように慕われていたという、この時期の土方の姿を巧みに浮き彫りにしていると感じられます。

 もっともこの巻のラストでは「蜥蜴」呼ばわりされてしまうのですが、それはさておき……


 しかし、あくまでも彼らが居るのは戦場であります。箱館に、五稜郭に入る直前の戦いで、少年たちは悲しい別れを経験。さらに一人が病で倒れることになります。
 そして、松前藩を説得すべく向かった松前でも戦闘が行われた末、少年たちは思わぬ危機に見舞われることになります。

 希望が一転危機に変わる戦場。そこで少年たちが何を見るのか、そしてそんな少年たちに、土方ら大人たちはどのように接するのか?
 そして、この先待ち受ける真の「戦争」において、彼らが如何に戦うのか――物語はこれからが本番というべきなのでしょう。


 ちなみにこの巻には、番外編として旧幕府軍に参陣する直前の星殉太郎と細谷十太夫の物語が収録されています。

 仙台藩において鴉組こと衝撃隊を率いて活躍しつつも、仙台藩降伏を目前に殉太郎とは道を違えた十太夫。なおも華々しい戦いを求めた殉太郎を支え、十太夫は闇に沈む道を選ぶのですが……
 しかしついに五稜郭に入ることはなかった彼もまた、綺羅星の一つであったことを浮き彫りにしてみせる本作は、まさしく『星のとりで』という物語の番外編に相応しい内容と感じます。

 「星」の陰の闇夜の「鴉」――男と男の熱い友情が胸に響く好編です。

『星のとりで 箱館新戦記』第2巻(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon
星のとりで~箱館新戦記~(2) (ウィングス・コミックス)


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2018.07.02

にわのまこと『変身忍者嵐Χ』第2巻 なぜだ?! 新たなる驚愕の敵


 大の特撮ファンである作者による『変身忍者嵐』のリメイク――それも関ヶ原の戦を背景に描く意欲作の待望の続巻であります。第二次上田城の戦を舞台に暗躍する化身忍者マシラ。その秘術に翻弄される徳川秀忠と真田幸村の運命は……。そして物語は新章に突入することになります。

 父が生み出した化身忍者の法という巨大な過ちを償うため、自ら改造手術を受けた青年忍者ハヤテ。獣に化けるのではなく、人の心を持って身が変わる――変身忍者嵐となった彼は、化身忍者を操って天下を狙う血車党を滅ぼすため、孤独な戦いを繰り広げます。

 折しも徳川家康と石田三成の決戦が目前となった中、先を急ぐ秀忠を狙う化身忍者ハンザキを倒し、秀忠を救ったハヤテの次なる戦場は上田城。そこで暗躍する化身忍者マシラは、幼い頃から真田昌幸・幸村父子に可愛がられてきた少年・佐助の姿で現れ、上田城合戦の最中に昌幸を襲撃、その奇怪な術で昌幸を自らの操り人形にしてしまうのでした。
 そして上田城におびき寄せた秀忠の軍に襲いかかる真田の兵――いや、マシラの術に操られる死人の群れ。血車党の陰謀を粉砕するため、ハヤテは嵐に変身するのですが……


 というわけで、この巻の前半で展開されるのは、第1巻に引き続いて描かれるマシラとの戦い。石ノ森章太郎の漫画版でも冒頭に登場したマシラですが、本作のマシラはその怪力と刃を通さぬ鋼の肉体に加え、死人までも操るというかなり強豪であります。
 そのマシラと嵐の対決を本作はスピーディーに、そして迫力十分に描くのですが――しかしそれ以上に印象的なのは、戦いが終わった後に語られる佐助の想い。非常にウェットなこのくだりは、実に「らしい」ドラマとして(この悲しい過去が、マシラの弱点に繋がるという展開も定番ながらうまい)――そして戦国時代を舞台とする本作ならではのものと感じられます。


 そして上田城合戦は終わりを告げるのですが、もちろんこの戦いがほんの前哨戦に過ぎないことを我々は知っています。この巻の後半ではついに関ヶ原の戦が開戦し、東軍と西軍が全面衝突を繰り広げることになるのですが――そこにとんでもない新たな敵が登場いたします。

 血車党の気配を察し、関ヶ原に急ぐハヤテに襲いかかる黒い影。宙を舞い、異形の剣を操る敵の名は、化身忍者・暁闇。コウモリの化身忍者と思しいその姿は――イ、イ○ル?
 ことは躇錯剣にからむ可能性があるゆえ、詳しくは申し上げませんが、その姿はどうみても三人組でイザ! な悪魔剣士の一人――を彷彿とさせるデザイン(ちなみに銃の使い手でもあります)。まずは夢の対決と申し上げるべきでしょうか……

 何はともあれ、暁闇の腕前に苦戦するハヤテですが、しかし相手は本気で殺し合うつもりはない様子。というより、ハヤテは普通の化身忍者とは異なる気配を感じるのですが――それもそのはず、暁闇は血車党に使役される○○○○だった! とこれまた仰天の展開であります。

 第1巻の紹介でも触れたかと思いますが、本作はどれだけそれっぽく見えようとも、あくまでも石ノ森章太郎の漫画版のリメイク。それゆえ、東映のTV版を直には使えない(はずな)のですが――だとすればこうだ! とばかりに投入されてきたこの大ネタ、今後の展開も期待できそうなものだけに、個人的には大喜びであります。

 さて、そうこうしているうちに関ヶ原の戦は佳境に入り、東軍西軍の勢いは伯仲。ここで合戦の帰趨を決めたのは、ある人物の行動だったわけですが――それを背景に再び激突するハヤテと暁闇、そして暗躍するもう一人の化身忍者、というところでこの巻は幕となります。


 と、前巻に続き、ある意味期待通りの内容を大いに楽しませていただいたこの第2巻。
 第1巻から登場のタツマキ、カスミに続き、当然と言うべきかツムジも登場し、暁闇や大谷吉継、徳川家康と関わり、密かにドラマを引っ張っていく役割を果たすのも面白いところであります。
(この辺り、鉄面皮かつ積極的に武将たちの戦いには関わらない立場にあるハヤテの存在を、補うようにも感じられます)

 ただ残念なのは、第1巻の刊行からこの第2巻まで、約一年かかっている――言い換えればこの巻の収録分が一年かけて発表されている――ことであります。
 物語のテンポ自体は決して悪くないだけに、このペースは何とも歯がゆい。おそらくは、いや間違いなく関ヶ原の戦の先も物語が続いてくであろうことを思えば、スピードアップをお願いしたいと強く願うところです。

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2018.07.01

石川ローズ『あをによし、それもよし』第1巻 ミニマリスト、奈良時代を満喫!?


 私も色々なタイムスリップ時代劇に触れてきましたが、これだけユニークな漫画はちょっとないのではないでしょうか。現代のミニマリストが奈良時代にタイムスリップし、「あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」と読んだ小野老と共同生活を始めるというのですから……

 ある日突然、奈良時代にタイムスリップしてしまった現代のサラリーマン・山上。人のいい役人の小野老と出会い、彼の家にやっかいになることになった山上は、物もない、電気もない奈良時代に大いに戸惑――わない。むしろ大喜びなのです。
 実は山上はミニマリスト、物がない生活はむしろ大歓迎、そして衣食住全てが天然素材100%のこの時代は、彼にとっては理想郷なのであります。

 というわけで本作では、大いに奈良時代をエンジョイする山上と、彼の行動がきっかけで何となく出世してしまう老のユルくも楽しい奈良スローライフがコミカルに描かれていくことになります。


 本作のタイトルにも使われている「あをによし(青丹よし)」は「奈良」の枕詞。冒頭に引用した和歌で用いられ、作中で奈良と聞いた山上が思わず呟いてしまったように、「奈良」と言えば「あをによし」と自然に浮かんできます。
 が(これも作中でツッコまれているように)そもそも「あをによし」とは如何なる意味なのか、そしてこの和歌を詠んだのは誰なのか、ご存じない方も多いのではないでしょうか?

 かく言う私が知らなかったのですが、そんな知っているようでほとんど知らない――教科書にほんの少し載っていた程度しかしらない奈良時代の姿を、本作はタイムスリップした現代人の目を通じて浮かび上がらせます。

 それにしてもユニークなのは、普通、現代人が過去の時代にタイムスリップした場合、何とか現代に帰ろうとしたり、あるいは自分にとって都合がいいように歴史を変えようとしたりするものですが――本作の主人公の場合、あっさりと奈良時代に適応し、すっかり安住してしまうことであります。
 その理由に、彼がミニマリストだったから、というロジックを持ち出してくるのがまた実に楽しいのですが、何しろ本作はナンセンスギャグ、そのユルさこそが魅力の一つと言うべきでしょう。

 そしてその山上のツッコミを交えて描かれる奈良時代像は、彼同様にごく一般的な知識しか持ち合わせていない我々現代の読者にとっても「あるある」感満載で、実に楽しいのであります。


 さて、山上という主人公の名の時点でお気付きの方も多いと思いますが、実は主人公こそは、これまた歴史の教科書に必ず載っているあの歌を詠んだ人物、という設定。
 読むだけで気の滅入るほどリアルなあの歌ですが、しかしミニマリスト視点から見ればどうなのか――この巻の時点ではまだ描かれていませんが、大いに楽しみになるところであります。

 そしてもう一つ、タイムスリップ時代劇にはつきものの、もう一人の――もこの巻のラストに登場。
 それがまたとんでもない人物の名を名乗っているのに驚かされますが、図らずもこの人物と対立することになった山上の運命はどうなるのか……

 などと、真剣に心配するようなトーンの作品ではありませんが、こちらも気になるところなのです。

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